02 柳橋美湖 著 スリリング 『北ノ町の物語 72』
【あらすじ】
東京のOL鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていたのだが、実は祖父一郎がいた。手紙を書くと、祖父の顧問弁護士・瀬名が夜行列車で迎えにきた。そうして北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。お爺様の住む北ノ町は不思議な世界で、さまざまなイベントがある。
……最初、お爺様は怖く思えたのだけれども、実は孫娘デレ。そして大人の魅力をもつ弁護士の瀬名、イケメンでピアノの上手なIT会社経営者の従兄・浩の二人から好意を寄せられる。さらには、魔界の貴紳・白鳥まで花婿に立候補してきた。
季節は巡り、クロエは、お爺様の取引先である画廊のマダムに気に入られ、そこの秘書になった。その後、クロエは、マダムと、北ノ町へ行く夜行列車の中で、少女が死神に連れ去れて行くのを目撃。神隠しの少女と知る。そして、異世界行きの列車に乗って、少女救出作戦を始めた。
異世界では、列車、鉄道連絡船、また列車と乗り継ぎ、ついに竜骨の町へとたどり着く。一行は、少女の正体が母・ミドリで、死神の正体が祖父一郎であることを知る。その世界は、ダイヤモンド形をした巨大な浮遊体トロイに制御されていた。そのトロイを制御するものこそ女神である。第一の女神は祖母である紅子、第二の女神は母ミドリ、そして第三の女神となるべくクロエが〝試練〟に受けて立つ。
挿図/Ⓒ 奄美剣星 「吸血鬼の白鳥さんと使い魔ちゃん」
72 切り札、第七階層にて
皆様こんにちは、クロエです。浮遊ダンジョン最大のフロア・第七階層の海をクルージングボートで航海中の私たちは、まだ北洋海賊船と交戦中です。船底から這いでてきた軟体動物系触手をピイちゃんとケルベロスさんが捕食。ところが一難去ってまた一難。今度はジェットスキーで海賊たちが白兵戦を仕掛けてきました。対人用麻酔銃に撃たれた私が、薄れゆく意識の中で見たのは、日本の諜報機関に所属している父でした。
◇
クルージングボートのデッキ上、父によって対人用麻酔銃で撃たれた私・クロエは、捕縛されたのですが、脳は起きているのですが身体は眠っていて動けません。つまり金縛り状態です。
白スーツの父が私を縛っていると、横にいた従兄の浩さんが父に抗議しました。
「実の娘を緊縛して楽しいですか? 僕らをどうするんですか?」
「娘を緊縛して楽しいかだって? クロエとは昔、刑事ごっこをやって、泥棒役の私が刑事役のクロエに手錠で確保されたものだったよ。もう大きくなったから逆もいいかなあと思う。なにせこのゲームで私は敵役だからねえ。……あとそれから君らをどうするかって? 決まっているだろう、振り出しの第一階層送りさ」
「なんですか、その理屈?」
「父親の気持ち」
はあ?
父の部下たちに縛り上げられた浩さんと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さん、それに私の勤務先の画廊マダムは呆れ顔のようです。
審判三人娘の皆さんはニコニコしていて、事の成り行きを眺めています。
船室でぐるぐる巻に縛られたマダムが、両脇に腰かけさせられ同じく緊縛されていた瀬名さんと浩さんの二人に、
「ボートを曳航してどうするのかしらね? 私たちをダンジョン第一階層に突き落とすならここからでも問題ないはずよ」
と首を傾げていると瀬名さんが、
「恐らく海上だから、どこかの島に上陸し、そこから私たちを第一階層行きの落とし穴に落とすのではないのでしょうか」
と答えていました。
その話には浩さんも同意見のようです。
◇
クルージングボートにつないだワイヤーを手にした海賊の一人が、ジェットスキーで、
ガレオン船に取り付けました。ボートを曳航するガレオン船は木造三本マストで、両舷にキャノン砲が三段になって並んでいました。
やがて島影が見えてきました。
それは手元の海図には載っていない未知の島……というか岩礁でした。岩礁は海上からにょきっと柱のように立っていて、頂きが平たく森になっています。その岩礁には岩肌の色に似せた布幕があり、ガレオン船が近づきランプで合図を送ると布幕が上がり、海賊船と曳航されたクルージングボートは、内部にある船着き場へと入って行ったのです。
私の麻酔が切れたころ、「縄を解いてやれ」と父が部下の海賊たちに命じましたので、全員で渡し板を渡ります。
それから直通エレベーター
父や部下の海賊さんに伴われ、審判三人娘さんたちと私たちが下船したとき、白鳥さんと、ケルベロスさん、ピイちゃんの姿がありません。
――これは一発逆転の予感。
けれど、けれどですよ。
◇
「久しぶりにクロエに会えてパパは極上に嬉しい。しばし話でもしよう。それまでお仲間たちとプールで泳いだり、ティータイムを楽しんだりするといい」
エレベーターが着いた岩礁の最上階・屋上部の森には洒落たコテージとプールがあり、スーパー・リゾートのようになっていました。プールサイドには、パラソル付きのテーブルが置いてあり、先客が椅子に腰かけていました。
――え、白鳥さん。
白鳥さんはハイビスカスの花で飾ったトロピカルジュースのグラスを手にして、ストローでチューチュー吸いながら、片手を上げています。
そして両横にはケルベロスさん、ピイちゃんの姿も……。
◇
それでは皆様、また。
by Kuroe
【主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。母は故ミドリ、父は公安庁所属の寺崎明。女神として覚醒後は四大精霊精霊を使神とし、大陸に棲む炎竜ピイちゃんをペット化することに成功した。なお、母ミドリは異世界で若返り、神隠しの少女として転生し、死神お爺様と一緒に、クロエたちを異世界にいざなった。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。妻は故・紅子。異世界の勇者にして死神でもある。
●鈴木浩/クロエに好意を寄せるクロエの従兄。洋館近くに住み小さなIT企業を経営する。式神のような電脳執事メフィストを従えている。ピアノはプロ級。
●瀬名武史/クロエに好意を寄せる鈴木家顧問弁護士。守護天使・護法童子くんを従えている。
●烏八重/カラス画廊のマダム。お爺様の旧友で魔法少女OB。魔法を使う瞬間、老女から少女に若返る。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。クロエに求婚している。一つ目コウモリの使い魔ちゃんを従えている。第五階層で出会ったモンスター・ケルベロスを手名付け、ご婦人方を乗せるための「馬」にした。
●審判三人娘/金の鯉、銀の鯉、未必の鯉の三姉妹で、浮遊ダンジョンの各階層の審判員たち。




