03 紅之蘭 著 感情 『ガリア戦記 10』
【あらすじ】
出世に出遅れたローマ共和国キャリア官僚カエサルは、人妻にモテるということ以外さして取り柄がなかった。おまけに派手好きで家は破産寸前。だがそんな彼も四十を超えたところで転機を迎え、イベリア半島西部にある属州総督に抜擢された。財を得て帰国したカエサルは、実力者のポンペイオスやクラッススと組んで三頭政治を開始し、元老院派に対抗した。
挿図/Ⓒ 奄美剣星 「カエサルの檄」
第10話 感情
「十年前、ライン川西岸にいたゲルマン人たちは一万六千だった。ところがここ数年でバランスが崩れ十倍の数になった。だから盟主であるローマに戦ってほしい」
スイス人たちを討伐したばかりのローマのカエサルの宿営地に、帰順したガリア人諸部族たちが使者を送って嘆願してきた。カエサル軍団は、食料物資の補給のため、ガリア人セクアニ族の都城ヴェゾンティオに入城した。
ヴェゾンティオは現在のフランス・フランシュ=コンテ地域圏の中心都市プザンソンで、塩の生産地だ。近世・近代にかけてフランスとドイツの係争地にもなっている。ヴェゾンティオは、西に張り出した舌状台地の突端に城、麓の平地に城下町があり、これらをU字状に囲んで川が流れていた。この町のバザールにはガリア商人のほかに、ゲルマン人交易商も露店をだす。
カエサルは戦う前にまず、ゲルマン人族長に使者を送った。
ゲルマン人討伐のため、補給拠点となるこの町に駐留したローマ軍兵士たちは、バザールのときやってきたゲルマン人交易商に呼び止められ、さりげなくこんな話を聞かされた。
「アンタらローマ人は俺たちゲルマン人よりも一回り小さい。戦になったら勝負にはならないだろう」
ゲルマン人間諜がバラまいた話によって、どんよりと厭戦気分が漂いだした。
ローマ人たちの幕舎ではカエサル麾下の将軍たちがそんな話をしていた。
「なまじ嘘ではない。これはまずいな」
「参謀よ、全軍団各隊の百人隊長たちに伝令を遣ってくれ、これより作戦会議を開く」
百人隊長たちの数は四百人を超えたので、当然幕舎には収まりきらず、屋外での集会となった。整然と並んだ彼ら前にした白馬上のカエサルが檄を飛ばした。
兵士諸君。
隊伍の中で私の作戦に異を唱える声をよく耳にする。それは私の部下である以上、現に謹んでもらいたい。
ゲルマン戦士はたしかに図体がでかい。だが歴史書には、十年前にわれらの父祖が彼らと会戦し撃破していると述べてある。父祖にできたことが、スイス人たちを撃破した勇敢な君たちにとって不可能なことなのだろうか?
明日、私はこの宿営地を引き払い戦場へ向かう。各軍団はそれぞれ判断せよ。ここに残りたいものは残るがいい。私は旗上げから行動をともにしてきた第十軍団のみを率いて戦場へと向かう。ゲルマン戦士の恐怖心に屈せぬ勇気あるわが親衛隊だ。
勇者のみ続け。
その夜、第十軍団の百人隊長たちが麾下の兵士たちカエサルの言葉を伝えると、兵士たちは感激して泣き、忠誠を誓った。翌朝、第十軍団が出撃すると、他の軍団も宿営地を引き払い、続々と後に続いていった。
こうして火球のように闘志が燃え上ったカエサル麾下のローマ軍団は、三六キロ先にいたゲルマン人の隊伍と遭遇することになる。
つづく
【登場人物】
カエサル……後にローマの独裁官となる男。民衆に支持される。
クラッスス……カエサルの盟友。資産家。騎士階級に支持される。
ポンペイウス……カエサルの盟友。軍人に支持される。
ユリア……カエサルの愛娘。ポンペイウスに嫁ぐ。
オクタビアヌス……カエサルの姪アティアの長子で姉にはオクタビアがいる。
ブルータス……カエサルの腹心
ウェルとイミリケ……ガリア人アルウェルニ族王子と一門出自の養育係。




