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自作小説倶楽部 第20冊/2020年上半期(第115-120集)  作者: 自作小説倶楽部
第118集(2020年4月)/「イベント(四月馬鹿・新入学・遠足・家庭訪問)」&「感情(純愛・不倫・過酷)」
13/26

01 奄美剣星 著  感情 『ヒスカラ王国の晩鐘』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「オフィーリア女王とアンジェロ」

 敵味方が相乱れる激戦の最中、若き勇者ボルハイム卿の聖剣が砕け散るとともに、一騎打ちに応じた巨躯の大帝ユンリイが片膝を地に着けた。だが大帝が突っ伏す前に、勇者は突っ伏し意識を失った。


          *


 やがて……

 ボルハイム卿が目覚めたとき、椅子に腰かけていることに気づいた。だがその勇者が、部屋の壁に掛けられた大鏡を見たとき、映っているのは人種族の青年ではなく、一〇歳くらいの猫象種族の少年に代わっていた。

「お目覚めかしら、元人種族の勇者さん?」

 言葉を声をかけてくれた若い看護師女性は涙声だ。

「ここは?」

「モアよ」

 モアといえば一五年前、連合種族帝国に奪われた町で、町の周辺エリアは同名の辺境州になっている。今や人種族最後の国家ヒスカラ王国が奪還するのはほぼ絶望的といえる五百ガロス帝国内陸部にあった。


 ――モアの病院で、猫象種族である看護師女性の介護を受けていたわけか。俺が猫種族の子供になったのは、魂魄を他人の身体に憑依させる〈移し身〉の呪法によるものに違いない。


 看護師女性はピアと名乗った。

 猫象種族少年に〈移し身〉させられた勇者ボルハイムは、同じ猫種族の看護師女性に手を引かれ、町を案内された。

 一五年前、帝国に奪われたモアの町はボルハイムの故郷であった。ボルハイムは町の様相が一変していることに驚いた。町の住人は単一の人種族から雑多な種族へと置き換わっていた。そのあたりまでは予想の範疇だった。予想外であったのは、帝国の発展段階が王国を凌駕していたことだった。

「中身がどうなっても、アンタが私の弟であることに変わりはないんだからね」

 気丈な猫象種族の娘ピアに手を引かれ病院前街路に出る。するとそこに停車場があり、やって来た市電に乗った。市電はガソリン気動車で、幅三〇フットの石畳中央にある軌道を走行した。沿道には図書館、学校、銀行、商店、高級アパルトマンといった石造りの建物が建ち並んでいる。

 ボルハイムが記憶する少年時代のモア市といえば、木組み式建物がひしめく田舎町で、物流の大動脈といえば、市街地を網羅する運河だった。現在、それら運河はただの下水路になり果てていた。

 猫象種族女性ピアと〈移し身〉された少年ボルハイムが気動車を降りたところは、郊外の丘の麓にある停車場だった。そこからジグザグの長い上り階段を上って行く。途中、巡礼者たちとすれ違う。


 ――人種族がいる!


 噂には聞いていた。連合種族帝国は数百種に及ぶ獣人たちの寄せ集めで、中には帝国に降り、王国国教会から帝国正教会に改宗した人種族もいる。その人種族が、犬象種族、河馬象種族といった獣人たちと和気あいあい、談笑しながら連れ立って、丘の上の大聖堂を行きかっているのだ。

 そしてモアの大聖堂の丘上から近郊の田園を見渡した。かつてそこはライ麦畑であったところだ。それが見渡す限り……


 ――水田化している!


 水稲農法であれば穀物生産を倍増させることができる。青田の上空をひっきりなしにドローンが飛び、肥料やら農薬やらを散布していた。

 

 ボルハイムの魂魄を宿した身体は、本来、猫象種族ピアの弟・テオのものだった。テオはボルハイムと一騎打ちをして瀕死となったユンリイ大帝が息絶える直前に、テオは身体を人種族の勇者に差し出すよう命じられていたのだ。

 仮に勇者ボルハイム卿が人種族最後の王国ヒスカラに帰還したとしても、猫象種族少年の身体となった今となっては、同国に受け入れられることはあるまい。


 ――なんという意趣返しか!


 こうして人種族の王国勇者は、一介の連合帝国臣民・猫象種族として、別の人生を送ることになった。

 帝国臣民テオとなったボルハイム卿が糊口をしのぐため、軍部・行政機関に就くことは許されなかったが、年金を支給されていたので、(こっち側の)姉ピアとの生活に支障をきたすことはない。だがこのまま飼い殺しにされることは嫌だ。帝国は彼が民間での生業を営むことまで干渉する気などない。テオとしての彼は姉が看護師だったことから、医学校に進み医師免許を得て開業。後、同じ猫象種族から妻を娶り、二男一女をもうけた。


 それから……

 開業医テオは、診療所に担ぎ込まれた患者から流行り病の感染に遭い、帝国モア州の同名州都で没し、郊外にある共同墓地に埋葬された。



挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「モア市の姉弟」

 

          *


挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「ボルハイム卿と護国卿専用飛空艇」



「一足遅かったか!」

 そんな声が聞こえた。……声の主は、猫象種族の姉ピア、妻や子供たちではなく、連合帝国要人たちのものだった。


「ここは?」

「飛空艇パルコだ」

 飛空艇パルコは同国空軍・アンジェロ卿専用だ。ちょうど海上に浮かぶ巡洋艦に、おびただしいプロペラをつけて空に飛ばしたような形と大きさをしている。

 人種族最後の王国ヒスカラには、摂政とでもいうべき護国卿とも大賢者とも呼ばれるアンジェロ卿が、王国の全権を握っている。 

「二五年ぶりだな、戦友よ」

「〈移し身〉の呪法を使ったのか、アンジェロ? 誰を〈依り代〉にした?」

「オフィーリア女王陛下。陛下のたっての希望だ」

「なんてことを!」

 医務室の寝台に横たえていた勇者ボルハイムは、齢一五になる金髪碧眼をした人種族少女の身体になっていた。その少女が頭を抱えている。

「オフィーリア女王陛下は、卿が恋した先代女王の忘れ形見だ。勇者の魂魄を受け止めるだけの容量をもった〈依り代〉適合者は数少ない。たまたま彼女がそうだった」

 そういう旧知の戦友・護国卿アンジェロは、人種の象形を捨て、灰色猫を〈依り代〉に〈移し身〉をしていた。

 半身を起こしたその人の横に灰色猫は飛び乗って言った。

「承知のように、この惑星の陸地はノストと呼ばれる大陸で占められ、ノスト大陸の九割はユンリイ大帝が支配する連合種族帝国の版図に収まっている。かつて世界の半ばを領有していた人種族の生存圏は今や世界の一割である一千ガロス四方のヒスカラ王国のみになった。……実をいうと人類最後の砦・ヒスカラ王国自体も二五年前、ユンリイ大帝親征による王都包囲戦で、滅亡寸前へと追いやられている。だがその戦いで、ボルハイム卿は善戦し、大帝と相打ちにまでもちこんだ。……おかげで俺や先代女王は大帝を失った帝国と講和条約を締結することができたってわけだ」

「大帝は?」

「ユンリイ大帝は自分用の〈依り代〉を王国勇者である卿の魂魄を捕えるため、あえて卿に与えた。その間、大帝は精霊となって浮遊していたわけだが、俺と女王陛下とで、ボルハイム、卿を王国側に呼び戻したと同時に、大帝もまた新たに帝国側に現れた〈依り代〉に〈移し身〉したと考えていい」

「決戦の時が近いのだな?」

「ユンリイ大帝を屠れるのは勇者だけ。逆もまたしかり」

「ゆえに理を悟ったユンリイ大帝は、俺との決着を先延ばしにしていたというのだな?」

 灰色猫がうなずいた。

「そういうことだ。だが大帝不在の二五年間も、帝国元老院内閣の指示で軍備が拡張されてきた。わが王国にとって僅かだが、勝算があるのは今をおいて他にない」

 オフェイリア女王の記憶はボルハイム卿の記憶によって完全に書き換えられている。だが当のボルハイム卿は、〈依り代〉を提供した女王や、その女王に自分を〈移し身〉してくれた護国卿には申し訳なく思いつつも、皮肉ながら四半世紀の捕囚が〈彼〉にとってもっとも幸福な時間であったと感じるのだ。


 ――できることならモアに帰りたい。


 ヒスカラ暦七〇二〇年春・夕刻、大陸突端上空で密かに魂魄の継承を行った銀翼の飛空艇パルコは王都空港に帰還した。

          ノート20200428


挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「ノスト大陸概略地図」


挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「オフィーリア・ヒスカラⅢ世」

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「アンジェロ護国卿」


挿絵(By みてみん)

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