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自作小説倶楽部 第20冊/2020年上半期(第115-120集)  作者: 自作小説倶楽部
第117集(2020年3月)/「覚醒生物」&「擬態」
12/26

04 紫草 著  覚醒生物 『staying at home』

『花莚』2013年4月作品続編

『花莚』https://ncode.syosetu.com/n1903bm/45/


注意・この物語はフィクションです。登場する人物・事柄は全て架空のものです。

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星 「車椅子」



 宮藤卓爾くどうたくじ)、三十二歳。七年前、桜の許に見つけた妖と一緒に暮らしている。

 妖といっても、ちゃんと人間だ。ただ時折、本当に妖怪でも拾ったのかもと思うことはある。単に、天然とも言うが。本人は至って真面目に話しているからこそ笑えてくるのも事実だ。


 降矢花梨(ふるやかりん)、二十六歳。父親は大学病院のそこそこ有名な医師、母親はそこそこ有名な女優。兄弟姉妹はいないことになっているが、父親が若かりし頃に捨てた女性の許に兄がいる。 

 七年前、その兄の存在を初めて知り、その上、彼が父親と同じ病院で働いているという事実に打ちのめされた。母親は何も知らないと言うだけで、寂寥感に襲われた花梨は、夜な夜な桜の許に愚痴をこぼしにやって来ていたのだ。汚い言葉も持たず、誰かを責めることもできず、自分の身だけを追い込もうとしていた。

 卓爾が花梨と出逢ったのは、そんな夜桜見物の一夜だった――。


 今日も卓爾は日課の散歩に出かける。

 昼下がり。蕾む前の桜の樹は朝晩の気温差で季節を感じ、春を待って花を咲かせる。花が咲くと、やはり花梨を想う。

 家族の愛情を感じられず、逃げ出した女。卓爾を交えての話し合いを希望したが、時間がないと断られた。卓爾が引き取りたいと告げるも、問題ないと電話で言われただけだった。

 親から見捨てられたような状況でも、しかし花梨は変わらなかった。大学にも戻ったし、ちゃんと卒業した。女優の娘というだけでは噂にもならず、私生活が晒されることもなく、穏やかに過ごしていた。


 就職先は学生時代からバイトをしていた映画館のスタッフだ。一番多いのは劇場の清掃で、次は売り子。券のもぎりは先輩スタッフが担当することが多く、花梨は人が苦手だから掃除の方が楽しいと笑う。


 親のことを除けば、我々は楽しく暮らした。そう、一緒に料理をすることもあった。深夜のコンビニはアイスクリームを買いに行く。ただ本当は散歩の方が目的で、運動不足にならないようにと一時間くらい歩くこともあった。

 デートは近所の公園でいいと言うような子だった。忙しさにかまけて、その言葉に甘えてしまっていた。

 その気になれば、何処にでも連れて行ってやれたのに。


 今は四方を白い壁に囲まれた、それでも豪華な部屋にいる。病室というだけなら、まだいいだろう。大部屋だったなら、話をする人もいた。看護師もそれぞれの患者の為に出入りをする。その動きは自分の番でなくても、会話の糸口になる。

 ここは違う。

 親がここの医師だから。兄がここの医師だから。特権として特別室に入れられた。早三ヶ月。

 あんなに明るかった花梨はいなくなった。初めて逢った頃の、薄っぺらい言葉を並べる心のない人間に戻ってしまった。


「花梨。プリン買って来たよ」

 有難う、という言葉は聞こえる。でも機械がしゃべっているような感じだ。

「プリン、食べたくなかったか」

 少しだけ意地悪をしたくなった。

「え?」

「漸く俺を見たな」

 花梨は無言のまま、ベッドに起き上がる。


 心臓に欠陥が見つかった。本来、子供の頃に発見されてもよかったらしいが、何故か症状が顕著でなかった為、見過ごされそのまま大人になってしまった。

 異変に気づいたのは卓爾だった。顔色だったり、時折、心臓に手を当てている姿を目にするようになったりしたのだ。

 一緒に暮らし始め、最初の一年は本当の居候状態で、二年目になって付き合うことにした。

 空気のような存在が、いつの間にか当たり前を通し越し、在り続けて欲しい人になった。そんな卓爾ですら気づけた。

 父は医師ではない。医師が父親であっただけで、家族に医師はいなかったということだ。


「ごめんなさい」

「謝って欲しいわけじゃない。怒っていいんだよ。こんな所に閉じ込めるなと叫べばいい」

 見開いた瞳から泪が溢れた。綺麗な玉雫。

「花梨。お父さんが言ったからといって、黙って従っていなくてもいい。俺が責任をとってやる。本当にしたいことはなんだ」


 花梨は泣き続けている。嗚咽を漏らすわけでもなく、しゃくりあげて泣くでもない。ただポロポロと玉の雫が落ちていく。

「帰りたい」

 小さな呟きだった。

「聞こえない。もっと大きく言って」

「帰りたい! 卓ちゃんの所に帰りたい!」

 わかった、とだけ言って病室を後にした――。


「花梨、帰るぞ」

 次に特別室の扉を開けた時、卓爾は退院の手続きを全て終えていた。

「間違うなよ。お父さんもお兄さんも止めたからな。俺が我が儘を通しただけだ」

「わかった」

 それでも不安は残るよな。本当に帰ってもいいのかと聞いてくる。

「週に一回は通院だ。酸素吸入の機械も自宅に用意したし、俺がずっと一緒にいる。仕事は自宅で作業して、会社には月に一度出勤する。今はメールで送ることができるから便利だよ」

 だから仕事中は静かにしてろよ、と釘を刺す。


 何日振りだろう。

 花梨が声を出して笑った。

「大丈夫。卓ちゃんの方が黙っていられなくて、きっと私に声をかけてくると思うから」

 何だと。いや、しかしその可能性は高い。ここは黙って聞いておいてやろう。

「着替え、買ってくるか」

「ううん。あるものでいい。それより早く帰りたい」

「そうだな。帰り道、桜の咲いている所あるよ。見ながら帰ろうな」


 そしてタクシーには乗らず、歩きだす。

 病院の庭には多くの木々が植えてある。中でも桜は多い。同じ種類なのだろうが、日当たりの都合で咲き方にも違いが出ている。

「綺麗ね」

 立ち止まり見上げる花梨に合わせ、卓爾も足を止めた。彼女の横顔を見ながら、思わず目を奪われる。

 長い入院生活は彼女を本当に人間離れするほどの白さに変えた。そうしていると、まるで吸い込まれていってしまいそう。思わず、連れて行くなよと桜に向かって祈る。

 どんなに具合が悪い日が続いても、ベッドから起きることができなくてもいい。そこにいてくれるなら、それだけで。

「卓ちゃん。桜って売ってないかな」

 どうだろう。花屋に聞いてみるか。切り花ってわけにはいかないが、何かあるかもしれないからな。

 花梨は喜んで、少しだけ足取りが軽くなった。検索すると、盆栽があるらしい。風流なことだ。

 病院前でタクシーを呼び、運転手さんに近所の花屋に寄ってもらった――。


 メゾネットタイプの一階にベッドを下ろした。

 大家さんに許可をもらい、壁に大型のテレビを取り付けて、ベッドから見られるように設置した。

「映画、好きだろ。好きなだけ見られるよ」

 もともとテレビ番組はあまり見なかった。某有料サイトに登録して、その中から何本かを選んで見る。

「サイドテーブルを作ろうか。その桜、近くで見られるように」

「いいの?」

「そうじゃないだろ」

「あ。そっか。ありがとう」

 そう。それでいい。

 謙遜はいらない。花梨の喜ぶ顔を見ていたいだけだ。

 春はいい。全てがこれからだと思わせてくれる。暫くは家の中で二人きりだよ。楽しくすごそうな――。


【了】 著 作:紫 草 

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