02 柳橋美湖 著 覚醒生物 『北ノ町の物語 70』
【あらすじ】
東京のOL鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていたのだが、実は祖父一郎がいた。手紙を書くと、祖父の顧問弁護士・瀬名が夜行列車で迎えにきた。そうして北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。お爺様の住む北ノ町は不思議な世界で、さまざまなイベントがある。
……最初、お爺様は怖く思えたのだけれども、実は孫娘デレ。そして大人の魅力をもつ弁護士の瀬名、イケメンでピアノの上手なIT会社経営者の従兄・浩の二人から好意を寄せられる。さらには、魔界の貴紳・白鳥まで花婿に立候補してきた。
季節は巡り、クロエは、お爺様の取引先である画廊のマダムに気に入られ、そこの秘書になった。その後、クロエは、マダムと、北ノ町へ行く夜行列車の中で、少女が死神に連れ去れて行くのを目撃。神隠しの少女と知る。そして、異世界行きの列車に乗って、少女救出作戦を始めた。
異世界では、列車、鉄道連絡船、また列車と乗り継ぎ、ついに竜骨の町へとたどり着く。一行は、少女の正体が母・ミドリで、死神の正体が祖父一郎であることを知る。その世界は、ダイヤモンド形をした巨大な浮遊体トロイに制御されていた。そのトロイを制御するものこそ女神である。第一の女神は祖母である紅子、第二の女神は母ミドリ、そして第三の女神となるべくクロエが〝試練〟に受けて立つ。
挿図/Ⓒ 奄美剣星 「マダム」
70 第七階層の覚醒生物
皆様こんにちは、クロエです。前回、浮遊ダンジョン最大のフロア・第七階層に達した私たちは、小型化した炎龍ピーちゃんをパーティーに加え、第八階層を目指して航海をしていました。そんな私たちのクルージングボートのエンジンが何者かによって破壊され、さらに、以前、死神であるお爺様が倒したはずの北洋海賊船が姿を現しました。
◇
私の求婚者である瀬名さん、浩さん、白鳥さんがこんな話をしていました。
第七階層がいくら広いとはいっても、いくらなんでも青い海原が広がるというほどの規模はでたらめ過ぎる。その理由はおそらく、クルージングボートから見える水平線のあるあたりは幻影なのか、あるいは、このダンジョンが一個の〝世界〟をなしているのだろうなと思います。とはいえ、それを追求することに大きな意味はなく、ただ私たちは、ミッションである最終目的地である、第十三階層にたどり着けばよいのだと……。
第七階層の青い海に浮かぶA島からE島。この五つの島のうち、フロア・ゴールに近いD島の島影から現れた四階層ガレオン船が右舷キャノン砲二〇門で攻撃してきました。
「船に砲弾が当たるか否かは、確率の問題だ。現代軍艦はコンピューター制御で弾丸を放つので百発百中だけど、年代物の帆船大砲は目測や勘で撃つので着弾率は数パーセントだ」
舵輪をとっていた理系の浩さんがそう言うと、横で観測をしていた瀬名さんが応じました。
「問題はこの船のエンジンが動かないことだ。だから下手な鉄砲数撃ちゃあたる方式で、敵の残弾次第でいつかは沈められてしまうってことだな」
他方、舳先に立っていた吸血鬼の白鳥さんは、(波の音にかき消されてそれ自体は聞こえませんでしたけれども)パチンと指を鳴らしました。すると下の階層で白鳥さんが手なずけたケルベロスさんが、海に飛び込んで船尾を押したので、砲弾で水柱を上げる中をふたたびボートは動きだしました。
そして……。
魔法少女OBのマダムと、小型化した炎龍のピーちゃんを肩に乗せた駆け出し女神の私・クロエは、審判三人娘の皆さんが見守る中、一発逆転の破壊術式をするため、デッキで通力の〝溜め〟をしていました。
マダムは戦闘モードになると、短時間ながら年齢が大幅に若返り、(見た目)中学生くらいの少女になります。そのマダムがウィンクして私に言いました。
「お砂糖・ミルク・卵があれば、ミルクセーキにもなるし、シャーベットにもなる。さらに小麦があれば、ホットケーキにもなればポタージュにもなる。……炎龍ピーちゃんの火炎、私の魔法、そしてクロエの通力をブレンドしたら、配合しだいでいろんな技になるんじゃないかしら。ちょっと試してみない?」
確かに。やってみる価値はある!
ほどなく、デタラメに撃ち込んでいた海賊船の弾丸のうちの一発が、放物線を描いて、私たちの船に当たろうしていたました。
「今よ、クロエ!」
マダムが指を向けると、先から閃光が発しました。
閃光を合図に私も通力を発動、私達に呼応して、ピーちゃんが火炎を放ちました。ピーちゃんは本来の百分の一スケールである二〇センチになっています。だからたぶん威力も本来の百分の一でしょう。けれども弾丸を吹き飛ばすくらい造作もないことでしょう。
マダムの予想は大当たり。比較的小さな通力で、空中の弾丸を完全消滅させることに成功したのです。
そのときです。
審判三人娘さんたちが、キャーと悲鳴を上げました。船のエンジンルームに潜んでいたらしい、触手系軟体生物が甲板に這い上がってきたのです。
さらに海賊船からは、南瓜みたいなヘルメットを被った海賊たちが、ジェットスキーに乗ってこちらに向かってくるではありませんか。
「これは白兵戦狙いだな……」
いつの間にかやってきた白鳥さんが、そう呟きました。
あ、あのお、白鳥さん、他人事みたいな口ぶりなんですけど……。
◇
それでは皆様、また。
by Kuroe
【主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。母は故ミドリ、父は公安庁所属の寺崎明。女神として覚醒後は四大精霊精霊を使神とし、大陸に棲む炎竜ピイちゃんをペット化することに成功した。なお、母ミドリは異世界で若返り、神隠しの少女として転生し、死神お爺様と一緒に、クロエたちを異世界にいざなった。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。妻は故・紅子。異世界の勇者にして死神でもある。
●鈴木浩/クロエに好意を寄せるクロエの従兄。洋館近くに住み小さなIT企業を経営する。式神のような電脳執事メフィストを従えている。ピアノはプロ級。
●瀬名武史/クロエに好意を寄せる鈴木家顧問弁護士。守護天使・護法童子くんを従えている。
●烏八重/カラス画廊のマダム。お爺様の旧友で魔法少女OB。魔法を使う瞬間、老女から少女に若返る。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。クロエに求婚している。一つ目コウモリの使い魔ちゃんを従えている。第五階層で出会ったモンスター・ケルベロスを手名付け、ご婦人方を乗せるための「馬」にした。
●審判三人娘/金の鯉、銀の鯉、未必の鯉の三姉妹で、浮遊ダンジョンの各階層の審判員たち




