第六話『ファクター』
ウルズ様との謁見が終わったあと、念の為に護は再び牢屋に戻された。ガスパーと話をしたかったが、無理やり獣人たちに牢屋まで連れて行かれてしまったため、会話する機会を得ることはできなかった。
「ったく、あのイケメン魔法騎士長め…。」
「僕がどうかした???」
後ろを振り返るとそこにはガスパーがいた。また気づかぬ間に護の牢屋に忍び込んだのだろう。確かに魔法騎士長と言われるだけのことはある。
彼は悠長に足を組み、手も頭の後ろで組みながらふわふわと宙に浮かんでいた。檻の外を見ると、あの見張りの獣人達はまた崩れ落ちて眠っている。
護は、自身が置いてきぼりにされている話の内容が知りたくてガスパーに問おうとした。その時、
「護くん、ありがとね。」
急にガスパーが護にお礼を言い出した。特に身に覚えがなく、ガスパーから発せられた意外な言葉に驚く護であったが、ガスパーは言葉を続けた。
「護くんがあそこで黙っていてくれたからうまく事が進んだ。感謝しているよ。もしマモル君が話についていけないからといって『一体どういうことだよ!』とか言い始めてたらどうなったことやら。」
言いたい気持ちは山々であったが…と思う護であったが、
「あんなんでそこまで感謝されるとは思ってもいなかったわ。実際は話についていけなさすぎて何も言葉が出なかっただけなんだけどな。」
護の言葉を聞いてガスパーは肩を揺らして笑った。彼の癖なのかもしれないが、笑い方に特徴がありおもしろい。そんなことより護は確認したいことが山ほどあった。
「なあ、ウルズ様に会うまで時間があんまりないから単刀直入にきくけど、俺をこの世界に呼んだ理由って一体なんなんだ?」
「そうだねちゃんと説明しなきゃだね。正直言うと、マモル君ではなくても大丈夫だったんだよ。この世界に存在しない人間なら誰でもよかった。ここに存在している人がどう足掻いたって未来は変わらない。異世界の護くんはこの世界の未来を変えるファクターになる存在なんだよ。」
「話がでかすぎんだろ!要するに俺はたまたま選ばれた一人ってことか?あの時代に住んでる七十億人の内の一人か…すげえ確率だなくそ。」
「いや、マモル君が生きていた時代じゃなくてもよかった。本当に、別の世界の人なら誰でもよかったんだ。もしかしたらマモル君が生きていた時代より過去の人がこの世界に召喚されていたかもしれないってことさ。そんな中マモル君が無作為に選ばれた訳だけど、その確率を具体的に数字で答えると…『約千九十億分の一』だね。」
今まで誕生した人間は累計約千九十億人と言われている。そのうちの一人に護は偶然選ばれてしまったのだ。途方もない数字に、護は自分の悪運を呪った。
「マモル君、さっきも言ったけど、僕は君にこの世界の未来を変えて欲しいんだ。少し先の未来に起こってしまう事件を必ず回避しなくちゃならない。ただの露出狂にするために召喚したわけじゃないよ。」
恥ずかしい思い出をぶり返される護であったが、話の大きさに護はついていけない。今まで現世で平凡かそれ以下の生活を送ってきた護は、異世界の未来を救う使命を背負わされてしまったのだ。
「未来だとか、ファクターだとか、この世界の未来に俺はなんの関係があるんだよ。俺は人に期待されてもそれに応えられる自信が無い。もうそういうのは嫌なんだ。」
護は自分の過去の記憶を思い返し、俯きながらそう言った。
「みんなを救うヒーローにも、マンガの主人公にも憧れてないんだよ俺は。」
「マモル君…。」
「ごめんなガスパー。異世界から召喚されたやつがこんなやつで。」
護がそう言うと、ガスパーは仮面を外した。王の間でみたあの美しい顔が再び顕になった。ガスパーの行動に戸惑う護に彼は真剣な表情で語りかける。
「急にこんな所に召喚してごめん。君を利用する形になってしまうことを許して欲しい。ただ、僕はどうしても救いたいんだ、彼女を。そのために僕に協力してくれないか、この通りだ。」
ガスパーは護に深々と頭を下げた。恐らくそこまでして救いたい人がいるのだろう。王の間以来の真面目なガスパーにたじろぐ護であったが、同時に少し心を打たれた。
「お、おい、頭を上げろよやめてくれ。聞きそびれたけど、未来に起こる事件ってなんなんだ?『彼女を救いたい』って言ってたけど…。それにどうしてお前は未来に起こることがわかるんだ?」
ガスパーは護の目をしっかりと見つめながら答えた。
「僕が救いたいのは、ウルズ王国の国王、ウルズ様だよ。彼女が近い将来殺されてしまう。そして僕は、一生に一度だけ未来を見ることが出来る。大きな事件や災害などを予知出来る。そういう家系に産まれたんだ。」