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第9話 冒険者は司祭様にプレゼントを贈る


 さて、前夜祭当日。


「アレクサンデル、今日は一緒に飲もうぜ!!」


 冒険者の友人の一人がアレクサンデルを酒に誘った。

 アレクサンデルはこれを断ろうとするが……


「おいおい、アレクサンデルは俺たちと違って、女がいるんだぞ。忘れたか」


 どこからともなく現れたダニエルが、冒険者たちを制した。

 すると冒険者たちはなるほどと、納得の色を見せた。


「ああ、そう言えばそうだったな」

「あの銀髪の可愛い子だな? そういえばアレクサンデルにも春が来たんだったな!」

「全く、羨ましい限りだぜ……幸せ死しちまえ! この裏切り者め!!」

 

 まだ日は完全に沈んではいないのにも関わらず、冒険者たちはすでに酔っぱらっていた。

 これにはアレクサンデルも苦笑いを浮かべるしかない。


(……結局、隠し通すのは無理だったな)


 セリーヌと同棲している事実をアレクサンデルはできるだけ隠そうとしていたが、しかし隠し通すのは無理だった。

 アレクサンデルが誰かの手による手作り弁当を毎日のように食べていることと、アレクサンデルの部屋を頻繁に出入りしている銀髪の少女の存在は、すぐに結び付けられ、公然の事実となった。


 アレクサンデル的には(休職中とはいえ)聖職者が男と同じ屋根の下で生活するのは問題があるのではないが、出世に響くのではないかと心配しているが……

 セリーヌはそのあたりはさほど気にしていないようだった。


「まあ……厳密には恋人ではないが、その子と一緒に過ごすのは本当だ。すまないな」

「恋人じゃないなら、何なんだ? 婚約者か? 嫁か?」

「ただの同居人だ」

「それをな、世間一般では嫁って言うんだよ! この野郎!!」


 アレクサンデルは肩をすくめるしかなかった。






「アレク、お帰りなさい」


 アレクサンデルが帰ってくると、エプロンを付けたセリーヌが出迎えてくれた。

 少し前にダニエルに言われた言葉のせいか、セリーヌが新妻に見えて仕方がなく、思わず目を逸らしてしまった。


「ぁ、ああ……ただいま。その、料理は?」

「あと少しでできるわ。配膳、手伝って貰える?」

「分かった」


 基本的に家事ができないアレクサンデルだが、料理をテーブルに並べたりするくらいならできる。

 アレクサンデルはセリーヌの指示に従い、飾り付けをしたり、料理を並べたりした。


「しかし、今日は豪華だな」

「当たり前じゃない。前夜祭よ?」


 丁度焼き上がった七面鳥をテーブル中央に置いたセリーヌはそう言った。

 今日のメインは七面鳥。

 それに加えて、十品以上の料理がテーブルに並べられている。


「ああ、そうだ。……料理を食べる前に、プレゼントを渡しても良いか?」


 アレクサンデルがセリーヌに渡す予定のプレゼントの一つは葡萄酒だ。

 ならば食事の前に渡して、食事の時か、もしくは食後に飲んだ方が良い。


「ええ、良いわよ。……何かしら?」


 そう言ってセリーヌは笑みを浮かべた。

 楽しみにしてくれているようだ。

 アレクサンデルは若干の緊張を感じながら、まずはリボンで飾り付けられた葡萄酒のボトルを取り出した。


「……お前の喜びそうなものが、あまり思いつかなくてな。とりあえず、これを」

「あら、お酒? ふふ……私は嬉しいわよ? どこの銘柄?」

「ブルングント産の、十二年物だ。良いものらしいぞ」


 アレクサンデルがそう言うと、セリーヌの表情が固まった。

 大きく目を見開いている。


「どうした?」

「え、いや……別に……」


 セリーヌは困惑したような表情を浮かべながら、ボトルを受け取る。

 なぜか、手が震えている。


「……まさか、気付いていたの?」

「……何がだ?」

「いえ……その、どうしてブルングント産の、十二年物を?」

「いや、店員に勧められたからだ。俺はあまり酒に詳しくないからな」


 もう一つはセリーヌと“セリーヌ”で、同じ「セリーヌ」同士、妙な縁を感じたという理由もあるが…… 

 さすがにそんなくだらないことを言う気にはなれなかった。


「そ、そうなの……そう……」

「……あまり好きじゃなかったか?」

「い、いえ! そんなことはないわ!! ありがとう!! 後で開けましょう」


 セリーヌはそう言って大切そうにボトルをテーブルに置いた。

 そしてアレクサンデルが用意している、他のプレゼントの箱に視線を移す。


「……まだあるの?」

「ああ。まあ……これは気に入ってくれるかどうか、分からないが……」


 そう言ってアレクサンデルはセリーヌに箱を渡した。 

 

「開けても?」

「ああ、構わない」


 セリーヌは慎重にリボンと包装を解く。

 中に入っていたのは瓶で、瓶の中には何かしらの液体が入っている。


「これは?」

「精油だ。……商品説明によると、安眠できるらしい。まあ、あれだ。枕とか、そういうのに吹きかけてくれれば」

「へぇ……面白いわね。ありがとう、気遣ってくれて。今日から使ってみるわ」


 嬉しそう……というよりは、興味津々という表情を浮かべるセリーヌ。

 とりあえず、気に入ってくれているようで、アレクサンデルは安心した。


「あと、もう一つあるんだが……」

「随分と、くれるのね」

「い、いや……まあ日頃から料理を作って貰ってるし。今日のご馳走も、俺は殆ど手伝えていないからな」


 そう言ってアレクサンデルが取り出したのは、リボンが結ばれたクマのぬいぐるみだった。


「こういう、子供っぽいのは……あまり好きじゃないかな?」

「……」


 セリーヌは黙ってぬいぐるみを受け取り、ギュッと抱きしめた。


「いえ、そんなに嫌いじゃないわ」


 セリーヌはそう言って微笑んだ。


「子供の頃ね、こういうのが欲しかった時期があったの。……結局、買えずに大人になっちゃってね。大人になると、ちょっとこういうのって買いにくくなるじゃない? だから、嬉しいわ」


「そ、そうか……それは良かった」


 アレクサンデル的には、精油が本命で、酒が保険、ぬいぐるみは保険の保険だったのだが……

 意外にもぬいぐるみが一番の大当たりだったようだ。


「……じゃあ、私からもプレゼントをあげる。まあ、あなたと違って、三つもないけど」


 そう言ってから、セリーヌは少し悩んだ様子を見せた。

 そして少し頬を紅潮させて言った。


「目をつむって、後ろを向いてくれない?」

「え? まあ、良いけど」


 アレクサンデルは言われるままに目をつむった。

 するとセリーヌが後ろから抱き着くように密着し、何かをアレクサンデルの首に巻いていく。


 その動作と感触で、アレクサンデルはセリーヌのプレゼントが何なのか分かった。


「目を開けて」


 アレクサンデルは目を開けて、自分の首に巻かれているものに視線を移す。

 それはやはり、マフラーだった。

 毛糸の色は赤く、そして金糸で【Alexander 】と刺繍が施されている。


「もしかして、手編みか? 器用だな……」

「まあ、簡単な裁縫くらいはできるわ。……気に入ってくれた?」

「ああ……ありがたく使わせてもらうよ」


 とりあえず、アレクサンデルはマフラーを取り外すことにした。

 今は室内だし、これから食事をするのにマフラーをつけたままというのは良くない。


 アレクサンデルは丁寧にマフラーを折りたたむ。

 そして自分がセリーヌに渡したプレゼントと一緒に、部屋の隅に一時的に置くことにした。


 それから二人は席に着く。


「じゃあ、乾杯しようか」

「ええ……乾杯」

「乾杯」


 二人は軽くグラスをぶつけた。

 そしてそれから数時間後……






「ん……アレクぅ……アレクぅ……」

「あー、よし、よし……」


 アレクサンデルは椅子に座った状態で、セリーヌに抱きつかれていた。

 泥酔しているセリーヌの頭を撫でながら、アレクサンデルは思った。

 

 どうしてこうなった……






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