第8話 冒険者は司祭様へのプレゼントを購入する
「さて、俺の買い物は済ませた。後は、お前の恋人へのプレゼントだな」
自分の母親へのプレゼントを買い終えたダニエルはそう言った。
セリーヌは別に恋人ではないが……否定するのも面倒なので、アレクサンデルは聞き流すことにした。
「しかし、どうしたものか……」
「何が欲しいのか、聞いて来なかったのか?」
「聞いたさ」
降臨祭でプレゼントを贈るのは当然のこと。
別にサプライズをする必要はなかったため、アレクサンデルは大人しくセリーヌに何が欲しいのかを聞いたのだが……
「何でも良い、って言われてな。常識の範囲内で、だってよ」
「何でも良いが一番難しいよなー」
ダニエルの言葉に、アレクサンデルは頷いて同意を示す。
何でも良い、とは言うが実際に何でも良いわけではないのが難しいところだ。
「まあ、気持ちが篭ってれば何でもいいんじゃね?」
「はいはい、典型的な台詞をありがとう。……どういうものなら気持ちが篭っているか、相手に伝わるのかが難しいんだろうが」
そもそも気持ちの篭っていないプレゼントなど、あまりないだろう。
プレゼントするからには、気持ちを籠めるのは当たり前だ。
「ところで、お前の恋人……セリーヌさんだっけ? そのセリーヌさんは、お前に何をくれるんだ?」
「秘密と言われた」
「秘密かぁ……良いねぇ。羨ましいよ。俺もそういうやり取りがしたいね」
「母ちゃんとしてろよ」
「やだよ……気持ち悪い」
「まあ、確かにそうだが……」
母親と初々しいやり取りをする二十代の男というのは、少々気持ち悪い。
「そう言えば、お前の初恋の人ってのも、セリーヌって名前だったな? もしかして、初恋の相手なのか? だとしたら、二人の思い出の品とか、縁のあるものが良いような……」
「名前は同じだが、別人だ」
もっとも、セリーヌが“セリーヌ”であったとしても、アレクサンデルには「縁のあるプレゼント」など思い浮かばないが。
「……まあ、とりあえず絶対に外れないものを買っておくか」
「あ、一応好きなものとか、そういうのは分かってるんだな」
「まだ二、三週間しか経ってないから、何もかも知っているってわけじゃないけどな」
そう言いながらアレクサンデルが入った店は……
酒屋だった。
「赤と白、どっちが良いかな?」
「……お前、降臨祭のプレゼントで酒を買うつもりか?」
「いや、俺も変だとは思うが……これなら絶対に喜ぶんだよ」
セリーヌは酒好きだ。
ただの酒好きではなく、「かなりの」酒好きである。
夕食では必ずボトル一本は飲む上に、そのあと晩酌でさらにボトル一本飲む。
加えて昼間から飲んでいる時もあるようで、アレクサンデルが帰宅した時にはすでに一本開いていていたりする。
正直、飲みすぎ……というよりかは中毒になっているようなので、アレクサンデルはできるだけセリーヌに酒を控えるように、口を酸っぱくして言っている。
そのおかげか、最近は酒量が少し減ってきているようだ。
まあしかし祭りの日くらいは、飲み過ぎても良いだろう。
「お客様、何をお探しですか?」
「あー、降臨祭で飲む葡萄酒を……」
アレクサンデルがそう言うと、店員が一本の葡萄酒のボトルを持ってきた。
「ではこちらはどうでしょうか? ブルングント産の十二年物です」
「……ブルングント、か」
アレクサンデルが“セリーヌ”と出会ったのは、“セリーヌ”が住んでいた村は、ブルングント地方にあった。
ブルングントは葡萄の名産地。
そして“セリーヌ”の村の特産品も葡萄、つまり葡萄酒だった。
しかも十二年物ということは、丁度アレクサンデルと“セリーヌ”が出会った年にできた葡萄酒ということになる。
(縁のあるもの、か……まあ、“セリーヌ”とセリーヌは関係ないが……)
これも何かの縁。
それにそれなりに良い葡萄酒のようだ。
アレクサンデルは店員の勧めに応じて、ブルングント産の赤葡萄酒を購入した。
「さて……次は何を買おうか」
「あ、さすがに酒だけじゃないのな」
「そりゃあな……あいつも、前夜祭の食事用に葡萄酒くらいは買っているだろうし」
さすがに降臨祭のプレゼントが酒というのは、あまり良くないだろうということはアレクサンデルも分かっている。
買った酒はあくまで保険、つまり本命のプレゼントに失敗した時のためのものだ。
「しかし、女の子ってのは、何が良いんだろうか……」
「女の子と言って良いか怪しいが、俺の母さんの意見も聞くか?」
「ぜひ聞かせてくれ」
アレクサンデルが頼むと、ダニエルは頷いた。
「まず、花とかはやめた方が良いらしいぞ。嬉しいには嬉しいが、処分に困るそうだ。あと服とかも好みがあるから、避けた方が良いってさ。ぬいぐるみとかは、論外だそうだ。幼すぎる」
「あれもダメ、これもダメだな……」
しかしセリーヌならば、案外ぬいぐるみでも喜ぶのでは?
とアレクサンデルは思った。
「装飾品とかって、ダメか?」
「趣味がある程度、分かってるなら良いんじゃないか?」
「趣味、か……」
セリーヌはあまり装飾品を身に着けていない。
清貧を重んじる聖職者としての立場なのか、それとも元々そういうものには興味がないのかは分からないが……
何かしら装飾品を普段から身に着けているならばどういうものを好むのか推察できるかもしれないが、しかし身に着けているところをあまり見たことがない以上、それは叶わない。
とりあえず、セリーヌのことをまだ良く知らない現状は止めて置いた方が良いのかもしれない。
「何なら良いんだ?」
「お勧めはハンドクリームだそうだ。気遣ってる感が出る」
「うーん、ハンドクリームは持ってるっぽいしな……」
何だかんだでセリーヌは最低限の身だしなみはしている。
よく掻きむしる左手首は傷だらけだが、手のひらはきれいだ。
(……左手首、か)
一瞬、傷薬でも買おうかと思ったアレクサンデルだが……
セリーヌの左手首が傷だらけなのは、傷薬による治療が追いつく前に、爪を立てているからなので、傷薬など買っても意味はないだろう。
それに下手に意識させない方が良いだろう。
「……あ、そうだ」
「何か、思いついたのか?」
「……まあな」
アレクサンデルは思いついたものをダニエルに語った。
するとダニエルは眉を潜める。
「降臨祭のプレゼントとして、それはどうよ」
「いや……俺も変だとは思ったけどさ」
まあ、しかし気持ちが伝わればいいのだ。
アレクサンデルとしても、そのプレゼントでセリーヌが少しでも楽になってくれれば嬉しい。
「……まあ、良いんじゃねぇか? 葡萄酒もあることだし」
「よし、じゃあそれにしよう」