第7話 冒険者は司祭様へのプレゼントで悩む
「……はぁ」
セリーヌは深い深いため息をついた。
いつになく元気がなさそうなセリーヌにアレクサンデルは声を掛ける。
「どうしたんだ? 随分と落ち込んでるじゃないか」
「……アレク」
セリーヌは顔を上げた。
それから壁に掛けられているカレンダーを指さす。
「もうそろそろ、十二月も終わるわ」
「そうだな……」
セリーヌと出会ったのは十二月の初旬だった。
かれこれ一月、短いようで長い日々だった。
「来年もよろしくな」
「……来年も、いて良いの?」
「ああ、良いぞ。お前がいたいだけ、いてくれていい」
アレクサンデルとしては、できるだけ長い間セリーヌの作る美味しいご飯を食べていたいのだ。
……まあ添い寝をするときに、少し理性を抑えるのが大変ではあるが。
「そう……ありがとう」
「それで、悩みは何なんだ? 十二月が終わるのが、どうした?」
「……二十四日に前夜祭、二十五日に降臨祭があるでしょう?」
前夜祭と降臨祭はイブラヒム教にとって、非常に大切な宗教行事である。
通常、この日は家族と一緒にゆっくりと過ごす。
家族と離れて暮らしている者は、恋人や友人と食事をしたりすることもあるという。
まあ過ごし方はそれぞれだ。
とにかく、祝えれば良いのだから。
「毎年、私はブライフェスブルク領に戻って……ブライフェスブルク家の人たちとこの日は過ごすわ」
「つまり家族と一緒に過ごすってことは……もしかして顔が合わせられない、とか?」
「……うん」
セリーヌは聖職者だが、今は休職中である。
半強制的に休職させられたため、セリーヌはそれを「クビにされたようなもの」と捉えている。
そのことをとても気にしているのだ。
「別に良いだろう、家族なんだろう?」
「……家族は家族でも、少し複雑なのよ」
非常に厳しい家柄なのだろうか?
アレクサンデルは首を傾げた。
「言っておくけど、ブライフェスブルク家の人たちは非常に良い人たちよ。……――の私をちゃんと、家族として扱ってくれているし」
後半、何かを小さな声で呟いた。
何と言ったか聞き取れなかったため、アレクサンデルは聞き返そうとするが……
それをセリーヌが遮った。
「とにかく、悪いのは私よ。ブライフェスブルク家の人たちは悪くない。……ただ、私が気まずくて、顔を合わせられないというか、少し怖いというか……いや、分かっているのよ。別にあの人たちは、私がクビになったって、私を勘当するようなことはしない。でも、それでも、やっぱり怖いのよ。……私は、自信がないの。聖職者ではない、司祭ではない私には、価値がないんじゃないかって……」
「そんなことはない」
アレクサンデルはそう言ってセリーヌの肩を掴んだ。
そしてぐっと、顔を近づける。
「な、何よ……」
「俺は聖職者じゃない、司祭じゃないお前しか知らない。だが、お前が優しい奴だって知ってるし、面倒見が良い奴だってことも知ってる。料理が上手なのも知ってる。可愛い魅力的な女の子だってことも知ってる。あとは……」
アレクサンデルはひたすらセリーヌの良いところを羅列していく。
するとセリーヌの顔がどんどん赤く染まる。
そしてようやく、客観的に見てセリーヌを口説いているようにしか見えないことに気付いた。
あわてて、アレクサンデルはセリーヌから離れる。
「と、とにかく……あ、あまり自分を卑下するな? 別に聖職者じゃなくても、司祭じゃなくても、お前は価値がないわけじゃない」
「そ、そう……そうね。あなたは、あなただけは……聖職者じゃない、司祭じゃない……――な私を、――きになってくれたものね」
後半、セリーヌは一部分だけを小さな声で言った。
そのため、その部分だけはアレクサンデルは聞き取ることができなかった。
「それで、前夜祭と降臨祭だが……まあ、行きたくないなら行かなくても良いんじゃないか? ちゃんと断りの手紙を出せば大丈夫だろう」
アレクサンデル個人の意見としては、家族と一緒に過ごした方が良いと思う。
しかし嫌なことを無理にやる必要もない。
精神的に不安定なセリーヌには、まずは心の安定が、ストレスになるようなものを避けることが必要だとアレクサンデルは考えている。
「そう、ね……うん、ありがとう。と、ところで……アレクは、何か予定とかあるの?」
「ん? 前夜祭と降臨祭か? まあ、あまりないな。家族とは少し離れて暮らしているし。いつもは酒場で酒を飲んで過ごしている」
冒険者流の前夜祭・降臨祭の過ごし方だ。
「……ということは、エンデアヴェントに残るということね」
「ん……そうなるな。お前の飯を食いたいし……酒場で酒を飲むよりも、お前の料理を食べたいな」
「そ、そういうことをさらっと言わないでよね……」
セリーヌは顔を赤くして、軽くアレクサンデルの胸を叩いた。
そんなセリーヌがとても愛おしく感じたアレクサンデルは、セリーヌを抱きしめたい衝動に駆られたが、どうにか理性でその衝動を抑えつけた。
その翌日。
アレクサンデルはいつものように迷宮に潜っていた。
アレクサンデルは特にチームを作っているわけではないので、一人で潜る時もあれば、実力が近しい者と一時的なチームを結成して潜る時もある。
今日は後者で、友人のAランク冒険者、ダニエルと共に迷宮に潜っていた。
「そろそろ降臨祭だな」
休憩中、ダニエルがそんなことを言い始めた。
アレクサンデルは眉を潜める。
「それがどうした?」
「お前、プレゼントは用意したか?」
「プレゼント? 欲しいのか?」
降臨祭には親しい者たちのためにプレゼントを用意するのが普通だ。
多くの者たちは友人や家族、恋人のためにプレゼントを購入して交換する。
もっともアレクサンデルたち、冒険者の間ではあまりそういうことはしない。
貰っても困るからだ。
アレクサンデルは違うが、冒険者の多くはその日に稼いだ金を全てその日のうちに使ってしまうような者が多く、そもそもプレゼント代が用意できないこともある。
「いらねぇよ、お前からのプレゼントなんてな」
「じゃあ、何でプレゼントなんて……」
「お前の恋人だよ」
ダニエルはアレクサンデルが食べている弁当を指さして言った。
すでに冒険者の間では、アレクサンデルに恋人ができたと噂になっている。
「別に恋人じゃないが……」
「あー、もうそういうのは良いから。それに恋人じゃないにしても、親しいんだろう? なら、プレゼントを用意するべきなんじゃねぇの? まさか、用意していないなんてことはないよな?」
「いや……すっかり忘れていた」
アレクサンデルには降臨祭のプレゼントを贈る相手が今までいなかった。
無論、家族はいる。
遠くで離れている妹が一人。
しかし妹からはプレゼントはいらないと言われているので、アレクサンデルは彼女とはカードのやり取りくらいしかしていない。
そういうわけですっかり忘れていたのだ。
「ありがとう、ダニエル。……完全にすっぽかすところだった」
セリーヌは聖職者である。
まさか聖職者である彼女が宗教祭日で何をしなければならないのかを忘れているはずがないので、十中八九アレクサンデルへのプレゼントは用意してくれているだろう。
もしダニエルが指摘してくれなかったら、アレクサンデルは非常に気まずいことになったに違いない。
「しかし何を贈れば良いか……」
「ん……じゃあ、明日一緒に買い物に行こうぜ。俺もプレゼントの用意があるからな」
そういうわけで、アレクサンデルはダニエルと共に買い物に行くことにした。
「ところで、お前、贈る相手……恋人なんていたっけ?」
「……母さんだよ、察してくれ」
「……なんか、すまん」