表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/31

第6話 冒険者は幼馴染の夢を見る

「なぁ、セリーヌ」


 シロツメクサで輪っかを作っている四歳の女の子に、アレクサンデルは声を掛けた。

 すると女の子……セリーヌは顔を上げた。


 それは大変、美しい少女だった。

 二重瞼に長い睫毛、きれいに筋の通った鼻、ふっくらとした唇。

 髪は美しい銀色で、夕日の光を受けて黄金に輝いている。

 瞳は本物の紫水晶が嵌め込まれているように見える。


 そんな少女は、キラキラとした、夜空に散りばめられた星のような。地中から湧き出た清水のように澄んだ瞳をアレクサンデルに向けた。


 そして笑みを浮かべる。

 その瞬間、セリーヌの周囲が不思議と明るくなったように感じた。


「なに? アレク」

「……」


 思わずアレクサンデルはセリーヌの表情に見惚れてしまった。

 そんなアレクサンデルに、セリーヌは顔を近づける。


「アーレークー!」

「うわぁ!」

「ねえ、どうしたの?」

「あ、ああ……ごめん」


 アレクサンデルは自分から呼びかけたのにも関わらず、ぼーっとしてしまったことを謝罪した。

 そして改めて尋ねる。


「セリーヌ。お前って……何か、夢はあるか?」

「夢? ん……毎晩、見るよ? 昨日の夜はね、アレクと遊んだの!」

「昼間と変わらないじゃないか……って、そっちの夢じゃなくてだな」


 アレクサンデルが聞きたかったのは将来の夢だ。

 つまりどんな大人になりたいか、どんな仕事に就きたいか。

 それを聞きたかった。


「将来? ん……あんまり分かんないなぁ」


 セリーヌは腕を組み、難しそうな顔で考え込んでしまった。

 アレクサンデルは苦笑いを浮かべる。


「……セリーヌにはまだ少し早かったかな」

「早くなんてないもん! 私、もう四歳だよ? お姉ちゃんだよ?」


 最近、妹が生まれたセリーヌの口癖は「私はお姉ちゃん」である。

 自慢そうにそんなことを言う時点で、まだまだセリーヌは幼い。

 

「私、今が一番幸せ! だから……今がずっと続けばいいな!」

「……それだと大人になれないんじゃないか? 大人にはなりたくないのか?」

「え? うーん、それは困ったなぁ……じゃあ、大人になっても、今みたいな生活が送りたいな!」

 

 無邪気な笑顔をセリーヌは浮かべた。


「大好きな家族と一緒に、大好きなこの村で、ずっと暮らしたい! ぁ……アレクも一緒だよ!」

「そうか……それは、嬉しいな」


 アレクサンデルは少し困ってしまった。

 アレクサンデルは母親に連れられる形で、隊商と同行してセリーヌの村にやってきた。


 滞在は一週間と決められていて、明日には出立しなければならない。


 それに……


 アレクサンデルの夢はセリーヌの夢とは少し異なる。 

 アレクサンデルは成り上がりたいのだ。


 手段や方法は何でも良いし、どんな職業に就いても構わない。

 ただ、金持ちになりたい。

 偉くなりたい。

 

 そんな漠然とした夢を抱いている。


 娼婦の息子であり、自由民とはいえ最下層のアレクサンデルは、今の境遇から抜け出したいのだ。


「セリーヌ」

「どーしたの?」

「俺たちは明日、この村から出なきゃいけないんだ」

「え? ……もうお別れなの? 嫌だよ!」


 駄々を捏ねるセリーヌを、アレクサンデルは説得する。

 幸いにもセリーヌは聞き分けの良い子で、悲しそうな表情をしているが、理解してくれた。

 納得はしていないようだが。


「セリーヌ。俺、金持ちになったらさ……お前を迎えに来るよ」

 

 そしてお前を買い上げる。

 アレクサンデルは内心でそう呟いた。


 セリーヌは土地に隷属する農奴だ。

 自由民ではない。


 もっとも、幼いセリーヌは自由民だとか、農奴だとか、そういう身分の違いというものをまだ理解できていないようだが。


「本当に? また来てくれる?」

「ああ、約束する」

「絶対だよ? 絶対に、だよ?」

「うん。だから……」


 俺と結婚してくれ。


 その言葉を、アレクサンデルはその時言うことができなかった。







「懐かしい夢を見たな……」


 アレクサンデルはゆっくりと起き上がった。

 そして隣で安らかな寝息を立てている少女を見下ろす。


 朝日で白銀に輝く銀髪。

 容貌は非常に整っており、芸術品のようだ。

 呼吸と共にわずかに上下する胸は、見てわかるほど大きく、にも関わらず腰や手足はほっそりとしている。


 まだ顔は若干、幼さを残しているが……

 その体は“大人の女性”のもので、大変美しく、蠱惑的で、官能的だった。


「目に毒だな……」


 アレクサンデルはわずかに見える白い胸元から目を反らし、布団を被せる。

 

 が、しかしその動作で起きてしまったらしい。

 セリーヌはぼんやりと瞳を開けた。


 そして目を擦りながら起き上がる。


「おはよう、セリーヌ」

「ええ……おはよう……え?」


 セリーヌはアレクサンデルの姿を見て、目を見開いた。

 そしてその瞬間、顔を真っ赤に染めた。


 まず感じたのは痛みだった。

 次に衝撃が走り、体が吹き飛ぶ。


「へ、変態! 痴漢! 強姦魔! し、信じてたのに!! よ、夜這いするなんて!!!」


 涙目でセリーヌは叫んだ。







「本当に、本当に……まことに申し訳ありませんでした……」


 朝食の席で、セリーヌは深々とアレクサンデルに頭を下げた。

 本日で十二回目だ。


 寝起きのセリーヌは、自分のベッドの上にいたアレクサンデルを「強姦しに来た」と素っ頓狂な勘違いをして殴ってしまったが……

 それから数十秒後に、昨晩自分から「側にいてくれ」とアレクサンデルに頼んだことを思い出した。


 それから今に至るまで、冤罪で殴ってしまったことをセリーヌは何度も何度もアレクサンデルに謝罪していた。


「良いって……過ぎたことだ。怪我はないし」


 アレクサンデルは気にしないように言いながら、オムレツをナイフで切り分け、口に運ぶ、

 今日もセリーヌの料理は美味しい。

 殴られた頬の痛みも、料理の美味しさで吹き飛ぶ。


(にしても、凄いパンチだったな……)


 これでもアレクサンデルはSランク冒険者。

 不意打ちとはいえ、女性のパンチなど余裕で避けられるし、受け止められる。

 そして食らったとしても、微動だにしない自信があった。


 しかしセリーヌの拳は避けられなかった。


(……あれは音の速さを超えていたな)


 Sランク冒険者くらいになれば、音の速さを超えることは珍しくはない。

 事実、アレクサンデルの剣の速度は音速を超えている。


 少なくともセリーヌはSランクレベルの実力を持っていると考えた方が良い。


(手合わせしてみたいな……)


 必死に謝るセリーヌとは対照的にアレクサンデルはそんなことを考えていた。


「私の気が済まないわ……な、何かお詫びをさせて。何でもするから……」

「何でもする、ね」


 一瞬、アレクサンデルの脳裏にセリーヌの魅力的な肢体が浮かぶ。

 が、強引に頭を左右に振ってそれを振り払った。


「じゃあ……そう、だな。一つ、聞きたいことがある」

「何?」

「セリーヌって……夢はあるか?」


 “セリーヌ”の夢を見たせいだろうか。

 不思議とアレクサンデルはそれが気になった。


「夢、夢ね……」


 セリーヌは遠い目をした。

 昔を懐かしむような、しかし悲しむような、同時に憎むような、そんな不思議な目だ。


 それからいつもの濁った、死んだような瞳で答える。


「お金持ちになることね。偉くなりたいの」

「へぇ……昔の俺と一緒だな」

「……昔の?」

「ああ。今は正直、そこまで金や地位に拘りはないが」


 アレクサンデルの今の夢……というより目標は、妹に自分や自分の母親のような人生を歩ませないことである。


「そうなの。……私は昔から、お金持ちになりたかったし、偉くなりたかった。今でもね」

「どうしてか、聞いて良いか?」

「……そうすればきっと、みんな私を認めてくれるから」


 小さな声でセリーヌは呟いた。

 そして自虐気味に笑った。


「……お金とか、地位とか、名誉とか、権力とか、そんなものにこだわる人を、どう思う? やっぱり、醜いと思う? 意地汚いって、薄汚れてるって思う?」


「いや、思わないが」


 アレクサンデルは即答した。

 セリーヌは即答されるとは思っていなかったようで、目を見開いた。


「ど、どうして?」

「どうしてって……大なり小なり、人はそういうものを求めるもんだしな。上昇志向というか、より高いところに上りたいっていう気持ちは、悪いことじゃないだろ。むしろ、良いことなんじゃないか?」


 世の中、欲深い人間は「悪い人」という風潮がある。

 にも関わらず、努力をする人は「良い人」という風潮もある。


 アレクサンデルは、これは矛盾していると思っている。


 欲があるから、なりたいものがあるから、欲しいものがあるから……

 人は努力をするのだから。


「上を目指したい人を批難するやつってのはな、僻んでるだけなんだよ。諦めちまった奴が、まだ諦めてない奴に嫉妬して、足を引っ張ろうとしているだけだ。そんなものに耳を貸す必要はないだろう」


 アレクサンデルも若くしてSランク冒険者になった。 

 そのせいでとやかく言われたことがある。


 冒険者と聖職者では社会的な地位が雲泥の差だが……

 それでもセリーヌが、どんなことを言われてきたのかは想像がつく。


「そう……そういう考え方も、あるのね」


 そう言うセリーヌは、どこか安心したような、嬉しそうな表情を浮かべていた。


「ありがとう、アレク。少しだけ、気が晴れたわ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ