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第4話 冒険者は司祭様とお掃除をする

「アレクサンデル、午後は暇?」


 レストランから帰宅した後、セリーヌはアレクサンデルに尋ねた。

 アレクサンデルは頷く。


「うん? ……まあ今から迷宮に行っても大したことはできないからな」


 いつもアレクサンデルは午前のうちに迷宮に潜り、夕方に迷宮を出て、外で夕食を食べてから家に帰る。

 が、今日は朝からセリーヌが生活するのに必要な物を買いに出かけた。

 今から迷宮に潜るのは少し微妙な時間帯なので、今日は冒険者業は見送る予定だ。

 そういう意味では、確かに今日は暇だ。


「……じゃあ、部屋を掃除したいのだけど、良い?」


 セリーヌはそう言って床に散らばっている様々なゴミを見ながら言った。

 はっきり言って、アレクサンデルの部屋は汚い。

 何しろ、半年に一度程度の頻度でしか掃除をしないのだから。


「いや……すまないな」

「いえ、良いのよ。それで動かしたら良くないものとか教えてほしいわ。あと、触って欲しくないものとか」

「そういうのは特にないから徹底的にやってくれ」


 アレクサンデルがそういうと、セリーヌは眉を潜めた。


「財布とか。鍵とか、貴重品はあるでしょう?」

「あるにはあるが……別にお前は盗んだりしないだろう?」


 貴族出身の聖職者様が、冒険者から物を盗むとは考えづらい。

 逆は十分に考えられるが。


「まあ……確かにそうだけど、全く。本当にお人好しね」


 呆れた、という風にセリーヌは言った。

 もっとも、信用してもらえて少し嬉しそうではあったが。


 それからセリーヌは文字通り、徹底的にアレクサンデルの家を掃除してくれた。

 家と言っても、小さなアパートの部屋なのでお世辞にも広くはない。


 アレクサンデルも手伝い(まあそもそもアレクサンデルの家なのだから当然なのだが)もあって、掃除は夕方までに終わった。


「セリーヌは普段から、家で掃除とか料理をしていたのか?」

「ええ、まあ……ハウスキーパーを雇うほどの余裕はないしね」


 貴族なら仕送りくらいあってもおかしくないが……

 と思ったアレクサンデルではあるが、家には家の都合がある。

 もしかしたらセリーヌの家はかなり厳しいのかもしれない。


「掃除の技術は一人暮らしで身に着けたのか? それとも、誰かに教わったとか?」


 掃除にも技術がいる。

 特にしばらく掃除をしていなかったアレクサンデルの部屋はいろいろと汚れが溜まっていたので、キレイにするにはそれなりのコツが必要で、実際セリーヌはアレクサンデルも知らないような技術を使ってトイレや風呂の汚れを落としてくれた。


「まあ、一通りのことは修道院で身に着けたわ」

「修道院?」

「聖職者になるには、一定期間修道院で生活しなければいけないの」


 言われてみればそんな話を聞いたことがある。

 すべての聖職者は修道院で、最低限「清貧・服従・純潔」の心得を学ばなければならないと。


「修道院での生活ってのは、やっぱり大変なのか?」

「別にそんなことはないわよ」


 何でもない、とでも言うようにセリーヌは答えた。

 が、しかしその時アレクサンデルは見た。


 セリーヌは自分の左手首に、右手の爪を突き立てたのを。


「別に修道院の生活は、つらくなんてなかった。確かに少し(・・)大変なこともあったけど、楽しかった……ええ、そうよ、楽しかった。その生活に不満なんてなかったし、トラウマなんてなかった。決して――たこともなかった。院長や先生から――を受けることもなかった。確かに私は――階級の出身だし、そのせいでいろんなことがあったけど、それでも私は今、こうして司祭に……ぁぁ、私、事実上のクビになったんだっけ……あれ、私って何のためにあんなにつらいのを耐え……」


「せ、セリーヌ!」


 アレクサンデルは慌ててセリーヌに声を掛けた。

 というのも、凄まじい勢いでセリーヌが自分の左手首を傷つけ始めたからだ。

 ぶつぶつと、何かを呟きながら。


 それはどう見ても、「少し痒いから掻いていた」というものではない。

 左手首から血が滴り落ちるほど、爪を突き立てる。

 それは間違いなく……


(じ、自傷か……俺の不用意な言葉で変なトラウマを思い出させてしまったみたいだな)


 拾った時から闇を抱えてそうだなと思ってはいたが、想像していたよりも深刻そうだ。


「……何? アレクサンデル」

「こ、今晩の夕食は何かなと……」


 アレクサンデルが尋ねると、セリーヌの右手の動きが止まった。

 セリーヌの表情が少し明るくなる。


「今晩はハンバーグにしたわ」

「ハンバーグか! そ、それは楽しみだ!! 期待して良いか?」

「ええ、勿論」


 一先ずセリーヌの自傷の動きが止まり、アレクサンデルはほっと息をついた。





「すげぇ……」


 テーブルに並んだ料理を見て、アレクサンデルは感嘆の声を上げた。

 

 バゲット。

 野菜スープ。

 サラダ。

 ハンバーグ。

 魚のマリネ。

 フルール。

 赤葡萄酒(ワイン)


 それが今晩のメニューだった。

 葡萄酒を除けば、六品。


 ハンバーグの付け合わせとしてついているジャガイモやインゲン、ニンジンも含めると、料理の種類はかなり多くなる。


(……そう言えばここ数年間、三品以上は一度の食事で食べてないな)


 それが今日一日だけで朝食は五品。

 夕食は六品――付け合わせも含めれば七品――だ。


 随分と手間が掛かっている。


 朝にアレクサンデルに言われた通り、今回はちゃんと自分の分も用意したらしいセリーヌは、二人分の食事をテーブルに並べるとアレクサンデルに座るように促した。


「そうだ、アレクサンデル……謝らないといけないことがあって……」

「謝らないといけないこと?」


 アレクサンデルは首を傾げた。

 アレクサンデルの目から見て、目の前の料理は完璧だ。


「やっぱり半日だと、時間が掛かっちゃうというか……だから手抜き……いや、手を抜いたわけじゃないのよ? ただ、時間短縮の問題で本来やるべきことができていなくて」

「……本来やるべきこと?」

「ええ……ハンバーグのソースは即席だし、野菜スープもちゃんと煮込めてないし、サラダのドレッシングも、もっとちゃんとしたのを作りたかった……それにパンにつけるジャムとかもあった方が良いでしょう? 口直しのピクルスもあった方が良いわよね。でもさすがに少し時間がなくて……」

「……」

「でも、明後日くらいからは大丈夫だから。いろいろ作り置きもできるし! その、だからその料理は私の全力じゃないというか、これからもっと良くなるから、その、私を捨……」

「あ、ああ! 分かった! 期待しているよ!!」


 アレクサンデルはセリーヌの言葉を遮った。

 なんだか、とてつもなく重い一言を言われそうな気がしたからだ。


「い、いただきます」


 アレクサンデルはセリーヌの次の言葉が始まる前に、ハンバーグをナイフで切って口に運んだ。

 噛みしめると口の中で肉汁が溢れ出る。

 すりおろした野菜でできたハンバーグのソースが、濃厚な肉の味によく合っている。


「ど、どう……アレクサンデル」


 酷く不安そうな顔で尋ねてくるセリーヌ。

 アレクサンデルは肉を飲み込んでから答えた。


「美味しいよ」

「ほ、本当に? でも……」

「いや、本当に美味しい! これがまだ本領じゃないっていうのが驚きだ。……期待して良いか?」


 アレクサンデルがそう聞くと、セリーヌはどこかほっとしたような表情を浮かべた。


「良かった……ええ、任せて。それよりももっと美味しいのを作って見せるから」

 

 セリーヌはそう言って握りこぶしを作ってみせた。


(……まあ、これはこれでありか)


 当初は厄介ごとを背負い込んだと思っていたアレクサンデルだが……

 これだけ美味しい食事を毎日食べれるなら、もしかしたら良い拾い物をしたのかもしれない。


 ハンバーグを食べながらアレクサンデルはそう思った。


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