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第31話 エピローグ

 帰宅後、二人はアンナとナタリアに正式に恋人同士になったことを伝えた。

 二人には「むしろ今まで恋人じゃなかったことが驚きだ」と呆れられることになった。


 いろいろと応援してくれたシャルロットには二人で挨拶に出向いた。

 アレクサンデルの背中を押してくれていたシャルロットだが……

 実はセリーヌの背中も押していた。


 セリーヌに対しては「早く(農奴であることを)告白しないと、一生後悔することになるぞ」と忠告していたようだった。


 二人が円満に着地できたのは、シャルロットのおかげと言っても良い。

 二人は頭を下げて礼を言った。

 もっとも……シャルロットは「友人なのだから、これくらいは当然だ」と笑って言った。


 それから彼女は言った。


「お忘れかもしれませんが、セリーヌ様が聖職者で、アレクサンデル様が冒険者……つまりお二人の間に大きな身分の差があることは変わっていません。お二人はゴールしたんじゃありません。スタートラインに立っただけ……それをお忘れなきように」






「シャルロットの言葉には、ハッとさせられたよ」


 シャルロットに会いに行った日の夜、アレクサンデルはセリーヌに語った。

 

 セリーヌが悪夢にうなされてしまうのはいつものことなので、二人はエンデアヴェント市にいたころと同様に一緒にベッドで寝ている。

 無論、だからと言って体を重ね合わせるようなところまでは行っていない。


 キスすらもしていない。

 ……つまり今まで通りだ。


「身分の差、か……」


 セリーヌはため息混じりに呟いた。


「お養父様に、ブライフェスブルク選教候に釘を刺されちゃってるのよね。君ならば節度は分かっているだろう……って。要するに、交際は許すけど、結婚までは許さない。いずれはこちらの指名した相手と結婚してもらう……って」


「……交際は良いんだな」


「お養父様は私の意志を尊重してくれる方だし……それに、結婚する前に自由恋愛を楽しむ貴族ってのは珍しくはないのよ。婚約者がいたとしても、それぞれ別に恋人を作ってるなんてよくあることだし。無論、時期が来たら恋人とは別れて、結婚するんだけど」


 結婚すれば自由に恋愛はできない。

 だからこそ、結婚するまでの間は猶予期間(モラトリアム)という暗黙の了解がある。


「最初に言っておくぞ、セリーヌ」

「……何?」

「駆け落ちは、絶対にしない」


 アレクサンデルは断言した。

 セリーヌは眉を潜める。


「……私が他の人と、結婚しても良いの? その、貴族に養子入りしておいて言うのもなんだけど、絶対に嫌よ」


 セリーヌもアレクサンデルと再会するまでの間は、お見合いによる結婚を受け入れるつもりでいた。

 その時のセリーヌにとっては、アレクサンデルとの思い出は、遠い日の淡い恋心でしかなかったのだ。

 しかし今は違う。


 セリーヌの中で、恋の炎は燃え上がってしまっている。

 自分では鎮火できないくらいに。


「そうじゃない。だが……はっきり言うが、駆け落ちなんてしたら、絶対にお前は不幸になる」

「そんなこと……分からないじゃない」

「分かるさ。断言するよ。落ち着いて、考えてみろ。お前が今まで積み上げてきた実績が、努力が、信頼が、水泡に帰すんだぞ? 耐えられるのか? 休職させられたくらいで、自殺しようとした奴が」

「な、何で、し、知ってるの?」

「勘だ。まあ、鎌をかけた形にはなるが……やっぱりそうなんだな」


 アレクサンデルはセリーヌとの出会い、正確には再会した日を思い出す。

 雪の中、彼女は無一文で座り込んでいた。


 あのまま放置していては、凍死してしまっただろう。


 しかし考えてみれば、アレクサンデルの家に転がり込む以外にも助かる道はあった。

 例えば教会だ。


 教会は祈りを捧げる場所であり、そして政治や行政の中心地でもあるが、同時に家のないもの、食べるものがないものを保護する場所としての機能も備えている。


 ましてや、セリーヌは休職中とはいえ聖職者。

 名前を出せば、簡単に中に入れて貰えただろう。


 そもそもだが、財布の中のお金を使い切るというのもおかしな話。

 茫然としていたとはいえ、エンデアヴェント市まで交通機関を利用して移動できたのだから、残金くらいは確認できていてもおかしくはない。


 つまり……すべてはわざとだったのだ。


 セリーヌは凍死するつもりだった。


「それにしても、随分と回りくどい手段だな」

「修道院にいたころから、何度も首を括ろうとしたけど、怖くてできなくて……」

「……」


 予想はしていたが、自殺未遂そのものは何度も繰り返していたようだった。

 アレクサンデルが掛ける言葉を選んでいる間に、セリーヌはうだうだと後ろ向きなことを呟き続ける。


「啓典には、書いてあるのにね。自殺はいけないことだと。それなのに、聖職者なのに、その教えを破ろうとするなんて……こんなことは、あってはいけないのに。教えを守る勇気も、破る勇気も、死ぬ勇気も、生きる勇気もないなんて、私って、本当にどうしようもない、中途半端な、ダメな人間よね……」


「前も言ったが、セリーヌ。俺が惚れた女の悪口を言うな」


「……」


 押し黙ってしまったセリーヌを、アレクサンデルが抱きしめる。


「辛かったら、何でも俺に言ってくれ。できる限りのことはする」

「……うん」

「それで話を戻すが……俺にはこんなことでうじうじ落ち込んじまうような奴が、駆け落ちなんてのに耐えられるとは思えないんだが、その辺はどう思う?」

「……おっしゃる通りだわ」


 セリーヌは小さくうなずいた。

 アレクサンデルはそんなセリーヌの髪を優しく撫でる。


 サラサラとして手触りの良い、いつまでも触っていたくなるような、そんな美しい髪だ。


「無論だが、俺はお前のこの髪を、俺以外の男に触らせたくない」

「じゃあ、どうやって……」

「認めさせれば良いんだろう? ブライフェスブルク選教候を、そして世間を」


 そう言ってアレクサンデルはセリーヌの髪に唇を押し当てた。

 セリーヌは小さく呻き、恥ずかしそうに顔を俯かせる。


「手段は……まあ、これから考えるつもりだけどな。幸いにも、シャルロットに、イルハム枢機卿に、ヘリホル大司教、そしてお前を含めていろいろコネはできた。そういうのを利用すれば、まあ何とかなるさ。こう見えても世渡りには自信があるんでね」


 アレクサンデルは自分自身の身分や社会的地位が低いことは自覚している。

 が、だからと言って、自分自身に自信がないわけではない。


 冒険者として、今の安定した生活を作り上げたという自負がある。


「それに、だ。アンナさんによると、俺の母さんは、婆さんととある聖職者との娘らしい。もしかしたら……まあ希望的観測にはなるが、その聖職者がものすごく偉い人の可能性もある」


「……ちょっと、楽観的過ぎない? そんな偶然、あるわけないじゃない」


「俺とお前が、こうして出会えたことが、まず奇跡みたいなものじゃないか。運命を感じないか? 俺は今、ちょっと神様ってのを大真面目に信じようかと思うくらいにはそう感じているぜ」


 実際、行方不明になったと思った幼馴染と再会できて、そして恋仲になれた。

 さらにその幼馴染によって、恩人の病気が治った。

 そして大元を辿ると、その幼馴染が聖職者を志す切っ掛けとなったのは、自分との出会い。


 偶然では片づけられない。


「そういう考え方は、ロマンチックで素敵だけど……」

「せっかくの人生だ、セリーヌ。楽観的に行こうぜ」


 そう言ってアレクサンデルはセリーヌを抱きしめた。


「二人でなら、何とかなる気がする」

「それは……ちょっと安っぽい上に、非科学的よ」

「辛辣だな……」


  アレクサンデルは苦笑いを浮かべた。

 もっとも、アレクサンデルもそれは自覚している。


 正式に恋人関係になり、若干、舞い上がっている自分がいる。


「二人だけで無理なら、シャルロットに相談しよう。アンナさんとナタリアも、絶対に味方になってくれる。ヘリホル大司教もきっと親身になってくれるはずだ。イルハム枢機卿は……ちょっと、分からないけど」


「イルハム枢機卿は……恋愛関係で少し不幸なことになったことがあるから、多分、親身になってくれる……はず」


「何があったんだ、あの人」


「恋人を寝取られたのよ」


「……それはご愁傷様だな」


 まあしかし、それなら恋人を取られる苦しみを分かってくれそうだ。

 

 ほかの男にセリーヌを取られるかもしれないと、少しでも思ってしまったアレクサンデルは思わずセリーヌを強く抱きしめた。


「ちょ、ちょっと……アレク、痛い……」

「……もう絶対に、逃がさないからな?」

「……アレクって、意外に束縛するタイプ?」

「かもしれない。……でも、お前もそうだろう?」

「……うん、私も、あなたを離さないから」


 アレクサンデルは少しだけ、セリーヌを引き離した。

 それからセリーヌの顎を掴み、少しだけ持ち上げた。


「セリーヌ……」

「あ、アレク……」


 二人は唇を重ねた。

 

とりあえず、ここで区切りが良いので終わりです

気が向いた時に、続きをちょこちょこと書こうと思っています

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