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第30話 冒険者と幼馴染は……

 セリーヌは泣きそうな顔を浮かべた。


「……せん」


 セリーヌはか細い声で、しかしはっきりと言った。


「その花束を、受け取ることは……できません」


 それは拒絶の言葉だった。

 アレクサンデルは足元がぐらつくのを感じた。


「……理由を、聞いても良いか?」

「私は……あなたに、相応しくありません……」


 相応しくない。

 それは常日頃、アレクサンデルが感じていたことだった。


「聖職者である君には、冒険者である俺は、吊り合わないということか? それは、分かっている。だから……」


 必ず、お前に吊り合う人間になってみせると。

 そう誓おうとした、その時だった。


「違う! そうじゃない!!」


 セリーヌは叫んだ。

 

「そうじゃ、なくて……醜い、私には……綺麗なあなたには、吊り合わない……ということ、です」

「醜い? そんなことは……」

「それはあなたが私の醜いところを知らないだけ!」


 セリーヌは泣きながら叫んだ。


「わ、私は……あなたに、一杯嘘をついてきた! 騙してきた! 誠実なあなたを! 私は、嘘つきで、嫉妬深くて、強欲で、浅ましく、頭のおかしい女なの!」


 思わず、アレクサンデルは頭を掻いてしまった。


「……さいな」

「え?」

「面倒くさい、お前は本当に……面倒な女だと言ったんだ」


 そう言ってアレクサンデルは薔薇の花を右手に持ったまま、左手でセリーヌの腕を捕まえた。

 セリーヌが逃げられないように。


「嘘つきで、嫉妬深くて、浅ましくて、頭のおかしい女? そんなことは知っている! 二か月以上も一緒に住んでるんだぞ? 俺は、別にお前が綺麗だから好きだってんじゃない。綺麗なところも、醜いところも……全部、ひっくるめて好きなんだ! 分かったか、馬鹿! ……こんなところで、大声で恥ずかしいことを言わせるな」


 言ってから、アレクサンデルはここが公共の場であることに気付いた。

 少し周囲から視線を集めてしまっている。


「……お前が、納得できないって言うなら、別に付き合ってくれなくても良い。無論、諦めるつもりはないが、無理強いはしない」


 アレクサンデルはセリーヌに縋りつきたくなる気持ちを抑えて、そう言った。

 するとセリーヌは何かを決意した表情を浮かべた。


「そ、その……アレク!」

「何だ?」

「……私は、本当に……醜いのよ?」

 

 セリーヌは決壊したダムのように、捲し立てた。


「何かあると、衝動的に手首を傷つけてしまうし……」

「知ってる」

「お酒だって……止められないし……」

「知ってる」

「す、睡眠薬だって、手放せないし……」

「知ってる」

「今でも幻聴が聞こえて、誰かが悪口を言ってるんじゃないかって疑心暗鬼になって……」

「知ってる」

「精神安定剤だって、手放せなくて……」

「知ってる」


 どれもこれもアレクサンデルが実際に目撃したことや、シャルロットから聞いたことがあるものだった。 

 それからセリーヌは伏し目がちに言った。


「そ、それに……私は、実は……」


 セリーヌは振り絞るように言った。


「貴族じゃなくて……農奴出身なの……」

「知ってる」


 アレクサンデルはあっさりと答えた。

 セリーヌは顔を上げ、目を見開き、アレクサンデルを見つめる。


「え、え?」

「言っただろ。ずっと(・・・)お前のことが好きだったって」


 それからアレクサンデルは言った。


「嫌なら、突き飛ばしてくれ」


 そう言ってセリーヌを抱きしめた。

 セリーヌは身動ぎをするが、しかし抵抗する素振りは見せない。


「セリーヌ、俺は、お前じゃない。だから……お前の気持ちが分からないし、お前の過去だって、断片的なことしか分からない。……確かにお前にとっては、農奴出身かどうかは、重要なことだったんだろう。だが……俺にとっては、そんなに重要なことじゃない。俺にとって重要なのは、俺がお前のことが好きだということ。そして……」


 アレクサンデルはセリーヌを抱く両手に力を籠める。


「俺は、お前を幸せにしたい。いや……幸せにさせてくれ」

「……重要なことじゃない、か」


 セリーヌは自虐気味に笑った。


「……怖かったの」

「怖かった?」

「……私、変わっちゃったでしょう?」


 何が、とは言わなかった。

 昔と今のセリーヌの話であることは明白だ。


「アレクが好きだったのは、昔の“セリーヌ”でしょう? だから、その“セリーヌ”が、こんなになっちゃったなんて知ったら、“セリーヌ”すらも嫌いになっちゃうのかと思って……」


 思わず、アレクサンデルはため息をついた。


「セリーヌ、お前は賢いが馬鹿だな」

「……どういうこと?」

「すらも、嫌いになっちゃうってことは、今のお前のことが嫌いなことが前提じゃないか。俺は今のお前も大好きだ」

「でも……」


 セリーヌは戸惑いがちに言う。


「こんな性格が悪い女、好きになる要素なんて……」

「セリーヌ!」


 アレクサンデルは思わず大声を上げてしまった。

 するとセリーヌは竦み上がったように体を震わせた。


 申し訳ないことをしたと思いながら、背中を摩る。


「……あまり俺が惚れた女を卑下するな。さすがの俺も怒るぞ」

「ほ、惚れたって……」

「お前が、“セリーヌ”だと確信を抱いたのは、お前に惚れ直した後だ。俺は過去のお前も好きだが、それ以上に今のお前が大好きだ。だって、そうだろう? 目の前にいるのは、お前なんだからさ」 


 十二年間も初恋を引きずっていた男が言えることではないが……

 大事なのは過去よりも今だ。

 

 それに一週間程度の付き合いだった“セリーヌ”と、二か月以上の付き合いのセリーヌでは、後者の方が好きになるのは、アレクサンデルにとっては当然のことだった。


「……なあ、セリーヌ」

「……どうしたの?」

「改めて返事を聞いても良いか?」


 アレクサンデルはそう言って、セリーヌを解放し……

 そして改めて花束をセリーヌへ突き出した。


 セリーヌはそれを……



 受け取った。


「……ありがとう、アレク」

「それはこっちのセリフだ。……俺の気持ちを受け取って貰ったんだから」


 アレクサンデルは胸のつかえが降りるのを感じた。

 

「……ねぇ、アレク。あなたに、渡したいものがあるのだけど」

「ああ、すまない。えっと……何かな?」

「その、あなたのプレゼントに比べれば、ちょっと地味かもしれないけど……ウァレンティヌス祭だし……伝統に則ろうかと、思って」


 そう言ってセリーヌが差し出したのは小さな紙袋だった。

 リボンで可愛らしく結ばれている。


「その、クッキー、焼いたの。あなたにクッキーを焼くのは、その、そんなに珍しいことじゃないから、今回はちょっと、形に工夫したんだけど……」

「……開けて良いか?」

「……うん」


 アレクサンデルは袋を開けた。

 すると中には確かにクッキーが入っていた。

 ハート型に整えられた、可愛らしいクッキーが。


 アレクサンデルはその一つを摘み、口に入れた。

 食べ慣れた、アレクサンデルが大好きなセリーヌの作るクッキーの味だ。


「美味いよ」

「そ、そう……良かった。それで、その、形が……」

「先に薔薇を渡しておいて良かったよ」


 アレクサンデルはハート型のクッキーを摘み、ゆっくりとセリーヌの口元に運ぶ。

 セリーヌはアレクサンデルの意外な行動に少し驚いた様子を見せたが、小さく口を開けてクッキーを口に含んだ。


「俺にも、男としての最低限のプライドがある。先を越すことができて、良かった」


 アレクサンデルがそう言うとセリーヌはもじもじとし始めた。


「べ、別に、そのクッキーにはそこまで、深い意味はないというか……」

「じゃあ俺のことは好きじゃないのか?」

「そ、それは……」


 セリーヌはアレクサンデルを見上げ、そして小さな声で、はっきりと言った。


「……好き、です。あなたのことが、好きです。私も……あなたのことが、ずっと、ずっと、十二年前から、好きでした」


「俺も、君のことが好きだ。ずっと、十二年前から好きだった」


 二人は熱く、互いを抱きしめ合った。


次でエピローグです

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