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第27話 冒険者は司祭様の過去を調べに行く

 アレクサンデルはずっと“セリーヌ”を、否、セリーヌを迎えに行きたいと思い続けていた。

 しかしそう簡単にはいかない。


 アレクサンデルの母が死んだとき、アレクサンデルは十歳。

 アレクサンデルとナタリアの保護者になったのはアンナであるが、当時のアンナの年齢は三十代前半ほどであり、娼婦としては“旬”が過ぎた後……つまり稼ぐのが難しい年齢であった。


 そのためアレクサンデルは自らの食い扶持と二歳の妹を養うために、冒険者として働かざるを得なかった。

 幸いにもアレクサンデルには類まれなる戦闘の才能があり、十分にお金を稼げるようになった。


 が、しかしアレクサンデルが稼げるようになるのと同時期にアンナが石化病を発症した。

 またアレクサンデルはナタリアを、自分の祖母や母、そしてアンナのように――つまり娼婦に――しないように彼女を学校に通わせたかったため、その学費を稼ぐ必要もあった。


 その状況下でセリーヌを領主から買い上げ、そして一緒に生活するのは厳しい。


 結果、アレクサンデルに余裕ができたのは二年前、十八歳になった時だった。


 記憶を頼りにセリーヌの村に訪れたアレクサンデルが目撃したのは廃村だった。

 もぬけの殻になった家屋と、放置されて荒れ果てた畑はアレクサンデルを絶望させた。


「もう一度言いますが、私はセリーヌ様の過去について不用意にお話することはできません」


 シャルロットはそう断った上で続けた。


「しかし……アドバイスを言うことはできます。アレクサンデル様、その土地の所有者を調べましたか?」

「……所有者? 廃村になってるんだぞ?」

「どんな土地でも管理者や所有者がいるものです。まあ共有地のように所有者が複数だったり曖昧だったりすることもありますが。その廃村にも、名目上の所有者がいてもおかしくはありませんよ。その所有者から、土地の取引履歴を遡れば、廃村になった理由は見えてくるのでは?」

「どうやって調べれば良いんだ?」


 冒険者であるアレクサンデルにはそういうことは分からない。

 するとシャルロットはどこからともなく紙とペンを取り出し、さらさらと何かを書き込んだ。


 どうやら学術語(ラテナ語)で書かれているようで、アレクサンデルには読めない。


「土地の取引履歴はその教区の教会で最低五年、重要なものであれば五十年は保存されます。二年前ならばまだ残っている可能性があります。これは私の紹介状です。これがあれば、閲覧も可能でしょう」


「ありがとう、シャルロット」


 アレクサンデルはその紹介状を丁寧に折りたたんでポケットにしまった。

 シャルロットは笑みを浮かべる。


「いえいえ、セリーヌ様のためですからね。あ、私が助言したことは黙っていてくださいよ?」

「……そこまで言うなら、教えてくれても良いじゃないか」


 もうすでに“セリーヌ”=セリーヌを、少なくとも両者に何らかの関係があることを事実上認めているシャルロットに対してアレクサンデルがそう言うと、彼女は人差し指を自分の唇に当ててから言った。


「世の中には最低限、守らなければならないものがあります。セリーヌ様とは約束しましたから、その約束は守ります。ですが、融通が利かせられないわけでもない」


 そう言ってシャルロットは悪戯っぽく笑った。

 それからニヤニヤと笑みを浮かべる。


「そう言えば……そろそろウァレンティヌス祭ですね」

「……それがどうした」


 ウァレンティヌス祭は豊穣を神に祈る祭りであり、春の初めであるこの時期に行われる。

 だがウァレンティヌス祭はただ豊作を祈る祭りではない。

 転じて多産を祈る祭りであり、つまり恋愛の成就を祈る祭りでもある。


 そこから恋人や夫婦が愛する人にプレゼントを贈り合うという風習が生まれた。

 一般的には男性が女性へ花束を、女性は男性にお菓子をプレゼントするのが良いとされている。


「思いを告げるなら、その時が宜しいかと」

「は、早くないか? あと一週間くらいしかないぞ」


 ウァレンティヌス祭までの日時を逆算しながらアレクサンデルは言った。


「プレゼントを準備する時間は十分にあると思いますが?」

「そ、そうじゃなくてだな……心の準備が……」

「私だったら、そんな優柔不断な男はお断りですね。百年の恋も醒めます」

「……分かったよ。腹をくくれば良いんだろう?」


 アレクサンデルがそう言うと、シャルロットは満面の笑みを浮かべた。


「それでこそ、男です」

「背中を押してくれてどうも。……ところで、お前だったらどういうシチュエーションがグッとくる?」

「私に告白するつもりですか? タイプかタイプじゃないかと言われたら、まあタイプじゃないということはありませんが、かといってお付き合いするつもりは……」

「そうじゃなくてだな……」

「冗談です。セリーヌ様の性格を考えれば、下手に捻らず直球が宜しいかと」

「分かった。薔薇の花を百本が良いのかな?」

「百という数は実はあまり意味がありません。それよりも一本減らして九十九本にするべきかと。『ずっと好きだった』という意味になります。セリーヌ様なら分かるはずですよ」


 その日、アレクサンデルは薔薇の花言葉が本数によって変わることを学んだ。







「すみません、アンナさん。それと、セリーヌ、ナタリア。少しの間、留守にする」


 翌日、アレクサンデルは三人にそう告げた。

 セリーヌの村のことを調べるには、ブルングント領へ赴く必要があるからだ。


「別に良いですけど、兄さん。いつ帰ってきますか?」

「一週間以内には必ず」


 少なくともウァレンティヌス祭までには戻ってくる必要がある。

 ちなみに薔薇に関してはシャルロットに確保してもらうことになっているので、心配する必要はない。


「悪いな、セリーヌ」


 アレクサンデルはセリーヌに頭を下げた。

 アンナとナタリアは悪い人間ではないし、セリーヌに対して好意的ではあるが、しかし他人――アレクサンデルとしては三人を家族にしたいと思っているが――であることは変わりない。


 そんな中へセリーヌを一人残すのは本当に申し訳ない。

 それも、セリーヌの過去を探りに行くという理由で。


「……一週間以内には、戻ってくるのよね?」

「ああ」

「なら良いわ。……私にも準備があるし」

「何か言ったか?」

「いえ、何も」


 セリーヌは首を左右に振った。

 そしてニコニコと笑みを浮かべている。


 何となく、何かを企んでいるような気がした。


(……もしかして、ウァレンティヌス祭の?)


 これは期待しちゃっていいのだろうか?

 しかし期待して、違ったらショックが大きい……


 アレクサンデルは出発前から悶々と悶えることになった。

 





 それからアレクサンデルは竜車鉄道にのってブルングント領へと向かった。

 ブルングント領は“善良公”と呼ばれるブルングント公爵によって治められている土地で、その支配は善政で知られている。


 ブルングント領の首都を訪れたアレクサンデルはすぐに教会へと向かった。


 シャルロットのサインは効果覿面で、教会の司教は丁寧に対応してくれた。

 三日ほど待ち、取引履歴を見つけたという報告を受けたアレクサンデルはすぐに教会へと向かった。

 教会の一室へと案内される。


「アレクサンデル様、これがレノワ村周辺の土地の取引履歴でございます」

「ありがとう」


 司教から指示を受けた助祭はそう言ってアレクサンデルの前に紙の束を置いた。

 びっしりと、学術語(ラテナ語)によって情報が書き込まれている。


 教会の文字資料はすべて学術語(ラテナ語)によって統一されている。


「すみません。内容を教えていただくことはできますか?」

「ええ、大丈夫ですよ」


 助祭は笑みを浮かべて頷いた。

 まあ、もとより彼はそのためにここにいる。


 学術語(ラテナ語)を自由に扱えるのは貴族でも少ないのだから、そもそも平民であるアレクサンデルが扱えるはずがない。

 そんなことは教会の司教も分かっている。

 だから部下である助祭にアレクサンデルを助けるように命じたのだ。


(シャルロット様様だな……)


 このような丁寧な扱いはシャルロットの紹介状のおかげである。

 



「まずは現在の土地所有者です。レノワ村一帯の土地はすべて、この人物によって所有されているようですね」


 そう言って助祭は名前が記入されている欄を指さした。

 思わずアレクサンデルは目を見開いた。


 実はガリア語もゲルマニア語も、同一の表音文字である学術文字(ラテナ文字)によって記されている。

 つまりガリア語、またはゲルマニア語の読み書きが分かれば、意味は分からずとも、学術語(ラテナ語)によって書かれた言葉の発音だけは、大まかにだが分かる。


「これは……何と、書かれていますか?」


 アレクサンデルが恐る恐る聞くと、助祭は淡々と答えた。




「セリーヌ・フォン・ブライフェスブルク、と書かれています」


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