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第26話 冒険者と司祭様はデートを終える


「ふふ、アレク。どう?」


 眼鏡を掛け、片手でチョンと上げて見せたセリーヌはドヤ顔を浮かべた。


「いつにも増して知的に見えるな」

「何で笑いながら言うのよ」

「いや、知的に見えるのは本当だけどな? それ以上に可愛いなと」


 するとセリーヌは眉を少し上げた。

 それから丸眼鏡を一つ手に取り、アレクサンデルの顔へ強引に着けた。


「あははは! アレクはあんまり似合わないわね」

「……」


 アレクサンデルは頭を掻いた。


「まあ、俺は……そんなに元が知的ではないからな」

「そうかしら?」

「知ってるかもしれないけど、俺はあんまし教養ないぜ」


 何しろ娼婦の息子である。

 もっともアレクサンデルの母は暇があればできる限りアレクサンデルに文字の読み書きや算術を教えてくれたので、最低限のことはできる。


 と言っても、算術は生活の役に立つ程度。

 読みは看板の文字や商品名が分かるだけで、書きは自分の名前と最低限の単語や言葉が書けるくらいだ。


 ゲルマニア語とガリア語の両方の話者、というのがアレクサンデルの読み書きの習得を困難にしている。

 どうしても混ざってしまうのだ。


「でも、十歳の頃から働いていたんでしょう? それを考えれば、十分凄いと思うわ。きっと、地頭じあたまは良いのよ」


「そうよ。そもそも、教養なんてものはね、教わらない限りは分からないのが当たり前なの。私だって、知らないこと、詳しくないことはたくさんあるわ。分からない、って分かっているだけでも十分に凄いのよ? 世の中にはそれが分からない奴が山ほどいるんだから」


「んん……納得できるような、できないような……結局、俺に教養がないのは変わらないだろう?」


「今からでも身につけられるわよ」


 その時、アレクサンデルは自分が致命的なミスをしたことに気付いた。


「え、いや……」

「私が教えてあげましょうか? ガリア語とゲルマニア語の読み書きは完璧にしてみせるし……何なら、学術(ラテナ)語も読めるようにしてあげる。学術(ラテナ)語が読めれば、大概の本は読めるようになるし、自分で勉強できるようになるわ!」


 セリーヌは眼鏡をかけたままアレクサンデルに詰め寄った。

 キラキラと目が輝いている。


「う、いや……学術(ラテナ)語はさすがに良いかな」

 

 学術(ラテナ)語はイブラヒム神聖同盟全土で通じる、二つの公用語の一つである。

 学術、の名の通りあらゆる学術書、学問に関する本はこの学術(ラテナ)語によって書かれている。

 学術(ラテナ)語を話せることは教養人の証であり、一種のステータスとなっている。


 しかしアレクサンデルは多少の教養は欲しいと思ったことはあるが、しかし教養人になりたいわけではない。


「でも、ゲルマニア語は教えて欲しい……かな? 今後、ゲルマニアで活動することも多いだろうし」

「うん、分かった。大丈夫、分かりやすく教えてあげるから」


 そう言うセリーヌは心なしか嬉しそうだった。

 ふと、アレクサンデルは昔を思い出した。


(昔、“セリーヌ”に文字や算術を教えたな……そう言えば)


 当時八歳だったアレクサンデルは、簡単な文字と単語程度は知っていたし、十までの数の足し算引き算ならばできた。

 それを当時、四歳だった“セリーヌ”に得意気に教えたものだった。


 十二年たって、“セリーヌ”と同名のセリーヌに読み書きを教わることになるとは、奇妙なものだ。


「だが……何だか、悪いな。毎日ご飯も作って貰ってるのに、加えて勉強の面倒まで……」

「良いのよ。これは恩返しだから」

「恩返し?」

「今の私があるのは、あなたが切っ掛けをくれたからってことよ」


 セリーヌは笑って言った。

 その目はやはり淀み、光を失っていたが……

 どういうわけか、“セリーヌ”に似ているような気がした。






「ちょっと疲れたし、休憩にしないか?」

「別に良いけど、どこか休憩する場所でもあるの?」

「当てはある。確か……このあたりにあるはずだが……ああ、あった」


 そう言ってアレクサンデルはセリーヌの手を引いた。

 その店に近づくにつれて、甘い匂いが漂ってくる。


「クレープって、食べたことあるか?」

「ええ、好きよ」


 好き。

 そんな何気ないセリーヌの言葉だけで、アレクサンデルの心臓は跳ね上がった。


 アレクサンデルは誤魔化すようにセリーヌから手を放し、財布を取り出す。


「じゃあ食べようぜ。奢るよ……俺はストロベリーにする。お前は?」

「ん……じゃあブルーベリーで」


 アレクサンデルはすぐにクレープを買ってきて、セリーヌに手渡した。

 それから近くにあったベンチに座る。


「アレクは甘い物は好きなの?」

「人並みには好きだな。お前は?」

「私も好きよ。……今はそうでもないけどね、小さいころは甘い物には憧れがあってね」


 貴族なら甘い物を食べるのはさほど難しくはないのでは? 

 とアレクサンデルは思ったが、もしかしたら厳しい家庭だったのではないかと考え直した。


「あ、あの……その……」

「ほら」

「え?」

「食べたいんだろ?」


 アレクサンデルはそう言って自分のクレープをセリーヌの口元に運んだ。

 セリーヌは顔を赤くして、口を小さく開けてクレープを齧った。


「ん……はい」

「ありがたく貰うよ」


 こういうのは恥ずかしがるから、余計に恥ずかしくなるのだ。

 アレクサンデルはそう思いながら、何でないという表情で大きく口を開けてクレープを齧った。


「ちょっと、一口が大きいんじゃない?」

「じゃあ、もう一口良いぜ」


 アレクサンデルはそう言って自分のクレープを齧ってから、セリーヌに突き出した。

 するとセリーヌは潤んだ瞳でアレクサンデルを見上げた。


「アレクの意地悪……」

「食べないのか?」

「……ん」


 するとセリーヌはやはり小さく口を開けて、アレクサンデルが齧った部分を口に含んだ。

 クリームで艶やかになった唇がゆっくりと動く。

 それはとても艶めかしく、色っぽかった。







「アレク、私が半分持とうか?」

「いや、荷物持ちは俺の仕事だ」

 

 両手に荷物を持ったアレクサンデルは言った。

 セリーヌはアレクサンデルの衣服、その他生活雑貨を買ったので、かなりの荷物になっている。


 本当は少し見て回る程度の予定だったのだが、思ったよりも買い込んでしまった。


「……良いよ、半分持つわ」

「だが……」

「それだと、両手が塞がっちゃうでしょう?」

 

 一瞬、アレクサンデルはセリーヌの言葉の意味が理解できなかった。

 が、すぐにその意味に思い至り……少し悩んでから軽い方の荷物を手渡した。


 セリーヌはそれを受け取り、もう片方の手でアレクサンデルの空いた手を握った。


「ね、ねぇ……アレク。その……」


 夕日に染まった赤い顔でセリーヌはアレクサンデルを見上げた。

 美しい銀髪が、太陽の光を受けて黄金に輝いている。


「今日は凄く、楽しかった……ありがとう」


 あぁ、可愛いなぁ。

 思わずアレクサンデルは思ってしまった。


「どうしたの? アレク」


 茫然とセリーヌの顔を見て固まってしまったアレクサンデルに、セリーヌは首を傾げて尋ねた。

 アレクサンデルは慌てて首を横に振った。


「いや、何でもない。……少し腹を括っただけさ」


 その笑顔をもっと見たいと思ってしまった。

 幸せにしたいと、思ってしまった。

 ずっと一緒にいたいと思ってしまった。

 

 好きだと、いや、大好きだと思ってしまった。


 愛していることを自覚してしまった。


 身分の差など、どうでも良いと考えてしまった。


 そして……


「やっぱり、お前だったんだな」

「どうしたの? アレク?」

「……何でもないさ」


 気付いてしまった。

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