第25話 司祭様と冒険者はデートする
「そ、そうだ……セリーヌ。一つ気になったんだが、聞いて良いか?」
「どうしたの?」
「無知で悪いんだが……どうして治癒術には魔法薬が必要なんだ? 逆に魔法薬だけで治療とかはできないのか?」
たとえどんなに小さな傷であっても、その魔法的な治療には必ず治癒術と魔法薬の二つが必要となる。
これは魔導医学の常識とされている。
「良い質問ね。何事も疑問を抱くことは大切だわ」
セリーヌは頬を赤らめたまま言った。
それから先程アレクサンデルの口に入れた自分のスプーンを見つめ、散々迷った末に顔を真っ赤にしたまま、オニオングラタンスープを掬って口に入れた。
「アレクは人は何によってできていると思う?」
「何によってて……骨とか筋肉とか?」
「半分正解ね。人の半分は肉体によってできているわ」
「その言い方だと……もう半分は心とか?」
「正確には魂ね」
セリーヌは頷いた。
「人は“血肉”と“魂”によってできているの。だから人の病気や怪我を治すには、“血肉”と“魂”の両方が必要なの」
「だから二つ必要ってことか?」
アレクサンデルが聞くと、セリーヌは笑みを浮かべた。
「理解が早くて助かるわ。“血肉”は大元を正せばそれは大地から得られた穀物や動物の肉によってできている。この大地からもたらされた、“血肉”に宿る神秘は神学では“母なる神秘”と呼ばれているわ。この“母なる神秘”を供給するのが魔法薬。一方、魂は主によって吹き込まれたものよ。これは“父なる神秘”と呼ばれている」
「……なるほど。“父なる神秘”を供給するのが聖職者の祈り、神聖術か」
「そういうこと」
体内の魔力を使って諸現象を起こすのが魔術である。
一方信仰心によって神から“神秘”を受け取り、諸現象を起こすのが神聖術だ。
治癒術は神聖術の一種である。
「まあ、でもこの説明は分かりやすくするためにかなり噛み砕いたものだから、正確なものじゃないけど」
「正確に説明すると難しくなるのか?」
「正しい理解を得るには一年は必要ね」
さすがに一年間、この場で講義を受ける気にはなれなかった。
とりあえず、場を誤魔化すという目的は達成できたので、これで良しとする。
メイン料理を食べ終えると、店員がデザートを運んできた。
幸い(?)なことにデザートは二人とも同じだったので、互いに食べさせ合う必要はない。
「それでどこに行く? アンナさんはお前に街を案内しろって言ってたけど、実際、お前はルテティス市に関してはかなり詳しいんじゃないか?」
「そんなことないわよ? 私が学校に通わされた期間はたった一年だし、住んでいたのは貴族街で、そこから外にはあまり出なかったから」
「それもそうか」
ルテティス市は広く、地価によって住む人の社会階級は異なる。
セリーヌが通ったのは貴族の学校なのだから、地価の高い場所に住んでいたのは当たり前で、逆にそれ以外の場所は知らないのだろう。
「まあでも、ルテティス市の名所ならある程度シャルロットと一緒に回ったわね」
「うーん、そうだな。商店街にでも行くか? 安い雑貨とか、服とか、あると思うぞ」
「雑貨に服か……そうね、良いかもしれないわね。うん、そこに案内して」
「分かりました、お姫様」
「へぇ……いろいろ売ってるのね」
キョロキョロとセリーヌはあたりを見渡した。
アレクサンデルは頷く。
「ああ、高級品はないけど、そこそこ良いのが揃ってるぞ」
「良いわね。私、実用性が高いものは好きよ。……あそこ、行って良い?」
「ああ」
早速、セリーヌが目を付けたのは食器などが売っている店だった。
一つ一つを手に取り、じっくりと観察する。
「さすがルテティス市……お洒落なのが揃ってるわね」
「そうだな。……食器、少し足りないし買っていくか?」
ナタリアやシャルロットが来るようになってから判明したが、三人以上になると食器が少し足りなくなる。
今後誰かを家に招いたり、泊らせたりすることを考えれば買い足した方が良いかもしれない。
「そうね……」
そう言ってセリーヌが手に取ったのは……
幼児用のフォークだった。
「あ、いや、こ、これは……こ、子供が泊りに来るかもしれないということであって、別にそれ以上の他意はないわよ!?」
セリーヌは慌てた様子でフォークを棚に戻した。
それからセリーヌは誤魔化すように、早口で言った。
別にそこまで焦ることもないのに……とアレクサンデルは苦笑いを浮かべる。
「食器は重いし、嵩張るから、買うなら後にしましょう! それに他にも良いお店があるかもしれないし!」
「そうだな。服でも見るか? もうすぐ春だし」
「そ、そうね!」
それから二人は服を中心に売っているエリアへと向かった。
「ん……これと、これにしようかしら」
「案外、あっさり決めるんだな」
一通り服を見てから迷いなく服を選ぶセリーヌを見て、少し意外そうにアレクサンデルは言った。
女性というのは服を選ぶのに時間をかける生き物だと勝手に思い込んでいたアレクサンデルにとっては、セリーヌの決断力は意外だった。
「こういうのはいくら悩んでも、結論は出ないのよ。悩めば悩むだけ、むしろ選ぶのが難しくなるの。だからその時に、良いなと思ったのは主の思し召しだと思うことにしているわ。……無論、主が衣服を選ぶくらいのことでわざわざ天啓を授けてくれるとは思わないけれど」
「賢明だな。うん、悩めば悩むほど、こんなに悩んだんだから良い物を選ばないと……って思っちまうもんな」
アレクサンデルも割と適当に選んでしまうタイプだ。
……もっともセリーヌは雑に選んでいるのではなく、きちんと自分に似合うかを考え、そしてちゃんと試着した上で買っているので、アレクサンデルとは全く異なるのだが。
「そうだ、アレク。何か……私に服を一つ、選んでよ」
「服を? う、うーん、他人の服となるとな……」
雑に選ぶわけにはいかない。
アレクサンデルは服をいくつか眺め、無難そうなものをチョイスした。
「これとか、どうだ? お前に似合う……というよりは、若い子なら誰でも似合うような気がするけれど」
アレクサンデルが選んだのは白いワンピースだった。
よく見ると小さな花柄の模様が描かれている。
短い袖と肩の部分はレースになっていて、肌が透ける構造になっている。
「ちょっと寒そうだが……ストールとか、長袖の上着とかを羽織れば、着れるし、夏はそれを脱げば良いかなと」
「意外に良いセンスしているじゃない」
一応、気に入ってくれたらしいセリーヌはそのワンピースを受け取った。
それからそのワンピースに似合いそうなのをいくつか選ぶ。
「じゃあ、試着するから……ちゃんと見てよ?」
「ああ、分かった」
アレクサンデルは試着室の前でしばらく待つことになった。
カーテンの奥で布が擦れる音がして、想像力を掻き立てる。
(今のセリーヌは下着、か……あいつ、何色なんだろうか?)
ピンクか、青か、赤か、黄色か?
(司祭だし、清楚な白とか? って、俺は何を考えているんだ)
アレクサンデルは頭を左右に振って妄想を追い払った。
「あ、アレク……い、一応着替えたんだけど……見たい?」
ちょうどその時、着替え終えたらしいセリーヌに声を掛けられた。
しかしどういうわけか、少し困惑気味な声音をしている。
「いや、見たいけど……どうかしたのか?」
「わ、分かった……ちょっとだけ、だからね? あんまり凝視しないでよ?」
そう言ってセリーヌはカーテンを開けた。
そこにはアレクサンデルが選んだワンピースに、麦わら帽子を被ったセリーヌが立っていた。
「麦わら帽子か……」
“セリーヌ”も被っていたな、とアレクサンデルはふと思った。
セリーヌと“セリーヌ”の姿が妙に重なる。
それからアレクサンデルは視線を下へ移し、そしてドキッとした。
「これを着るときは下着の色は選ばないと不味いかもね……この色はダメね。ベージュじゃないと」
そう言いながらセリーヌは恥ずかしそうに髪を弄っていた。
白いワンピースにはくっきりとセリーヌの下着が透けて見えていた。
「く、黒って……意外に大胆なのつけてるんだな」
「も、もしかして……黒は嫌い?」
「いや、好きだけど……清楚な感じの子がそういうのを着けてると、ギャップというか、思ったよりも来るなと……」
それからアレクサンデルは「俺は何を言っているんだ」と自分で自分に突っ込んだ。
アレクサンデルが少し混乱して突っ立っていると、セリーヌはハニカミながら言った。
「えっと、もう良い?」
「あ、ああ! 良いぞ!! 十分、見させてもらった」
「……変態」
顔を少し赤らめながらアレクサンデルを罵倒したセリーヌはカーテンを閉めた。
それからセリーヌは自分で選んだ服を何着か着てアレクサンデルに意見を求めた後、そのうちの何着かを購入した。
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補足
イブラヒム教の唯一神
実はこの世界では“神”は科学的に存在を証明することができる。
なぜなら神聖術が存在するから。
神聖術は“世界の外側に存在する何か”からエネルギー供給を受けて、現象を発生させる科学技術。
だから“エネルギー”の出処がどこかに存在することだけは確かで、それこそがイブラヒム教が想定している“神”。だからイブラヒム教では神の存在を科学的に証明できてしまう。
もっとも、その“世界の外側に存在する何か”がイブラヒム教の啓典に書かれているような、世界と人類の創造主で、最後に人類を救ってくれるかどうか、そもそも人類の味方であるかどうかは分からないが。
セリーヌ様の下着事情
実は紐のTバックしか持ってない。そのうち五割は黒で、もう四割は白。残りの一割がその他の色。