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第23話 司祭様は冒険者の養母を治療する

 さて、翌日の早朝。


「あら、本当に美味しい。セリーヌさん、料理がお上手なのね」


 セリーヌの作った朝食を口にしたアンナは驚きの声を上げた。

 するとなぜかナタリアが自慢気に言った。


「ほら、言ったでしょう? セリーヌさんの作る料理は美味しいって」

「ええ……これならきっと素敵なお嫁さんになるわ!」

「どちらかといえば、兄さんが婿に行くんじゃないですか? 逆玉だし」

「あら、それもそうね」


 すっかりアレクサンデルとセリーヌが恋人同士……

 というよりはもう婚約していて。結婚間近という前提で話をするナタリアとアンナ。


(やばいぞ……知らない間に話が進んでいる……)


 なぜかアレクサンデルたちをそっちのけで誰を結婚式に呼ぶべきかという話をしている。

 アレクサンデルとしてはすぐにでも否定したい気分だが、アンナが本当に嬉しそうなので否定しづらい。


(というか、セリーヌもセリーヌだろ。あいつ、何でお義姉さんと呼ばれることもお義母さんと呼ぶことも受け入れてるんだよ)


 そう思いながらアレクサンデルはセリーヌを半眼で見る。

 セリーヌはアレクサンデルからの視線には気付かず、料理を褒められて嬉しそうにしている。


(……病気が治ったら、ちゃんと説明しよう)


 アレクサンデルは固く決意した。




 朝食後、セリーヌは皿洗い等をアレクサンデルたちに任せ、自身はシャルロットを迎えに行った。

 ナタリアが学校へ行くために家を出ていくと、アンナと二人っきりになる。


「アレクサンデル」


 皿洗いをしているアレクサンデルにアンナが声を掛けた。


「何ですか?」

「セリーヌさんとこのことだけど、後悔だけはしないようにね」


 皿を洗いながら、アレクサンデルは眉を顰める。

 そんなことを言いだす理由が分からなかった。


「あなたのお爺さんは、聖職者だったのよ」


 唐突に明かされる真実にアレクサンデルの手が止まった。


「それは……」


「あなたのお婆さんは、お爺さんのために、お爺さんと別れたの。そしてあなたのお母さんを産んだ。その結果は知っている通り、石化病。……でも、その人生は確かに幸福とは言い難かったけれど、それでもあの人は笑って死んだわ」


 アレクサンデルとナタリアがアンナに育てられたように、アンナはアレクサンデルの祖母によって育てられた。

 アンナとアレクサンデルの母は姉妹同然に育ったのだ。


「これは当然の報いなんです。あの人を裏切った罰。だけど私は後悔していない。なぜなら今、こうして自分の最期に涙を流してくれる娘たちを得たのだから」


 アンナは一語一語、思い出すように言った。


「ああ、言っておくけどね? 別に私はセリーヌさんと別れろって言っているわけじゃないのよ。……少なくともあなたのお婆さんにとっては最善だったというだけのこと」


「何でそんなことを急に言うんですか?」


 アレクサンデルがそう尋ねると、アンナはのんびりとした声で、しかし真剣な声音で言った。


「左手首の傷に自分で引っ掻いたような傷があったわ」

「……さすがですね」


 そういう人間を、職業柄大勢見たことがあるのだろう。

 アレクサンデルはアンナの慧眼に感嘆の声を上げる。


「アレクサンデル、幸福になりたかったら後悔だけはしないようにしなさいね。何が最善か、しっかり考えなさい」


「……分かっています」


 アレクサンデルはそう言って再び皿洗いを始めた。





 それからしばらくすると、セリーヌはシャルロットを連れてきた。

 シャルロットはやはり、いつものメイド服であった。


「シャルロット・カリーヌ・ド・モンモランシ・ド・ラ・アリエです。アレクサンデル様とは、少し前にエンデアヴェント市でお世話になりました。この度は治験に協力してくださり、ありがとうございます。つきましては、この契約書にサインを」


 シャルロットはそう言って契約書を突き出した。

 条件に関してはすでにアレクサンデルが手紙でアンナに伝えてあったので、アンナは迷うことなく契約書にサインをした。


「では、手っ取り早く始めてしまいましょう。とりあえず、これをグビっと飲んでください」


 シャルロットはそう言って瓶をアンナに渡した。

 中にはドドメ色の液体が入っている。

 どう見ても体に良さそうには思えない。


 が、アンナは躊躇なくそれを飲んだ。


「ううぇ……なに、これ……不味……」


 最後まで言い切る前にアンナは後ろへ倒れた。

 アレクサンデルは慌ててそれを抱きかかえる。


「お、おい! 大丈夫なのか?」

「この薬には睡眠薬が混ぜてあります。つまり問題ありません」


 病気の治療には一定の痛みを伴う。

 そのため痛みを感じないように麻酔効果のある薬を混入させているのだ。


「じゃあ、ベッドに移して」

「……ああ、分かった」


 アレクサンデルは言われるままにアンナをベッドに横たわらせた。

 セリーヌは安らかな笑みを浮かべるアンナの衣服をめくり、腹部に両手を当てた。

 

 そして聖句を唱える。


「『主よ、病の床にある者を癒したまえ』」


 柔らかい光がアンナの体を包み込む。

 時間にして三十秒ほどの時が流れた。


「ふぅ……」


 セリーヌは両手を放し、汗を拭った。


「石化病の治療は終わったわ」

「いや……でも、まだ足が治ってないだろ?」


 アレクサンデルはそう言ってアンナの足を指さす。

 アンナの足は石になったままだった。


「石化病と、石化病によって石になった部分は別物よ。石化病を根絶しても、石になったのは変わらない」

「じゃあアンナさんは歩けないってことか?」


 アレクサンデルはアンナが再び二本の足で歩けるようになる未来を想像していた。

 勝手な期待ではあるが……

 その期待が外れ、少し残念な気持ちになる。


 だがセリーヌは首を左右に振った。


「いえ、こっちは別の方法で治すわ」

「どうするんだ?」

「切り落としてから、再生させるのよ」

「き、切り落とす!? 大丈夫なのか?」

「四肢欠損は石化病ほど難しくはないし、大丈夫よ」


 そう言うとセリーヌは石になったアンナの足を手に取り、ペンで切り取り線を描いた。

 

「シャルロット、まずは右をスパッとやっちゃって」

「分かりました。線のところを斬れば良いんですね?」


 シャルロットはそう言って綺麗に消毒された斧を身構える。

 ザシュ、と斧によってアンナの足が切り落とされた。


 セリーヌはそれを慣れた手つきで止血し、さらに別の魔法薬を塗りこみ、聖句を唱えて右足を再生させた。

 左足も同様の処置を行い、綺麗に再生させた。


「あとは、起きた時にちゃんと足が動くかどうか。そして一年以内に再発しなければ、治療は成功ね」


 セリーヌはそう言いながら切り落とされたアンナの足を丁寧に布で包み込んだ。

 

(……そう言えば、足ってどうするんだろう?)



 アレクサンデルは合計四本――生えてきた二本と切り落とした二本――になったアンナの足を見ながら、内心で呟いた。

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