第2話 冒険者は司祭様の手作り料理を食べる
「……美味そうな匂いだな」
翌朝。
美味しそうな匂いの中、アレクサンデルは目を覚ました。
リビングに赴くと、美味しそうな朝食がテーブルに並んでいた。
生野菜のサラダ。
大きなバゲット。
暖かい野菜スープ。
ベーコンエッグ。
デザートのフルーツ。
「おお……」
想像以上に豪華な食事が並んでいた。
丁度、配膳をしていたセリーヌはアレクサンデルを見るとペコリと頭を下げた。
「おはようございます、アレクサンデルさん。……これはお釣りです」
そう言ってセリーヌはアレクサンデルに銅貨を渡した。
全く料理をしないアレクサンデルは、当然食材など家に置いていない。
さすがに食材無しでは料理ができないので、アレクサンデルは夜のうちにセリーヌにお金を渡し、早朝に必要な分だけ買ってきて貰うように頼んでいたのだ。
「こちらは買った食材の一覧と、その値段です」
「おう……律儀だな」
横領などしていない。
それを示すためか、セリーヌはしっかりと使った分をメモしていたようだ。
……実はアレクサンデルは文盲なので、正直字は読めない。
看板の文字と数字くらいならば辛うじて分かるレベルだ。
そのためぱっと見で確認してから、セリーヌを信じて読まずに懐にしまった。
「お前の分は?」
「……私なんて、パンくずで十分です。ええ、実質失業中ですから。そうです、無職です。……私はゴミみたいな人間です。パンくずがお似合いです」
一応、すでに何かを口にはしたようだ。
あまりまともなものでは無さそうだが。
アレクサンデルはため息をついた。
「……昼食はお前の分も用意しろ。一緒に食べるぞ」
「……良いんですか?」
「一人で食べるよりも、二人で食べた方が美味いだろう」
というより、傷心の女の子を騙して、タダ働きの奴隷労働をさせているようでむしろ罪悪感が湧く。
是非とも、自分の分も一緒に作って食べていただきたい。
「あと、アレクサンデルで良い。敬語もいらん。ため口で頼むよ」
「……良いんですか?」
「敬語を使われると、俺も敬語で話さなきゃいけない気持ちになる。……俺はあまり敬語が得意じゃない。ため口で頼むよ」
敬語を使うには、実はそれなりに教養が必要だ。
無教養な冒険者には難しい……というほどではないが、正直慣れていない。
ため口の方が気楽だ。
「……分かった。そうするわ、アレクサンデル」
セリーヌは頷いた。
とりあえずアレクサンデルはナイフとフォークを手に取り、ベーコンエッグを一口サイズに切ってから口に運んだ。
「美味い……」
絶妙な塩加減だ。
ベーコンエッグって、ただ卵を焼いただけじゃないんだなと、アレクサンデルは料理の神秘に触れたような気持になった。
続いて野菜スープを飲んでみる。
スープを口に含むと、様々な野菜や肉の旨味が溶け込んでいることが、アレクサンデルの疎い舌でも分かった。
安い定食屋で出てくるスープの味ではない。
高級レストランの味だ。
「……得意ってのは、本当なんだな」
何しろ、相手は貴族のお嬢様だ。
とんでもなく不味い飯が出てくる可能性を考え、心構えしていたアレクサンデルにとっては、良い意味で驚きだった。
「役に立てて、嬉しいわ」
心底嬉しそうにセリーヌは笑みを浮かべた。
その笑みを見て、アレクサンデルの心臓が跳ね上がる。
(……“セリーヌ”そっくりだ)
アレクサンデルがかつて惚れた“セリーヌ”は、キラキラした目に、輝くような笑顔が素敵な女の子だった。
そんな“セリーヌ”と比べてみると、今にして思えばセリーヌとは似ても似つかない。
セリーヌの目は死体のように死んでいるし、たまに浮かべる笑みも、自虐気味でむしろ暗くなるような印象を受ける。
しかし……この時、浮かべた笑みは確かに“セリーヌ”の浮かべた輝くような笑顔に、非常に似ているような気がした。
(……本人じゃないにしても、無関係じゃないような気がするんだよなぁ)
そう思ってしまうのは、アレクサンデルの願望なのだろう。
初恋の人に会いたいという、願望だ。
セリーヌが“セリーヌ”であって欲しい。
もしくはセリーヌと“セリーヌ”に何らかの関係があり、セリーヌを通じて“セリーヌ”と再会したい。
(まあ、何はともあれ、今は“セリーヌ”ではなくセリーヌの方が重要だ)
目を離せば死んでしまいそうなセリーヌを、放っておくわけにはいかなかった。
一先ず朝食を食べ終えたアレクサンデルは立ち上がった。
「とりあえず着替えてくれ。出かけるぞ」
「出かける? どうして?」
「日用品とか、買わないとダメだろ。あとはベッド……最低限、毛布だな」
昨晩、セリーヌにはソファーで寝て貰った。(本当はベッドを譲ろうとしたが、セリーヌが断固としてそれを断った)
しかしいつまでもそんなところで寝かせるわけにもいかない。
その他にも、いろいろなものが必要になる。
「ああ、なるほど……それなら、その前に銀行に寄らせて」
「銀行? どうして?」
「預金があるの」
どうやら昨晩、セリーヌの言う「一文無し」は手持ちにはないというだけで……
一応、銀行にはお金があるらしい。
もっとも、通帳などは現状持っていないので、再発行する必要があるが。
「なんだ……じゃあ、金を引き出せるようになったら、宿に泊まれるな」
何気なくアレクサンデルがそう言うと……
セリーヌは呆然とした表情を浮かべた。
「……なし、なの?」
「え?」
「私は、用無しなの……そう、そうよね。うん、私なんて、要らないわよね。どうせ、私なんて、学歴と仕事以外に誇る者がないような人間だから……失業した段階で、価値ゼロよね。死んだ方がマシ……」
「い、いや……そ、そんなことないぞ! お前の料理は美味しかったし……こ、この家で暮らしてくれるなら、是非とも暮らして欲しい!」
アレクサンデルがそう言うと、セリーヌは顔を上げた。
淀んだ、死んだような目でアレクサンデルを見つめる。
「私に、仕事をさせてくれるの?」
「え? ああ……させてくれるというか、していただけるならば幸いだが……」
「お願い! 仕事をさせて!」
そう言ってセリーヌはアレクサンデルにしがみついた。
懇願されるような目でそう言われてしまえば、そうせざるを得ない。
「この家にいたいなら、好きなだけいてくれて良いぞ。……家賃替わりに家事をしてくれるなら、大歓迎だ」
「大、歓迎……」
セリーヌは目を潤ませた。
なんだか面倒なものを拾ってしまったなぁ……
と、アレクサンデルは本気で後悔し始めた。