第18話 冒険者はメイドに疑われる
「ふむ……腕を上げましたね。セリーヌ様」
オムレツを食べながらシャルロットは感想を口にした。
「あなたにそう言って貰えるとありがたいわ。で、百点満点中何点かしら?」
「九十点ですね」
「手厳しいわね」
「ふふ……まだまだ修行が足りません。精進しなさい」
「何で上から目線なのよ」
「私があなたの料理の師匠だからです。師匠は弟子に偉そうにするものですよ。えっへん」
親しそうにやり取りをするセリーヌとシャルロット。
セリーヌは十二歳のナタリアにさえ怯えてしまうほどの重度女性恐怖症だが……
シャルロット相手ならば大丈夫のように見える。
(仲良いな……)
楽しそうにしているセリーヌの姿を見ることができてアレクサンデルも嬉しい、と言いたいところだが……
何となく、アレクサンデルの心は晴れない。
(むむ……もしかして、これがジェラシーというやつか?)
友人が自分の知らない相手と楽しそうに話していると、少しモヤモヤする。
そんな気分をアレクサンデルは味わっていた。
「二人はいつ、どこで知り合ったんだ?」
疎外感を感じたアレクサンデルは二人の間に割り込むために質問を投げかけた。
「ガリア王国の王立学園ですね。貴族の通う学校みたいなのがあるんです」
「ふーん……でもゲルマニア貴族であるセリーヌが、どうしてガリアの学校に?」
「上司に命令されたのよ」
セリーヌは昔を思い出したのか、少し不機嫌そうに答えた。
「私はその時、すでに大学も出てたし、聖職任用試験にも受かっていたわ。学校に通う必要もない。助祭として、働いていたのよ。それなのに……当時の私の直属の上司である、カリクストゥス枢機卿っていう人がね、私に学校に通うように命令したのよ」
「『セリーヌ君、君は少し人付き合いを学ぶべきだ。少しは友人を作りなさい。良いかね、学校で学べることは勉強だけではない。集団の中で生きるということはだね……』以下略、こんな感じでしたっけ」
「そうよ、そんな感じ。……本当に無駄だったわ。授業も低レベルだったし」
「でも私という得難い友人ができたじゃないですか」
シャルロットがニコニコと笑顔で言うと、セリーヌは照れ隠しか、顔を背けた。
少し耳が赤い。
ちょっと可愛いなと思う一方で、その可愛い仕草を引き出しているのが自分じゃないということを考えると、やはりモヤモヤする。
(……枢機卿、か)
イブラヒム神聖同盟内部では、枢機卿の社会的地位は上位貴族、場合によっては一国の王に並ぶ。
そんな相手の名前が平然と出てくるあたり、やはり住む世界が違うなとアレクサンデルは思った。
「しかし、学校か……やっぱり楽しいのか?」
「どうですかね? 愉快ではありましたよ。でも、私は二年で飽きて中退しちゃったので、何とも。まあ、学校というか、学問をする場というよりは、貴族が学生ごっこをする場所みたいな感覚ですね。あれは。一応、運営者である国王と教会の顔を立ててやるために一、二年くらいは通ってやるか……みたいな雰囲気の場所ですし」
どうやら一般的な学校とは違うらしい。
少なくとも二人の話を聞いても、ナタリアの学校生活を想像することはできなさそうだ。
朝食を食べ終えると、シャルロットはおもむろに立ち上がった。
「本題に入る前にセリーヌ様に渡すものがあります」
そう言ってシャルロットは一度部屋の外に出た。
それから籠を手にもって入ってきた。
籠の中には大きな、二十センチほどのドブネズミが入っていた。
「そ、ソシッス!」
セリーヌはそのネズミを見て叫んだ。
腸詰肉というのが、そのネズミの名前のようだ。
「はい、セリーヌ様。ペットの世話はちゃんと自分でしてください」
「ペットじゃないわ……友達よ」
「ならなおさらじゃないですか?」
「……おっしゃる通りです」
シャルロットは肩をすくめてから、籠の蓋を開けた。
するとドブネズミは一目散にセリーヌのところへ駆け寄り、その肩に登った。
「チュウチュウ!」
「うっ……放っておいてごめんなさい」
「キュー!!」
「お、怒らないで……あの時は、その……何も考えられなかったというか……」
「キュウキュウ!!」
「うん、反省しているわ。分かってる、もうあなたを放っておいて出てったりしないから」
ネズミと会話を始めるセリーヌ。
(……もしかして、セリーヌってシャルロットとネズミしか友達がいないのか?)
アレクサンデルはシャルロットの交友関係が心配になった。
「さて、じゃあ本題に入りますね。アレクサンデルさん」
アレクサンデルは慌てて背筋を伸ばした。
恩人の命が掛かっているのだ。気を抜くことはできない。
「これから私が提案する条件を受け入れてくだされば……新薬を提供いたします。まあ、後で書面に認めますが。とりあえず、口頭でご説明させていただきます。まず……」
シャルロットの提示した条件は驚くほど、簡単なものだった。
・新薬によって何らかの副作用が発生する危険について、承知する。
・新薬の存在、効能、その他諸々の新薬に関わることを第三者に話さない。
・治療の成否に関わらず、シャルロットおよびセリーヌが、今回の治療の結果を論文としてまとめ、提出することを許可する。
・治験の報酬として、金貨十枚を受け取る。
・午後、シャルロットがアレクサンデルに対して、一対一で面接を行い、アレクサンデルが信用できる人物が確かめる。
元々ある程度のリスクがあることは分かっていた。
そして新薬のことを話す理由も、アレクサンデルにはない。
論文としてまとめることで、他の石化病患者の治療に繋がるのであれば反対する理由はない。
報酬に関しては、むしろお金を払わなければならないと思っているのはこちら側なので、願ってもないことだ。
最後の面接に関しても、当然のことであるとアレクサンデルは頷いた。
そういうわけで、エンデアヴェント市にある洒落た喫茶店の個室に、アレクサンデルとシャルロットは二人で向かい合わせで座っていた。
「あ、ここでの食事はすべて私の奢りですから、好きに食べて良いですよ」
「そうか……だが、セリーヌの飯があるから、食べ過ぎない程度に食べさせてもらうよ」
喫茶店で食べる料理よりも、セリーヌの作った料理の方が美味しいに決まっている。
アレクサンデルは軽食と珈琲を注文した。
それからしばらく雑談をして過ごしていると、店員が注文した料理を運んできた。
店員が料理を運び終え、立ち去ってからしばらくして……
シャルロットの纏う空気が変わった。
ゾクリ……
アレクサンデルは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
「アレクサンデル様、単刀直入に言いますと、私はあなたのことを少し疑っています」
シャルロットの碧眼がアレクサンデルを見つめる。
アレクサンデルは肉食獣に睨まれているような気分になった。
「……どうしてだ、とは聞かない。俺とあんたは、出会って二日。時間にすれば数時間の関係だ。あんたがセリーヌの友人っていうなら、それは当然だな」
傷心で行方知れずになった友人に久しぶりに出会ったと思ったら、見知らぬ男が側にいた。
疑って然るべき状況だろう。
それがセリーヌのような、貴族の子女ならば猶更だ。
「それは話が早いですね」
「ああ……だが、いくら何でも、これはないんじゃないか?」
「これ、とは?」
「しらばっくれないでくれ。糸だよ。……この個室全体に張り巡らされた糸だ」
店員が料理を運び終えてから、シャルロットが話題を切り出すまでの短い間で、アレクサンデルは完全に糸で囲まれてしまっていた。
「やっぱり、気付いていたんですね。さすが、Sランク冒険者です」
シャルロットは笑みを浮かべた。
そう、アレクサンデルは自分が糸に囲まれていることに気付きながらも、それを見逃した。
シャルロットに対し、自分が無抵抗であることを示すためだ。
「この糸は部屋のすべての振動を私に伝えます。わかりますか? あなたの筋肉、瞳孔、脈拍……それらの動きはすべて、手に取るように分かります。……私の前で、嘘はつけません」
そして満面の笑みを浮かべて言った。
「あなた本当にセリーヌ様のことを愛しているのか、騙していないかどうか、証明してください」
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補足
ソシッス
セリーヌのペット(本人曰く、家族兼親友)のドブネズミ。
ちなみにsaucisseと書く
女性名詞なので、女の子、つまり雌
家族が病気なんだ!
みたいな詐欺ってよくあるじゃん?