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第17話 司祭様はメイドに揶揄われる

「くんくん……セリーヌ様の匂いがしますね。やっぱり、ここに住んでるんですね」


 アレクサンデルのアパートの部屋に入るや否や、シャルロットは鼻をすんすんさせて言った。

 家の匂いを嗅がれて喜ぶ人は少数だろう。

 アレクサンデルは思わず眉を顰めた。


「シャルロット、アレクに迷惑を掛けないでね」

「セリーヌ様、もしかして、そのアレクっていうのは、愛称ですか? ひゅーひゅー、熱いですね!!」

「う、うるさい! そんなんじゃないわよ!」


 シャルロットが揶揄うと、セリーヌは顔を真っ赤にして怒った。

 するとシャルロットは首を傾げる。


「ふむ……愛称じゃないなら、私も彼のことをアレクと呼んでいいですか?」


 なぜかシャルロットはアレクサンデルではなくセリーヌに許可を求めた。

 アレクサンデルが口を開く前に、セリーヌは首を横に振った。


「ダメ!」

「ふふ、冗談ですよ。ところで……お名前、聞いて良いですか? アレク様と呼んではいけないそうなので」

「ああ……そう言えば、名乗ってなかったな」


 アレク、という愛称を知っているのは会話を盗み聞きしていたからだろう。

 しかし「アレク」だけでは本名は分からない。


「俺はアレクサンデルだ。平民だから家名はない。アレクサンデルと呼んでくれ」

「アレクサンデル様ですか。……もしかして、ポルスカ王国の出身ですか?」


 ポルスカ王国はゲルマニア連邦の東に広がる大国だ。 

 選挙王政という政治体制を敷いている。


「いや、俺が生まれたのはゲルマニアだ。だが……母はポルスカ王国の出身だ」


「いえ、名前から推察しただけですよ。アレクサンダー、アレクサンドロス、アレクサンドル、アレッサンドロ、アレクサンダル、アレハンドロ、イスカンダル……まあ、何と読むかで大体の出身地は推測できます」


 イブラヒム神聖同盟は非常に広大なので、地域や国によって言語は異なる。

 が、同じイブラヒム教を信じているという点で文化はある程度共通している。

 そのため読み方は違うが、同じ意味・スペルの名前というのはたくさんある。


 「アレクサンデル」はそのうちの一つだ。


「ご存じかもしれませんが、ガリア語の『シャルロット』は、ゲルマニア語では『シャルロッテ』です。ですから、アレクサンデルさんは気軽に私のことを『シャルロッテ』と呼んでくれても良いですよ?」


「悪いが、俺はゲルマニア語よりもガリア語の方がどちらかと言えば得意だ。どちらかといえば、そっちの方が母語だな。だから気軽に『シャルロット』と呼ばせてもらうよ」


 アレクサンデルの母は、隊商に雇われた娼婦だった。

 その隊商はゲルマニアとガリアを往復していた。


 アレクサンデルが生まれたのはゲルマニアだが、育った時期が長いのはガリアなので、実はガリア語の方が得意だったりする。

 もっとも、どちらも中途半端に下手くそという意味合いではどんぐりの背比べではあるが。


「あ、そうですか? では……ガリア語で会話させていただきますね」


 シャルロットはそう言って流暢なガリア語に言葉を切り替えた。

 ガリア語はガリア語でも、アレクサンデルの話せる平民、下層階級の話す“訛った”ガリア語ではなく、上流階級の話す“美しい”ガリア語だ。


 さすがは貴族だなと、アレクサンデルは少し感動した。


「何だ……そうならそうと、言ってくれれば良いのに。だったら私も、ガリア語で話したのに」


 やはり流暢で美しいガリア語でそう呟いたのはセリーヌだった。

 今までアレクサンデルとセリーヌは、ゲルマニア語で会話をしていたのだ。


「セリーヌ、ガリア語も話せたのか?」

「何言ってるんですか、アレクサンデルさん。セリーヌ様はガ、んぐ!!」


 突然セリーヌがシャルロットの口を両手で塞いだ。

 

「ちょっと来なさい」


 そう言ってセリーヌは家の奥にシャルロットを引っ張っていく。

 そして何か、こそこそと会話を始めた。


「お願い。私が――のことは、アレクサンデルには言わないで」

「はい? ……まさか、産地偽装してるんですか?」

「産地言うな! とにかく、私はブライフェスブルク家の娘……それ以上でもそれ以下でもないわ。分かった?」

「はいはい」


 しばらくしてアレクサンデルの前にセリーヌとシャルロットは戻ってきた。


「何、話してたんだ?」

「いえ、何でもないわ。こっちの話よ」


 セリーヌはそう言って首を横に振った。

 よく分からないが、あまり詮索しないで欲しそうなので、アレクサンデルは突っ込むのはやめた。


「それで……シャルロット。あなた、どうして来たの?」

「何でって、手紙を出したのはセリーヌ様じゃないですか」

「……直接来いとは言ってないけど」

「来た方が早いと思いまして。急いだほうが良かったんじゃないんですか? 人の生死が掛かってるんでしょう?」

「……まあ、そうね。その通りだわ、ごめんなさい」

「分かればいいのだよ」

「何で偉そうなのよ」


 胸を張るシャルロットに対し、セリーヌは苦笑いを浮かべて言った。


「……ところで、もしかしてセリーヌ様の知人というのは、アレクサンデルさんのことですか?」


 セリーヌは新薬を使う対象となる患者について、自分の知人の知人という説明をした。

 “自分の知人”に当たるのはアレクサンデルのことである。


「ええ、そうよ」

「お願いだ、シャルロット。患者……アンナさんは、俺の恩人なんだ」


 そう言ってアレクサンデルはシャルロットに頭を下げた。

 

「顔を上げてください。それについて、説明しますから。まあ不安だと思うので最初に言っておきますと、アレクサンデルさんと患者さんが諸々の条件を承諾してくれれば、新薬を提供しても良いですよ。というより、むしろ提供させてくださいが正しいですね。治験対象を探していたので」


「その条件ってのは何だ?」


 アレクサンデルは身を乗り出すが、シャルロットに制されてしまった。


「落ち着いてください。ちゃんと話しますから」

「わ、悪い……」

「いえいえ、お気持ちは分かります」


 とりあえず、アレクサンデルはお茶でも出そうかと、提案しようとするが…… 

 その前にセリーヌが口を開いた。


「とりあえず、シャルロット。お茶でも飲む? クッキーくらいならあるけど」


 セリーヌはエプロンを身に着けて言った。

 アレクサンデルの家の台所は、すでにセリーヌの縄張りだ。


「新妻感あって良いですね、そのエプロン。手作りですか?」

「うるさい……飲むの? 飲まないの?」

「もう夜ですし、遠慮しておきます。宿も取ってありますしね。明日の朝、そちらの都合が宜しければ向かいます。大丈夫ですか?」

「私は大丈夫だけど……」


 セリーヌはそう言ってアレクサンデルの顔を見る。

 普段なら、朝食を食べ終えた後、アレクサンデルは迷宮に向かう。


 だが……


「俺も大丈夫だ。話は早いに越したことはないからな」


 冒険者業は休みたければいつでも休める。

 お金を稼ぐことは大切だが、それ以上に薬のこと、治療のことを聞きたい。


「分かりました。朝、そちらに向かいますね。……何時頃に向かえば良いですか?」

「――時くらいに来て。あなたの分の朝食も、用意しておくわ」


 セリーヌはそう言ってからアレクサンデルの顔を見た。

 問題ない、と意思表示のためにアレクサンデルは小さく頷く。


「ほう……セリーヌ様の手作り料理ですか。分かりました。では、そろそろお暇しますね」


 シャルロットはそう言うと、なぜか近くの窓を開けた。


「とう!」


 そしてそんな声を上げ、後ろへ宙返りし、窓の外へと飛び出た。

 アレクサンデルたちの住む部屋から下までは三階――十メートルを少し超える程度――あるが、シャルロットは軽やかに、まるで猫のように地面に着地した。


 そして大きく跳躍し、屋根の上を走りながら去っていく。


「ね? 変な奴でしょう?」

「……そうだな」


産 地 偽 装 ! !

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