第16話 冒険者は変人なメイドに困惑する
「いやー、美味かったな」
「そうね」
新年を迎えた、一月初旬のある日。
アレクサンデルとセリーヌは揃って夜道を歩いていた。
二人ともお揃いのマフラーを身に着けている。
「……ところで、アレク」
「何だ?」
「その……私の料理と、どっちが美味しかった?」
セリーヌは少しだけ不安そうにアレクサンデルに尋ねた。
その日の夕飯はセリーヌの料理ではなく、エンデアヴェント市にある高級レストランでの食事だった。
せっかくの新年だから、とアレクサンデルが誘ったのだ。
「お前の料理の方が美味いよ」
「そ、そう?」
「ああ。でも、普段は食べれないような高級食材が食えたからな……そういうのは比べられないだろう?」
「そうね……私も良いものを久しぶりに食べれて満足しているわ。まあ……私なら、もっと上手に料理できると思うけど」
セリーヌの言葉を聞き、アレクサンデルはいつか必ずトリュフやフォアグラを買ってきて、セリーヌに料理してもらおうと心に誓った。
必ず美味しく料理してくれるはずだ。
「ところで、お金は良かったの? その……アンナさんの治療にお金が必要なんじゃないの?」
「進行を遅らせる魔法薬を買う金はちゃんと確保してあるよ」
非常に高価な魔法薬ではあるが、Sランク冒険者のアレクサンデルならば問題なく買える。
普段は浮いたお金はエリクサーの購入費用やナタリアの嫁入り費用のために貯蓄しているが……
「お前のおかげでアンナさんの病気も、何とかなりそうだしな。それに人生には息抜きが必要だ」
アレクサンデルがSランク冒険者として必死に働いているのはアンナの治療と、ナタリアの学費、嫁入り費用を稼ぐためである。
が、いくらアレクサンデルが家族思いだからといってそのために一生を捧げ、すべてを犠牲にすることはできない。
心と体が持たないし、それにアンナもナタリアもアレクサンデルにそんな奴隷のような生活を望んでいない。
アレクサンデルもたまには羽を伸ばしたい。
「……あまり期待しないでよ? 絶対に治る保証なんてないんだし」
「分かってるよ。ところで、いつ頃手紙の返事は届く?」
「うーん、快速便で出したから、もう届いていると思うけど……あと二、三日は掛かるかしら?」
セリーヌの友人が住んでいるのは、ガリア王国のルテティス市――くしもくナタリアと同じ街――である。
ゲルマニアのエンデアヴェント市からガリアのルテティス市までは距離があるため、いくら飛竜を利用した快速便でも届くまでは五日は掛かる。
そこから返事が来ることを考えれば、十日は必要と見積もるべきだろう。
セリーヌが手紙を出してからすでに一週間が経過しているので、あと二、三日は必要だ。
「そうか……了承、してくれるかな?」
「あいつは変態だけど、そこそこ良い人だから大丈夫よ」
「そこそこ?」
「そこそこね。百%善人とは言い切れないわ。変態だし」
「……変態なのか」
アレクサンデルは何だか、少し心配になってきた。
「なあ、その人……腕は確かなのか?」
薬が効かない。
までは良いだろう。
エリクサーがないと治らない病気だし、それにエリクサーを買える金がいつ貯まるか見通しも立っておらず、そしてまた買えるだけのお金が揃っても、エリクサーを購入する伝手がない。
だから薬を使った結果、治らなかった……ならアレクサンデルも納得はできる。
だが薬を飲んだことで逆に悪化する、副作用で大変なことになる……というようなことがあってはいけない。
そんなことになれば、悔やんでも悔やみきれない。
「安心しなさい」
セリーヌは大きく、自信あり気に頷いた。
「世界で唯一、エリクサーを錬成できる……この大陸でもっとも優秀で優れた錬金術師よ」
「エリクサーを? それは期待できそうだな」
最悪、薬が効かなくても……
その人からエリクサーを買うことができるかもしれない。
「でも……やっぱり変態というか変人というか……」
「そんなに酷いのか?」
「んー、まあ薬には特に影響はないわよ? でもね……自分で作った恋薬や薬でキメてる人って、控え目に言って、危ない人じゃない?」
お前も睡眠薬でキメてただろ、アル中。
と、アレクサンデルは思ったが言わなかった。
「腕は確かなんだよな?」
念押しでアレクサンデルは聞いた。
「ええ、そうよ。たまに変な薬作るけど、真面目な用途で作った薬が変だったことはないわ。真面目な薬はちゃんと、動物実験しているみたいだし」
とりあえず、石化病の薬に関してはそれなりに安心しても良いようだ。
アレクサンデルは胸を撫で下ろした。
「しかし……お前の友人ということは、やっぱり貴族なのか?」
「ええ、貴族よ。それもガリアの大貴族。十番以降で、法解釈次第という留意がつくけど、ガリア王位の継承権も持ってるって聞いたわ」
「王位……継承権? それはまた……凄いな」
アレクサンデルの脳裏に、ブランデーの入ったグラスをクルクルさせている金持ち錬金術師の姿が思い浮かぶ。
「でも、変態なのよねぇー」
セリーヌはため息をついた。
「さっきから変態変態って、いくらなんでも、それは酷くないですか? 友達に対して」
「うるさいわね……あなたの日頃の行いが悪いんでしょうが」
「うわっ、酷い! アレク様も酷いと思いませんか?」
「いや、その前にあんた誰だよ」
アレクサンデルは唐突に背後から会話に割り込んできた女に突っ込んだ。
立ち止まり、いつでも腰の剣を抜けるようにしながら、じっくりと女を観察する。
身長は百六十センチを少し超える程度。
金髪碧眼。
容姿は整っている。
獣人族のようで、頭には可愛らしい猫耳があった。
そして……何故かメイド服を着ていた。
そんな女がニコニコと笑みを浮かべて立っている。
(……気配を感じなかった)
アレクサンデルは背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
おそらく、相当な実力者だ。
「うわっ! あ、あなた……いつからいたのよ!」
「一分くらい前ですね」
「あのね……前から言ってるけど、気配を断って後ろに立たないでくれる? 心臓に悪いのよ」
「すみません、癖になってるんです」
「嘘つきなさい」
「よく分りましたね」
「このやり取りは三十八回目だからね! いい加減、やめてくれない?」
「はいはい、善処します」
メイドはセリーヌの知り合いらしい。
アレクサンデルは少しだけ警戒を解いた。
セリーヌの態度を見る限り、少なくとも害をなす人物ではない。
アレクサンデルが警戒を解いたからか、メイドの少女はアレクサンデルに近づいてきた。
そしてまじまじと顔や体を観察する。
「しかし……失踪したかと思ったら、彼氏の家に転がり込んでたんですね。なーんだ、セリーヌ様もやることはやってるんですね。ふむふむ……なかなかイケメンじゃないですか。筋肉もしっかりついてて、中々良いですねぇ……あ、そうだ。私、腹筋に自信があるんですけど、見ます?」
「いや、遠慮しておく」
アレクサンデルはそう言ってメイドの肩を掴み、強引に引きはがした。
そしてメイドを指さして尋ねる。
「なんだ、この変人は」
「……恥ずかしながら、私の友人よ。例の新薬の人」
「この人が?」
すでにいくつもの魔法薬を開発している、世界でもっとも優れた錬金術師。
ガリア王位継承権を持つ大貴族。
と聞いていたアレクサンデルは目を見開いた。
セリーヌが女性恐怖症なのを含め、男性の、それも年配の髭を生やした感じの貴族だと思っていたのだ。
それがこんな年若い……それもなぜかメイド服を着ている少女だとは思わなかった。
アレクサンデルは改めてメイドを観察する。
するとメイドの少女はアレクサンデルから一歩離れ、スカートの裾を持ち上げ、優雅に一礼した。
「お初にお目にかかります。シャルロット・カリーヌ・ド・モンモランシ・ド・ラ・アリエと申します。以後、お見知りおきを」
月の光が少女を静かに照らした。
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なお、賢い可愛いシャルロットちゃん(KCC)の正体に関して気になる方は
作者の過去作である「お姫様は万能メイドになりたい」をお読みください
大まかな設定は同じです