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第15話 司祭様は旧友に手紙を出す

「今日も美味しいです! お義姉さん」


 ナタリアはセリーヌの作ったビーフシチューを食べながら笑顔を浮かべた。

 「美味しい」と褒められたセリーヌも、機嫌が良さそうにしている。


「はぁ……お義姉さんの料理を食べれるのが明日で最後なんて、残念です」


 ナタリアは明日の朝、朝食を食べ終えてから出立する。

 新年を迎えるまでには、ガリア王国のルテティス市に帰ることになっている。


「もう少し、いても良いんじゃない?」


 セリーヌがそう言うと、ナタリアは首を左右に振った。


「いえ、もうすでに飛行船のチケットを取ってしまいましたから。それにアンナさんをいつまでも一人にするわけにはいきません」


「……その、一つ良いかしら? アンナさんというのは、あなたたちにとって、どういう人なの? 母親……というわけじゃないのよね?」


 遠慮がちにセリーヌは尋ねた。

 確かにセリーヌにはまだ「アンナさん」の説明をしていなかったなと、アレクサンデルは反省する。

 知らない人の名前が頻繁に出てくれば、気になるのは当然だろう。


「母親ではないが、母親みたいなものではあるな」


 セリーヌの問いにアレクサンデルが答えた。

 するとセリーヌは何かを察した表情を浮かべた。


「みたいなもの、ということは……」

「ああ、俺たちの母親は十年前にな」


 アレクサンデルとナタリアの母親は十年前に死去している。

 二人の母親は娼婦で、アレクサンデルもナタリアも客との間の子供……つまり父親はいない。


 アレクサンデルは当時十歳で、ナタリアは二歳。

 そんな二人の親代わりとなって育ててくれたのがアンナだ。


 もっともアンナも豊かだったわけではないので、アレクサンデルは十歳の頃から冒険者として活動し、お金を稼いでいたが。


「そう……悪いこと、聞いちゃったわね」

「いや、別に良いんだ。十年も前のことだからな。気にするな」


 特にナタリアにとっては二歳の時の話。

 良くも悪くも、彼女は母親のことを殆ど覚えていない。


「そうだ、セリーヌ。お前、治癒術は使えるか? 医師免許は?」

「……まあ、医学は私の専門分野の一つだから、使えるし、持ってるけど。それがどうしたの?」


 聖職者は医者でもある。

 簡単な怪我や病気ならともかく、大けがや重病を治せるのは治癒術を扱える聖職者だけだ。


「実はアンナさんは病気でな。一応、高価な魔法薬で進行を遅らせているから今すぐ死ぬってわけじゃないけど……」

「何の病気?」

「……石化病だ」

「なるほど……」


 石化病。

 体が石になってしまう病気だ。

 最初は体の先端部分から、徐々に体全体へと広がる。

 最後には内臓まで石化し、消化ができなくなったり、毒素を排出できなくなったりして死亡する。


 石化病を治療するには、エリクサーという希少な魔法薬が必要となるが……

 あまりにも高すぎるため、アレクサンデルでは買えない。

 加えて希少過ぎるため一般では流通しておらず、購入するには特別な伝手が必要となる。


 幸いにも、高価ではあるが進行を著しく低下させる薬ならば存在した。

 アレクサンデルはその薬代を稼ぐために、迷宮に潜っている。


「やっぱり、エリクサーがないとダメなのか?」

「……そうね。エリクサーがないと難しいわね」


 セリーヌはそう答えた。

 治癒術を使用するには、その病気や怪我に対応する魔法薬が必要となる。

 いかに優れた治癒術師であっても、魔法薬がなければ話にならない。

 やはり無理なのか……とアレクサンデルは諦めた。


 が、しかしナタリアは違った。

 ガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。


「お、お義姉さん!」


 そう言ってナタリアはテーブル越しにセリーヌの肩を掴んだ。

 ビクリ、とセリーヌは体を震わせた。


「難しいということは、難しいけどあるにはあるということですか!」

「お、おい、ナタリア! セリーヌを放してやれ!」


 アレクサンデルはそう言ってナタリアをセリーヌから引きはがした。

 急に女性に触れられて何かトラウマでも思い出したのか、セリーヌの顔は青く、そして少し震えていた。


「あ、すみません……」


 ナタリアは申し訳なさそうに謝った。

 アレクサンデルはため息をつく。


「すまないな、セリーヌ。妹が無理を言って……」

「……確かに難しいけど、エリクサー無しでは絶対に治せないとは、断言できないわ」


 ガタッと音を立てて、アレクサンデルは立ち上がった。

 そしてセリーヌに詰め寄る。


「本当か!」

「え? いや、まあ……私の友人が今、新薬を開発しているから……その、それを使えば、もしかしたらもしかするかもしれないけど……」


 アレクサンデルは深々とセリーヌに頭を下げた。


「お願いだ……セリーヌ。その新薬というのを、分けて貰えるように頼めないか? 金が必要なら払う! エリクサーほど高価じゃないなら、出せないこともないはずだ。借金をしても良い」


「い、いや……その……」


「お願いだ……母さんも、石化病だったんだ。もう、石化病で親を亡くすのはこりごりだ……」


 石化病は性病……つまり性交渉で感染する。 

 アレクサンデルの母親は娼婦で、その母親の友人だったアンナもまた娼婦だった。

 二人が石化病で死ぬのは、ある意味運命ではあるが……そんな運命は受け入れたくない。


「さっきも言ったけど、新薬だし……私も少し関わっているんだけど、まだ動物実験の段階よ。人で効果が出るかは分からないわ」


 セリーヌはそう断った上で答えた。


「まあ、でも……治験という形なら、すぐにできるとは思うけど」

「本当か?」

「……手紙を出してみないと、分からないわ。明日、出してみる。だから、頭を上げて」


 言われるままにアレクサンデルは頭を上げた。

 そしてテーブルの上の料理を見て、気付く。

 今は食事中だった。


 このままではせっかくセリーヌが作ってくれた料理が冷めてしまう。


「……すまない。冷静じゃなかった」

「ごめんなさい、お義姉さん……」

「別に謝る必要なんてないわ。とりあえず、食事が済んでからにしましょう。詳しい話をしてあげるから」

 

 アレクサンデルは頷き、スプーンを手に取った。





「ご主人様、ご主人様!」


 ガリア王国、ルテティスにあるとある屋敷。

 そこで一人のメイドが小走りで移動していた。


 十代後半ほどに見える、金髪碧眼猫耳の美少女だ。

 猫耳とアホ毛をピクピクと動かし、尻尾を揺らしている。


「ふむ……どうしたのかね」


 ソファーに座っていた、三十代後半程度の年齢に見える男性がメイドに尋ねた。

 するとメイドは手に持っていたものを男性に渡す。


「それがですね……セリーヌ様から手紙が来まして」

「あの子から? 住所は書いてあるのか?」

「はい。ゲルマニアのエンデアヴェント市にいるようです」


 メイドはそう言って手紙に書かれていた住所を指さした。

 すると男性はあきれ顔を浮かべた。


「……何だって、そんなところに」

「知りませんよ。まあ、そういうわけで……私はとりあえずセリーヌ様のところに向かおうと思いますが、何か伝言はありますか?」


 男性はしばらく考えてから答えた。


「みんな……特にカリクストゥス枢機卿が心配している。手紙くらいは出しなさい。……と伝えておいてきてくれたまえ」

「休職中なのに、上司に手紙を出すことを強要されるなんて……やっぱり聖教会はブラックですね。セリーヌ様も病むわけです」

「君が言ったんだろうが」

「ジョークです、ジョーク」


 そう言ってメイドは手紙をヒラヒラと振った。


「ところで、手紙にはなんと?」

「ご主人様、メイドのプライバシーに干渉するんですか? やっぱりブラック……」

「別に言いたくないなら言わなくても構わないが」

「新薬のことで話があると。なんでも知り合いの知り合いが石化病を患っているみたいです」


 そう言ってメイドはポケットに手紙をしまった。


「じゃあ、そういうわけで。一週間ほど、有給休暇を取らせて貰いますね」

「ああ、分かった。あー、お土産で腸詰肉(ソッシス)でも買ってきてくれ」

「はいはい……あー、ソッシスと言えば、あのネズミも連れてかないと不味いですね……」


 メイドはそんなことを呟きながら、旅支度を始めた。


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