第13話 冒険者と司祭様は妹の前でも遠慮はしない
「な、なあ……セリーヌ」
「どうしたの? アレク」
「どうして否定しないんだよ……恋人のこと」
アレクサンデルはセリーヌを呼び出して小声で尋ねた。
するとセリーヌは少し考えた素振りを見せてから答える。
「だって、無理に否定しても……照れているようにしか見えないでしょう? 同棲しているのに恋人じゃないなんておかしいし。適当に誤魔化せばいいのよ」
「そ、そうか?」
「ええ、そうよ」
セリーヌは大袈裟に頷いて見せた。
そして小声で何かを呟く。
「……まあ、時間の問題だしね」
「今、何か言ったか?」
「いえ、何も」
「……そうか?」
何か、重要なことを言ったような気がしたが……
アレクサンデルは首を傾げた。
「お義姉さん! 準備、できましたよ。そっちは?」
「待って。今行くわ」
セリーヌは大きな声で返事をしてから、アレクサンデルに対して笑みを浮かべた。
「ナタリアが待ってるわ。行きましょう」
「……ああ、分かった」
日が少し傾きかけた頃。
すでに街では祭りが始まっていた。
もっとも祭りと言っても、何か物凄く重要なパレードや出し物があるわけではない。
ただ商人たちが夜店を出し、街の住民たちが酒を飲んで大騒ぎするだけだ。
「お義姉さん、もしかしてそのマフラー、お揃いですか?」
ナタリアはセリーヌが身に着けているマフラーを指さして言った。
セリーヌが首に巻いているマフラーの色は赤色で、アレクサンデルのマフラーもまた赤色である。
「ええ、そうよ。一応、私の手編みなの」
セリーヌはそう言ってマフラーの端を手に取って、ナタリアに見せた。
そこには金色の刺繍で【Celine】と描かれている。
「これは私が前夜祭でプレゼントしたものなの」
セリーヌはアレクサンデルのマフラーを指さす。
「うわぁ! ラブラブじゃないですか、やりますね、兄さん」
ナタリアはそう言ってバシバシとアレクサンデルの肩を叩いた。
しかしアレクサンデルは内心で戸惑っていた。
(お、お揃いだったのか……)
これは下手しなくても勘違いが加速するのではないか?
とアレクサンデルは酷く心配した。
そして同時にふと思う。
(……もしかして、セリーヌの策略だったりしないよな?)
実は自分に気があって、外堀を埋めようとしているのでは?
と考えるアレクサンデル。
しかしその考えをすぐに否定する。
(まあ、あり得ないか……)
貴族出身の聖職者セリーヌと、平民の冒険者アレクサンデルではつり合いが採れない。
仮にセリーヌがアレクサンデルと結婚したがったとしても、ブライフェスブルク家から猛反対されるだろう。
それこそ、駆け落ちでもしない限りは難しい。
セリーヌがそれを理解していないはずがない。
「それにしても、いろいろあるわね。……せっかく、お祭りだし、何か買って食べましょうか?」
「貴族のお姫様が、そんなことをして良いのか?」
「お祭りだから良いのよ」
祭りは無礼講ということらしい。
(そう言えば幼い時に祭りに行ったことがあるって言ってたな)
案外、お転婆だったのか?
屋敷を抜け出して、祭りに出かけるセリーヌの姿を脳裏に思い浮かべる。
……どういうわけか、それは村祭りに参加する“セリーヌ”の姿になってしまったが。
「あれなんて、どうですか? 美味しそうですよ」
ナタリアはそう言って串焼きを売っている露店を指さした。
確かに美味しそうな匂いが漂っている。
三人はそのお店に近づく。
売っているのは牛肉の串焼きで、塩とタレの二種類があるようだった。
「うーん……私は二種類買っちゃおうかな」
「太るぞ。……俺はタレにしよう。セリーヌは?」
アレクサンデルが尋ねると、セリーヌは少し考え込んだ様子を見せた。
そして少しだけ、頬を赤らめて言った。
「じゃあ、塩で」
アレクサンデルはタレと塩を二本ずつ、合計四本の肉を買い、ナタリアとセリーヌに渡した。
それから三人は近くに設置されていた椅子に並んで座り、肉を食べ始めた。
「中々いけるな」
アレクサンデルは肉を食べながら呟いた。
普段はセリーヌの作る、繊細で美味しい料理を味わっているアレクサンデルだが……
たまにはこういうジャンクな、雑な料理も美味しく感じる。
「そ、そうね……」
なぜか、セリーヌは少しソワソワしていた。
肉を三分の一ほど食べ終わったセリーヌは、じっとアレクサンデルの方を見た。
「どうした?」
「え? ああ……えっと、タレはどんな味がするのかなと、少し気になって……」
「じゃあ、一口食うか?」
アレクサンデルが聞くと、セリーヌは頬を紅潮させて頷いた。
そして大きく口を開けた。
「あ、あーん」
「……」
アレクサンデルは最初、セリーヌが何をしたいのか分からなかった。
というのも、アレクサンデルはセリーヌに手で串から肉を取ってもらうつもりだったからだ。
だから、こういう状況は想定していなかった。
「……ほら」
アレクサンデルは気恥ずかしく思いながら、セリーヌの口へ、慎重に串焼き肉を運んだ。
セリーヌは肉の一つを白い歯で噛み、ゆっくりと串から引き離した。
「ん……美味しいわ」
そういうセリーヌの顔は赤かった。
恥ずかしいならばやらなければ良いのに、とアレクサンデルは思わず苦笑いを浮かべた。
が、しかし笑っていられたのはその時だけだった。
「ほ、ほら……アレク。お返し……」
「え?」
「だから……お返しって、言ってるでしょう? 口を、開けてよ」
セリーヌは恥ずかしそうに目を伏し、時折こちらを見上げながら言った。
その仕草は非常に愛らしかった。
戸惑うアレクサンデルだが、断ればセリーヌは傷つくだろう。
アレクサンデルは周囲の目を気にしつつ、口を開けてセリーヌの肉を口にした。
「……美味しい?」
「あ、ああ……美味しいよ」
「そ、そう……」
なぜか仕掛けた本人のセリーヌが、一番恥ずかしそうにしている。
アレクサンデルは何と声を掛けたら良いのか分からなかった。
二人の間に沈黙の時間が流れる。
そんな空気を破ったのはナタリアだった。
「見せつけますねぇ、兄さん。ちょっと、珈琲買ってきて良いですか?」
「か、勝手にしろ」
するとナタリアは立ち上がり、ニヤリと笑みを浮かべた。
「じゃあ、後はお若い二人にお任せしますね」
「お前の方が若いだろうが!」
「あははは。一時間後、公園で会いましょう」
笑いながらナタリアは去ってしまった。
二人っきりで残されてしまうセリーヌとアレクサンデル。
「結局、二人っきりになったわね」
「そ、そうだな……」
ちょっとだけ勘が良いアレクサンデルさん
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