第1話 冒険者は幼馴染そっくりな司祭様を拾う
いつだか書いた短編の連載版です
「うっ、ひっぐ、うぅ……ふえーん……」
グズグズと泣く、銀髪の美少女を目の前にして、アレクサンデルはどうしようかと頭を悩ませていた。
アレクサンデルはSランク冒険者である。
Sランク冒険者となれば相応の稼ぎもあるし、何よりアレクサンデルはそこそこ顔が良い。
しかしアレクサンデルは今まで恋人というものがいなかった。
理由は単純。
十二年前の初恋を引きずっているからだ。
八歳の頃に農村で出会った、とある女の子に恋をした。
それを二十歳になった今でも想い続けているため、アレクサンデルは未だに恋人がいない。
さて、ある雪の日。
寒さに震えながら家路を急いでいると……一人の女の子の姿が目に映った。
降り積もる雪の中、ベンチにただ座っているのだ。
ぼんやりと、視線は宙を浮いている。
髪や肩にはすっかりと雪が降り積もっており……見ているだけで寒くなる。
変な奴がいるもんだと、アレクサンデルは思った。
このまま通り過ぎても良かったが……しかし放っておいて凍死されるのも寝覚めが悪い。
そこで一声かけようと近づいて……気付く。
「……セリーヌ?」
それはアレクサンデルの初恋の女の子だった。
美しい銀髪に、紫水晶のような瞳。
そして芸術品のように整った顔立ちに、雪のように白い肌。
その少女はアレクサンデルの初恋の相手、“セリーヌ”にそっくりだった。
唯一違う点を上げるなら、その瞳だ。
二人とも紫色なのは同じだが、“セリーヌ”はキラキラと明るく輝いていた。
しかし目の前の少女の瞳は、“セリーヌ”と全く同じ色なのに、どういうわけか暗く、死んだように、沈んでいる。
アレクサンデルが声を掛けると、“セリーヌ”はアレクサンデルの方を見た。
「……どうして、私の名前を知っているの?」
「俺だよ。アレクサンデルだ! ほら、十二年前にガリアの村で会った!!」
すると“セリーヌ”は大きく目を見開いた。
しかしすぐに目を伏せる。
「……人違いよ。私は、ゲルマニア出身の……貴族だもの」
「……そう、なのか?」
「私の名前は、セリーヌ・フォン・ブライフェスブルク。あなたの知っている、そのセリーヌさんって人は、そういう名前だった?」
「いや……違う、な」
“セリーヌ”は平民、否、農奴だった。
貴族などでは到底ないし、そもそも姓を持っていなかった。
「そういうことだから。……放っておいて」
「そういうわけにもいかない。……このままだと、凍死するぞ? どこか、怪我でもしているのか? 家は? 宿はどこだ。運んでやる」
するとセリーヌは首を左右に振った。
「……もうお金がないから、どこにも泊まれないわ」
「金がないって……飯はどうするつもりだ」
「……」
セリーヌは無言になった。
よく見ると顔色もあまり良くない。もしかしたら何も食べていないのかもしれない。
「放っておいて……あなたには関係ないでしょう?」
そう言ってぼんやりと宙を見つめるセリーヌ。
そんなことを言われてしまえば、ますます放っておけるはずがない。
「じゃあ、俺の家に来い」
「え?……でも」
「でも、も、何もない! 死なれたら寝覚めが悪すぎる!!」
アレクサンデルはそう言うと、セリーヌの手首を強引に掴んで立たせた。
右手でセリーヌを掴み、左手でセリーヌのものと思われる荷物を掴む。
それからセリーヌを引っ張るようにして、道を進んだ。
セリーヌは特に抵抗する気はないようで、黙ってアレクサンデルに引きずられるようにして道を進む。
アレクサンデルは自分の家――アパートの部屋――に着くと、すぐに薪ストーブに火をつけて、その前にセリーヌを座らせた。
「俺は暖かい飲み物を用意しておく。着替えくらいは持ってるな? 着替えて置け」
「でも……」
「でも、じゃない。びしょ濡れのまま、俺の部屋で過ごす気か? 床が水浸しになるだろう。迷惑を掛けたくないと思うなら、早く着替えてくれ」
「……勝手な人ね」
セリーヌのそんな呟きを無視し、アレクサンデルは台所へ赴く。
滅多に料理をしないアレクサンデルだが、さすがにお湯を沸かし、お茶を用意するくらいのことはできる。
アレクサンデルがお茶を用意して部屋へと戻ると、すでにセリーヌは着替えていた。
ぼんやりと、薪ストーブの火を眺めている。
「ほら、飲め」
「……ありがとう」
セリーヌはアレクサンデルから紅茶を受け取り、ゆっくりと飲んだ。
セリーヌが泣き始めたのは、それから五分後のことだった。
「よしよし……落ち着いたか?」
「うぐっ……本当に、ひっぐ、ごめんなさい……うぅ……」
「我慢しなくていい。好きなだけ泣け。何なら、胸を貸してやっても良いぞ」
冗談のつもりで言ったのだが、セリーヌはそれを本気で捉えたようで、本当にアレクサンデルの胸に飛び込んできた。
あっという間にアレクサンデルの胸元が涙で濡れる。
散々に泣きじゃくった後、セリーヌは顔を上げた。
「聞いて、ください……」
「あ、ああ……どうした?」
セリーヌは泣きながらわけを話し始めた。
セリーヌはイブラヒム聖教会の司祭らしい。
イブラヒム聖教会というのは、一神教であるイブラヒム教の教会組織である。
アレクサンデルも含め、大陸の西半分の人々は(熱心さは人それぞれではあるものの)イブラヒム教の信者である。
その司祭となれば、かなり高い地位だ。
貴族で言えば、上位貴族とは言えないが、中位に匹敵し、下位貴族よりは確実に地位が高い。
そんな偉い聖職者様がなぜ雪の中、座り込んでいたのかというと……
「休職、させられたんです……」
「休職?」
「休職届けを出さないと、停職させるといわれたので……事実上の停職、というか、クビみたいなものです……」
どうやら事実上の停職処分にされたのがあまりにもショックで、それから逃げるように聖都から去り、それから当てもなく馬車を乗り継いで彷徨い歩き、そしてこの街に流れ着いたようだ。
「どうしてそんなことに?」
「知りません……そんなの私が聞きたい!!」
声を荒げるセリーヌ。
アレクサンデルはセリーヌの背中を摩り、落ち着くように言った。
「いえ……すみません。理由は、なんとなくわかります。多分、嫉妬です。出る杭は打たれるというやつです……はは……」
半笑いを浮かべるセリーヌ。
かなり重症だ。
「これから、どうしましょう……」
どうしましょうといわれても、そんなことアレクサンデルには分からない。
「実家に帰るってのは?」
「……帰れると、思いますか? 会わせる顔が、ありません」
死んだような目で言うセリーヌ。
アレクサンデルは頭を掻き……ため息をついてから言った。
「分かった。じゃあ、会わせる顔ができるまでは俺の家にいろ」
「……良いん、ですか?」
「一文無しなんだろう? 放っておくわけにはいかない」
放っておくと、なんだか自殺されそうな勢いだ。
危なっかしくて、放逐できない。
無論、タダで居候させるほどアレクサンデルは優しくはない。
……というより、それはセリーヌのためにはならない。
「その代わりと言っちゃ、何だが……家事をしてくれないか? できないなら無理にとは言わないが……」
「……料理は得意、です」
「それは本当か? 助かるよ」
するとセリーヌは瞳を潤ませた。
「助かる……ひぐっ」
「な、何で泣くんだ?」
「いえ……私を必要としてくれる人がいるなんて、嬉しくて……」
重い……
アレクサンデルはセリーヌを拾ったことを少しだけ後悔した。
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