side04.陽光
※二章24.関連
邸に馬車が停まり、邸の主人が戻る。それを老年の執事が迎える。
「お帰りなさいませ。旦那様」
「今帰った。エリアスの様子は」
憂いた表情でヴィート侯爵家当主のダニエルは、一番に息子の様子を訊ねる。憂いの理由は、仕事の疲労よりも息子の病状を心配しているところが大きい。
それを承知している執事は、少し弱りぎみに眉を下げる。
「それが……」
「エリアス!」
「父様っ」
執事の言葉に被るように、叱責にも似た女性の声が響き、その直後に少年が小走りでダニエルの元に飛び込んできた。ダニエルは慌てて少年を受け止める。
「もうっ、走っちゃ駄目じゃない。今朝まで寝込んでいたのを忘れたの!?」
追いついたダニエルの妻、アニカが心配ゆえに息子を叱る。
「……この様に、動けるようになった途端、邸内を走り回っておりまして」
執事の報告を受けて、ダニエルは安堵を滲ませつつ苦笑する。膝を突き、息子の視線の高さに合わせる。
「エリアス、動けるようになって嬉しいのは分かるが、アニカたちが追いつくのが大変だから程々にしてあげなさい」
「わかった。それより凄いんだっ、父様来て!」
興奮した様子のエリアスは、父親の注意をちゃんと聞いていたのか判断つかないほど即答で頷き、すぐさま自分の報告に移る。
袖を引いてどこかに連れていきたがるので、ダニエルは仕方ないな、と小さく微笑みを零してエリアスが手を引くままに足を運んだ。
そうして、エリアスの寝室近くの庭先まで案内された。これだ、と指された花を見てダニエルは首を傾げる。
「百合?」
「そう! でも、普通の百合と違うんだよ」
相違点を当ててみせろと謎かけをする息子に、ダニエルは一度アニカの方を一瞥する。既に同じ謎かけをされたらしいアニカは、口止めされていると苦笑してみせた。
ダニエルは、妻からヒントが得られないと諦め、咲いている百合を見つめ考える。橙や白から先にゆくほど赤になったりと色鮮やかな百合だとは判るが、色が変わっているだけでエリアスは謎かけをしたりしないだろう。
「降参だ。何が違うんだい?」
しばらく考えても答えが出なかったので、素直に判らない、とダニエルが告げると、得た知識を披露できる喜びにエリアスは頬を染めた。
「上を向いているんだ!」
「上?」
「普通は俯いているのにこの透百合は真っ直ぐに上を向いているんだ」
「成程」
言われてみれば、確かに百合をイメージしたときに首の折れたシルエットが最初に想像される。
「まだ蕾のときに庭師に聞いたんだけど、僕、咲いたら重くなって俯いちゃうと思ってたんだ」
だから、真偽を確かめるために咲くのを待っていたらしい。
「本当に上向いて咲いたのか、凄いな」
「それもなんだけどっ」
息子の凄いことはまだあるらしい。一生懸命話して、自分の袖を掴んで離さない息子の様子にダニエルは微笑む。
「僕、咲く瞬間まで時を渡ったんだ!」
「どういう……?」
突拍子もない言に、ダニエルが意味が理解できず戸惑って首を傾げると、エリアスが経緯を説明した。
咲くまで数日かかると聞いて、待ちぼうけるかと思っていたエリアスは翌日熱を出し、寝込んだ。そして、今朝眼を覚ますと開花の瞬間に立ち会ったのだという。
「僕、未来まで一気に来れたんだ。凄いでしょっ」
ダニエルは眼を丸くする。まるで待ちきれないエリアスの想いに呼応して、身体が熱を出したかのような言い振りだ。自分たちは随分心配をしたのに、息子は臥せって数日が潰れたことをまったく悲観していなかった。
「今は夜だから分からないけど、朝日を浴びた瞬間は花の付け根辺りが光って、葉っぱも父様の瞳みたいな綺麗な色に見えたんだ!」
「へぇ、それは見てみたいな」
「じゃあ、明日一緒に早起きしようっ」
「寝坊助のエリアスは起きれるの? 今日早起きできたのは、寝込んで寝過ぎたせいでしょう」
「なら、母様が起こしてよ」
アニカの指摘にへこたれず、むしろエリアスは母親も早起きに巻き込むつもりだ。仕方ない、とアニカは苦笑しつつも息子のモーニングコールを引き受けた。
「では、明日のために食事をしたら早く寝ないとな」
「うんっ」
陽光のような笑顔でエリアスは頷き、父親に手を引かれ食卓へと向かい、アニカもそれに続く。
微笑みを浮かべ去る親子を、透百合が見送っていた。