sideⅠ.口癖
「太一、助けて!」
大学から帰ってくるなり、妹の夕歌がどたどたと階段を下りてきた。
「は?」
「肝心のロイ様が、タクティクスRPGとか聞いてないー!」
いきなりなんだ、と思ったら、悲鳴のように叫ぶ妹の手にはワイヤレスのゲームコントローラーがしっかりと握られていた。太一はそれでおおよそを察する。
「……詰んだのか」
長い溜め息を吐きつつ確認すると、夕歌はこくりと縦に首肯した。
階段を上がり、自分の部屋の襖を引くと、部屋からファンタジー調の音楽が流れ、液晶画面には升目状に線が引かれたマップが表示されていた。
UIは紫陽花をモチーフにした、女性向けのデザイン。乙女ゲームだから当然だ。妹が最近嵌まっている乙女ゲームは据え置き型なので、共有で筐体を置いている太一の部屋でやるしかない。講義が午前だけだったのか、先に帰っていた夕歌はゲームに勤しんでいたらしい。
夕歌からコントローラーを受け取り、液晶の前に座る。ガイドでミニゲームの操作方法を確認し、自陣の勢力と敵勢力の数やステータスを見比べる。
「ロイ様の指揮なのに、私がやると国境防衛できないのーっ」
状況確認している間にも、どうにかしろ、と横から揺さぶられる。そんなことをしても、操作をミスるだけだと今の夕歌には言っても解らないだろう。
「お前、こっちから攻撃したろ」
「うん」
真顔で頷かれた。妹の答えに、また溜め息が出そうになる。
攻撃は最大の防御、と夕歌はとにかく突っ込むタイプだ。格闘ゲームならどうにかなるが、このミニゲームには不向きなスタイルだ。
「こーゆーのはなぁ、敵の射程範囲ギリギリの、叢とか回避率高いマスで迎撃すんだよ。地形を活かせ」
一応の説明をしながら、相手の射程範囲を確認しつつ敵を一人ひとり迎撃して、着実に倒してゆく。おそらく、妹は逆に敵複数の射程範囲内に突撃して返り討ちに遭ったんだろうな、と太一はプレイしながら思った。
自分の服の袖を掴んだまま、夕歌は固唾を飲んでゲームの進行を見守っている。
勝利条件が敵将を討つことだったので、進行の妨げになる敵だけ迎撃して、武器相性のよい味方で敵将を討つ。
「やったー、成果S判定だぁ! これでロイ様のハッピーエンドに行けるー!!」
一ステージだけでよかったようで、クリア画面の成績を確認して、夕歌が大はしゃぎした。
「お前、何回やり直したんだ?」
「十回」
妹の喜びように一体どれだけ苦戦したのか訊くと、とても残念な結果を知らされた。何故、それだけやってコツを学習しないのか。
「よかったぁー、詰んだかと思った」
放っておいたら永遠に詰んでいただろうな、と太一は苦笑する。この喜びようは、妹にとって大袈裟でもなんでもないんだろう。
「んで、何か言うコトは?」
「あ。ありがと」
「軽っ」
夕歌はすでにゲームへ意識が傾いており、ついでのような調子で礼を言った。太一はもう少し感謝を示したらどうだと若干の不服を覚える。
しかし、いそいそとロイ様なるキャラの攻略に戻る夕歌の嬉しそうな表情を見て、それ以上言及する気が失せた。
仕方ない、と嘆息するように笑みを零し、太一は菓子でもないかと食卓へ下りることにする。夕歌の嬉々とした表情からして、しばらく自分の部屋は使えないことだろう。
よくある、いつものやり取り。二階から届く妹の黄色い声が止むのを、ずぞーとお茶を飲みながら太一は待つのだった。
お嬢の誕生日ですので、公開いたします。
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※玉露の作品用個人チャンネル (2021.03.14公開)
そのためイラストが、コミカライズ版でなく、著者のものである点をご了承ください。
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(お嬢が登場しないエピソードですが、このSSの内容も日芽野先生はコミカライズに取り入れてくださっています。コミカライズのおかげでお嬢の誕生日が決まったので)








