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乙女ゲーのモブですらないんだがー番外編ー  作者: 玉露


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side33.木立天竺牡丹



(やしき)の主人たるリュディアは、深刻な面持ちで問うた。


「ヤン、貴方(あなた)、いつから勤めていると思って?」


「十二からっすね」


あっけらかんとヤンは答える。普段なら邸内にすら入らない彼が主人の書斎に呼び出されたというのに、ずいぶんと胆力のある様子だ。

彼の故郷では十二となると働き手として認識されるので、その歳の誕生日に家を出たのだ。だから、彼もいくつからエルンスト家に雇用されているかはしかと覚えている。今となっては二十四をすぎた。


「この十二年、ほとんど休んでいないじゃありませんの!」


「やー、そんなことは……」


「ありますわ」


ないとヤンが言いきるより前に、リュディアが断言する。

彼はきたときの年齢と同じだけこのエルンスト公爵家に勤めているが、休日に休養をしていないことが多分にあるのだ。

彼は居住がエルンスト家の敷地内なのをいいことに、休日と設定されている日でも何かしらの庭作業をしている。見習いであった頃は自習用の庭だけで済んでいた小規模なものだったが、正式に庭師となったあとは気付けば一日雑草取りをしていることもあった。


「日頃から、きちんと休まないといつか倒れると言っているでしょう」


リュディアは、先代公爵だった父に倣って定期的に使用人に声かけを行っている。基本的に感謝と労いが目的なのだが、ヤンに関しては休むように厳重注意する頻度の方が高い。

彼女が何度注意しても改善していない点を指摘され、たははとヤンは苦笑するしかない。


「まったく、この家には庭バカしかいませんの……?」


頭痛をこらえるように額に手を当て、リュディアは嘆息する。彼女の呟きに、隣に立つ公爵夫君が視線を明後日の方向へ逃がした。彼も身に覚えのあるひとりだ。過去に少し庭の様子をみにきただけで、休日出勤をしてはならないと叱責を受けた。

ヤンの態度から、事の重大さを理解していないと察したリュディアは書斎に呼び出した理由を告げる。


「ヤン、貴方に(いとま)を言い渡します」


「えっ!! 自分、クビっすか!?」


解雇宣告を受けたのかと黒い瞳を瞠目させるヤンを、リュディアは睨み据える。


「強制的に休んでいただきますわ。今年のシーズンオフの間、故郷に帰省なさい。それより、早く戻ってきたら許しませんわよ」


職場から強制的に離れるよう、主人から直々に命じられる。むしろシーズンオフ中に戻ってきたときこそ解雇されそうな気迫だ。首を縦に振るしか動作を許さない圧に、ヤンは口を真一文字に引き結ぶ。

頷く気配のない様子に呆れ、リュディアは一枚の写真を書斎机に置いた。


「……そろそろ、葉書(はがき)ではなく、貴方自身がいきなさい」


最近撮られた真新しい一枚には、誰も写っていなかった。ただ邸の庭が広がっている。徐々に技術が上がり普及され始めているとはいえ、安価ではない写真を風景撮影に使うことはいまだ珍しい。

ヤンはめいっぱいに見開き、その写真をみつめる。その庭は見覚えがありすぎる。職場だから、という理由ではなく、彼が造園を任された区域だからだ。


「これをバウアー家に届けなさい」


「お嬢様……」


淡い青の瞳が和らぐ(さま)を、ヤンは思わず見届ける。


「ヤン、もうお嬢じゃないって」


「そうでしたね、アニキ」


庭師見習い時代に兄弟子であった公爵夫君に指摘され、あ、と気付く。彼女が幼い頃から知っているため、つい呼び慣れた呼称を口にしてしまった。二十歳となり彼女は父から公爵位を継いでいる。


「もったいないことするっすね、公爵様」


書斎机ごしに差し出された写真を持ち上げ、ヤンは弱ったように笑う。エルンスト家の公爵は、昔から写真機を無駄遣いする傾向にあるらしい。


「あら、貴方の仕事ぶりを見せるにちょうどいいでしょう」


なんならご家族を全員招待しましょうか、とまで主人は(のたま)う。公爵家の財力であればそれも容易(たやす)くされそうで、ヤンは冗談に乗ることはできなかった。


「ちゃんと、自分で届けるっす」


ようやく頷いたヤンに、主人と公爵夫君はあたたかく微笑む。どうやらずっと心配をかけていたらしい。そこまで心配をかけておいて、この歳で意地を張る訳にはいかなかった。

故郷に毎年葉書を送るようになったのも、この二人の心遣いあってこそだ。


「あ。でも、その間の庭が……」


どこまでいっても庭第一のヤンは、長期休暇を了承して最初の危惧がそれだった。


「そんなの俺と親父でやっておくって」


けろりと公爵夫君がそういってのける。今でこそ公爵家の人間だが、彼はヤンの兄弟子であり、彼の父であるエルンスト家専属庭師から師事を受けていた。充分すぎる戦力だ。


「あと、無事に戻れるよう護衛をつけますから」


「そんなご大層な!?」


「ヤン、お前コッチ着いたとき宿代も残ってなかっただろ」


十二年前の無謀さをあげられ、一介の使用人に護衛など大袈裟だと言い切れなくなった。あのときより無計画ではないと思うが、庭仕事一辺倒だったのでひさしぶりの長距離移動に必要な旅費などがすぐに算出できない。現在の宿の相場や地理にも(うと)い以上、危機管理にまで気が回らない恐れがある。

断らない方がいい気がしてきた。それにもう一点、護衛をつけられる理由に思い当たる。


「見張りまでしなくてもいいっすよ」


監視も兼ねてだろう。言いつけられた期間より早く、自分が戻ってこないように。これまでの庭バカぶりで信用がないのは仕方ないと、ヤンは肩を(すく)める。


「それもありますが……」


リュディアは半分肯定し、また額に手をあてた。もうひとつ頭痛の種を思い出したらしい。もう半分は違う。つまり、逆ということか。


「ん? もしかして、自分も見張るんすか?」


公爵夫君に苦笑で返事をされ、自分以外に休まない人間がいることをヤンは知る。

自分の帰郷に便乗して邸から離さねばならないほどとは、余程頑固な相手なのだろう。その相手は一体何バカなのだろうか、とヤンは思いを馳せるのだった。



「どうしてですか!」


語気強く抗議されているにもかかわらず、朗らかな笑みが返る。


「だって、ヤンさん久しぶりに帰るんですって。国境近くですごく遠いみたいだし、道中危ないでしょ?」


「護衛を付けるのはいいですが、どうして私なんですか!?」


職場の福利厚生が行き届いているのはいい。同僚の長距離の帰省に護衛が付くのも、エルンスト公爵家の寛大さの表れだろう。そこまではいいのだ。


「私は、フローラ様の護衛です!」


しかし、なぜ本来の護衛対象から離れてまで、同僚の世話をしなければならないのか。そこが納得ゆかない。


「ティナみたいに頼もしい人が守ってくれたら、ヤンさんも安心して帰れると思うの」


だから自分が推薦したのだと、フローラは善意しかない笑みを浮かべる。己の力量を高く評価してこその推薦ときき、マルティナはぐっと言葉に詰まる。

マルティナは、公爵家の次女フローラ付きの護衛だ。忠誠心が強く、仕えると決まった日からフローラを一途に護り続けている。高い位置でひとつに結んだ髪が余計に彼女の表情を引き締めてみせていた。

マルティナ・フォン・ペヒシュタインは、護国精神の強い侯爵家の令嬢のひとりだ。ペヒシュタイン家の者は、男女の区別なく幼い頃より武術を習得し、近衛騎士になるか、国の要人に仕えることが多い。フローラは中立の立場の公爵家の次女で、かならずしもペヒシュタイン家の者が護る必要がある訳ではない。それでも、マルティナは彼女に仕えることが本望であり、光栄なことだった。

まだ従騎士だが、騎士になった暁にはフローラの専属騎士となり、彼女がどこへ嫁ごうが生涯仕える決意もある。だからこそ、彼女以外を警護させられることに拒絶反応がでてしまう。

全身で拒否するマルティナに、フローラは頬を膨らませてみせた。


「それに、私怒ってるんだから」


ぷくりと小さく頬を膨らませる様子は愛らしい。だが、自分の主人が怒ることが珍しいと知るマルティナは、肩を揺らした。


「お休みあげてもお家に帰らないつもりだったでしょ」


「それは……っ」


シーズンオフの期間、フローラは数人いる護衛へ順番に休むようにいった。だが、マルティナだけは頑として彼女の傍で護衛を続ける心算(つもり)であると、他の護衛仲間がフローラに報告をあげていた。休む順番を決められずに困っていると。

マルティナにとっては、どうせ家にいてもその間主人の様子が気になって仕方がなく、休んだ気にならない。彼女の護衛をしている方がずっとよかったのだ。だが、護衛の立場で、主人の傍の方が気が休まるなどといっては職務怠慢ととられる可能性もある。そう思い至り、言い淀んでしまう。


「命令違反しようとした罰ですっ、シーズンオフの間、私の護衛させてあげないんだから!」


「そんな、フローラ様……!!」


人差し指をたてて、めっと小さい子を叱るような厳命に、マルティナは絶望する。

彼女がショックを受けている間に、フローラは他の護衛やメイドたちに依頼し彼女の旅支度を整えさせる。それはマルティナにとっては容赦のない行為であった。




仏頂面の少女を前に、ヤンは頭を掻く。


「あー、お嬢さんが……」


なるほど、とヤンは得心がいく。令嬢の乗馬用のようなパンツスタイルで、腰には細身の剣を帯剣している。足元にはケース型の旅行鞄があり、支度としては万全であった。だが、腕を組み、表情が不服を物語っている。

出発当日、大きめのリュックに詰めれるだけ詰め込んだヤンは、邸の使用人口の前で護衛予定の少女と落ち合った。


「ヤン、忘れものはないか?」


「二人とも気を付けてね」


「お土産話、楽しみにしていますっ」


主人たちが見送りにきてくれたものだから、使用人口だというのに仰々しい。だが、公爵夫妻の気遣いは家族に対するようなあたたかみがあり、公爵の妹は気安く言葉をかけてくれる。先代公爵夫妻は後方で微笑んでいる。

ヤンは先代が公爵だった頃から勤めているが、この家の使用人も家族のように扱う空気はたまにくすぐったい。


「はい、いってくるっす」


「……いってまいります」


照れくさそうなヤンと、不承不承といった様子のマルティナ。対称的な二人を可笑しく感じながら、エルンスト公爵家の面々は見送ったのだった。

敷地内をでて馬車乗り場に向かう道すがら、ヤンは手を差し出した。


「庭師のヤンっす。今日からよろしくっす」


求められた握手を、マルティナはその手から視線を()らすことで拒絶を示す。


「マルティナです」


空を切った手と先行く少女の背中を見比べ、ヤンは苦笑する。あまりにも態度が固い。故郷への距離以上に道のりが遠く感じた。


「待ってくださいよ、お嬢さん」


しかし、旅は始まったばかりだ。気長にいこうと、ヤンは先行く少女を追いかけた。



がたごとと馬車が揺れる。

往きでは藁を山のように積んでいたが、帰りは藁の売上で購入した品程度で余裕がある。その荷馬車の空いた後方に、ヤンとマルティナは座り、荷物と一緒に揺られていた。

ぶすっと不貞腐れた様子のマルティナに対し、ヤンは晴れ渡った空を見上げ朗らかだ。


「やー、ちょうど同じ方向にいく馬車があってよかったっすねー」


当初、乗り合い馬車で向かうつもりだった。だが、平民の乗る馬車ですし詰めになることにマルティナが抵抗を覚え、そうこうしているうちに出発時刻となり乗り逃したのだ。次の馬車の出発まで一刻待たねばならないこともあり、ヤンが南西へ向かう荷馬車を探し、荷台に同乗する了承をもらったのだ。


「あんな大所帯では、護衛に支障がでます……」


「はいっす」


自分が侯爵令嬢でもあることを気遣われた。それを護衛のためだと言い逃れると、気にした様子のない返事が返ってきた。

隣では晴れてよかったと操縦する馬車の持ち主と世間話が交わされている。お互いの声が届くように話しているものだから、声が大きい。八つも歳が上だというのに、暢気(のんき)そうだ。自分がしっかりせねばと思っていたのに、出発早々彼の対応に助けられた事実が悔しい。ささいなことではあるが、すべて自身で対処するつもりだったマルティナは気にしてしまう。

ちらりと見遣ると、凡庸(ぼんよう)な顔がそこにあった。日焼けしてマルティナより濃い色の肌、黒い瞳に短い髪。筋肉質ではあるが武術のためではないそれ。

煌めく金糸の髪に桃色の瞳の、天真爛漫なところがあって目が離せない護り甲斐のある主人とは、到底似通ったところのない男だ。


「どうして、私が」


ぼそりと呟いた不満を、意外にも拾われた。


「まぁ、妊娠中の心配事は少ない方がいいっすからね」


「え……」


「公爵様とお子さんのためにも、自分らは大人しく従いましょ」


シーズンオフに領地へ帰省しないというのはそういうことだろう。兄弟子からもともと領地管理に関心があったときいている。学園卒業してすぐ結婚し、生まれた嫡男がまだ一歳だというだけでなく、きっと馬車の揺れが母体に負担になるからも理由だ。でなければ、公爵になったばかりの生真面目な主人が、シーズンオフにまったく領地へ赴かないなどあり得ない。

腹部が目立たないところから、三か月になるかどうかか。今後悪阻(つわり)などがひどくなりやすいときに、杞憂があっては流産の(おそ)れもある。不安をひとつでも減らしておくに越したことはない。ただその不安要素が、使用人が自主的に休んでいないことというのは、なんとも主人の心根が優しすぎる。

気付かなかったマルティナは、唖然とする。


「そんなの、聞いてないわ」


「お医者さんの結果でてから言うつもりなんじゃないっすか?」


正面玄関側の整備をしていたときに、医者らしき人物の来訪をみかけた。ヤンの記憶だと数日前のことだ。自分が呼び出されたのは、その翌日だった。自分たちという悩みの種がある点を除いて、公爵夫妻の顔色は良好で、邸の誰かが体調不良になったという話もきかなかった。一度出産経験をしているので、可能性が高いことを主人は察していたのだろう。

マルティナの仕えるフローラもまだ知らないはずだ。彼女がその事実を知ったらはしゃいで、自分たち護衛にかならず教えてくれる。

彼の方が察する機会があっただけのこと。だが、護衛として仕える家の人々のことを把握しきれていなかったことが口惜しい。

これ以上の不満は仕える家への不敬にあたる。マルティナは渋々口を噤んだ。


「エミーリア姉様なら、きっと気付いていたのに……」


「そういえば、お嬢さんは委員長さんの従姉妹(いとこ)なんすよね」


公爵付きの護衛の従姉妹であれば、主人の変化につぶさに気付いたことだろう。まだ彼女の域に到達していない悔しさが不満の代わりに零れた。すぐさまそれを隣に拾われる。

マルティナは怪訝に隣に向いた。


「……ずっと思っていたのですが、どうして姉様をそんな呼び方するんですか?」


フローラの護衛で追従していれば、庭にいくこともある。庭師のヤンも公爵付き護衛のエミーリアも同僚同士、伝達事項などがあれば会話もするので、それをマルティナはみたことがあった。従姉妹のエミーリアは、彼に委員長と呼ばれると諦めたように返事を返していた。昔は訂正を試みたのだろうが、彼女が諦観するほどに呼ばれ続けたのだろう。

従姉妹は学園に通っていた頃も、主人の護衛に専念していたためそもそも委員会の所属経験がない。呼称の由来が謎だ。


「アニキがそう呼ぶから、つい」


兄弟子の影響だと、ヤンは素直に明かす。公爵夫君は妻の護衛たちを独特な呼称で呼ぶ。名前になにも(ちな)んでいない渾名(あだな)だ。公爵夫君としてより、兄弟子として長く接したヤンは、それが伝染(うつ)ってしまっていた。兄弟子から学ぼうとする姿勢が強すぎたせいもある。


「んで、お嬢さんは委員長さんを目指してるんすか?」


比較対象にあがるということは、憧れの表れだろう。訊くと、きらりと瞳が輝き、想像以上によい反応が返った。


「当たり前でしょう! エミーリア姉様は、男性騎士にも引けを取らないほど強くて、リュディア様()に忠義を尽くしているわ。騎士の鏡よ」


マルティナが近衛騎士の道を選ばず、エルンスト公爵家の護衛の道を選んだのは彼女への憧憬ゆえだ。王族の婚約者であった主人がその地位からおりても、彼女は現公爵の護衛でいつづけた。地位ではなく、忠誠を捧げるに値するただひとりの主に出会えたと誇らしげな彼女をみて、マルティナもそうありたいと願った。

当初は、エルンスト公爵家の人間の護衛になれば、憧れのエミーリアの仕事ぶりを学べるという打算もあった。だが、今は本当にフローラに忠誠を捧げている。彼女がどこへ嫁ごうとついていく心算(つもり)だ。


「警護に専念するためにイェルクさん(護衛仲間)(せき)を入れられたときは驚いたけど、それだけ忠義に厚いなんて素晴らしいわ!」


「やー、あれは(にぶ)いだけな気も……」


従姉妹がどれだけ護衛騎士として素晴らしいか力説するマルティナの解釈と、ヤンの解釈は一部異なった。

ヤンの見立てでは、あの護衛騎士夫婦は自覚していないだけだ。

あれだけ意思が強固な彼女なら、縁談など頑として断り続けるだろうし、自身の強さを利用して縁談相手をすべて倒して戦意ごとへし折りそうだ。夫のイェルクも、学園の競技大会では準決勝に進むほどの実力者だ。そんな彼が、エミーリアとの手合わせのときだけはかならず負ける。護衛騎士同士の婚姻は職務のために合理的な判断をしたようでいて、無意識に潜んでいるものがある。誰とでもいい訳ではないと、あのふたりが気付くのはいつになるだろうか。

それにしても、憧れの相手を語るときの力の入りように、ヤンは既視感を覚える。思わず前のめりになってしまう感覚に自分も覚えがあった。


「委員長さんみたいな立派な騎士になれるといいっすね」


「もちろんよ!」


目標に突き進む彼女に共感が湧き、ヤンは笑む。彼にも目指す人がいる。

チョッキの内側のポケットから一枚の写真を取り出す。


「自分も近付けてたらいいんすけど……」


マルティナがその写真を覗き込むと、折れてこそいないが端はずいぶんとくたびれていて、色の()せ方といい年季を感じさせるものだった。庭だけが写る光景は、彼女にはいつもみているエルンスト公爵家の庭と変わらないように感じる。

だが、彼には違うのだろう。セピアの写真をとても眩しそうにみつめている。

家の方針がそうであったため、マルティナには騎士になる未来が当然のものだ。目指す目標こそあるが、従姉妹の存在がなくとも自分は騎士になっていただろう。家業ではないまったく別のものを目指すなんて熱量を、彼女は想像できなかった。

だから、彼の造る庭と変わらない、なんて感想を不用意に口にできずにいた。

不意に、がたんと荷馬車が大きく揺れる。


「わっ」


振動からくる衝撃で、声があがると同時に、ヤンの手から写真が浮く。一瞬指の力が緩んだだけで、ひらりと写真が(ちゅう)へ舞った。

動いたのはマルティナの方だった。反射神経よく、ぱしっと舞う写真を捕らえた。

呆然とするヤンへそれを差し出し、厳しめに忠告する。


「そんなに大事なら、もう少し丁寧に扱ったらどうですか」


そもそもこんな不安定な場所で取り出すものではない。失いかけた刹那(せつな)、表情を絶望に染めるならなおさらだ。


「ありがとうっす」


今度は飛ばさないよう、受け取る両手にしっかりと力を入れる。嬉しそうなヤンの笑顔は、これからくる真夏の太陽のように眩さと熱を帯びていた。

彼の喜び様に、マルティナの頬にまでその熱が移った気がした。



夕陽が沈みかける頃、荷馬車の目的地である町についた。

馬車の持ち主は親切に宿のある場所も教えてくれた。同乗させてくれた分に重ねて礼を伝え、ヤンたちはきいた宿屋へと向かう。

宿屋の受付に空きがあるかと訊くと、充分にあり自由に選べるとのことだった。ちょうど大きな商団が去ったあとだという。タイミングがよかった。


「じゃあ、二部屋で「二人用を一部屋で!」


ヤンは一人部屋をふたつ頼もうとしたが、マルティナがぎょっとする注文をした。


「何言ってんすか!? 年頃のお嬢さんがダメっすよ!」


「それはこちらの科白(セリフ)です。護衛が離れる訳にいかないでしょう」


護衛を務める以上、マルティナは警護対象の傍にいるつもりらしい。隣にしても、別々の部屋では、奇襲に遭った場合に対処が遅れてしまう。

職務に真面目な少女を前に、ヤンは弱って頭を掻く。説得は難しそうだ。八つも下の少女をどうこうしようなどとは思わないが、ヤンとしては女性としての危機管理意識をもってほしくはある。おそらく、そう懸念を伝えても彼女は暴漢など倒せばいいと返しそうだ。いや、絶対いう。それなら同室の方が、彼女を狙うような輩には予防線を張れるだろう。


「じゃあ、お嬢さんは自分の(めい)っこってことで。これからタメで話してくれるならいいっすよ」


「タメ?」


「その丁寧な話し方やめてほしいっす」


「わかったわ」


今後のことを考えて旅の間の設定を決めておく。庶民の男に護衛がいるなど誰も信じないし、親戚という方便であればいろいろと融通が利かせられる。それを信じさせるには外見では難しいので、他人行儀な口調をやめさせることで誤魔化(ごまか)す。

同室にする条件を提示すると、マルティナはこくりと頷いて了承した。


「じゃあ、部屋に荷物置いたら(めし)にしましょうか」


宿屋に就いた頃には陽も落ち、薄闇となっていた。さすがに空腹に堪えるのも限界だ。

宿屋の主人に食事処を訊いて、向かった店は労働者が仕事終わりに立ち寄るようなところで、食事の量が多かった。ヤンは、令嬢でもあるマルティナに食べきれるか心配する。だが、身体能力の高いマルティナはその分栄養を必要とするらしく、食べ方は綺麗だったがしっかりと食べきった。むしろ、気持ちのよい食べっぷりで、ヤンは笑ってしまった。

仕事終わりの一杯で快くなっている他の客と多少歓談してから、ヤンたちは部屋に戻った。といっても、歓談していたのはヤンだけだ。マルティナはなぜそんな絡み酒につきあうのか理解できず、茶を飲んで眺めていた。

お互い順番に風呂を済ませたあと、最後の課題が待っていた。


「……さて、どう寝るっすかね」


二人部屋は、面積のあるベッドがひとつだけだった。通常、二人部屋を希望するのは夫婦や恋人であるため、費用の具合によってはこういうこともある。立ち寄る町や村によっては、宿屋すらなく教会か民家に世話になることもあり得るだろう。部屋の広さや、ドアに鍵がかけられる点でみると上等な方である。

椅子で寝たことはないがどうにかなるだろうか、と悩んでいると、寝巻に着替えたマルティナが目に入る。


「固そうな抱き枕っすね」


「万が一は常に想定するべきよ」


寝巻姿で鞘に収まっているとはいえ、細身の剣を抱える彼女をみて、寝づらそうだと感じた。


「私は床で寝るから、ベッドを使って」


さらに、とんでもないことをいいだすので、ヤンは眼を剥いた。


「いや、ダメっすよ!」


「護衛対象には安眠してもらわないと」


「自分の安眠のためを思うなら、もうベッドで一緒に寝てくださいっす!」


同室になっている時点で今さらだとヤンは開き直った。彼女がちゃんと休むことを最優先で選択することにする。

ベッドの幅広さを活かして、なるべく端で横たわり、彼女から背を向ける。しかし、剣を抱き枕にする少女からの視線がひたすら刺さり、寝るに寝れなかった。

仕方なく、振り返る。


「……あの、寝ないんすか?」


「護衛対象より先に眠るなんてあり得ないわ」


護衛とは、対象より遅くに寝て起きるものだと主張するマルティナ。(かたく)な彼女に、ヤンは嘆息する。ひとりきりで護衛するには限界があり、そもそもヤンへの護衛は彼女を休ませるための大義名分だ。だというのに、彼女は不服なはずの護衛を完遂しようとしている。

自身の安眠のためにも、ヤンは寝返りをうち、布団のうえから彼女の胴あたりをやさしく叩いた。


「大丈夫っすよ。なーんにも怖いものなんてないから」


ことさら優しく(ささや)き、ぽんぽんと鼓動と同じリズムを刻む。嵐の夜などは、両親が畑をみにいっている間、弟妹たちをこうしてあやしていた。大きな音に怯える弟妹たちも、こうすれば少しずつ安心して眠るのだ。一度眠ると物音がしても起きないから、自分の方が眠るのに手間取ったほどだ。


「なっ、私は子どもじゃ……!」


「自分の妹より年下なんすから、子どもっすよ」


完全に子ども扱いを受け、抗議しようとするも、そう封殺されてしまう。彼からすれば子どもなのだと、マルティナは彼との歳の差を思い知らされる。

大丈夫、大丈夫、とくり返され、布団を叩く定期的な振動もあって、マルティナの瞼は次第に下がってゆく。瞼が落ちてからもしばらく拍子を刻んでいたが、表情が緩んだのを確認して、ヤンはそっと笑う。


「ふっ、ほんと子どもみたいな寝顔っすね」


張っていた気が()けた少女の顔は、とてもあどけないものだった。根気よく寝かしつけるつもりだったが、存外早く寝入ってくれた。それだけ疲れていたのだろう。

これから長旅になるので、自分も休めるときはしっかり休まなければ。彼女の寝顔に安堵したヤンも、早々に寝入るのだった。



翌朝、目を覚ますと大口をあけた寝顔があり、マルティナは無音で悲鳴をあげた。

驚きから落ち着くと、なぜ目の前の男と同衾するに至ったかを思い出した。目覚めてすぐ誰かの顔があることがこれまでなかったから、動揺してしまった。旅の間はこれが続くのだから慣れなければ。

マルティナが動揺してしまったことを反省しきった頃合いになって、ヤンが起きだした。


「おはようっす。早いんすね、お嬢さん」


「間抜け面を晒していたあなたよりは」


落ち着いた素振りで、マルティナは支度を促す。まるで叫んだことなどなかったかのようだ。

口をあけて寝ていたと指摘され、ヤンは恥じて頭を掻く。幼い頃に弟妹からされた指摘と同じだった。家族と離れてからは基本一人寝だったから、昔から変わっていない寝方を今さら自覚する。

宿では料金を上乗せすれば朝食がでた。食堂などはしていない時間帯なので、助かると二人は昨夜のうちに頼んでおいた。二人とも朝からしっかり食べるものだから、宿屋の女将から笑われた。作り甲斐のある食べっぷりだとの評価だったので、褒められたのだろう。

お互い体力勝負の職種に属しているため、食事の席で遠慮をするということがなかった。気を遣う相手ではないというのもあるだろうが、一緒に食事する相手がよく食べる彼女でよかった。自分ばかりが食べては味気ない。ヤンは旅の同伴者がマルティナであることに感謝した。

朝食後、支度でき次第出発しようとするマルティナを、ヤンは止める。


「昼まで馬車でないんで、のんびりすればいいっすよ」


「どうしてそんなこと知ってるのよ?」


「昨日呑んでたおやっさんが、南の方へいくから乗せてくれるそうっす」


酒が抜けてからの出発になるから、早くとも昼以降だと。陶器の食器を運ぶので、出発するとしばらくは酒を控えなければならない。だから、昨夜は盛大に馬車主は呑んでいたらしい。

ヤンが事もなげにいった報せに、マルティナは眼を剥く。一体いつの間に。

どうせ酔っ払いの話だとマルティナは話半分どころか、ほとんどきいていなかった。しかし、ヤンはきいたうえで相槌を打ち、彼女が気付かないうちに馬車へ便乗する交渉を済ませていたのだ。


「だから、のんびりいきましょう」


割れ物を運ぶため、馬車の速度は慎重なものになるだろう。そのため、気長に構えておくといいと薦められる。

護衛対象に行程の手配を済まされてしまい、マルティナは釈然としなかった。

その後も、必要な買いものでの店主との会話だったり、食事の席で店員や相席者との会話だったり、そんな歓談のなかでヤンは直近の天候や宿泊施設の有無など、必要な情報を得ていった。あまりにも自然なので、マルティナが注力していないと気付かないほどだった。ちなみに、毎朝気の抜けた寝顔をみるのは慣れた。


「……大人、なのね」


不機嫌そうに謎の認定をもらい、ヤンは苦笑する。


「歳はそうっすね」


庭師としてはまだまだ学ぶことが多い、とヤンは自身の未熟さを晒す。それは、強くあろうとするマルティナと真逆だった。

彼のさりげなさは大人の対応だと感じる。こちらを気負わせることがない。至らないところを自覚し、認め、口にのせ明かす。マルティナには容易にできないことだ。今だって、彼との人生経験の差を認めるのに数日を要した。


「私はそんな風にできないわ」


商店が並ぶなかを歩く人々のなかで、マルティナだけが気難しい顔をしていた。ヤンは少し思案して、その寄った眉間を指でついた。


「なっ!?」


驚いて、つかれた箇所を手で防御するマルティナに笑う。眼がまんまるだ。


「お嬢さんは、もうちょっと楽しんだらいいっすよ」


「楽、しむ……?」


想定外の提案に、マルティナの理解は追いつかない。


「お嬢さんは、騎士が好きだからなりたいんでしょ?」


「もちろんよ」


揺るがない答えに、マルティナは即答だった。


「好きなことしてるなら、もっと楽しまないと」


「そんな職務に不真面目なこと……!」


「仕事だから楽しんじゃダメなんて、誰が決めたんすか?」


自分は仕事を楽しんでいる、とヤンはいう。そういわれると、反論が詰まる。好きなことを仕事にしているのは、彼と同じだ。そして、彼が楽しんでいるからといって不真面目ということはない。むしろ、真摯に手を抜くことなく仕事をしている。手を抜かなさすぎて、休むよう厳命されるほどだ。


「農家のうちを手伝っていたときも、自分は楽しんでたっすよ。変な形の野菜を見つけたり、歌ったり」


生活する以上、糧をえるために何かしらの労働が必要だ。そこに好きかどうかは必須条件ではない。だから、嫌々やるぐらいなら楽しんだ者勝ちだとヤンは思っている。農家では単調な作業が多いため、歌うことが多い。当たり前となっている農耕歌は、誰もが少しでも楽しくしようとしていることを証明している。


「そんなこと、急に言われても……っ」


まだ従騎士だが、騎士としての誇りはある。ただ真面目に勤めるものだと思っていた職務を、いきなり楽しめるようになれるかと問われれば否だ。マルティナは肩の力の抜き方を知らない。


「じゃあ、どれ食べたいっすか?」


商店のなかには食材だけでなく、軽食や菓子などの屋台もちらほらあった。小腹を満たすために間食に誘われ、その選択権を委ねられる。昼下がりで、今日はもう宿も確保している。休養するまでの時間に猶予があり、遊んでいる場合ではないと叱責する理由もない。

肉の焼ける匂いや、香ばしい焼き菓子の匂い、意識するとさまざまな誘惑が空気に満ちていた。そのなかで、きらりと陽光を反射するものがあった。

惹かれて視線をやると、白鳥の形をした水あめが目に入る。


「綺麗」


自身では呟いていたかも定かではない。

湖畔に浮かぶ白鳥を模した透明なそれに、釘付けになる。他の動物を模したものもあったが、騎士の心構えとして、従姉妹から白鳥のようであれ、と教えられた。水面下でどれだけ足掻いていようとも、騎士は毅然としているものだと。そうして、生まれる頼もしさで護るべき者を安心させてやるのだと。


「水あめっすね」


「ちょっと……!?」


マルティナの視線を追ったヤンは、彼女の腕を引き水あめの屋台への向かった。店主は満面の笑みで迎える。


「へい、らっしゃい! どれにするんだい?」


「白鳥のひとつと、自分はこの花の形のを」


まいど、と水あめの棒を差し出す店主に、ヤンは代金を支払う。


「はい、お嬢さんの分」


いってもいないのに迷わず白鳥の水あめを渡され、マルティナは戸惑いつつ受け取った。そんなに視線がわかりやすかっただろうかと、気恥ずかしさに頬が染まる。


「……ありがとう」


「自分も食べたかったんで」


簡単にそう笑うヤン。ここまで気を遣わないように先手を打たれると、先んじようとしていた自身が馬鹿らしくなってくる。彼に対しては肩肘を張らないでいいような気がした。

水あめをはじめて食べる彼女に、ヤンは食べ方を教える。そのまま舐めてもいいが、あえて二本の棒で作られているのには理由があり、そこから割ってこねて滑らかにしてから食べる方法もある。実践してみせるヤンに、マルティナは眼を剥く。可愛らしい形だったのに容赦がない。

どちらの方法で食べるか、白鳥をみつめてしばらく葛藤する。そして、少しずつ舐めることにした。

なるべく形を保とうとしながら水あめを舐める少女の姿に、ヤンは思わず笑みが湧く。すでに原形をとどめていない水あめを頬張り、彼女が食べきるのをのんびり見守るのだった。



道中ともにしてわかったことだが、彼は自由な青年だった。

天真爛漫なところがある主をもつマルティナでも、ときどきびっくりするぐらい子どもっぽいことをする。川辺で小休憩したときは、暑いからと服を着たまま川遊びをはじめ、自分にまで水をかけてきた。濡れた服をどうするんだと責めても、天気がいいからそのうち乾くと笑う。宿泊する村で祭りがあるときけば、楽しそうだと参加し村人たちと踊り歌う。あらかた踊り方を覚えた頃合いに、自分まで手を引いて巻き込む始末だ。

大人のくせに楽しみすぎではないか。そう指摘しても、人生楽しんだ者勝ちだと彼は笑うのだ。

巻き込まれる形ではあるが、川遊びも、祭りの踊りも、思い返してみると悪くなかった。子どものようにみるものに黒い瞳を輝かせる(さま)をみていると、仕方ないと笑みが滲むことが増えた。

彼の村まであと少しというところで、乗り継ぐ馬車がうまくみつからなくなった。故郷の村から一番近い町で立ち往生する訳にもいかない。あと二日探してみつからなかったら、歩いて向かおうと決める。

馬車の停留所へ向かう途中、往来の多い通りを通らねばならなかった。どれだけ気を付けても、誰かしらと肩や腕がぶつかる。


「っと、すみませんっす」


細身なマルティナより、体格のしっかりしたヤンの方がぶつかりやすい。避けたつもりが肩が当たってしまい、ヤンはすぐさま謝罪した。


「いってぇ!」


そしてなぜか、マルティナがぶつかった相手の腕をひねりあげていた。事態を把握するためによくよく確認すると、ひねりあげられた男の手にはヤンの小銭入れが。


「まったく、隙が多いのよ」


叱るというより呆れたようにマルティナは、小銭入れをヤンへ投げ渡す。彼がうまく受け取ったのを確認し、スリの男をさらに拘束しやすい体勢へ追い込む。近隣の詰め所から兵士を呼ぶように周囲へ頼むと、十数分してスリの身柄引き受けに兵士たちが駆けつけた。

経緯をきいた兵士たちはマルティナに礼を述べた。常習犯だったらしく、いたく感謝されてしまった。


「おー、お嬢さんカッコいいっすね」


「もう少し気を付けてほしいわ。いくら私がいるからって」


「でも、大丈夫っすよ。一番盗られやすいとこに入れてたのは小石しか入ってませんし、お金も分散してもっておくといいって、行商のおやっさんから昔教えてもらたんす」


ズボンのポケットやリュックのなかなど、いくらか分けて金銭を入れ、盗難対策はしていると誇らしげなヤンを、マルティナは叱る。


「私の目の黒いうちは、硬貨一枚だって盗らせないわよ」


だから盗まれる前提でいるな、と行動をあらためるように要求される。身の安全を護るというのは、身体が無事であればいいというものではない。被害全般から護りきると宣言するマルティナに、おーと感嘆しながらヤンは拍手を贈った。


「さすがお嬢さん、頼もしい」


「当然よ」


兵士経由でマルティナの功績が町長に伝わり、町長宅へ招待された。

町の治安へ貢献してくれた礼をしたいとのことだった。南西に向かう馬車が見つからず難儀していることを相談すると、町長所有の馬車を貸してくれることになった。馬一頭で牽く小さな馬車だが、二人にはそれで充分だった。むしろ、細い道も通りやすく助かる。

二人はありがたく、町長の礼を受け取った。

翌朝、陽が昇りはじめた頃、宿屋の裏庭にマルティナはいた。帯剣した柄に手を添え、静かに眼を閉じている。その場には、ささやかな木擦れの音だけが占めていた。

自然とか、それとも弱くとも風で揺れたためか、彼女の前にある木からはらり、と葉が落ちる。

音もなく舞うようなその葉は、マルティナが眼を開けた瞬間、真っ二つになっていた。

鞘からは細身の剣が抜ききられ、刀身が陽光を受けている。

目にもとまらぬ速さの一閃に、感嘆の声が洩れる。


「いつ見ても、見事っすね」


いつからいたのか、ヤンが彼女の背後から数歩離れた先にいた。


「いつも?」


刀身を鞘に納めながら、マルティナは疑問を呈する。陽が昇ると同時に剣技の確認をするのは、彼女の習慣だ。だが、旅の間ヤンはほとんど陽が昇りきってから起きていた。今朝のように早起きすることは珍しい。なぜ以前から知っているような口ぶりなのだろうか。


「庭で練習してるとこ、自分の小屋の近くなんす」


エルンスト家の広大な庭で、庭師用の小屋は木々の多い区域にある。マルティナが決まって修練する場所は、二階の寝室の窓からみえるのだ。早朝の作業などがあるときに、今日も頑張っているな、と眺めてからヤンは起き出していた。

毎日欠かさず修練する彼女は、悪天候でもするものだから、雨風が酷い日などは心配していた。けれど、ずぶ濡れで邸に戻ったのが判明すると彼女の主人であるフローラが叱り、湯船に浸かるよう手配する。血色よくなるまで戻ってこないように厳命されたのだと、昼食時の話題できいてはヤンはよく苦笑していた。


「お嬢さんなら、学園の桜の花弁(はなびら)も真っ二つにできそうっすね」


学園にいる間もきっと欠かさず修練していたのだろうと、ヤンはそんな感想を零す。並木にできるほど多くの桜が植えられていることで有名な王立魔導学園。その本数は国内で一番多いという。薄紅の花弁は、はらはらと舞うほど小さく薄い。彼女なら、それすら捉えることが可能に思えたのだ。

その感想に、マルティナは、ぎくりと肩を揺らした。そんなはずはないのに、みられたのかと動揺してしまった。


「ははっ、マジっすか」


彼女の素直な反応に、ヤンは笑う。自分の小指の爪ほどあるかないかの、薄く小さな花弁すら一閃できるなど、よくやるものだ。

彼の笑い声に嫌味などなく、称賛でしかないものだった。しかし、花を愛でるよりも修練に用いていたことを知られ、マルティナはなんだか気恥ずかしく感じた。


「……怒らないの?」


「ん?」


「だって、あなた庭師でしょう」


花を愛でる代表ともいえる職種の彼が、自身の花の扱いに憤怒しないのが不思議だった。花弁を斬るなど、彼からしたら踏みにじるような行為ではないのか。マルティナだったら騎士の誇りを踏みにじられるようなことは赦せない。

遠回しな気遣いに、ヤンはまた可笑しくなる。


「葉っぱも花弁も、お嬢さんは散ったものしか斬ってないじゃないっすか」


地に落ちる前に切断されたとて、どうということはない。朽ちて土に(かえ)るという循環に影響のないことだ。ヤンからすれば、何も踏みにじられてはいない。

問題ないと伝えても、マルティナは気まずげだ。草木を愛でてもらうという彼の職務に、自身の行動は叶っていないという罪悪感がある。


「自分もそうだったんで大丈夫っすよ」


「え」


「見るだけの花や緑で腹は膨らまないって思ってたっす」


庭の景観を眺める暇があるなら修練をするべきだと考えるマルティナと、ヤンの口にした意見は一致していた。過去のこととはいえ、庭師を本職にしている彼からの意見とは思えず、マルティナは瞠目する。


「余裕があるときでいいんすよ」


生活であったり、訓練であったり、何かしらに必死になっている人間が庭の緑に眼を向けることなどできない。視野が狭くなっているので不可能なことだ。花や緑を愛でることを余分なことと感じている間は、それだけ大事な何かに向き合っているときなのだ。

ただ、それに疲れたとき、もしくはひと段落して余裕が生まれたときに、花や緑が目に留まればいい。


「庭は、あることが大事なんす」


ないものには眼を向けられない。だから、いつ視界に入ってもいいように庭師は季節に合わせて花を植え、庭を維持するのだ。

ヤンという庭師の解に、彼の度量の大きさを感じた。おそらく彼なら、どの家のどんな面積の庭だろうと大事に維持してゆくのだろうと思える。

朝日が周囲に満ちたからか、誇らしげに微笑む彼が眩く映った。



借りた馬車で朝にでて、小休憩を挟みつつ進むと、夕陽が沈もうとする頃にヤンの村に着いた。

海沿いの村は、家屋が山沿いに向かって階段状に建っており、そのどこからでも(だいだい)に染まる海がみえた。ヤンの完全に白くならない肌は、海の傍で育ったゆえのものだとよく判る。

海が広がる光景を初めてみたマルティナは、その絶景に言葉を失う。言葉なく見入る少女を眼にして、ヤンは同じ感動を覚えないことに苦笑する。自分にはどんなに綺麗でも懐かしさが克つ景色だ。この地に生まれていない者からすると、感動を覚える光景なのだと知る。

飽きるほどみて、当たり前にあった景色。十年以上離れていても、変わらない光景に帰ってきた事実が胸に落ちる。


「見えてきたっすよ」


階段状の地形の海辺から三段目の野菜畑の近くにある家を、ヤンは指差す。

玉蜀黍(とうもろこし)胡瓜(きゅうり)など夏野菜が等間隔で植えられた間の道を通り、着いた家はマルティナが想像していたより大きかった。一階しかない造りだが、その分広い。海風が強く、天候も荒れることがあるため、高く造るより、造り直しがきくように面積が確保されている。家族が多くなりやすいのも、広い家が多い理由らしい。

小さな(うまや)が空であった。そこに乗ってきた馬車を停める。この村では一家に一台馬車がある訳でなく、数軒の家で一台を共有で所有しているらしい。必要があるときに使い回し、年毎に主立って世話をする当番が変わる。今年はヤンの実家は当番でないようだ。

厩が空いていたことに安堵したヤンは、馬を繋いだあとマルティナが降りるのに手を貸す。ちょうどそのとき、どたどたと家からでてくる者が現れ、彼の許へ駆けてきた。


「ヤンっ、帰ってくるなら報せなさいよ!」


「おぉ、やっぱエッボさん家のヤン坊だった」


「デンさんが教えてくれなかったら、ヤンたちの飯ないとこだったぞ」


「レオニーに、フーゴか? でっかくなったなぁ」


事前に連絡を寄越さなかったことを怒る妹と、みかけて報せてくれた近所の人に感謝するようにいう弟。記憶のなかの弟妹は自分の肩よりも小さい幼子だった。しかし、弟のフーゴは自分より少し視線が高いし、妹のレオニーも視線の高さが近い。すっかり青年になった弟と、女性らしくなった妹にヤンは驚いた。それでも浮かべる表情に面影があるものだから、感慨深く感じてしまう。

ヤンが村に入ってきたのをみつけた村人に、フーゴが礼を言って見送った。見晴らしのよい村なので、馬車でこの家に向かうヤンの姿を認め、わざわざ報せてくれたらしい。


「この娘さんは?」


ヤンの隣にいるマルティナを認め、フーゴがなんの付き添いなのか誰何した。


「公爵家の人がつけてくれた護衛だ」


「えー、こんな可愛いのに?」


「そう可愛いのにすげぇ強くて頼もしいんだ」


自分と比べると人形のように肌が白いと驚く妹のレオニーに、ヤンは見た目よりもずっと戦闘力が高いことを教える。

ヤンと同じく陽に晒されたゆえに完全に白くならない肌の人たちに囲まれ、マルティナは自分だけが異質に感じた。場違いな場所にきてしまったのではないかと思ってしまう。


「ここまで護ってくれてありがとう。ヤン兄一人だったら、スリにでも遭って帰るお金を失くしてたかもしれないもん」


危険のない村のようだから、場違いな自分は村から帰る時分までは先に町の宿屋に戻ろうか。一瞬、そんな考えが過った。しかし、レオニーから感謝を受けて、歓迎されてしまう。

レオニーに腕を引かれ、マルティナは玄関へ誘われる。それを、ヤンとフーゴが追った。その短い道すがら、弟のフーゴがなにげない一言を呟く。


「なんだ。嫁さんつれ帰ったんじゃないのか」


「んな!?」


「はは、お嬢さんからしたら俺なんかおっさんだ。そんな勘違いしたら失礼だぞ」


心外だとマルティナが憤るより先に、ヤンがあり得ないと笑い飛ばす。同じ意見なはずなのに、先んじられてしまったせいか、マルティナは同意するタイミングを見失う。

玄関に入ると、最初に出迎えたのはヤンの母親だった。息子の姿を映し、くしゃりと笑う。


「おかん、今帰った」


「あんた……、ほんっと、ロクに顔も見せんで……!」


長年帰らずにいた罪悪感から苦笑するヤンに、母親は嬉しげに笑いながらも言葉では責めた。その悪態は、元気な姿をみれて安堵したと伝わるものだった。


「どの(つら)さげて帰ってきた」


奥からむつりとした男が現れる。責めるような眼差しをヤンに送る彼が父親だと、マルティナにも判った。ヤンと顔立ちは似ていたが、笑みが染みついた彼と違い、顔を(しか)めるのに慣れた厳しさを感じる男だった。


「こんな顔だよ」


皮肉でいい返すヤンを、マルティナは初めてみた。彼の父親は、ふんと鼻を鳴らして、奥へと去ってゆく。

父親の姿が消えてから、母親やレオニーが殊更明るく夕食の支度をするから、それまで客室で落ち着くといいと中へ案内してくれた。ヤンは自分も客室かと思っていたが、まだ自室が残っているからそこで寝るようにいわれた。いつでも帰ってきていいように部屋を保たれていたことに、彼は内心驚いた。

客室に通されたマルティナは、荷解きを終えるとまず長旅の疲れを癒すため、身を清めることにした。浴室があるか訊ねると、レオニーにこの地域では夏場は水洗いになることを教えられる。夏場に湯を沸かすと流すはずの汗を余計にかいてしまうため、非効率だそうだ。貴族令嬢らしいマルティナがそれに耐えられるか、と心配されたが問題なかった。騎士の訓練には野営も含まれるため、水浴びも経験している。

水で清めることに支障はなかったが、浴室からでたあとに問題が発生した。


「なんですか、この服は!?」


「うちの服」


そのまま寝巻と兼用してくれて構わないと貸し出された着替えは、袖のないシンプルなワンピースだった。染めた一枚の布を折り、折った部分を首広にくり抜いて作られたそれは、二色の染料がまだらに散っており、花柄のようにもみえた。膝下まで丈のあるが、腰を絞っている訳でもない。


「これじゃ帯剣できません!」


ベルトを通す部分のない服では、帯剣用のベルトも下げられない。


「大丈夫、大丈夫。この村じゃみんな親戚みたいなもんだから」


あとは食事と就寝を残すのみだから、不要だとレオニーはからからと笑う。

姓こそあるが姓を同じくする家が多いため、家主名基準で村人はどの家の人間か判断する。それぐらい顔見知りばかりの村なのだ。余所者(よそもの)はすぐ判るし、そうそう他の人間は訪れない。

マルティナも危険性が低いと来訪してすぐ判断した。むしろ、余所者で浮く自分だけ去ろうかと思ったほどだ。だから、彼女の言葉に反論できず、マルティナは言い淀む。どんなに安全であろうと、習慣化してしまっているため、なんだか落ち着かない。

そわそわとした心地のまま食事の席に案内される。足の低い大きなテーブルにいくつかの皿が置かれ、自由に自身の皿へとる形式だった。すでに、家主のエッボ、妻のアデリナ、次男のフーゴとその妻、そして長男のヤンがテーブルを囲んでいた。マルティナが食卓に着いたときには、弟が既婚であったことを知りヤンが嫁いできてくれた礼を彼の妻に伝えていたところだった。

自分の到着に気付き、ヤンの黒い瞳がこちらに向く。帯剣もしていない無防備な状態で警護対象と相対するのは初めてのことで、マルティナは身を強張らせた。


「ああ、お嬢さん。可愛いっすね」


この土地の衣服も似合うと、ヤンは朗らかに笑った。動きやすさを優先して身体の線が判る服装をよくみていたが、ゆるやかな服も年相応の少女らしくていい。

装備が心許ないことを責められなかった安堵より、服装を褒められたことに面映ゆさを覚えた。安全なこの村で、マルティナは護衛ではない。ずっと一緒にいたのに、ただのマルティナとして彼と会うのは初めてだった。

どんな反応を返せばよいか解らず、マルティナは戸惑うのだった。

食卓は賑やかなものだった。レオニーとフーゴが会わない間にあった村の出来事をヤンに聞かせ、ヤンもエルンスト公爵家でどれだけ世話になっているかを話す。話題が尽きない兄弟のやりとりに、マルティナは不思議になった。

彼らは昔と変わらず親しい兄弟なのだろう。会わない時間が問題にならないほど。嫌いで別れた訳ではないとみただけで判るため、逆になぜヤンが家族から離れる決断ができたのか疑問が湧く。それほど強い思いをこの暢気そうに笑う男が秘めているというのか。

目の前の家族団らんに、マルティナは旅をともにした青年のことが判らなくなった。


「しっかし、お客さんがいるからって張り切りすぎじゃないか」


大皿に料理を盛って分け合うのはこの村ではいつも通りだ。だが、大皿の数が今夜は多いうえ、彩りなども気にされて凝った料理もあった。滞在期間を決めていないが、最初から飛ばしすぎじゃないかとヤンが心配すると、妹のレオニーはけろりと返す。


「それもあるけど、明日の練習でもあるもん」


「明日?」


何かあるのかとヤンは首を傾げる。


「うちの結婚式。ヤンも参加してよね」


ちょうど村に帰ってきたのだから、と式の参列を決定される。マルティナには、よかったらと誘われた。この村ですることがないので、マルティナはレオニーの誘いに頷く。祝ってくれる人間は多い方がいいと、レオニーは喜んだ。

驚く間もなくとんとん拍子で明日の予定が決まってしまい。ヤンはこんな偶然もあるのだと感じた。まさか帰省のタイミングで妹が挙式するとは。弟も既婚なのだから、もうそんな年頃なのだとあらためて時の流れを知る。

妹がどんな男に嫁ぐのか、離れていた自分には見定める立場にない。だが、妹は自ら幸せを掴み取るような性質(たち)だから、心配はないだろう。明日は妹の掴んだ幸せを見届け、しかと祝おうとヤンは決めた。



レオニーの結婚式当日。朝から村総出で支度を始めた。

女たちは料理やトルツの花の準備をし、男たちは式を挙げる浜辺でアーチと松明(たいまつ)の組み立てをする。花は式のときに祝う側が撒くものらしい、茎から花だけをとる作業をマルティナも手伝った。ヤンは庭師であることを見込まれアーチ組み立ての監督を頼まれた。妹の祝いの席なので、彼も快く引き受けた。

花嫁の衣装の支度はいいのだろうかとマルティナが疑問を呈すると、この村の結婚衣装は簡素なワンピースで染めている色が他と違うだけなのだという。花冠をし紅とアイラインを刷くだけなので、昼過ぎから支度をしても問題ないのだそうだ。

国境付近で隣の南国の挙式方法に近い。自分の知る挙式とずいぶん異なるのだな、とマルティナは感心した。

時間のかかる煮込み料理などは朝から仕込み、夜に宴があるので皆軽食で済ませる。撒く花の手伝いを終えたマルティナは、花嫁の身支度に付き添う。といっても、母親のアデリナと村の女性だけで事足りるため、ほぼ見学である。

赤い口紅と染料で隈取(くまどり)を引くだけで、雰囲気が変わるものだとマルティナは魅入る。その視線を受けたレオニーの笑い方は、いつもと同じだ。


「どう?」


「綺麗です」


マルティナが正直に感想を口にすると、レオニーは満足げに笑んだ。


「エルンスト家だっけ、そこの公爵様にお礼伝えておいて」


「え」


「ヤンに花嫁姿を見せたいっての叶えてくれたから」


礼の伝言を頼まれ、マルティナが首を傾げると今回の帰省がエルンスト家の配慮によるものだと明かされる。


「きっとうちたちに家のこと押し付けたって思ってるだろうから、フーゴもうちもこんなに幸せなんだって見せつけたかったんだ」


夢のため、長男であるのに家業を継ぐのを拒んだヤン。その兄の背中を押し、送り出したのはレオニーたちだ。それでも、必然的に次男のフーゴが家業を継ぎ、レオニーがそれを手伝うことになった事実に変わりはない。少なからず負い目を感じてるからこそこれまで帰ってこなかったのだろう。村で生きること決めたのは自分たちだと、レオニーは長兄に思い知らせたかった。

だから、恋人に結婚式は長兄が帰ってきたときにしたいと願っていた。そして、毎年葉書を届けてくれるエルンスト家の使者を通じて、事情を伝えると今年の夏に帰すよう采配すると公爵から連絡があったのだ。

偶然ではない。ヤンの帰省に合わせて挙式するとはじめから決まっていた。


「あんたたちは、やるって決めたら押し通すんだから……」


「おかんは、ヤンが出てってから使者さんが教えてくれるまでずっと落ち着きなかったもんね」


「当たり前やろ」


母親のアデリナは諦めたように嘆息する。そんな強情なところばかり兄妹で似て、母としてはやきもきするばかりだ。子どもひとりで遠い土地に向かい、事故や病気をしていないか心配するのが母の(さが)というものである。

エルンスト家での雇い入れが決まった日に、先代公爵がバウアー家にこちらで預かる旨を伝える使者を送っていたらしい。それでようやくアデリナは安堵したそうだ。先代も子を持つ親ゆえの配慮だろう。

挙式直前だというのに、可笑しげに笑い合う母娘(おやこ)を前に、マルティナは胸が苦しくなった。彼はこんなにも家族に想われている。なのに、今のマルティナより幼い頃にそれを振り切ってエルンスト家にやってきた。それは一体どれだけ身を切る想いでいたのだろうか。

目の前に映るのが幸せの形であるからこそ、幼い頃の彼の決断が痛ましく思えた。



挙式の誓いの儀式は夕暮れ時に行われた。

ビンディと呼ばれるトルツの花を繋いで作られた首飾りを互いにかけ合う。(きずな)を意味する花輪の首飾りを相手にかけることで、縁を結ぶのだ。

アーチの向こうで海に夕陽が沈むのと同時に、新郎新婦が口付けを交わす。落日を命が終わる瞬間に例え、生涯ともにあることを誓う。

陽が沈み切ったあと、トルツの花とともに喝采(かっさい)があがり、松明に火が灯される。すると、一気に明るくなった。ここからは夜通し宴をする。

村人たちが酒を酌み交わし、音楽を奏で陽気に歌うなか、ヤンだけが静かにその光景を眺めていた。手にした(さかずき)にはまだ酒がなみなみとあり、一口程度しか減っていない。その彼の隣に、(さかな)ほどの少量だけ料理を盛って、母親のアデリナがやってきた。


()きっ腹に呑むんやないよ」


悪酔いしないよう何か口にするようにいわれ、ヤンはその皿を受け取る。この地域でとれる粘り気のある芋を揚げたものだ。指でつまんでひとつ口にすると、まぶされた青のりの香りが口に広がる。懐かしい故郷の味だ。


「おかんの磯部揚げは相変わらず美味いな」


「よぉ言うわ。前はいっこも言わんと食っとったくせに。そういうとこは、あの人とそっくり」


好物ほど無言になってひたすら食べる傾向があると、母親に指摘される。ヤンは気付かなかったが、その傾向は父親譲りのものらしい。

父親の話題に、ヤンの芋の磯部揚げをつまむ手が止まった。


「おとん、怒っとるよな」


明かに歓迎する態度でなかった父親を思い出し、ヤンはぽつりと零す。


「何言ってんの」


「いや、そらそうやねんけど」


愚問だと呆れられたのかと思ったら、違った。


「あんたの絵葉書持ってるん、誰やと思ってん」


「え。おかんじゃ……」


最初はマルティナの主人であるフローラがきっかけだった。自分の誕生日になると、押し花を贈られそれを使い絵葉書を作るのがヤンのエルンスト家での恒例行事となっている。そうしてできた絵葉書を実家に送っていた。夢を追い続けているという証明のために。

きっと父親はロクにみず、残しておいてくれるなら母親だろうとてっきり思っていた。しかし、毎年の絵葉書の管理をアデリナはしていないと、首を横に振る。


「あの人、晩酌のたびにあんたの絵葉書眺めとんのよ」


ほら今も、とアデリナが指す先に、絵葉書を手にしながら村人と酒を酌み交わすエッボの背中があった。

信じられない姿に、ヤンの胸に熱いものがこみ上げる。妹の花嫁姿をみても泣かなかったのに、気を緩めると涙が滲みそうだ。家業を継がないなら親子の縁を切るといわれた。夢を追うことを認めてもらいたい一心で伝えたのに、家を継ぐ以外の選択を選んだ自分は父親にとって価値のないものだと思い知った。ずっと認めてもらえないと思っていた。

勢いをつけるため、盃の酒を半分干し、その背に近付く。ヤンに気付いた村人たちは、場所を空けてくれた。

父親の隣に座り、渡す勇気のなかった届け物を横に差し出す。


「ん。俺が造ったの」


写真を受け取り、エッボはしばしそれを眺める。


「こんなん、うちの畑でされたら堪ったもんやないな」


しばらくして零れた感想にヤンは貶されたのかと思い、父親の方へ向く。そこにあったのは、思ったよりも年老いた父親の笑う顔だった。


(たがや)し直せんくなるわ」


幼い頃褒められるときみたそれと酷似していた。


「ここでは造らんよ。おとんの野菜食えんくなるん困るし」


だから、自分も父親の作る野菜が一番美味しかったと伝えられた。そのあとは、盃を干すまで互いに言葉はなかったが、居心地は悪くなかった。

少し離れた場所から父子(おやこ)の様子をみていたマルティナにも、和解できたことが察せられた。あいにく距離があり、会話までは拾えなかったが、彼の晴れやかな表情をみて安堵できた。帰省に同伴し彼の家庭事情を知ってしまった身としては、わだかまりを残したままでいてほしくない。

エルンスト家をでてから、護衛としてずっと見守っていたからか、今夜新しく夫妻となった二人よりヤンへと視線がいく。安全な村にいると解っているが、つい彼を気にかけてしまう。これは護衛の性分だろうか。


「マルティナちゃんっ」


「わ!」


そのため、自身の首に何かをかけられても直前まで気付かなかった。


「あげる」


笑顔のレオニーの首からビンディが消えていた。そして、トルツの花の香りが自分を包んでいることを、首元のそれで知る。


「あなたにもいい縁がありますように」


そういう祈りを込めて、花嫁から譲られるものらしい。


「ほんとは次の花嫁さんにあげるやつなんだけどね」


「は……っ!?」


そんな予定はマルティナにはない。思いがけない意味に目を剥く。

兄が世話になったせめてもの礼だと、レオニーにいわれてしまえば断るに断れなくなった。彼女の結婚式はいいものだと思った。これまで関心がなかったが、そう悪いものではないと感じてからそれに因んだものを受け取ってしまうと、なんだか落ち着かない心持ちになった。きっと相手もいないのに期待ばかりが膨らんでしまうからだろう。

自分が誰かと式を挙げる姿を想像しかけて、はたと気付く。さきほどいた場所からヤンが消えていた。母親や弟の近くにもいない。周囲を見回し、松明の明かりが届く範囲から外れようとしている影をみつける。

レオニーに花輪の感謝を伝え、断りを入れてからマルティナはその影を追った。

影を追うと、彼は月光と星明かりを吸う暗い海をみつめていた。いや、瞳には映しているが、心ここにあらずといった様子だった。

放心している彼がそのまま暗い海に(さら)われていくのではないかと、錯覚を覚える。


「あの……!」


思わず声をかけたが、どう言葉を続ければいいのかマルティナは判らなかった。

ヤンは海をみつめたまま、それでも言葉だけは彼女に向ける。


「弟たちが先に結婚するとは思わなかったっす」


漠然と一番歳上の自分から結婚するのだと思っていた。弟妹がそんな年頃になるだけの時間が経ったのだと思い知る。


「……そういう相手はいなかったんですか」


彼が思い知った時間のほとんどをマルティナは知らない。その間、彼がどう過ごしていたのか。これまでに、結婚を考える相手もいたのではないか。訊くのは忍ばれたが、これを機会に躊躇いつつも訊ねた。彼の過去の想い人を知りたいようで知りたくなかった。

ヤンは力が抜けたように笑う。


「余所見したらダメだと思ってたっすからねぇ」


恋愛や結婚を考える余裕などなかった。家業を継がない以上、相応の結果をださねばならないと思って、ずっと庭仕事に明け暮れていた。どれだけやれば本気といえるのか判らず、ひたすら庭作業に専念し続けた。

好きだからもあったが、打ち込んでいたのは夢を追う代償に報いたかった部分もある。

だから、その必要性がなくなって気が抜けてしまった。

遠く離れた家族に、自分の仕事がちゃんと伝わり、認められていた。自分がいなくても、弟妹は幸せを掴み取っていた。すべてが杞憂だった。なんとも呆気ない。

急に頑張りすぎなくてよくなって、拍子抜けしまったのが本音だ。

マルティナは弱る。どんなに探しても、彼にかける言葉がない。彼に比べると人生経験が浅く、自分は子どもだ。

力になりたくとも手段がなく、悔しくて思わず首にかかる花輪を握る手に力が籠った。


「あっ」


花を握り潰しそうになり、マルティナは声をあげた。慌てて手を開くと、潰れてこそいなかったが、花弁の一部が裂け、通した紐から取れそうになっていた。

ヤンが近付き、裂けてしまった花をとり、他の花との間隔を調整しはじめる。


「次の花嫁はお嬢さんっすね」


ビンディを直しながら、ヤンが少女の未来を口にのせる。


「きっと可愛くて頼もしいお嫁さんになるんでしょうね」


他人事(ひとごと)のように聴こえ、マルティナは腑に落ちない。いや、まさしく他人事なのだ。彼の妹よりも幼い自分は、彼には子どもでしかない。当たり前の事実に、なぜか口惜しさを覚える。


「頼もしさは要る?」


代わりに一言余計ではないかと返しておく。


「いるっすよ。自分の村ではみんなで助け合って生きてくんす」


お互いに頼れるところを頼り生きていく。頼もしさに女も男もない。それぞれができる役目を全うするのだ。婚姻でトルツの花を贈るのは、相手に敬意を示す行為だ。あなたを誇りに思う、と。お互いを尊重し生きてゆく誓いこそ、この村での婚姻である。

直し終えたビンディを確認して、ヤンは讃えるように笑った。


「頼もしい嫁さんなんて最高じゃないっすか」


「じゃあ……」


首にかかったトルツの花から顔をあげると、黒い瞳とかち合う。

言葉の続きを待たれてしまい、マルティナは熱がせり上がり顔どころか全身が熱くなった。自分は何を口走ろうとしたのか。

松明から離れていてよかった。夜闇のおかげで、彼に赤くなった顔を知られずに済む。

ヤンから戻るかと提案されたが、今明るい場所にいきたくないマルティナは夜の海辺を歩きたいと断った。そんな彼女の数歩後を歩き、彼は散歩に付き合うのだった。



その夜を境に、マルティナは何かが狂ったのを感じた。

どうにも自身で制御できないものが胸の内に潜んでいる。バウアー家では数日滞在ののち、帰ることになった。帰り際、レオニーたちに兄を頼むといわれ、動揺してしまった。帰途の護衛のことだというのに何を思い違いしそうになっているのか。

往きと同じ行程だったはずなのに、帰りの方が圧倒的に疲れた。人混みではぐれないように手を繋ぐときに不整脈を感じたり、馬車で肩が当たるなど予期しない接触に緊張を覚えたり、同衾すると申し出たのは自分なのに隣を意識して寝付きが悪くなったり、散々だった。お嬢さん、と呼ばれるのは子どもとしてしかみていない証拠だと気付いては、もやっとわだかまりが胸に残るようになった。

ヤンの態度が変わらないから、余計に自分だけが奇怪(おか)しいのだと思い知る。

いや、彼も少し変わった。もともと暢気に笑う青年だったが、晴れやかさが増したように思う。だが、それは故郷で憂いを晴らしたからであり、マルティナのそれと異なるものだ。

ひと夏を一番近くで過ごした相手なのに、生きた年数の差を思い知らされるたび、彼が遠く感じた。

マルティナたちがエルンスト家に帰り着いたのは、学園の夏期休暇が終わる三日前だった。領地での避暑からフローラはすでに戻っており、学園へ戻る準備を始めていた。それぐらいの時分なので、誰も戻るのが早いと咎めることはなかった。むしろ、二人が充分に長期休暇をとって戻ってきたことに皆安堵していた。


「ティナ、そんなに護衛大変だったの?」


邸に戻った翌日になっても、どっと疲れた表情をしているマルティナに、フローラは心配そうに声をかける。屋外での護衛はマルティナとて未経験ではない。フローラも外出はする。だが、それは半日程度のもので、ここまで長期的な屋外護衛は初めてだ。休養は充分にとったからと即時復帰を希望されたが、やはり今日は休ませるべきだっただろうか。


「いえ、護衛自体は(つつが)なく……」


護衛業務自体は楽なものだった。ヤンはともに楽しもうとするから、かならず視界にいてはぐれることがなかった。そのため、護衛する側としては護りやすかった。断りなく視界から消えたのは、あの夜だけのことだ。

夜闇とは違う黒とかち合った瞬間を思い出し、マルティナは胸を抑える。


「不整脈が起こるようになっただけです」


「えっ、大丈夫なの!?」


体調不良の兆候を平然と述べる護衛に、フローラの方が動揺する。学園へは半日あれば着く、明日の出発まで休んでいるか提案するも、マルティナは断った。主人の護衛をしている方が気が楽なのだという。


「本当に無理はしないでね?」


「はい。不整脈もあることに限ってですので、ご安心ください」


思いやりある主人に仕えられる幸福に、マルティナは微笑む。心配をかけてしまったことは自身の過失だが、仕える者のささいな変化をみつけては気遣ってくれる主人の優しさに触れることができ、忠誠を誓う相手に間違いはなかったと満たされた気持ちになる。

彼女が問題ないとするのでフローラは肯くことにする。しかし、護衛は身体が資本と健康第一の彼女が体調の変化を申告するのは初めてのことだ。原因が気になった。


「どういうときなの?」


追及されマルティナは一瞬悩む。だが、主人が護衛に不備がないか把握する必要があることと、恥じながらも明かすことにする。


「その……、特定の相手に会ったり、思い出すときだけです。遭遇率は低いので、今後は問題ないかと……」


同僚ではあるが業務分野が違いすぎるので、そうそう会うことはない。会わなくなれば、今しがたのように思い出す頻度も減るはずだ。事実を口にのせただけなのに、その事実を自覚し寂しさを覚えるなどお門違いである。


「……ある人のことになると、どきどきするってこと?」


「はい」


真面目に頷く護衛に、フローラは小首を傾げる。それは体調不良ではないのではないのだろうか。自分にも覚えのある感覚の気がしてならない。

領地で買ったフライハイトの柄が散る陶器の箱をフローラは見遣る。その中身、そこに綴られた文字を想うと、自身の胸もまた躍る。


「ふふっ」


「フローラ様?」


笑いだす主人に、どうしたのかとマルティナは様子を伺う。


「ううん、ティナも私と同じなんだなぁって嬉しくなって」


それだけだと、フローラはいう。同じ歳の少女らしい一面を知れて、ただ嬉しかった。自分の護衛を最優先にする彼女に、他に気にかけるものができたことが喜ばしい。自分の手探りな想いが定まったら、彼女と不整脈の原因について語り合ってみたいものだ。

ふと、彼女の話の内容を反芻して、フローラは大事なことに気付く。


「ティナ、学園に戻ったらしばらくその人と会えなくなるんじゃない?」


「ああ。はい、だから心配は……」


「大変っ、じゃあ、会いにいかないと!」


主人の珍しく鬼気迫った様子に、マルティナは圧倒される。今生の別れでもないのに、そこまで深刻に捉えるものではないと思うのだが。しかし、主人に大事なことだと念押しされてしまえば、従うしかない。

会うまで戻ってこないよう厳命されてしまい、マルティナは仕方なく庭へ向かう。主人にいわれて仕方なくだと、自身に言い訳して彼の人物を探す。

ほどなくして彼は見つかった。花壇の一角、一際背の高い花が咲くところで水やりをしていた。

花は本当に高い。近付くとマルティナより背が高い場所で花が咲いている。


「……大きすぎない?」


思わず挨拶するより先に、感想が零れてしまった。


「ああ、お嬢さん。ね、でっかいっすよね」


まるで向日葵(ひまわり)みたいだと可笑しそうにヤンは笑う。まじまじと花を見上げるマルティナに要因を説明する。


木立天竺牡丹(こだちだりあ)は、何度か切り戻しをしないとにょきにょき伸びるんすよ」


出発前に新芽の摘心はしておいたが、草丈を低めにする予定だったことを申し送りしていなかった。手入れの仕方で草丈が変わる花なのだ。

長期休暇ゆえにここまで育ってしまったらしい。まるで何かから解放されたような咲きぶりは、彼の晴れやかな笑顔と酷似していた。


「それで、自分に何か?」


「用、というか……」


訪ねてきた様子に、ヤンが用件を確認すると、マルティナは言葉を(にご)す。用件などマルティナも判らない。主人にいわれたからと正直に口にするのもはばかられ、理由を探す。


「明日には立つので、挨拶をと」


交流をもった同僚への挨拶周りということにした。それが一番自然だろう。実際、ヤンは納得したようだ。


「自分にまでなんて、律儀っすね」


そう彼が笑うので、マルティナは思い知る。彼の方から自分に会いにくることがないことを。

旅の終わりもあっさりしたものだった。護衛の感謝と楽しい旅だったと感想を述べるだけ。また、もなかった。

執着の差にマルティナは悔しさを覚える。

彼女の表情をどう受け取ったのか、ヤンはことさら優しい声音で諭す。


「お嬢さんは、もっと肩の力抜いてもいいと思うっすよ」


まだ若いのだから、人生を謳歌(おうか)してもらいたい。この少女は遊ぶことをあまり知らないだけで、それを楽しむ心はもっている。村の宴で興がのり、近くにあるものを打楽器にして歌い踊り出したとき、誘われた彼女は最初は戸惑いをみせたが、最後には楽しそうに笑っていた。ああいう顔をもっとすればいいと思う。


「じゃないと、自分みたいになるっす」


自分を反面教師にするといいと、激励を贈る。その屈託のなさが、マルティナの癇に障った。


「ならっ、息抜きの仕方を教えて!」


意を決して伝えたマルティナの言葉に、ヤンは眼を丸くする。


「自分っすか?」


「あ、あなただってこれからは少しは遊んだりするんでしょ。だから、それを一緒にすれば私だってどうすればいいか分かるじゃない」


庭作業に専念する必要がなくなったのだ。彼も今後は休日に休日らしく過ごすようになるだろう。それを見習わせてほしいと要望した。彼と繋がった縁は細く簡単に切れてしまうものだ。自分から強固なものにしていかなければ。

ヤンは持ち上がった案を検討する。歳若い少女、しかも令嬢に合わせた遊びなど知らない。しかし、旅の道中を振り返るとともに楽しめる機会は多かった。おそらく、彼女には歳の離れた自分の方が気兼ねせずに付き合えるのだろう。同年代と遊ぶように、とあえて制限しない方が、この少女はのびのびと自由にできるのかもしれない。


「いいっすね。一緒に遊びましょうか」


息抜きなのだ。気軽に捉えてもらおうと、ヤンは(こころよ)く了承した。

また、ができたマルティナは嬉しさに頬を染める。これで学園に戻っても、休日に会う予定が作れる。

一見暢気そうな青年に譲れないものがあると知った。彼は本気になると、執着したもの以外は切り捨てる覚悟をする人間だ。叶うなら、彼の譲れないもののなかに自分も入りたい。そんな望みが生まれてしまった。


「お嬢さんは、何して遊びたいっすか?」


「それ止めて」


ヤンが今後の予定について話し合おうとすると、別の指摘が入った。


「お嬢さんじゃ、誰か分からないわ。ティナでいいわよ」


「けど、ご令嬢は気安く名前を呼んじゃいけないんじゃ……」


職場の同僚ではあるが、学生の時分の令嬢だ。旅の間も貴族令嬢の名前が知れてはよくないだろうと、名前で呼ぶ了承を得るのを控えていた。

未婚の令嬢を愛称で呼ぶのは、本来親しい相手に限られると聞いている。

呼び躊躇(ためら)うヤンに、マルティナはむっと不服を示す。


「この一ヵ月ずっと一緒だったんだから、いいのよ……っ」


これだけともに過ごしておきながら、親しくないとはいわせないと睨みつけると、ヤンは降参した。


「それもそうっすね。ティナさん」


今さらだったと、ヤンは笑った。仮にも寝食を共にした相手だ。親しみが湧いていない訳がない。貴族令嬢であることを度外視してよいと許可され、渾名などの方が呼びやすいヤンにはありがたかった。

ずっと不満だったお嬢さん呼びがなくなったことより、名を呼ばれた嬉しさが勝り、胸が高鳴った。


「これからもよろしくね。ヤンさん」


「はいっす」


こちらは勇気をだして名前を呼び返したのに、差し出した手を容易く握り返される。きっと彼には同僚でしかないのだろう。今はそれでもいい。縁が切れていないだけマシだ。

絆が太くなるよう祈りを込めて、固く握手を交わす。

互いの人生が重なってゆけるよう、努力しようとマルティナは決めたのだった。





なろうでモブすらを書き始めて6年が経ちました。


コミカライズが続いているおかげで、今も書ける機会があることに感謝しかありません。

誠にありがとうございます。

応援くださる読者様に感謝を込めて。



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3日で記憶が戻りました。」連載中

2023.06以降、コミカライズ連載の更新が不定期となったのは出版社の判断によるものです。(2023.05.02 22話追加から2025.03 23話追加まで長期間空くなど)
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Global version of "I'm Not Even an NPC In This Otome Game!" available from July 25, 2022.
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木立天竺牡丹とは何の花?と思っていましたが、作中の描写で自分が皇帝ダリアと認識している花かと思い至り、調べたらまさにで少し嬉しかったです(*^^*) と、お花のお話でズレましたが、太陽のような年上後…
これでヤンも貴族に……? これで恋だと自覚してないの?!ある意味すごい……
更新お疲れ様です。 ヤンやフローラの解像度が一気に上がって嬉しいです! ティナ、頑張って!(笑)
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