sideF.正装
※二章より
ディアへ
この間は、兎の作り方を教えてくれてありがとう。フローラが本当に喜んでくれて、嬉しかったよ。ハンカチで兎ができるなんて面白いね。
フローラは兎が好きみたいだね。フローラの誕生日に兎の人形を贈ろうと思うんだが、ディアも一緒に選んでくれないか。男の私一人で選ぶより、ずっといいと思うのだけど、どうだろう。色よい返事がもらえることを期待しているよ。
そういえば、白詰草の花冠を被って二人が出迎えてくれた日は、天使か春の化身が降り立ったのかと思ったよ。ディアもフローラも実に愛らしかった。花冠に時止めの魔法を施したときは、倒れてディアに心配をかけてしまいすまなかったね。
眼が覚めたとき、涙を湛えるディアに叱られて、本当に反省したよ。ディアの涙に胸が痛んだし、彼にも教えるんじゃなかったと後悔されたよ。
ディアにしばらく口を聞いてもらえないかも、と危惧していたが、まさか彼の方に無視されかけるとは思わなかった。彼にも随分心配をかけてしまったようで、申し訳なかったよ。時止めの魔法を教えてくれた彼に、もう無茶はしないと誓ったから、ディアも安心してほしい。
まだ白詰草は咲いているだろうか。もし咲いているなら、私もヴィアに花冠を作りたいな。そうすれば、三人の花冠姿が見れるだろう。
花冠ができたら、絵師を呼んで絵を描かせよう。どこに飾ればいつでも見られるだろうか。飾る場所に悩んでしまうね。
お父様へ
ハンカチの兎の作り方は、彼に教えてもらいました。わたくしも、ハンカチを遊び道具にできるとは知らなかったのです。
彼は、貧乏性だからあるもので賄うのだ、と言うのですが、わたくしにはそう卑下するものではないと思いました。ある物で工夫できる、というのは柔軟な発想ができるからで、とても素敵なことです。だから、卑下した彼の言い方に、つい怒ってしまいました。彼は、少し驚いて笑っていましたが、もっと良い言い方があったのではないかと反省しています。
フローラの誕生日プレゼントの案には賛成です。わたくしも微力ながら、お父様のお手伝いをしたいと思います。……あと、お父様と一緒に出かける機会が少ないので、楽しみです。フローラのためなのに、自分が喜んではいけませんね。買い物の際は、フローラのために頑張りますね。
お父様はいつも大袈裟です。確かに、白詰草の花冠をしたフローラは可愛らしいですけど、だからといって一度にたくさんの花に時止めの魔法を使うのは本当に無茶ですわ。彼に誓った通り、もうあんな心臓に悪い思いをさせないでくださいね。
お母様とお揃いは嬉しいので、今度花冠が作れる分だけ摘んできます。花冠の作り方もそのときまでに覚えておきますわ。わたくしがお父様に何かを教えられるなんて、どきどきいたします。今から、とても楽しみです。
……けれど、絵画にするのは少々恥ずかしいです。お母様やフローラと一緒の絵を描いてもらえるのは、もちろん嬉しいです。しかし、わたくしはお父様も一緒がいいです。お父様に白詰草の首飾りを作りますから、家族みんなでお揃いにしましょう。それなら絵師を呼んでもいいですわ。
ディアへ
ダンスの練習は順調かい? 今回は彼の特訓にディアが付き合っている形だが、無理だけはしないようにするんだよ。彼も仕事で体力があるとはいえ、慣れないことで疲れやすいかもしれない。余裕があれば気にかけてあげるといい。
私も、ハインツに加減するように言っておこう。ハインツは真面目だし彼も頑張り屋さんだから、根を詰めすぎないかいささか心配だね。
しかし、ディアが彼の誕生日を知らなかったのは意外だった。もう彼から聞いているとばかり思っていたよ。でも……、そうだね。彼も意外とデニスと似たところがあるから、あまり自分のことを話さない性質なのかもしれないね。
私もデニスの誕生日を知り合って数年してから、ようやく知ったよ。デニスが自分の誕生日を忘れて働こうとするから、そのとき公爵だった父上に使用人たちの誕生日は休日にする提案をしたのは懐かしい話だ。そういった経緯で、我が家の使用人の書類には誕生日が必須項目になっているから、どうしても判らない場合は、書斎までくるといい。
そういえば、青空に見立てたあの遊歩道は素敵だったね。フローラを肩車すると、とてもはしゃいでいた。フローラには空を飛んでいるような気分だったのかな。そうだとすると、心浮き立つ気持ちも解らなくもないね。
しかし、ディアはしなくてよかったのかい? もし肩車が恐いなら、抱きかかえることもできたよ。私はディアをもっと甘やかしたいが、ディアがあまり甘えてくれないから時々寂しくなるよ。
私のためにも、もっと甘えてくれると嬉しいな。
お父様へ
……エラ先生は、とても熱心に教えてくださいます。ええ、本当に。
お父様のおっしゃる通りですね。わたくしもまだまだ未熟なところがありますが、ダンスに関しては先輩ですものね。彼の先輩として気にかけたいと思います。
現在の使用人の休日の制度はそういった経緯によるものなのですね。そういえば、メイドのリアが、わざわざ休暇願いを出さなくて楽だと言っていました。あれはお父様のおかげだったのですね。
お父様が公爵になる前から、使用人たちのことを慮っていたなんて、素晴らしいです。わたくしもお父様を見習いたいものです。そういえば、カトリンが誕生日なのにむしろ働きたいとメイド長に申し出ていました。デニスのように、カトリンも仕事熱心なのでしょう。働き者なのも困りものですね。せっかくの誕生日ですから、使用人のみんなにはよい日にしてほしいものです。
彼の誕生日は、自分で訊くので大丈夫です。なので、お父様も絶対わたくしに教えないでくださいね。
肩車の件ですが、わたくしは大丈夫です。その……、フローラがとても楽しそうだったので、少し羨ましくはありましたが、わたくしはもうフローラの姉なのです。だから、淑女として恥じない振る舞いを心がけたいのです。
甘える、ですか……? わたくしは、充分お父様たちに甘えていると思うのですけれど。それに、これでも頑張っているんですよ……っ。この交換日記をお願いするときもそうですが、お父様にお願いをするときはいつも心臓がどきどきしています。甘える、というのはとても勇気がいることなんですね。
得意不得意の差かもしれませんが、わたくしには大変なことなのです。だから、どうぞご容赦ください。なるべく、頑張ります、ので……
ディアへ
そこまで構えずとも、彼ならちゃんと教えてくれると思うよ。けれど、ディアが頑張るというのなら、私はそれを応援しよう。
ダンスの練習も、よく頑張ったね。キューネルト夫人も鍛え甲斐があると喜んでいたよ。
練習のときにも見たが、彼の踊り方は本当に面白いね。彼のおかげで、ディアがダンスホールで大輪の花になるところを見れて、今年の殿下の誕生日パーティーは楽しかったよ。私のディアがどれだけ美しく可愛らしいか、皆に知らしめることができただろう。
しかし、彼は正装もなかなかに様になるね。本人は生地が良すぎると嫌がっていたが。まさか生地の良さを嫌がる者がいるとは思わなかったよ。本当に面白いコだ。また私の昔の服を着てもらいたいものだ。ヴィアが、彼には他の髪型も似合うと思うから試したいと言っていたよ。私が同伴できる機会は少ないだろうから、ディアが様子を教えてくれると嬉しいな。
ヴィアからお茶会でディアは人気者だと聞いたよ。ディアは、私とヴィアの宝物だから元々素敵だけれど、これはきっとヴィアのようになりたいと頑張っている成果だろう。本当にディアは偉いね。
友達も増えたらしいじゃないか。本当によかったよ。ディアの魅力が解るコが増えるのは大歓迎だ。今度、挨拶をしたいな。
お父様へ
ロイ様のパーティは、想像以上に疲れましたわ……
けれど、お父様やお母様に恥じない振る舞いができたのならよかったです。それにしても、お父様の褒め言葉は過剰すぎではありませんか?
彼の正装は、その……、びっくりしました。いつもと雰囲気も違ったので。
えっと、似合わなくはないと思います。ダンスの練習のときにお父様の服を着ていたのも、悪くはなかった、かと……、お父様の服ですからお父様しか似合わないと思っていましたけれど、華美な装飾が少ないので彼でも合うのですね。
従者としての正装も黒を基調としていて、立ち振る舞いが洗練されたように見えましたわ。いつもハネている髪も整えられていましたし、黙っていればかっ…………、いえっ、何でもありません。お茶会の際は、お母様の指示で前髪をあげたり、片方に流したりしていましたが、見れなくはない出来映えでしたわ。
そうです! 彼のことより、友人のことです! トルデリーゼ様とも変わらず親しくさせていただいていますが、伯爵家のシュテファーニエ様や男爵家のザスキア様とも一緒にお茶をするようになりました。お二人とも、とても可愛らしい方で話していて楽しいです。
それに、お互いを愛称で呼び合うようになりました。家族以外の人と愛称で呼び合うのは、まだ少し恥ずかしくて、照れてしまいます。けれど、愛称で呼ばれるとなんだか距離が近くなったようで、嬉しく思います。呼称一つで、と思うかもしれませんが、わたくしにはとても大事に、胸に響くのです。
今の目標は、照れずにトルデリーゼ様たちを愛称で呼べるようになることです。シュテファーニエ様たちはわたくしが目標だと言いますが、わたくしは気軽に愛称で呼んでくれるシュテファーニエ様に憧れますし、婚約者の方のために努力されるザスキア様の可愛らしさを羨ましく感じます。
挨拶の件についてですが、トルデリーゼ様たちに心の準備がいるので、もうしばしお待ちください。家族の欲目を抜きにしてもお父様は素敵すぎるので、トルデリーゼ様たちのような謙虚な令嬢はお父様を前にすると委縮してしまうのです。どうぞご理解ください。
ディアへ
そうか。ディアも、彼が格好いいと思うか。それはよかった。
普段、素朴なコを磨くのは楽しいね。ヴィアも、髪型とタイとの組み合わせを考えるのが楽しいと言っていたよ。私もまた直に見たいから、ディアの参加する茶会に同伴できるようスケジュールを調整しよう。ヴィアのセンスは良いから、楽しみだ。そのときは、カフスを彼と揃いのものにしてもらおうかな。
友達のために目標をもって向き合うディアは素敵だね。恥ずかしがり屋さんなディアも可愛らしいよ。早く愛称に慣れて、より親しくなれる日がくるよう、応援しているよ。
ディアにそこまで言ってもらえるなんて、光栄だ。すぐに挨拶できないことは残念だが、我慢しよう。彼女たちの許可が出た際は、ぜひ挨拶をさせてほしい。待っているよ。
そういえば、もう一人友達が増えたみたいだね。ルードルシュタット伯爵家のコだったか。とても面白いコだと、ヴィアが言っていたよ。彼にも会ってみたいから、紹介してくれると嬉しい。
ちょうど、昨日、ルードルシュタット伯爵に会ったが最近頭痛がするらしい。働きすぎだからじゃないかと、忠告しておいたよ。彼も私のように、ちゃんと帰って家族に癒されるといいのにね。今、仕事終わりにこれを書いているから、家に帰るのが楽しみだよ。
「わたくし、一言もそんなことは言っていませんわ!」
リュディアは思わず声にだし、否定をした。反射的に、今しがた開いていた日記を閉じてしまう。その頬は赤い。
「リュディア様、どうかされましたか?」
寝巻の用意をしていたメイドのカトリンが心配そうに声をかける。それで、声を荒げてしまったことに気付いたリュディアはびくりと肩を跳ねさせる。
「なっ、なな何でもありませんわ……っ」
「けれど、日記を確認されて、そのように声をあげられることは今までありませんでしたし」
「お父様が、少し驚くことを書いてらっしゃっただけですわ……!」
「そう、ですか」
主人の珍しい反応が気がかりだったが、日記の内容を訊く訳にもいかないのでカトリンは頷き、それ以上の言及を避けた。
カトリンが寝巻の用意に戻ったことを確認して、リュディアは机に向き直る。そして、頭を抱えた。日記の返事を書かなければならないが、日記をもう一度開くには心臓への負担が大きい。
彼は使用人なのだ。ダンスの代役として一時的に仮で従者を装っているにすぎない。だから、そこまで彼の容姿について言及する必要はないと、リュディアは思う。だというのに、父のジェラルドは嬉々として話題にあげるので避けづらい。何故、母といい、そんなに彼の話題に対して楽しそうなのだ。
父に、自身が避けていた単語を使われてしまい、リュディアは内容を読み返す踏ん切りがつかない。栞を挟んだ該当の頁に指を差し入れ、そっと持ち上げてみるが、少し浮かしただけで、またぱたりと閉じてしまう。
「……カトリン、落ち着く香りのするお茶を淹れてくれないかしら」
しばらく葛藤して、リュディアはカトリンにそう頼むのだった。
今夜は寝付きが悪くなりそうだ。
TOブックス書籍化時2巻の電子限定SS(2023.03に契約満了)
当時、お手に取ってくださった読者様、誠にありがとうございます。
※詳細は下記活動報告を参照ください。
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