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乙女ゲーのモブですらないんだがー番外編ー  作者: 玉露


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26/54

side α.処分 ※

※コミック3巻(本編一章14.あたり)



『緑の手の者よ

 夢に落ちる前 月の面はまだ満たないだろう

 虹の窓より 熱を帯び 光射す

 贄卓(にえづくえ)に光が満たされる

 石の輪には数多の雫が降り注ぐ

 雫は 赤き手を潤してはくれない

 彼の者は その石畳を踏むだろう

 どうか一滴でも恵みをと祈る』


「なんじゃこりゃ」


親父から封筒を受け取って、中身をどうにか読んだ俺は思わず声にだしていた。

読めたが、読めない。音読できても意味が解読できなかった。たぶん、緑の手とかいうのは庭師の親父を指しているんだろう。それ以外がさっぱりだ。

市場通りで迷子になっていたレオ。貴族っぽいことは確かだったから、呼び出すときは手紙を寄越(よこ)せ、と言っておいた。

そう言ったのは俺だ。

お嬢に文字を教えてもらっているから、手紙できても大丈夫だと思っていた。だって、こんなのがくると思わないだろう。

かかる影で親父が首を傾げて、俺を見下(みお)ろしていることに気付く。受け取ってすぐ中身を(あらた)めたから、俺の呟きが謎すぎたんだろう。


「あ、大丈夫。親父、さんきゅ」


へらり、と笑って礼を言うと、親父は作業に戻った。俺も、手紙をズボンのポケットに入れて、作業に戻る。

読めないものが、唸ったところで読めるようになる訳じゃない。今は庭作業に専念することにする。それでも、途方に暮れた溜め息が一度だけ零れた。

あいつ、庶民嘗めすぎだろ。

あとで相談しようと俺は決める。きっと今日も昼下がりにくるはずだ。



昼下がり、散歩と称してお嬢が庭にきた。

それを合図に親父は休憩にし、俺はお嬢とベンチに座る。今日の作業は遊歩道の区域の花壇の手入れだ。だから、ベンチが点在していてお嬢に立ち話させなくて済んだ。

いつも通りなら、お嬢から話しだすが、今回は俺から話しかけた。


「あのさ、お嬢、コレどーゆー意味か分かる??」


親父宛てにきた依頼だといって、さっきの手紙を見せる。実際そういう(てい)できたものだから、嘘じゃない。

お嬢が静かに紙の上の文字を追う。滑るような視線の動きは、俺が読んだときとは雲泥(うんでい)の差だ。


「一週間後の昼下がり、噴水のある場所で庭仕事の話をしたい旨が書かれていますわね」


「どこをどう読んだらそうなんの?」


噴水のある場所ということは中央広場の噴水前で待ち合わせということだろう。でも、頼んだのは俺だが、本当に読めたお嬢が謎だ。


挿絵(By みてみん)


「リュプケの詩集ですわ」


「りゅぷ……?」


誰だそれ。聞くと、お嬢とか貴族の子供が最初の方で習う、有名な詩人らしい。


「教会のステンドグラスから贄卓に陽光が射す箇所などは、一番有名な詩から引用されてますわよ」


「にえづくえって何」


「神への供物(くもつ)()せる台があるでしょう? あれですわ」


「いや、名前なんて知らねぇし」


そもそも教会にめったに行かない俺が、お供えの台の名前なんて知っている訳がない。聞いても解らないだろうから、詩の詳細な解説は割愛(かつあい)してもらった。とりあえず、


「こんなの読めるなんて、お嬢ってすげーんだな」


頑張っただろうにそれを当たり前というお嬢はカッコいい。


「と、当然ですわ……っ」


尊敬を込めて笑うと、お嬢は頬を染めてそっぽを向いた。



「まじ助かった! ありがとう、お嬢」


陽光の下で同じだけの温かさをもった笑顔を向けられ、エルンスト公爵家の令嬢、リュディアの頬の熱は増した。

庭師見習いの少年は、身分が上とはいえ歳下の自分に頼ることに抵抗はないのだろうか。恥ずかしがるどころか、むしろ彼はせっかく文字を教えてもらったのに、と申し訳なさそうに頼んできた。

リュディアより歳上の自分の方が能力が低いとあっさりと認める。自分が彼の立場であったら真似ができないと、リュディアは内心驚く。

ただ教わっていた詩の内容と比較して手紙を読み解いただけ。

なのに、ここまで尊敬の眼差しを向けられ、リュディアは居た堪れない。

自分にできないことをできる人間を認める。それは存外難しい。現に、リュディアは自分にできない率直な称賛がこそばゆくて仕方がない。


「これしきのことで、いちいち騒ぎすぎですわ……っ」


「そんなコトねぇよ。お嬢が頑張った証拠じゃん」


「見てもいないのに」


「だって、俺にくれた便箋だって何度も書き直したんだろ?」


「!?」


どうして知っているのか、とリュディアは瞠目する。

以前、庭師見習いの少年に、アルファベットを一覧にしたものを書いて渡したことがある。アルファベットをすべて羅列するのは量もあり、手本用だったのでつい見栄えを良くしようと、少しでも文字が崩れたら書き直した。そんな多少夜更かしをした事実を知っている者がいるとすると……


カトリン!!


仕えるメイドの存在に気付く。そういえば、リュディアは寝てしまって空白の時間があの雨の日にはあった。きっとその間だ。


「それで、今日はどうしたんだ?」


庭師見習いの少年に当初の目的を訊ねられるも、リュディアはそれどころではなかった。



散歩での小話もそこそこに、リュディアは自室に向かう。

正確には、思いがけない事実を知ってしまい、羞恥のあまり話す内容をほとんど忘れてしまったため、話すに話せなかった。令嬢としてはしたなくない範囲で、足を早め、リュディアは自室のドアを開けた。


「カトリン!」


「おかえりなさいませ、リュディア様」


そばかすのあるメイドのカトリンは、主人を微笑みをもって出迎えた。その穏やかな笑みに、心穏やかではないリュディアは頬を膨らませる。


「どうかなさいましたか……?」


「……バラしましたわね」


思ったより早い戻りだったため、カトリンが理由を訊ねると、咎める言葉が返った。しかし、頬を染める赤が羞恥によるものとありありと判るので、主人の怒りが怖いとは感じない。

カトリンはしばし考えてみるが、思い当たることはない。


「なんのことでしょう?」


「便箋のことですわ……!」


ああ、とようやくカトリンは合点がいく。さすがに数ヶ月も前のことを責められるとは思っていなかった。恐らく、庭師見習いの少年が便箋の話題を出したのだろう。


「申し訳ございませんでした。リュディア様のお心がちゃんと伝わってほしいと思ったばかりに、出すぎた真似を」


主人の許可なく、本人に影の努力を明かしてしまったのは事実なので、カトリンは非を認め、頭を下げる。


「なっ!? 心なんて込めていませんっ」


しかし、カトリンの謝罪は更にリュディアの羞恥を(あお)ってしまう。


「あんなものはただの文字の羅列です!」


「はい、そうですね」


力いっぱい否定する主人を微笑ましく感じながらも、それを顔に出さないように気をつけつつ、カトリンは(なだ)めるのだった。



自身の机を前に、少年は一度動きを止める。

それから、引き出しを引いて、そこから何種類かの便箋をまとめて取り出す。彼にしては珍しく乱雑な動作を目にして、控えていた従者が思わず声をかけた。


「そんなにたくさん出してどうしたんですか?」


少年は、普段なら送る相手と内容に合わせて必要な分だけを取り出す。だから、引き出しにある全種類を出す必要はないはずだ。


「こうして見ると令嬢向けのものの方が多いな」


花弁(はなびら)で染色されていたり、花の柄が控えめにあるものが多い。業務用は無地のもので事足りるので一種類のみだ。


「それだけ令嬢からいただいてるということですよ」


金糸の髪をした少年は、絵画から抜き出た天使のように整った容貌をしている。当然、同世代の令嬢からも慕われ、返さなければならない手紙も増える。


「私用に使えるものも用意しないとな」


今回は業務用の便箋を使うか、と諦めた様子の少年に、従者は首を傾げる。彼が、私用で文のやり取りをする必要があるとは珍しい。


「このカードは?」


「それは花に添える用だ」


便箋より小さい少し厚みのあるカードに従者は眼を止め、花束を贈る際に添えるメッセージカードだと少年から教わる。


「暗号用じゃないんですか」


「暗号用?」


「自分が軍に所属していた頃は、同期と抜け出すときよくこういうのに暗号で書いて、無事落ち合えるかってやってました」


昔を懐かしむように笑う従者の話に、少年は興味を示す。


「へぇ、それは面白そうだな」


「あれ? カードでいいんですか?」


これで問題ない、と頷く少年は楽しそうに微笑んでいた。



お嬢の解読のおかげで、レオと落ち合えた。その日の帰り道、レオに確認をしておく。


「もらった手紙って、千切っていいか」


「ああ、好きに処分してくれていい」


庶民向けの市場通りから、貴族向けのメインストリートにも繋がっている中央広場に送る道すがら訊くと、あっさり承諾された。むしろ、そういった捨て方が望ましいとでもいうように、レオは笑っている。


「しかし、千切るのが前提なのか?」


不思議そうにレオは首を傾げた。


「もうちょい増えたら、花弁とかで染めて、ちぎり絵しようかなって」


カードタイプの紙で厚みがあるから、持ちはいいだろうし、使うときに水でふやかせばいけるだろう。長雨の日とかにお嬢は俺に文字を教えてくれるけど、最近は反復練習が多くなって、お嬢は手持ち無沙汰だ。ただ待ってるだけよりは、遊んで待っていた方がいい。

かといって、庭師用の小屋におもちゃがある訳でもないから、あるもので代用するしかない。貧乏性かもしれないけど、きっとお嬢なら笑わないだろう。


「溜まってから……?」


「え。また来るだろ、お前」


レオは何故か蜂蜜色の瞳を丸くした。どうせまた来る気なのに何を言っているんだ、こいつ。


「なら、次からは色付きで送ろう」


そう言って、可笑しそうに喉を鳴らすレオ。こいつの笑いのツボはよく解らん。まぁ、最初から色が付いた紙でくれた方が染める手間が省けていいけど。


「あ。けど……」


「わかっている。箇条書(かじょうが)きだろう」


ならよし、と俺は安堵する。読めるって大事だ。レオとどれだけの付き合いになるかは判らないが、きっと一枚の絵ができるぐらいには付き合わされるだろう。



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3日で記憶が戻りました。」連載中

2023.06以降、コミカライズ連載の更新が不定期となったのは出版社の判断によるものです。(2023.05.02 22話追加から2025.03 23話追加まで長期間空くなど)
なので、連載不定期に関する意見·要望は出版社へ直接お願いいたします。
マンガUP!編集部
ハガキ·お便りでの意見·要望先は↑になります。「●●先生 宛」部分を「編集部 宛」にいただければ大丈夫です。
※日芽野先生はずっとモブすらを愛し、尽力てくださっているので、どうぞ誤解なきよう。

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出版情報などの詳細

マンガUP!HP
マンガUP!にて2020.04.21よりコミカライズ連載中
Global version of "I'm Not Even an NPC In This Otome Game!" available from July 25, 2022.
2025.03.17 韓国版「여성향 게임의 엑스트라조차 아니지만」デジタル配信開始


マンガUP!TVチャンネル以外のyoutubeにある動画は無断転載です。海賊版を見るぐらいなら↑公式アプリ↑でタダで読んでください。
#今日も海賊版を読みませんでした
STOP! 海賊版 #きみを犯罪者にしたくない
(違法にUPされた漫画を読むと、2年以下の懲役か200万円以下の罰金、またはその両方が科されます)

#いいねされた数だけうちの子の幸せな設定を晒す
企画タグ

作者に直接や、呟くのは恥ずかしいという方はオープンチャット「モブすら好きと語りたい」 で読者様同士で話していただいても構いません。 QR画像
※匿名参加可能
※作者は参加していませんので、ご安心ください。

○マシュマロ○
玉露 日芽野メノ

※活動報告の『★』付は俺の拙いらくがきがある目印です。

蛇足になるかもしれない設定(世界観など)
― 新着の感想 ―
[一言] 番外編を見ると本編で自分が好きだったシーンが思い浮かんでまた見たくなる。本当にいい作品だなぁと思います。
[良い点] ザクの素直に褒める点と、意地っ張りお嬢がかわいいです(⌒▽⌒)つい照れてツンツンしてしまうお嬢に微笑ましく見守るカトリンさん……本当にかわいいです! 便箋に悩むロイ様もかわいいです!カー…
[良い点] イザークがあっけらかんとして、リュディアに凄いなと感心したり、御礼を言う様子に「イザークこそ凄いのになー」と苦笑。 リュディアが照れと恥ずかしさを隠そうとして、イザークとカトリンに意地…
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