side21.星の花
入学初日に王子様から告白された。
他人より数奇な人生を送っている方だと自覚があったシュテファーニエも、これには驚愕した。
魔力がないと思っていたら膨大な魔力があると言われ、母が貴族と再婚することで養子になり、類似の理由で養子縁組された義弟もできた。平民の母子家庭だったはずの少女はみる影もない。
幼い頃は、貧しく片親であることで周囲から憐憫の眼を向けられていた。それに辟易していたので、シュテファーニエは今の生活に満足している。血の繋がりはなくとも家族仲は良好で、貴族社会に入って以降、親しい友人もできた。
だから、十二分に幸福で、それ以上を望んでいなかった。
それが、まさか自国の第一王子からの寵愛を向けられるとは。確かに、幼い頃一度、王子と知らず出会ったことがある。その一度きりの自分を覚えているとは思う訳がないだろう。
魔導学園の女子寮に帰ってからも、シュテファーニエの混乱は治まらなかった。部屋のなかを意味もなくぐるぐる歩き回ったり、属性発現を確認するための紫陽花、星の花をじっと見つめてみたり、どうにか落ち着こうと試みるが、その度に王子のロイに言われた言葉が思い出され、顔が熱くなる。
僕は君が好きだから問題ないーー
周囲にも人がいて、さらりと言われた。だからこそ、疑いようのない事実だ。王子である彼が、婚約者や他の者がいる場で冗談では済まない発言をする訳がない。
そのときの、自分の方を真っ直ぐに見つめる蜂蜜色の瞳が脳裏に浮かび、シュテファーニエは叫びそうになるのを、ベッドにある枕に顔を埋めることでやり過ごす。
「だって、天使様だって、ディア様の婚約者だって、思ってたのに……っ」
混乱のあまり、思考が口から零れた。
幼い頃出会った天使は、実は天使と見紛うほどに綺麗な人間だと知ったのが今日。友人の公爵令嬢リュディアの婚約者の王子と、その天使が同一人物と知ったのも今日。
貴族になってから参加したお茶会や王族の誕生日パーティーで同じ空間にいたかもしれないが、遠すぎて縁のない相手だと思ってちゃんと直視したことがなかった。
「うぅ……、ちゃんと考えるって言ったのにぃ」
考えれば考えるほど、思考が纏まらなくなる。異性に告白されたこと自体、初体験なのだ。シュテファーニエの動揺は当然のものだった。
そんな混乱の極地にいる彼女の部屋のドアがノックされた。ヴィッティング伯爵家からついてきてくれたメイドが来客を確認し、来訪者が誰かをシュテファーニエに伝える。訪ねてきた人物を聞き、シュテファーニエはすぐさま通すように答えた。
「ファニー様、大丈夫……そうではありませんわね」
「ディア様っ、みなさん……!」
訪ねてきたのは、リュディアを始めとする友人の令嬢たちだった。彼女たちは、シュテファーニエの真っ赤な顔を見て、様子を見にきて正解だったと知る。
三人掛けのソファーにリュディアが赤面するシュテファーニエを支えながら座り、続いて座ったトルデリーゼが宥めるように彼女の頭を撫でた。隣のソファーにかけたザスキアはシュテファーニエの好きな菓子を持参して励ました。
「どうして、ディア様はあんな殿下を前にして平気なんですか……?」
王子様に興味のなかったシュテファーニエには、パーティーの際などにトルデリーゼやザスキアが憧れはするものの直接対面するのを遠慮する理由が解らなかった。しかし、間近で対面してみて解った。あの絵画のように整った顔は、どうしても頬を染めてしまう。
逆に、これまで婚約者として平然と会話していた友人のリュディアが不思議になってしまった。
「わたくしも最初から平気だった訳ではありませんわ。それに、今も時と場合によっては怯みますもの……、けれど、友人としてそれは失礼にあたるので、なるべく顔に出さないようにしているのですわ」
リュディアも当初は、ロイの一挙一動に動揺させられていた。しかし、自分が動揺したままでは会話が進まないので、冷静になる努力をしたのだ。また動揺しても表面上は取り繕えるようにもなった。長年の付き合いの結果だ。
「その耐性、わたしにもください」
「一朝一夕で習得できるものではありませんわ。これから地道に慣れてゆきましょう」
リュディアはそう励ましながらも、自分と違い友情ではなく愛情を向けられているシュテファーニエが耐性を身に付けるのは困難だと感じた。彼は親愛の笑みすら、一瞬たじろくほど煌々しいのだ。笑みに込めるのが愛情に変わればその比ではないことは、想像に容易い。
「ロイ様から事情を伺ってきましたわ。お聞きになります?」
リュディアは、シュテファーニエ以外の友人にも話す許可をロイから得たうえで、ここにきた。
体面上の理由だけでは、国の施策に従ってロイが彼女に求婚しているような状況で、友人らは彼女のために反対することだろう。自分の婚約解消予定もきっとその反感に輪をかけるのは必至だった。
相談できる者が多い方がいいというシュテファーニエのためだけではなく、彼の想いを誤解しないでほしいというロイのためでもあった。リュディアにとっては、どちらも大事な友人なのだ。
シュテファーニエがかこくんと縦に頷いたので、リュディアは事情を伝えた。説明してみると、ロイがどうやって政策を動かしたかがほとんどとなり、これで友人の真剣な想いが伝わるのか、リュディアは内心首を傾げたのだった。
「……ということは、ヘルマンさんの話を受けなくても、私は紫陽花の品評会で見つかっていたんですね」
パン一年分なら参加するしかない、と神妙に頷くシュテファーニエを見て、リュディアは自分の家の使用人の一人を思い出す。
「ザクといい、そこですの?」
「主食が三食確保できるなら、参加するしかありません!」
「そ、そうですの」
そう拳を握るシュテファーニエに、リュディアは相槌を打つしかない。平民にとって食料問題は切実なものらしい。
「殿下は一途でいらっしゃったんですね。素敵です」
ザスキアには、ロイの想いが伝わったようで、リュディアは安堵する。友人らのなかで、ザスキアが一番恋物語を好むので、物語性の強い部分に着目して反応しているのだろう。
ただ、そのままなら平民と王族の障害の多い恋になる予定だったものを、ロイの采配とシュテファーニエ自身の研鑽により、あとはシュテファーニエの心次第という選択肢のある障害のみとなっている。トルデリーゼの方は、そこまでうっとりできるほどロマンティックだろうか、と首を傾げた。
「殿下が本気でいらっしゃるのは分かりました。婚約解消の予定も、殿下の独断ではなく、ディア様と話し合われた結果ならば、構いません」
「トルデ様……」
自身の扱いを危惧してくれていた友人の意見に、リュディアは胸の内を熱くした。トルデリーゼとは一番付き合いが長いので、親身になってくれることが嬉しかった。思わずはにかんでしまう。
トルデリーゼと微笑み合っている場合ではないと気付き、リュディアはすぐさまシュテファーニエへと視線を戻す。
「ロイ様とわたくしが婚約関係にあるままというのは複雑だとは思いますが、本当に体面上のものなのでそれ抜きで検討いただければ……」
「あ、はい。それはもちろん」
友人関係でしかないと知っていても、告白してきた相手に婚約者がいるというのは心証が良くないのでは、とリュディアは懸念したが、シュテファーニエの反応はけろっとしたものだった。いとも簡単に頷く彼女に、リュディアは小首を傾げる。
「だって、ディア様がイザークさんを好きなの、充分に知っているので、そこは疑いようがないです」
「なっ、な……っ!?」
シュテファーニエは、笑顔で友人を信じる理由を明かす。その信じる根拠に、リュディアはぼん、と顔を真っ赤にした。信じてくれるのは嬉しいが、これまで恋愛相談をしてきた実績ゆえの信頼だと思うととても恥ずかしい。
「ディア様も一途でいらっしゃいますもんね」
「似たもの同士ゆえに婚約関係が進展しないというのも皮肉ですね」
友人たちから温かい眼差しを受け、リュディアの羞恥が限界に達した。
「いっ、今は、わたくしではなくファニー様のことを最優先に考えるべきでしょう……!」
真っ赤な顔で叱るリュディアに迫力はなく、ただただ愛らしかった。先ほどまで自分も同じ様相だったはずのシュテファーニエは、なんだか可笑しくなって笑いだす。
友人たちと話しているうちに、随分と気が抜けた。自分の味方になってくれる人がこんなにもいるのだと思ったら、安堵した。
その日、一人で悩むことのない友人たちの存在に、シュテファーニエは改めて神に感謝した。
翌日、両親それぞれから手紙が届いた。
養父のヘルマンからは、謝罪が書き連なった手紙。母親のナディヤからは、自分の好きなように決断するよう励ます手紙。どちらもシュテファーニエを心配してのものだった。
薬術省に務めるヘルマンは、シュテファーニエのような魔力量の多い平民の子供を管理監督する部署に所属している。きっと事前に、シュテファーニエの婚約者候補が、王子を含む上位貴族令息となることも、第一優先が光属性が強いロイとの婚約であることも知らされていたことだろう。情報規制ゆえに公開時期まで明かせなかったことを申し訳なく思っていることがよく伝わる文面だった。そして、ごめんが多かった。
ほんとに心配性だなぁ、ヘルマンさんは。
シュテファーニエは苦笑する。仕事なのだから家族にも言えることと言えないことがあるのは仕方ない。
噂が飛び交うのは下町でも社交界でも同じだ。政治の動く社交界では噂も馬鹿にならない。情報漏洩のないよう細心の注意を払っていたヘルマンは、ただ職務を全うしただけだ。そんな養父を、シュテファーニエは責める気などない。むしろ、彼の性格上、本人のことなのに明かせない状況が苦しかったはずだ。
一方、ナディヤからの手紙は、そんなヘルマンを水臭いと怒る冒頭から始まった。国の都合で勝手に要求されていることだから、好みの男性がいるならよし、いなくとも構わないと文面で豪語していた。
お母さんったら。
相変らずだと、強気な文面に笑ってしまう。
伯爵令嬢となった以上、シュテファーニエもいずれかの貴族令息と縁組みされるだろうことは覚悟していた。想定外の相手ではあったが、婚約者を選ぶ権利が令嬢の自分にあるだけ、幸運なことだと理解している。だというのに、母親はその全員を断ったとしても許すと言うのだ。
両親の手紙の最後は、言い方こそ違えど同じ内容だった。自分がどんな選択をしてもそれを支持する、と。
味方が多すぎる、とシュテファーニエは笑みを零す。色んな人からもらった勇気を零さず使って、ロイに臨もうと心に決めた。
入学式翌日から一週間は授業選択期間だった。被らないようクラスごと別々に各属性の授業の方向性の説明や実技体験を受け、最終日までに自身で授業の時間割を組んで担任に提出する。午前と午後で一属性ずつ説明と初級実技を体験するので、共通科目含め四日で一通り確認できた。土日の休みを間に挟むため、最後の一日は自身で興味のある授業を選択で受け、それから提出となる。
そんな授業選択期間の一日目の昼休憩、一学年上のロイがシュテファーニエのいる教室に訪ねてきた。昨日の今日でロイを見たシュテファーニエは思わず動揺する。
「やあ。リュディア嬢、一緒に昼食でもどうだろう」
「よろしいですわよ、ロイ様」
にこやかな婚約者同士の会話にシュテファーニエは安堵した。自分に声をかけられたら、どう反応したらいいのか解らなかったからだ。
「友人も誘って構いませんか?」
「ああ」
「ファニー様、昼食をご一緒いたしません?」
「へぇ!?」
「イザークも、どうだ?」
「…………ハイ」
思いがけずリュディアから誘われ、シュテファーニエの声は上擦る。一方、席を立とうとしていたイザークはたっぷりの間を置いたあと上級生であるロイの誘いに頷いた。シュテファーニエも友人と同伴して食事ができる申し出を断るはずもなく、四人つれだって食堂に向かうこととなる。
リュディアの隣を歩くシュテファーニエは、友人のその向こうにいるロイに問いかける。
「あの、どうして……」
「僕とは昨日会ったばかりだろう。考えるためにも知り合う必要があると思わないか?」
煌々しい笑顔で答えられ、シュテファーニエはたじろきそうになる。しかし、ロイの言う通り、自分が彼をちゃんと知ったのは昨日のことなので、王子という立場と優れた容姿しか知らない。あとは、最初からすべてを明かしてくれ、誠実そうだという印象ぐらいだ。
「何も知らずに、というのは不公平だと思いましたので、わたくしも協力しましたの」
「これなら自然だろう」
「自然か、コレ?」
ロイの言葉に、イザークは怪訝になる。
婚約者同士プラス友人という図にしたかったのはイザークも解るが、男子枠が自分なことは作為的にしか感じない。ロイの友人として、ならば同学年で護衛である、イェレミアスやベルンハルトの方が適任だ。しかし、あの二人は、ロイ同様シュテファーニエより魔力量が多く、彼女の婚約者候補だ。明らかに魔力量で同伴者が選出されている。
「つか、レミアスやベルはいいのか?」
「元々、あまり食事を共にしないんだ。食事を早々に済ませて、イェレミアスは走り込みにいくし、ベルンハルトは図書館に行くからな」
友人兼護衛の二人と食事を共にしない理由を聞き、イザークはあり得そうだと納得した。自身を鍛えることに熱心なイェレミアスは大食いの早食いで落ち着いた食事はできず、ベルンハルトは場合によっては片手で食べられる軽食を用意して本を読むことを優先しそうだ。
シュテファーニエの件でしばらく護衛業務を控えて学業に専念するよう、ロイが申し伝えたところ、二人とも喜んで了承したらしい。イザークとリュディアは、そのときの二人の様子が容易に想像できた。
ロイ自身も武術を嗜んでいるため、学園内で危険が及ぶ可能性は低いが、念のためベルンハルト手製の守護の魔具は預かっている。
「いずれにせよ、こうして君と話せて嬉しいよ」
ロイは嬉しさを滲ませ微笑んだ。シュテファーニエは真っ向からその笑みを受け、頬を染める。何か縋るものがほしくて、シュテファーニエは反射的にリュディアの腕を掴んでいた。
「……ロイ様、少々抑えてくださいませ」
一目惚れして、長年遠目に見るしか叶わなかった相手とようやく言葉を交わせるのだ。その喜びは一入だろう。それはリュディアも解る。だが、位置関係上、シュテファーニエの盾になる状態のリュディアも一緒になって破顔するロイを目の当たりにすることになるのだ。こちらとて堪ったものではない。おそらく、後ろに追従するイザークも眩しさに顔を背けていることだろう。
リュディアの忠告に対し、すまない、とはにかむ様子ですらロイは目映い。言葉を交わしたがっていたというのに、最上の微笑みで相手の言葉を奪っては意味がない。自分の婚約者兼友人は浮かれさせては厄介だと、リュディアは嘆息した。
食堂にて食事を済まし、紅茶で食休みする段になってロイから事務連絡がもたらされた。
「授業の選択科目だが、シュテファーニエ嬢には光属性を主に選択してもらいたい」
「え。それは……、属性発現のためですか?」
「ああ、試用期間だ。光属性を選択する者が少ないから、実技などは僕たち二年と合同になる。まずは僕を知ってもらいたいからね」
「じゃあ、今日はその連絡でいらしたんですね」
「いや? 君と話したくてきたんだ」
事務連絡だけなら事情を知っている担任教師のハーゲンに頼むなど、ロイにはいくらでも手段がある。自ら赴いたのは、単に想い人に会いたかったのだ。
「ひぇっ」
「ですから、話したいのであれば控えてくださいませ」
「相変らず兵器みてぇだな、お前……」
奇声しかあげれずシュテファーニエは隣にいる友人に縋る。
縋られたリュディアと向かいの席にいるイザークは、会話の続かなさに呆れた。ロイは好意を隠さず、それを目の当たりにするたび初心なシュテファーニエは動揺してしまう。会話さえ儘ならないとは、前途多難な二人だとリュディアたちは感じた。
以降、昼食をとる面子はしばらく四人となったのだった。
授業選択期間が終了した翌日の朝礼で、シュテファーニエの特例措置が学園の生徒に明かされた。
魔力量が多いゆえに属性発現にいたらず、光属性の発現を優先的に促すためにロイと同行する機会が増えること。確定事項ではないため、婚約に関わることは明言されなかったが、貴族令息・令嬢らは将来的な可能性に気付き、どよめいた。当然、噂されるようになったが生徒らの動揺はロイの予想の範囲だった。
急に王族の婚約者候補としてあがった令嬢に注目が集まるのは必至だ。気分のいいものではないだろうと、ある日の昼食の際ロイは、シュテファーニエに謝罪した。
「予測されたこととはいえ、シュテファーニエ嬢、すまないな」
「いえ、ヴィッティング家にきた頃に比べれば平気ですっ」
針の筵に感じていないかと危惧すれば、シュテファーニエは拳を握り大丈夫だと豪語した。平民から急に貴族になったときは、礼儀作法も付け焼刃で冷笑された。そんな実績のない頃でもリュディアたち友人のおかげで乗り越えてこれた。
現在は、伯爵令嬢としての実績はあるため、魔力量の真偽を疑うだけの視線など大したことはない。
俯くことなく背筋を伸ばすシュテファーニエに、ロイは微笑む。
「現状が緩和されているのは、君のこれまでの実績ゆえだ。自身のために努力できるなんて素敵だな」
「そんな、わたしはただ、ディア様たちと一緒にいて恥ずかしくないようにって……」
「そうか。それは妬けるな」
「ロイ様が、わたくしを妬む必要などないでしょう!? 友愛の話ですのよ」
「それでも羨ましいものさ。リュディア嬢にはそういった経験はないのか?」
「そ、それは……っ」
お門違いの羨望だと指摘すると、自身の経験を問われリュディアは答えに窮する。斜め向かいに座るイザークを見遣ると、ずぞーと呑気に紅茶を飲んでいた。リュディアの視線に気付いて、銅色の瞳が見返し、首を傾げる。
リュディアも身に覚えはある。しかし、この場で言えるはずがない、とリュディアは引き剥がすようにイザークから視線を離した。
「しかし、予想していたより生徒の反応が穏やかだな」
「そうなんですか?」
「まだ皆青いからね。妬みを原動力にする者もいることだろう」
「それ、同世代がいうセリフじゃねぇぞ」
同様に青いはずの年頃のロイが吐くには奇怪しい物言いに、イザークは半眼になる。彼が言うと違和感がないから、余計に変だ。
指摘したためか、ロイはイザークの方を向き凝視した。輝く金糸の髪も整いすぎて煌びやかな容貌も苦手なイザークは、眩しさに反射的にのけ反った。
「……なん、だよ?」
「うん。イザークの働きも利いたようだ」
「は? 俺は別に……ああ、狂犬だなんだってヤツか?」
「それもあるな」
イザークは不良だという噂による牽制効果かと思ったが、ロイはそれ以外の要因もあるような含みをもって頷いた。それ以外は校庭の庭整備を手伝ったぐらいしか覚えがないイザークは、何かをしていても大したことではないだろうと紅茶に口を付けた。
「今後、そういった手合いが出てくる可能性もある。その場合は、まずリュディア嬢たちに相談するといいだろう」
「え」
一人で抱え込まないように注意しながら、ロイは自身を頼るようには言わなかった。シュテファーニエがそれを不思議がると、ロイは励ますような微笑みを向ける。
「初手は同性からだろう。なら、僕が手を貸しては火に油を注ぐだけだ。それに、君の力で立ち回れないと後に響く。もちろん必要ならば協力するから言ってくれ」
妬む輩が現れた場合の立ち回りや、王族であるロイの力を借りる必要があるかの判断もまずは自身でやってみるように言われ、シュテファーニエは納得する。
もし仮にロイの手をとると決断したら、今後も羨望や嫉妬の渦中に身を置くことになる。王位継承者の伴侶となるには、胆力や人を動かす能力が要る。彼を選ばなくとも、状況に応じて頼る相手を見極める能力を学園で磨いておいて損はない。
「はいっ、もしそうなったら相談します!」
「そうしてくれ。もちろん、力を貸すかに関係なく、弱音を吐く相手に僕を選んでくれたなら嬉しいよ」
「あ、ぅえっと……、検討します」
「うん」
にこにこと微笑んでいるだけだというのに圧がある、と同席していたリュディアたちは感じた。それはもう、頬を染めて俯くシュテファーニエが不憫に感じるほどに。
食堂から教室への帰り道、婚約者同士のロイとリュディアが並んで歩き、その後ろにシュテファーニエとイザークが追従する。廊下の道幅を考慮しているのもあるが、帰る頃にシュテファーニエがロイと話す余力が残っていないことが多いためだ。
前をゆく二人をシュテファーニエは眺める。輝きの種類こそ異なるが、二人とも綺麗な金糸の髪をしていて、容貌も整っている。シュテファーニエが初めてロイを見たときは天使と見紛ったし、リュディアに至ってはこんなに綺麗で可愛らしい人が現実にいるのかと親しくなった今も思う。絵になる二人、とはこういうことをいうのだとシュテファーニエは実感する。
貴族になってから伸ばした自身の髪をつまんで見る。毛先にゆくほど橙が濃くなる夕焼け色の髪を、シュテファーニエは気に入っていた。
母親が好きだと褒めてくれ、おぼろげに覚えている実父が一番好きな色だとよく頭を撫でていてくれた。平民の頃は、動きやすさを優先して肩ほどまでにしていたが、今は自分の視界に入るぐらい長くできる。貴族になってよかったことの一つだ。
けれど、容姿端麗なロイと並ぶことを意識すると、この髪色では、自分の容姿では見劣りしてしまうのではないか、と感じてしまう。
「どうかしたか?」
自身の毛先を見つめていたら、その様子に気付いたイザークが訊ねた。なにげなく問われた問いに、シュテファーニエは思わず本音を零す。
「わたしも金髪だったらよかったなぁ、て」
その呟きに、イザークは眼を丸くする。
「ヴィッティングまで眩しくなったら、俺困んだけど」
「ふふっ、そうですね」
イザークに素で返されて、シュテファーニエは可笑しくて笑う。眩しいものが苦手な彼には愚問だった。
「ヴィッティングの髪、いい色じゃん」
「はい、わたしも気に入っています」
正直な感想を受け、シュテファーニエも笑顔で大好きな自分の一部を誇れた。
「ディア様が綺麗だから、ちょっと羨ましくなっちゃいました」
「確かにお嬢は綺麗だけど、たぶんレオはヴィッティングみたいな可愛い系が……あ」
「どうしたんですか?」
イザークが妙なところで言い留めたので、シュテファーニエが小首を傾げると、気まずげな小声が返った。
「……いや、自覚してから、お嬢以外の娘に綺麗とか可愛いって言わないようにしてて」
しくった、と自主的に行っている自戒を破って悔いるイザークに、シュテファーニエは瞳を輝かせる。リュディアの想い人がイザークだとシュテファーニエは知っている。しかし、これまでのイザークの態度は幼い頃から知っているがゆえの親しみのようで、それ以上があるのか判別がつかなかった。
どうしよう、とシュテファーニエは胸中でとてつもなく驚いた。友人の片恋が叶うものだと判明した喜びで、頬が紅潮する。だが、友人より先にこの事実を知ってよかったのかとも悩んでしまう。
きっと今は素知らぬフリをするのが最善だ、とシュテファーニエは判断する。それでも、友人のことを思うと嬉しさに表情が綻んだ。
「それって、素敵ですね」
「だから、さっきの内緒な」
「はい。内緒です」
お互い口元に人差し指を当てて、しーと仕草で約束を交わす。
さんきゅ、と礼を言ったイザークは、わずかに腕を浮かしたが、持ち上げることはなかった。一度経験のあるシュテファーニエは気付く。彼は、自分の頭を撫でようとしたのではないか、と。きっと他の女性に触れないのも、彼なりの自戒なのだろう。
友人が大切にされている事実に、シュテファーニエの笑みが深くなった。
「後ろで何を話していますの?」
小声で話していたので気になったのか、リュディアが振り返る。
「いや」
「イザークさんみたいなお兄ちゃんがいたらよかったなって、言ってたんです」
それが恥ずかしくて小声だった、とシュテファーニエは誤魔化した。しかし、思っていなくはないことなので、言ってから少し照れ臭くなった。
シュテファーニエの発言に、リュディアとロイは眼を丸くして、互いに顔を見合わせる。
「そんなこと、思ったことありませんでしたわ」
「僕は、少し分かるな」
「え゛。お前みたいな弟ぜってぇ嫌だぞ」
めんどくさい、と共感をイザークに一蹴されて、ロイは可笑しそうに笑った。
イザークと話しているときのロイは少年のように笑うことが多い。その楽しそうな表情を見ているのは好きだな、とシュテファーニエは感じた。自身に向けられる心臓に悪い笑顔より、他人に向ける気安い笑顔の方がいいだなんて、失礼だろうか。
自身の心持ちを可笑しく思いながら、シュテファーニエは友人の袖を引き、耳打ちする。
「ディア様。という訳なんで、安心してください」
「わっ、わたくしは別に、ファニー様がそんな物好きだなんて疑っては……!?」
安心材料を与えたつもりが、リュディアは頬を染め、狼狽えた。
動揺して口ごもるなかで、自分のような素直で可愛らしい女性の方がよいのではないか、と小さく不安を零す。そんな友人が愛らしいと感じると同時に、自身にないものを羨む同じ女の子なのだと判り、シュテファーニエは嬉しく思った。
ロイの憂慮した事態は起こることなく、平穏な日々が過ぎた。
シュテファーニエが拍子抜けした、ということはなく、気構えができていただけだったので、平穏ならそれに越したことはないと喜んでいた。また、状況に甘んじることなく、少しでも諍いの芽を潰せるよう貴族とも平民とも交流をするように努めた。
それは、ロイの婚約者候補に相応しいと認めてもらうため、ではなく、自分の義弟のための行動だった。シュテファーニエが貴族に養子縁組されて以降、毎年数人の魔力ある平民が貴族の家に養子縁組されるようになった。どちらつかずとも言える自分たちは、どちらからも差別し非難される可能性がある。
貴族と平民が直接交流する場は学園が初めてのことが多いだろう。だからこそ、自身の在学中に貴族と平民、互いの偏見を払拭し、関係を緩和する下地を作っておきたかった。義弟が入学したときに穏やかな環境であってほしい。
隣のクラスにいる南国の王子が率先して、身分分け隔てなく交流を深めているおかげで、シュテファーニエも級友と親しくなりやすかった。理由は異なるかもしれないが、同じ働きかけをしてくれる人がいるというのは有難い。
そうした奔走と、勉学やロイとの交流に慣れようと懸命になっている間に一ヶ月が過ぎ、気付けば五月半ばとなっていた。
そんなときだった。ロイの妹、王女フィリーネが学園に来訪したのは。
自分の大好きな髪を最初に褒めてくれた王女は、とても可愛らしく笑う少女だった。ロイと似た整った顔立ちで、華奢で思わず守ってあげたくなるような儚い容姿。表情豊かに笑っていなければ、シュテファーニエは彼女を天使と信じたかもしれない。
そのフィリーネの提案で、シュテファーニエはロイのことを先輩と呼ぶことになった。呼び慣れない呼称を気恥ずかしく思っている間に、彼女は兄にも同様のことを提案しようとする。
愛称で呼ばれるかもしれない可能性に、シュテファーニエは身構えた。自分がどれだけ動揺するか判らなかったから。
しかし、その心の準備は不要で終わった。
ロイが、妹の提案を断ったのだ。
このとき、シュテファーニエは初めて拍子抜けした。
てっきり、フィリーネの提案に従ってこの場凌ぎ、だとしても、愛称を呼ばれると思っていた。だから、とても緊張していたのだ。それが急になくなり、どうしたらいいのか、どう感じたらいいのか解らなかった。
ぽっかりとできたこの空白をなんと呼ぶのだろう。
「惜しいと思われませんでしたか?」
別れ際、フィリーネに問われ、シュテファーニエは言葉がでなかった。
あの緊張は期待だったのか、あの空虚は残念だったのか、急に問われてもシュテファーニエには、まだどれも曖昧な感情だ。
困惑するシュテファーニエに、フィリーネはどうか、と懇願した。考えてほしい、と。
彼女は真剣な眼差しで、些細なことが大事だと言う。シュテファーニエもそうだと思い、頷いた。そして、些細なそれを見逃さないことを碧い瞳に、言葉なく誓った。
フィリーネとの短い邂逅のあと、シュテファーニエたちを教室まで送ったロイが告げた。
「もし他の属性を学びたくなったら変更して構わない。国の事情に付き合わせているから、その特例が君は許可されている」
途中からの受講科目変更の許可がある、と教えられ、シュテファーニエは答えを出す時期が迫っていることを知る。
このときばかりは、何故ロイが優しく微笑むのか不思議だった。
その日、寮に帰ったシュテファーニエは部屋に戻ると、ベッドに一番近い窓辺へと足を運んだ。窓辺には、星の花という品種の小さな紫陽花が咲いていた。
小さい鉢植えでも大丈夫な大きさで、育てやすく、陽当たりさえ気を付ければ年中咲いてくれる。特別な品種改良をされた紫陽花を、属性発現が判るよう、シュテファーニエに預けられた。
紫陽花の色は、白。しかし、花の一部が淡い黄色を帯びている。
「こんなちょっとで……」
些細な変化でも見逃さない、と決意したものの、紫陽花の色が想いの丈も示すのであれば相手の想いと不釣り合いではないか。シュテファーニエには、回答する時期までに紫陽花を染めきる自信がない。
色のついた部分を指でなぞると、シュテファーニエは後ろに下がり、ぽふり、とそのままベッドに背中を預ける。白いシーツの上に、夕焼け色の髪が散った。しばらくすると、窓辺から射す夕陽が室内に広がり、シーツも紫陽花もシュテファーニエの髪の色と同じになる。
こんなに簡単に染まれば楽なのに、とシュテファーニエは自身の染まりにくい心を恨む。
ロイが王子であることを抜きにしても、異性からあんなに愛されることなど滅多にない。彼の望みに、そして彼のことを想う妹の懇願に、応えたい。
けれど、彼らが望むのは自分で考えることだ。彼らが望むからといって、ただ頷くことではない。
ロイという、綺麗な男性を浮かべてみる。彼は笑顔だ。想像でも彼は笑っていた。これまでを思い返してみても、そのほとんどが笑っている。
嬉しそうで、楽しそうで、蕩けそうで。
色んな笑顔を、彼はする。友人らと話すときの年相応か少し幼く見える笑顔や、妹などに向ける兄らしい慈しんだ微笑みを好ましいと思う。自分に向く笑顔だけは、心臓に悪い。
彼の妹、フィリーネに言われた。自分が呼ばれなかった愛称を他の誰かに呼ばれたら、と想像してほしいと。それは、あの心臓に悪い笑顔を自分以外に向けるということだ。
シュテファーニエは想像してみる。
どんな令嬢か浮かばなかった。
彼には自分以外にもっといい女性がいるのでは、と思うくせに、彼の隣に並ぶ女性像が浮かばない。
想定ができなければ、胸も痛みようがない。
「本当に、わたし真っ白だ」
自分の髪色に染まる世界で、恋を知らない少女は染まらない心に途方に暮れる。
無性に両親に会いたくなった。かけがえのない唯一を持っているからこそ仲のよい両親。二人は、シュテファーニエの憧れだ。
自分もいつかかけがえのない誰かに出逢えたら、とずっと希望を抱いていた。
二人はどうやって唯一に気付けたのだろう。
答えを知ってる両親は、きっと会えたとしても教えてはくれないと解っている。だって、手紙に書いてあった。娘の決断を受け入れる、と。
ロイも、リュディアも、イザークも、両親も、自分の周りには唯一を見つけた人ばかりだ。
みんな、狡い。
コツの一つぐらい教えてほしいものだ、とシュテファーニエは羨んだ。
その羨望は、夕闇へと溶けていった。
五月の終わり、そのときがきた。
フィリーネとの邂逅から一~二週間、過ぎるのが早かった。決心がつかないままに、シュテファーニエは生徒会室へ呼び出され、生徒会長も務めるロイと対峙している。
お互いソファーに座り、テーブルには紅茶の入ったティーカップが置かれ、一見すると穏やかな光景だ。人払いがされており、紅茶を淹れてくれたメイドもすでに下がっている。生徒会室のドアの向こうに護衛がいるかもしれないが、室内はシュテファーニエとロイの二人きりだ。
「そういえば、二人だけで話すのはこれが初めてだな」
紅茶を飲みながら、ロイが穏やかに微笑む。
最初で最後かもしれない機会だというのに、惜しんだ様子もない。シュテファーニエは、自分ばかりが緊張しているのではないか、と疑った。
「あっ、あの、ロイ先輩」
「なんだい?」
「この場限りで、弱音を吐いてもいいでしょうか……!? 鬱陶しかったら止めますので言ってください!」
「君の弱音を聞く相手に選んでもらえて光栄だ」
ロイは快く応じる。
唐突に国の施策に巻き込まれたのだ、それに大きく関与している自分に不満を申し立てるのは当然だろう。これまで第三者がいる場でしか行動を共にできず、言うに言えない状況だった。周囲の眼がない今なら、シュテファーニエが何を言ったとしてもロイの胸に留めておける。気軽に相談するには向かない自身の立場に、ロイは内心苦笑した。
すぅ、と一度息を吸い、シュテファーニエは口火を切る。
「いち庶民だったわたしが、王妃になれるとか普通思いませんよ!?」
「そうだろうね」
「しかも、一目惚れされてたなんて思う訳ないじゃないですか! あのとき一言も話してないです」
「すまない。君に見惚れてしまって声が出なかったんだ」
「っそ、そういうところも狡いです!」
「狡い?」
「狡いです! ロイ先輩、格好いいじゃないですか。女性がみんな好きになるような男性に、そんな風に笑われたら心臓がいくらあっても足りません!」
「誰でもということはないと思うが」
大半の人間から好感を得る容貌であることはロイも自覚はしているが、現在の婚約者は自分に恋愛感情を抱いてはいないし、友人の一人には目を合わせるのが辛そうなほど不得意とされている。万人受け、というものは存在しないと、ロイは実体験で知っていた。
しかし、シュテファーニエも知っていることがある。
「少なくとも学園内では、一番顔がいい男性といえば皆さんロイ先輩をあげます」
貴族平民問わず、男女ともに交流を図ったシュテファーニエは、彼らの大多数の口からロイの名前があがるのを聞いた。容姿も人柄も優れているという評価がほとんどだった。
「民の支持を得ているのは、ありがたいな」
にこやかにロイは感想を述べる。国を統べる予定がある以上、得られる支持は多い方がいい。
「ロイ先輩がそんな人だから、困るんです……っ」
「困るのかい?」
「だって、みんなが好きになる男性相手じゃ、好きだと思ってもみんなと同じで、わたしにとって特別なのか分からなくなります」
誰もが格好いいと思う相手に最上の笑みを向けられれば、自分でなくとも動揺もするし舞い上がるだろう。この動悸が正常な反応なら、何を頼りに自分の唯一だと判断すればいいのか。
「それでいいんじゃないか?」
何が悪いのか解らず、ロイは首を傾げた。問題ないと返されて、シュテファーニエの方が眼を丸くする。
「よ、よくは……」
「僕だって、君の顔が好みで好きになったんだ。君は可愛いから、僕以外もそう思っている男がいることだろう。他の誰かからも好かれる君を、僕は好きになった」
同じだろう、とロイは微笑む。
指摘され、可愛い発言に動揺しかけていたシュテファーニエははっとする。誰かと同じ感情だとしても、特別なことには変わりないという考えがシュテファーニエにはなかったので、驚いた。
シュテファーニエは、他の人より抜きんでた感情でないと応えられないとばかり思っていた。
「まぁ、僕を選ぶと将来も決まってしまうから、決めかねるのは仕方ないさ」
静かに微笑むロイを見て、シュテファーニエは気付く。自分がここで断ったら、きっと彼は引き留めることはない。
彼の言う通り、自身の将来に関わることだからシュテファーニエは考える。
「…………わたしの魔力」
ぽつり、と零す。
「あるって言われても、わたしからすればないと同じで」
魔法が使えないというのに、紫陽花が白いだけで、人より優れた魔力があると言われても実感がない。
「わたしはずっと、わたしを信じられませんでした」
可能性があると言われ続け、その可能性を一番信じていなかったのは自分自身だった。
「けど、両親やディア様たちが信じてくれるから、頑張れました」
自分は信じられないけれど、自分に価値があると信じてくれる大事な人たちは信じれた。
「今も、自分の気持ちは信じられないけど、ロイ先輩の気持ちは何も疑っていません」
シュテファーニエは、蜂蜜色の瞳をまっすぐに見つめた。自分に向けられる甘い、蜂蜜が溶けるような笑顔をまやかしだとは思わない。彼は信じられる人だ。
「ロイ先輩は、わたしに王妃が務まると思いますか」
「ああ」
問うと、確信をもった言葉が返った。
「なら、わたしは、ロイ先輩を信じます」
彼が信じる自身の価値を信じる。星の花に唯一変化を与えた人だ。
「だから、ロイ先輩を好きだと信じられるようになるまで、待っていてくれませんか?」
確証が得られるまでは、想いをちゃんと返せないと弱った様子のシュテファーニエに、ロイは可笑しくなる。一瞬前まで決意に満ちた眼をしていたというのに、今はもう少女らしい愛らしさしかない。
ロイは表情を綻ばせ、頷いた。
「ああ」
これからも君に好きになってもらえるよう努めよう、とロイが告げると、怯んだシュテファーニエがお手柔らかに頼む旨を伝えた。
いつか、このときの戸惑いが嘘に思えるような日がくるのだろうか。
彼を信じたことを後悔することはない。だが、想いが色付いたとき、自分は彼の前でどうなるのだろう。
星の花が染まりきる日がくるのが楽しみなような、怖いような気がするシュテファーニエだった。








