side13.お守り
※一章12.と13.の間
それはとても小さい薔薇だった。
花径五センチもない白い薔薇は生花よりはドライフラワーに近い感触だ。しかし、枯れた色味ではなく生花と変わらない瑞々しい色をしていた。
そっと壊れないように両の掌で包みながら、リュディアは自室に戻った。
自室の前まできて、リュディアは弱る。両手で白薔薇を守っているため、ドアを開けることができない。片手で持ってもいいのだが、リボンと一緒になっているため、リュディアの小さな手では滑って落ちてしまわないか心配だ。
どうするか迷っていると、ひとりでにドアが開く。
「リュディア様? おかえりなさいませ」
ドアを開けたのは、メイドのカトリンだった。そろそろ主人が戻ってくる頃かと様子を確認するため、ドアを開けたところちょうどその主人がいた。幼い主人の姿を認め、カトリンは微笑んで迎える。
図らずも入室を手伝ってくれたことに礼を言い、リュディアは自室へと踏み入れる。
「散歩はいかがでしたか?」
散歩にしては些か長いと気付いてはいるが、カトリンは主人の隠していることには言及せず、感想だけを訊ねる。
問いかけに答えるように、主人が小さな掌で守っていたものを開いて見せた。開かれた両手には、白い薔薇のチャームが付いた淡い青のリボンがあった。
「可愛らしいですね」
カトリンが表情を綻ばせると、リュディアも嬉しさに頬を染めつつ、こくんと首肯する。手元に視線を落とす様子を見るに、とても気にいったようだ。
「これを明日のドレスに合わせたいのだけど……」
できるだろうか、とリュディアが少しばかり心配そうに問うと、カトリンは問題ないと微笑む。
「大丈夫ですよ」
むしろ、明日の第一王子の誕生日パーティーに用意されたドレスに合う装飾だった。青と白を基調としたドレスだとは彼は知らないだろうに、とカトリンは内心感心する。恐らく主人に似合うものを選んだだけだろう。
どこに付けるか、カトリンは思案する。
「リボンですし、髪飾りに足すことはできますが、いかがしましょうか?」
髪に飾れば控えめながらも、可愛らしく白薔薇が咲くことだろう。想像する分でも充分似合うことは判る。
カトリンの提案を聞き、リュディアは躊躇った。
主人の様子にカトリンが首を傾げると、リュディアはぽつりと呟く。
「これはお守りですの。上手く踊れるように……、だから、ダンスのときに見える場所がいいですわ」
主人の希望を聞き、カトリンは眼を細める。
この一ヶ月、主人が何を頑張っていたのかを暗に教えられた。道理で主人の寝付きがよかった訳だ。
「では、ブレスレットのように手首に結びましょう」
カトリンの言葉を受け、リュディアは表情を輝かせる。ドレスには二の腕までの長い手袋をする予定だった。そのうえからでも、リボンを付けて問題ないとカトリンに保証され、安堵と嬉しさでいっぱいになった。
「ありがとう、カトリン」
主人からの感謝を、微笑んでカトリンは受け止めた。
明日は主人であるリュディアが初めて公の場に出る日だ。雇い主である彼女の父親、ジェラルドが危惧していたように緊張していても奇怪しくない。何せ王族の御前なのだ。けれど、きっと主人は大丈夫だとカトリンは確信する。
彼女には心強いお守りがある。
自身は見ることができない主人の勇姿が眼に浮かぶようだ。
「こちらに合う箱を用意しておきますね」
「ええ」
お願い、とリュディアが頷いた。
白薔薇のリボンは、明日のパーティーが終わったあとも、大事にされるだろう。
明日のために白薔薇を預かり、主人の成功への祈りを込め、カトリンはそっとリボンを撫でる。カトリンは主人の満足する入れ物を用意しなければ、と決意したのだった。
願わくば、戻られたときの表情が晴れやかでありますようにーー
コミック2巻発売感謝です。
読者様の応援のおかげで無事発売日を迎えることができました。誠にありがとうございます。
紙媒体の方については、お近くの本屋さんに入荷されているか不明のため、取り寄せのお手間がかかるやもしれない点だけが心配です……
無事、お求めくださる読者様の手元に届くことを祈っております。
これからもお届けできるよう、努めてまいります。
いつもモブすらを応援くださり、ありがとうございます!
□日芽野先生のコミック2巻発売記念イラスト
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