side09.感想
「まぁ、いらっしゃい。ザクくん、レオくん」
「お、お邪魔します」
「お招きいただき、感謝します」
ルードルシュタット伯爵邸の玄関で、二コの母親のエルヴィーラ様に迎えられ、俺は少し怯んで挨拶をし、茶髪のヅラをしたレオは淀みなく挨拶を返した。
緩く波打つふわふわの髪と同じ、柔らかい笑みを浮かべるエルヴィーラ様はすごく嬉しそうだ。そんな母親を見て、二コは嘆息を一つ零す。
「母様がごめんなさいね。ザクたちがいつ来るのかって、しつこくて……」
若干疲れた表情を見せる二コ。この感じは、ほぼ毎日のように訊かれたのかもしれない。
エルヴィーラ様は、二コにダチができたのが余程嬉しかったのだろう。これまで女に言い寄られてばかりで、同性のダチがいなかったって、二コも前に言ってたもんなぁ。
「だって……」
「だってじゃないの! 言ったでしょう。ザクはもう働いてるし、レオだってそんな暇じゃないのよ」
少女のような反応を見せるエルヴィーラ様を叱る二コ。親子の立場が逆転している。まるで二コの方が親みたいだ。
「俺、来れて嬉しいです。二コの見せてくれた本の続きも気になっていたから、誘ってくれてよかった」
「僕もだ」
エルヴィーラ様の説教を始めようとしていた二コは、俺たちの言葉にぴたっと動きを止めた。そして、ゆっくり確かめるようにこちらに振り向いた。
「……本当に? 迷惑じゃなかった?」
「ああ」
俺とレオが首肯すると、少し俯きがちになった二コは視線を逸らした。
「……なら、いいわ」
矛を収めた二コが、少し照れていたように見えたのは気のせいじゃないと思う。エルヴィーラ様がとても幸せそうに微笑んで二コを見ていたから。
二コの部屋に案内されるその間、エルヴィーラ様がずっとついてきていた。なんだかひよこみたいだなぁ、と感じていたら、部屋に着いた途端、先導していた二コが堪らず振り向いた。
「母様っ、もういいでしょう!」
「お茶ぐらいは一緒に」
「二人はアタシに会いにきたのよっ、母様じゃないの」
「私もザクくんたちとお話ししたいわ。少しぐらい……」
「駄目よ」
ニコに却下され、残念そうに諦めるエルヴィーラ様。けど、何かを思いついたのか、エルヴィーラ様は俺の方に焦点を合わせ、屈んだ。
「じゃあ、一つだけ聞いていいかしら?」
「え。何ですか?」
「ザクくんは、エルンスト公爵家の庭師見習いさんなんでしょう?」
「はい」
何の質問かを訊ねると、エルヴィーラ様は俺の役職を確認してきた。一体何を訊きたいんだろう。
「リュディアちゃんってどんなコなの?」
「へ?」
わくわくと期待に瞳を輝かせるエルヴィーラ様の質問に、俺は首を傾げる。
「ニコちゃん、これまで特定の女の子と仲良くすることなかったから、もし仲良しさんなら応援したくって」
エルヴィーラ様の考えを聞いたニコは閉口した。でも、そうか。エルヴィーラ様からすれば、ニコは昔から変わらず息子だから、仲がいい女子がいたら気になるのは普通かもしれない。ニコの方から誰かの家に足しげく通う、というのが今までなかったから余計だろう。
俺が答えあぐねている間に、ニコがわなわなと震えだし、またエルヴィーラ様を叱った。
「何、ザクにとんちんかんなことを聞いてるのよ!? 大体、ディア嬢はレ……殿下の婚約者でしょ!」
「あら、想うのは自由じゃない。それに、ニコちゃんは素敵だもの。殿下にもきっと負けないわ」
両手で拳を作って太鼓判を押すエルヴィーラ様。見当違いの応援をされ、ニコは頭痛を覚えたように頭に手を当てた。
「あのねぇ……言っておくけど」
そう念を押して、ニコは自身の胸に手を当てた。
「アタシの方が綺麗なんだから、そんな気は毛頭ないわ!」
ニコの宣言に、眼を見開いたエルヴィーラ様は数秒を置いて納得し、残念だわ、としょんぼりして退室していった。
扉が閉まるのを見届けたあと、レオがくつくつと喉を鳴らす。俺はまだ呆気に取られたままだった。
「確かに、どちらかといえば、リュディア嬢は愛らしいな」
「言葉の綾よ。ああでも言わないと、母様は引かないもの」
「ニコより美人な女子って世の中にどれだけいるんだ……?」
「難易度が高いな。ニコの眼鏡に適う相手はさぞ麗しいことだろう」
「アンタたち、ちったぁつっこみなさいよ」
「ニコは美人じゃん」
「事実だろう」
自分で自分を美人だと言ったところで、ニコの場合本当だから否定しようもない。半眼でこちらを見るニコを、俺たちが不思議そうに見返すと、ニコは本気で思っているから性質が悪い、と脱力したようにソファに腰かけた。
ニコが座るのに倣って、俺たちもソファに座る。すでに用意されたお茶と茶菓子がテーブルの上にある。冷める前に、と俺はいただきますをしてティーカップを手にした。
「それにしても、レオは可愛いと思っているのね。ディア嬢って、他のコに比べたら美人の類いでしょう」
お茶を一口飲んだあと、ニコは意外そうに呟いた。その呟きに、レオは微笑みを返した。
「気高く麗しい令嬢だが、純粋でとても愛らしい女性だ。とても魅力的だと思うぞ」
「平然と言うわね……」
呆れを隠さないニコに、今度はレオが訊く。
「そういうニコは、リュディア嬢を美人だと思っているのか?」
問われて、ニコは少し考える素振りをみせてから、口を開いた。
「外見はそうね。けど、いじりやすいから面白いコだわ」
揶揄っている事実を悪びれずに答えるニコに、レオは可笑しげに眼を細める。
「その評価も、リュディア嬢には珍しいものだぞ」
「アタシにはそうなんだもの」
同じ人間の話をしているのに、まったく違う感想が出る。なんだか面白いなぁ、と感じつつ俺は二人の会話に耳を傾けていた。
ふと、二人の視線が俺に向く。
「なら、イザークはどうだ?」
「ディア嬢のこと、どう思ってるの?」
「ん? お嬢はかっけーぞ」
即答すると、二人は一瞬沈黙した。
特に悩む質問でもなかったから、普通に答えたのに、どうしたんだろう。俺はきょとんとして、ティーカップを下ろし、ソーサーに戻した。
「イザークの評価が一番意外だったな」
「……どうして、そうなるのよ」
楽しそうに微笑むレオに、溜め息を堪えるように片手で顔の半分を覆うニコ。
「だって、陽に当たると輪郭が溶けるみたいな柔らかい金髪とか淡い花弁みたいな青い眼とかだけじゃなくお嬢は仕草も綺麗だ。それに、笑うと花が咲いたみたいに可愛い。そういう中身込みで綺麗で可愛いのって、全部お嬢が頑張っているからだろ。それって、すげぇかっけーじゃん」
努力を成果に繋げることができるって、それだけで凄い。学んだことを全部無駄にしないように頑張っているお嬢は、とてもカッコいい女の子だと思う。
初対面のとき、まだ五歳だったのにあれだけ流暢に喋れたんだから、きっと元々頑張り屋だったんだ。努力の方向を間違わなくなったお嬢が、成果をあげるのは当然のことかもしれないが、俺はそれが嬉しい。
俺よりずっと凄い人をカッコいいと思うのは普通だと説明しただけなのに、ニコは呆気に取られたように半分口を開いていた。
「……ザクはザクね」
「イザークらしいな」
「アンタは何でそんな悠長なのよ。婚約者じゃないの?」
「婚約者が正当な評価を受けたら、嬉しいものだろう」
「アンタたちって、ホント謎だわ」
ブレない微笑みを浮かべるレオを確認して、ニコは考えることを放棄したようだった。
ティーカップをソーサーごとテーブルに置き、ニコはソファから立ち上がる。そして、本棚へと足を運んだ。迷いなく、二冊の本を抜き取り、ニコは振り向いた。
「今日はこっちが本題でしょ。時間も限られているし、さっさと読みなさいよ」
「さんきゅ。こないだ、いいトコロで読み終わってさ、続き気になっていたんだ」
楽しみにしていた俺は、眼を輝かせて思わず腰を浮かせてしまう。それを見たからか、レオも俺が読んでいる本に興味を示した。
「面白そうだな。イザークが読み終わったら、僕も読みたい」
「別にいいけど……、これ、海賊ものよ?」
「城に置いていなさそうな方が見識が広がっていい」
真っ当な意見なようでいて、正当化しているだけの言い訳だった。レオは屁理屈をこねるぐらいに、面白そうだと感じたみたいだ。
「王子様も存外俗物なのね」
呆れてみせるニコに、レオは笑う。
「年相応なだけさ」
どの口が、と返しながらもニコは可笑しそうだった。俺も、なんでも行儀のいいことしか言わないよりずっとマシだと感じた。
俺とレオは、ニコから本を受け取ってさっそく読み始める。ニコも自分用に一冊広げ、読み返し始めた。
頁をめくる音だけがかすかに響く、黙々とした時間が始まる。けれど、物語に夢中になっているから気にならない。
一度だけ、本から顔をあげて、二人の様子を確認する。二人とも本に集中して、視線がひたすら文字を追っていた。
俺は自然と笑っていた。
前世でダチと漫画を読み合っていたときの感じと似ている。本を読むことも難しい庶民の俺が、またこんな空気を味わえるとは思っていなかった。文字を教えてくれたお嬢に感謝だ。また今度、お礼を言おう。
そう決めて、俺も本に視線を戻す。
そのうち、全員が同じ本を読み終わったときに、どこがよかったとか言い合うのが楽しみだ。
コミック1巻発売感謝です。
ザク・ニコ・ロイのセットを気に入ってくださる方が多かったので、三人で遊んでいるところを書いてみました。
少しでもお礼になれば、幸いです。
読者様、いつもモブすらを読んでくださり、誠にありがとうございます。
□日芽野先生のコミック1巻発売記念イラスト
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