プロローグ
「ただいまー!!」
小学校から帰った伊藤悠馬が自宅のドアを開けると、台所の方から甘い香りが漂ってきた。
「悠ちゃんおかえりなさい。ちょうど今、スイートポテトを作ってたの。おやつにしましょう、手を洗ってきて」
エプロン姿の母が台所から顔を覗かせる。悠馬は自室のベッドにランドセルを放ると、洗面所に向かった。
手を洗ってテーブルにつくと、母は「今日は学校楽しかった?」と尋ねながら、スイートポテトとホットミルクを出してくれた。
「うん、昼休みにドッジやって、元外野から三人も当てたんだ!」
母は元外野が何なのかはよく分からなかったが、「へえ、すごいのね」と返した。
「ねえ、お母さん。これ食べたら、ゲームやっていい?」
「いいけど…」そう言って母は息子の顔をじっと見る。「一日一時間だからね。終わったらちゃんと宿題するのよ」
「はーい」悠馬は一つ返事で答えると、アルミホイルに残ったスイートポテトを舌できれいに舐めとった。
今日はいよいよボス戦だ――ゲーム機の電源を点けながら、悠馬の気持ちは昂っていた。
「モンスターズ・キャッスル」というゲームの中で、悠馬は勇者としてボスの「コブラ・サタン」に囚われた「チーク姫」を助けるために魔王の城で戦っていた。
昨日ついに謎の暗号を解き、「伝説の槍」を手に入れた。あとは最上階で待つ魔王との決戦を残すのみ、クライマックスだ。
コブラ・サタンがチーク姫をさらう、いつものオープニングが流れる。悠馬は焦れる気持ちで、意味もなくAボタンを連打した。
案内人のキャラクターが現れ、スタート画面になる。悠馬は迷うことなく「続きから」のコマンドを選択した。
その時、遥か遠く、テレビ画面の中の世界では、始業を告げるベルが鳴り響いていた――