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駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ  作者: 壬黎ハルキ
第五章 ミナヅキと小さな弟
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第九十七話 畑とスライム



「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」

「行ってらっしゃーい」


 低彩度の緑色を基調とした作業着に身を包んだミナヅキが、鍬を片手に出かけようとする。リビングのソファーに座りながら手を振ってくるアヤメは、今のところ調子が良さそうであった。

 それを確認して少し安心しつつ、玄関から作業用のブーツを履いて外に出ようとしたところに、リュートがパタパタと走ってくる。


「ねぇおにーちゃん、今日も畑いくの?」

「あぁ。一緒に行くか?」

「いく!」


 元気よく返事をしながら、リュートはもそもそと靴を履き始める。そこにアヤメがリビングから顔を出してきた。


「気をつけて行きなさいね」

「はーい」

「ミナヅキも、ちゃんとリュートのこと見ておいてよ?」

「はいよ」


 片手を軽く挙げながら応えつつ、ミナヅキは玄関の扉を開ける。そしてリュートと二人で外へ出た。

 今日も雲一つない快晴。それでいて冬の冷たい空気が肌をピリッと撫でる。そんな中リュートは、元気よく走り出すのだった。

 その後ろ姿を見つめながら、ミナヅキは表情を綻ばせる。


(アイツも元気になってきたもんだなぁ)


 リュートがミナヅキたちと暮らし始めてから、数日が経過していた。

 やつれていた表情は張りを取り戻し、たどたどしかった口調もハッキリとしてきている。まさかたった数日でここまで変わるとはと、ミナヅキもアヤメも驚かされるほどであった。

 特に初日の夜以降、ミナヅキにはかなり懐くようになった。ミナヅキと一緒という条件ならば、外にも出られるようになったほどである。

 流石にまだ遠出は難しいが、家の庭で作業をする程度であれば、こうして自分から付いてくるのだった。


「さてさて、大分この畑も形になってきたもんだな」


 庭の一角に広がる、柵で囲われた大きめの畑。調合用の薬草などを育てるためにミナヅキが作り上げたのだ。

 畑作り自体は、元々少しずつやっていこうと考えてはいた。そこにアヤメの妊娠が発覚し、ラステカにいる時間が多くなったことで、ちょうど良いから畑作りを始めてみようと思ったら、これがとても楽しくて仕方がないのだった。

 少しずつ出来上がっていく土を見る度に、やる気がどんどん増してくる。だから毎日鍬を振るうことも苦にならない。


「よし、今日も始めるか」


 ミナヅキは鍬を振るい、土を耕していく。

 きめ細かい土は良い茶色となり、そこに仕入れた肥料を撒きつつ、再び鍬を振るっていく。そんな単純作業をミナヅキは飽きもせず、むしろワクワクした笑顔で延々と繰り返していた。

 やがて小休止しようと鍬を置いたところで――


「ポヨー♪」


 何かの鳴き声が聞こえてきた。見渡してみると、リュートが一匹のスライムと楽しそうに遊んでいた。

 しかもその鳴き声につられたのか、庭の奥から他のスライムたちが二、三匹ほど姿を見せ、興味深そうにポムポムと跳ねながら近寄ってくる。

 敵意は全く見せていない。むしろその真逆と言っても良いくらいであった。

 スライムたちのほうからリュートに近づく。これはこれで驚く光景ではあるが、ミナヅキは思い出す。


(そういや前に住んでた家でも、猫のほうから遊びに来たとか言ってたっけか)


 正直、半信半疑ではあった。しかし今、それが現実となって証明されたといっても過言ではない。


(もしかしたらアイツは、動物や魔物に好かれやすい体質なのかもな)


 そう思いながら、ミナヅキは再び鍬を振るう。そして二、三回ほど土を耕したところで、ピタッと手を止めた。


「魔物に好かれやすい……か」


 ミナヅキは再びリュートに視線を向ける。やはり楽しそうに笑いながら、スライムたちと遊んでいた。

 無理やりとかではない。互いにそうしたいからそうしている。ミナヅキにはそう感じられた。


(だとすると、リュートの持つ適性は――)


 一つの可能性が頭の中に浮かぶ。今のリュートにピッタリ当てはまる適性が、確かに存在しているのだ。


(魔物調教師――別に取り立てて珍しい適性でもないが……)


 その名のとおり、魔物を従えさせる適性である。戦ったり生活に役立てたりと幅広い活躍が見込まれる分、能力の高さの幅は人それぞれかなり大きいのだ。

 スライムとはいえ、魔物のほうから懐いてきている。魔物調教師の典型的な兆しの一つと言われている現象でもあった。


(まぁ、ちゃんとギルドで調べてもらわない限り、なんとも言えないわな)


 ミナヅキは再び鍬を振るい、土を耕していった。

 途中からスライムたちがミナヅキの作っている畑の存在に気づき、柔らかい土に興味を示したのか集まり、皆揃って畑に入り、ポヨポヨと飛び跳ね始める。

 リュートが慌てて駆けつけながら叫んだ。


「待って! おにーちゃんのじゃまになっちゃうよ!」

「いや、これはこれでいいんだ」


 しかしミナヅキは、鍬を杖代わりにしながらスライムたちを見守っていた。


「よく見てみ。スライムが飛び跳ねたところの土が湿ってるだろ?」

「うん……せっかく耕したのに、グチャグチャになっちゃう」

「確かにそう見えるが、実はそうとも言い切れないのさ」

「……なんで?」


 首を傾げながら見上げてくるリュートに、ミナヅキが視線を下ろしながらニッと笑みを浮かべる。


「スライムに含まれている特殊な水分が、良い土を作ってくれるんだよ。だからしばらくこのまま遊ばせておけば、良い畑に近づくってことなんだ」

「んぅ……よく分かんない」

「あはは。まぁ、そりゃそうだよな。とにかく今は、スライムたちのおかげで、むしろ助かっていると思ってくれればいいよ」

「ふーん」


 生返事をしつつ、リュートは飛び跳ねているスライムたちを見つめる。すると一匹のスライムがリュートのところにやってきた。


「ポヨポヨ♪」


 飛び跳ねながら呼びかけている。どうやら一緒に遊ぼうと言っているようだ。それをリュートも察したのか、困った表情でミナヅキを見上げる。

 ミナヅキも気づいて、苦笑しながら見下ろした。


「一緒に遊んできな」

「いいの?」

「あぁ。まだ何も植えてないし、どうせまた耕すからな」

「――うんっ!」


 リュートは嬉しそうに返事をして、スライムに連れられて畑に飛び込む。ふかふかとなった土の上をはしゃぎまわる姿は、年相応の子供だ――ミナヅキはそれを少しばかり嬉しく思っていた。

 やがて遊び疲れたリュートは、フラフラになりながら畑から出てくる。スライムたちも満足したらしく、各々畑から飛び出していく。

 そのまま庭から去ろうとしたスライムたちは、振り返りながらポヨポヨと飛び跳ねながら鳴き声を上げる。リュートもそれに対して笑顔で手を振った。

 スライムのほうから別れの挨拶をするとは――もはやすっかりスライムと友達になった弟に対し、改めて驚かされる。


「リュート。家の中で休んでな。兄ちゃんはもうちょっと作業していくから」

「うん。わかったー」


 ミナヅキにそう促され、リュートが家に向かって歩き出したその時――


「ポヨッ!」


 鳴き声に呼び止められた。振り返ると、スライムが一匹だけ残っていた。リュートとこの庭で一番最初に遊んでいたスライムである。

 スライムはジーッとリュートを見上げている。まだ遊びたいと訴えているかのようであった。

 リュートが困った表情を浮かべてミナヅキのほうを見上げる。

 ミナヅキはジェスチャーで、いいから家に入りなと伝え、リュートは頷きながら踵を返し、そのまま玄関のほうへ走っていった。


「ほら、お前も早く帰りな。今日はもう遊ぶのはおしまいだ」


 ミナヅキはそれだけ言って、鍬を持って畑に入る。

 あちこち踏み荒らされた土を再び軽く慣らし、整えたところでミナヅキも家の中に入ることにした。スライムはいつの間にかいなくなっており、きっと帰ったのだろうと思い、特に気にすることはなかった。


「ただいまー」

「おかえりなさーい」


 家の中に入ると、ちょうどアヤメがタオルを持って出てきた。


「リュート、汗かいてたから先にシャワー浴びさせてるわ」

「おぅ。俺も後で入る」


 ミナヅキは玄関横にある物置に鍬を収納し、ブーツを脱いで家に上がる。そしてそのままリビングに入ると、ガラス戸の外に小さな物体がいることに気づいた。

 その物体は水色で、小刻みにプルプルと震えている。どう見てもれっきとしたスライムそのものであった。


「あら? スライムじゃない」


 アヤメも気づいて、ソファーにタオルを置いて歩いてくる。


「もしかして、リュートと一緒に遊んでいた子かしら?」

「かもしれないな。てゆーか知ってたのか?」

「さっき少しだけ聞いたのよ」


 アヤメが少しかがみながらスライムを凝視する。スライムは顔を背け、ガラス戸の隅っこのほうに移動した。

 そしてそのまま、プルプルと震えながら動かなくなる。


「……何してんだろうな?」

「うーん、なんとなく想像はつくけどねぇ」


 首を傾げるミナヅキにアヤメが苦笑を浮かべる。そこにシャワーを浴び終えたリュートがリビングに現れた。


「シャワー浴びてきたよ」

「はーい。ちゃんと綺麗に洗った?」

「うん」


 タオルで頭をワシワシと吹きながら、リュートはおもむろにガラス戸を見る。すると隅っこで震えているスライムの存在に気づいた。

 トコトコ歩いてガラス戸に近づき、しゃがんでジッとそれを見つめる。するとスライムも気配を察知したのか、クルッと体を振り向かせた。


「ポヨッ♪」


 スライムは途端に笑顔を見せ、ガラス戸に体を押し付ける。グイグイと、中に入れてくれと言わんばかりに顔から真正面に。反動でガラス戸から顔が離れても、またすぐに繰り返す。

 開けてくれるまでずっと続けるぞと言わんばかりに。


「こりゃ相当懐かれちまったみたいだな」


 困った表情を浮かべるリュートの後ろから、ミナヅキが苦笑しつつガラス戸をゆっくりと開ける。

 その瞬間、スライムが嬉しそうな笑顔を浮かべ――


「ポヨッ!」


 リュートに思いっきり飛びつくのだった。


「わわっ!」


 勢いが凄く、抱き留めると同時にリュートは尻餅をついてしまう。しかしスライムはそんなことにも構わず、プルプルと震えながらリュートに顔を擦り付ける。

 リュートが体からスライムを離そうとするが、何故か吸盤のようにくっ付いて離れなかった。意地でも離れてやるもんかと、全身で表現しているようだと、なんとなくミナヅキは思った。


「そんなにリュートと一緒にいたいのか?」

「ポヨッ!」


 ミナヅキの問いかけに、スライムは真剣な表情で即答する。それを見たアヤメが小さなため息とともに苦笑した。


「これはもう、聞く耳持たない感じね」

「だな。ウチで面倒見るか」

「それしかなさそうね」


 ミナヅキはゆっくりとガラス戸を締めた。とても嬉しそうにプルプル震えているスライムに対し、リュートは未だに困惑していた。


「ねぇ、この子も一緒に暮らすの?」

「そーゆーことになるな。リュートは嫌か?」

「うーん……」


 しゃがみながら問いかけるミナヅキに、リュートは少し困ったように考える。


「いやじゃない。でもどうすればいいか分からない」

「そっか。まぁ分からないのは兄ちゃんたちも同じだから。一緒にコイツの面倒を見ていこうじゃないか」

「ぼくも?」

「あぁ、勿論さ。そのスライムは、リュートに一番懐いてるんだからな」

「――うん」


 リュートはスライムを見つめながら頷く。困惑した様子も取れており、ミナヅキとアヤメは少しだけ安心したように笑みを深めるのだった。


「さて、それじゃ私は夕飯の準備しちゃうわね……あっ」


 キッチンに向かおうとしたところで、アヤメが一つ疑問を浮かべる。


「ねぇ、スライムって何食べるのかしら?」

「基本的に雑食だからな。俺たちと同じで良いと思うけど」

「そっか。お水たくさん飲ませたほうが良いわよね? 水分の塊だし」

「どうだろうな……とりあえず試して、様子を見ていけばいいんじゃないか?」

「それもそうね」


 アヤメが笑みを浮かべ、改めてキッチンへ向かう。ここでミナヅキは、スライムがずっと外にいたことを思い出した。


(水分の塊とはいえ、まずはちゃんと洗ってやったほうがいいか)


 立ち上がるミナヅキにリュートとスライムが視線を向ける。ミナヅキは視線をスライムに落としながら話しかけた。


「ちょうどこれから風呂に入るところだ。お前も一緒に洗ってやるよ」

「……ポヨッ!!」


 しかしスライムは拒否した。リュートの胸元に顔を埋め、意地でもここから動かないと表現する。

 その反応を見て、ミナヅキもすぐに気づいた。


「何? リュートじゃなきゃ嫌だって?」

「ポヨポヨ」


 顔を埋めたままスライムは鳴き声で返事をする。またしても何を言っても聞かない状態に陥ってしまい、ミナヅキは困ったように後ろ頭を掻いた。


「しょーがないな……じゃリュート、一緒に来てくれ」

「えー? ぼくさっき入ったばかりだよ?」

「スライムの体を洗ってくれるだけでいいよ。リュートじゃないと、大人しくしてくれないだろうからな」

「……わかった」


 スライムを抱きかかえたまま、リュートは渋々ミナヅキとともに、もう一度風呂場へ向かう。

 その姿をキッチンから、アヤメが苦笑を浮かべながら見つめていた。




お読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。

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