第九十三話 ラノベ主人公になれなかった青年
デュークが持ち込んできた話は、ミナヅキたちを震撼させた。
流石にその場で話せるような話題ではなかったため、ミナヅキとアヤメ、そしてフィリーネの三人は、工房からギルドの応接室に移動する。
そこで改めて事の次第を聞いた三人は、やはり驚きを隠せなかった。
「それ……確かなことなのか?」
ミナヅキは唖然としながら問いかけるが、デュークの表情は重々しく、とても何かの間違いという感じではなかった。
「遺体そのものは、かなり損傷していて顔も確認できなかった。しかし髪の毛の色と血液、そしてわずかに魔力もその場に残っていて、それらを照合した結果、本人である可能性が高いと断定された。そして――極めつけはコレだ!」
デュークは一枚のカードを取り出し、それをミナヅキたちの前に差し出す。
「ギルドカードじゃないか」
ミナヅキはそれを手に取る。血に塗られていて所々読めないが、名前の部分はちゃんと読める。
タツノリ――確かにそう記されてあった。
特殊な魔力によって表示されている内容であるため、偽装は不可能。つまりこれは本物ということになる。
「既にギルドマスターには報告した。今後、タツノリの捜索は行われない」
「そうか。ありがとうな。わざわざ教えてくれてよ」
ミナヅキが軽く笑いかけると、デュークもフッと笑みを零す。
「礼には及ばんさ。特にミナヅキとアヤメは、彼の同郷者らしいじゃないか。今回の件における関係者でもあるし、教えてやれって言われたもんでな」
「ソウイチのヤツからそう言われたかの?」
「それ以外にありませんよ」
フィリーネの問いかけに答えたデュークは、ソファーから立ち上がった。
「俺が知っていることは全て話した。これで失礼させてもらう」
デュークは軽く手を挙げ、そのまま応接室を後にした。残された三人の空気は、どことなく重々しい。
「まさかこんな結果になるとはね。なんだかやりきれないわ」
「ヤツにも罰が当たった……そう思うしかあるまい」
「ですよねぇ」
フィリーネの言葉に頷いていたアヤメは、ミナヅキが神妙な表情で何かを考えていることに気づく。
「ミナヅキ? どうかしたの?」
「ん? あぁ……ちょっと妙な感じがしてな」
ミナヅキが思い出していたのは、数ヶ月前のラトヴィッジの件であった。
(遺体発見の形が、あの時と妙に被ってる感じするんだよな……でも流石に同じ手口ってことはないだろうし……やっぱり俺の気のせいか?)
流石に遺体や魔力を偽装することは、そう簡単なことではない。ましてや後ろ盾を全て失ったタツノリに、そんな手間をかけることは、不可能に等しい。
やはりどう考えても疑問が残る――そうミナヅキが思っていると、フィリーネがやや半目状態で睨むような視線を向けてきた。
「なんじゃ? 気になることがあるんなら、遠慮せずに喋れば良かろうに」
「そうよ。一人で抱え込まないで」
アヤメもまた、フィリーネと同じ気持ちだった。彼が何かしら疑問を浮かべていることは明白だったからだ。
そんな二人に対してミナヅキは小さく笑う。これは誤魔化す余地もないなと。
改めてミナヅキは、アヤメとフィリーネに自分の考えを打ち明かす。
気のせいであってほしい――心からそう願いながら。
◇ ◇ ◇
二日前――タツノリは無事に目を覚まし、すぐに王都から脱走した。
自分がこれまでしてきたこと、その全てを思い出したのだ。全て覚えていなければ良かったのにと、そう心の中で何度も叫びながら、彼は無我夢中で走った。
流石に大きな事を起こし過ぎた。この責任は間違いなく大きい。下手をすれば国王から、極刑を言い渡されてもおかしくないほどに。
(い、嫌だ! そんな惨めな最期だけは、絶対に嫌だぁっ!!)
ただその一心で逃げていた。診療所の二階の窓から飛び降りるくらい、なんてことなかった。まさに火事場の馬鹿力とでも言ったところか。
しかしながら、迷惑をかけたという自覚が決してないワケでもない。
一応、彼も今回の件においては、申し訳ないとは思っていた。自分の身が一番大事という考えこそ変わってはいなかったが、それでも勝手すぎるワガママをぶつけてきたことは反省していた。
――いつかミナヅキと再会したら、これまでのことをちゃんと謝ろう。
少なくとも、そう思えるくらいにはなっていた。
こうして逃げている時点で、色々と台無しになっていることについては、まるで気づいていなかったが。
「やれやれ。キミも結局は、そのザマってことかい」
どこからか声が聞こえてきた。幼い子供のようなその声は、全速力で走っているにもかかわらず、ハッキリとタツノリの耳に入ってきた。
「だ、誰だっ?」
タツノリは立ち止まり、周囲を見渡す。ここにきてようやく、自分が森の中に立っていることに気づくのだった。
ここがどこで、自分はこれからどうなるのか――そんなことはとうの昔に考えることを放棄している。
今はただ、謎の声に対する正体を確認しておきたかった。
興味も何もない。単なる恐怖から逃れたいという、その一心で。
「隠れてないで出てきやがれっ!!」
「そんなに叫ばなくても、ちゃんとキミの前に出てくるよ」
その瞬間、目の前に小さな影が降りてくる。どう見ても小さな子供であり、タツノリは呆気に取られた様子で、マジマジと見つめていた。
「な、何だ? ガキンチョじゃないか。ったく、脅かしやがって……っ!?」
ほんの一瞬だけ安心したものの、すぐに緊張を走らせる。小さな子供から凄まじい気迫を感じたのだった。
(違う! コイツ……ただのガキなんかじゃねぇ!!)
タツノリは戦慄する。そもそもこんな深い森の中に、身なりがしっかりとした小さな子供が一人でいるハズがない――そこにすぐさま気づいた。
普通ならば、どういうことだと疑問に思ったことだろうが、そこはタツノリ。ラノベで得た知識が再び発揮されたのだ。こーゆー謎めいた小さな子供は、決して油断してはいけない、大きな存在である可能性が高いと。
「とりあえず自己紹介するね。ボクはユリス。キミたちでいうところの神様だよ」
「か、神様、だと……?」
タツノリは唖然としながら言葉を失う。いきなり何を言い出すんだという言葉が喉元に引っかかり、なかなか口から出ようとしない。
理屈がどうとかではない。何故か無意識に信じられてしまう。
それが今、ユリスの言葉を聞いて抱いた、タツノリの率直な感想であった。
「気づいているかどうか分からないから言っておくけど、キミが持っていた魅了も回収させてもらったからね」
「なん、だと?」
魅了を回収した――むしろタツノリは、その言葉にこそ疑問を抱いた。
「ど、どういうことだ? 悪い冗談を言うのは止めてくれよ」
「冗談じゃないさ。何だったら確かめてみるといいよ。この世界でそんな機会を与えるつもりは、もうないんだけどさ」
そう話してくるユリスの表情は、不気味なくらいに穏やかであった。
思わずタツノリは身構える。これから目の前の子供が、本当に何をしてくるか想像すらできないからだ。
その時――ある意味タツノリからしてみれば、救いの言葉がかけられる。
「タツノリくん。キミにはこのまま、地球の日本に帰ってもらうよ」
ユリスは優しい口調で、そう告げてきた。突然過ぎてついて行けず、タツノリは口を開けたまま呆けているが、ユリスはそのまま続ける。
「本来キミは、この世界に来る予定じゃなかった。このままキミを、この世界に残していくワケにはいかない――それが神の下した決定なのさ」
「決定、だと?」
タツノリはなんとか、かすれた声でそう聞き返した。それに対してユリスは、なんてことなさげにコクッと頷く。
「別に抵抗したければ抵抗してもいいよ? それならそれで――」
「いや、その話を受ける。さっさと俺を帰してくれ」
あっさりと決断するタツノリに、今度はユリスが呆ける番となった。
「……決定を告げたボクが言うのもなんだけど、ホントに良いの? 後で後悔しても知らないよ?」
「構いやしないさ。とにかく俺は、一刻も早くこの世界から去りたい。別に思い残すことなんざ何もねぇしな」
淡々と語るタツノリ。割と本心であり、ウソでもある言葉であった。
今の状況から永久に逃げ出せれば、それで良かったのだ。
ラノベ主人公の気分をずっと味わっていたい――そういう意味では確かに、この世界から去るのはとても惜しい。しかし自分はやり過ぎてしまった。このまま逃げ延びたとしても、肩身の狭い生活は免れられないだろう。
流石のタツノリも、ギルドカードの力は理解しているつもりであった。
どんなに言葉で隠しても、この身分証明だけは誤魔化せない。自分でつけた傷は消えることがないのだ。
それならばもう、いっそのことこの世界から逃げ出してしまおう。
非現実的な世界からオサラバして、生きにくい現実という名の現代社会に舞い戻っていくのだ。そこでも生きることくらいはできる。
一年半、長い長い幸せな夢を見ていた――そう思っておけば、どうということなんてないじゃないか。
それが今、タツノリの中で自分に言い聞かせた考えであった。
「ふーん……それがキミの決断なんだね?」
どうやら今の考えを、ユリスも読み取ったようだ――タツノリはそう判断した。
別にそれについて驚くこともない。神様と名乗るくらいなのだから、きっとそれくらいは朝飯前なのだろうと、そう思っておくことにした。
「あぁ、そうだ」
タツノリは強く頷いた。迷いなんかないという意志を込めて。
「意志は固いということらしいね」
ユリスは小さなため息をつき、そして言った。
「それじゃあ戻すよ。魔法陣が発動するまで、そこでジッとしててね」
複雑な図形と文字が組み合わさった紋章のような形が、淡い光とともにタツノリの足元に展開される。
ここでこのような光景を体験するとは――タツノリは最後の最後で、呑気に感動していたのだった。
そして、目の前が一気に真っ白になったかと思った次の瞬間――
「……ここは?」
木が密集している場所に立っていた。しかし今までいた森とは、明らかに違う。少し周囲を見渡してみると、タツノリは気づいた。
(そうだ……ここは俺が最後に逃げてきた雑木林だ)
実家を飛び出して、無我夢中で走っていたらここに来ていた。そしてこの場所から全てが始まったことを思い出す。
タツノリはゆっくりと一歩、前に足を踏み出した。そしてそのまま歩き続け、やがて雑木林を出る。
近所の大きな自然公園が広がっていた。
見た目は全く変わっていない。本当に長い夢を見ていただけでは――そう思った矢先のことだった。
「ヘックシュ!」
くしゃみとともに、背筋が震える。風がとても冷たく、木々も全然緑が生い茂ってなどいない。
明らかにこの季節は冬だ。そして公園の入り口にある掲示板を見た。そこに貼られているポスターに書かれている日付が、タツノリを驚かせる。
(マジか……本当にあれから一年半以上過ぎてやがる)
やはり夢などではなかった。タツノリはそう実感しつつ歩き出す。
(まずは家に帰るか。親父たちにも顔を出さねぇと)
タツノリは軽い足取りで自宅を目指し始めた。怒られるだけで済むなら、どうということはない――そんなふんわりと気持ちとともに鼻歌を歌う。
その先に待っている現実が、どれだけ残酷なモノなのかも想像すらせずに。
◇ ◇ ◇
【特集その一】××市神隠し事件――青年Tの帰還――
二〇××年×月×日、青年Tの行方が分からなくなった。
彼の家族に問い合わせようとしたが、自宅は既に更地と化しており、両親の姿は確認できなかった。
隣人のS氏に話を聞いてみた。
ある日突然、行き先も告げずに引っ越してしまい、その後すぐに家の取り壊しが始まった。
青年Tは浪人生で、酷くストレスを抱えていたようだったという話を得た。
また、高校時代までは非常に優秀な成績を収めており、難関大学への受験も無理なく通れると誰もが期待をかけていた中、まさかの失敗に両親は驚き、そして大いに失望したという。
S氏が彼の母親と雑談で、そんな話を聞いたとのことであった。
とても冷たい表情で話しており、声のトーンからしても、アレは本気で蔑んでいたというのが、S氏の抱いた感想だったという。
青年Tの情報は依然として掴めないまま、ただ時が過ぎていた。
まるで神隠しではないかという声も広まるようになり、あまりにも情報がなさすぎるという点から、あり得るのではと考える人も、徐々に聞こえてきている。
そんなある日、更地と化した場所の前でそれは起こった。
若い男の凄まじい叫び声が続いてうるさいという通報が入り、駆け付けた警官二人が話を聞こうとしたその瞬間、叫んでいた男が警官の顔を殴り飛ばし、その場から逃走したという。
幸いその後は被害もなく、××駅前で男は確保された。その際に男は激しく抵抗し続け、そしてこう叫んでいたという。
「俺を早く異世界に呼び戻せ! 俺はラノベ主人公になっていたんだ! 今からでもやり直せるハズだ! おいユリス! 聞こえているだろう!?」
そんな意味不明な言葉を叫び続けていた。
男は現行犯逮捕され、警察署に連行されたが、その後もずっと暴れたり叫んだりしていたらしく、事情聴取は酷く難航したとされている。
そして男はひとしきり叫び続け、ようやく大人しくなったかと思いきや、今度はひたすら薄ら笑いを浮かべるという結果に。
もはや誰の言葉にも反応することはなくなった。
現在、男は精神科に入院しているが、依然として状態は変わらないという。
後から隣人のS氏に話を聞いたところ、その人物は青年T本人だった。
ずっと行方不明だった彼が、突如として帰ってきたのだ。
しかし彼は、変わり果てた自宅の姿に気が動転し、パニックを起こした。それ故に今回のような事件を起こしてしまったのだと、警察は判断している。
この約一年半、彼が一体どこで何をしていたのか。
それは未だに謎のままである。
【特集その二】××市神隠し事件――背後に潜む組織の陰謀!?――
実は数ヶ月前にも、青年Tと同年代の若い男女二人が姿を消している。
ちょうど青年Tが姿を消してから一年が経つ頃であった。
男性は一般家庭に育ったと言われていた青年M。そして女性は、とある大企業の社長令嬢で仮にAとする。
ある筋を辿って得た情報によると、青年Mと令嬢Aは幼い頃からの付き合いで、度々顔を合わせていたという。そして令嬢Aが高校卒業と同時に、とある御曹司と結婚することが決まっていたことも明らかとなった。
恐らく二人は駆け落ちをしたのだろう。
何かの事件に巻き込まれた形跡は一切出ていないため、その可能性が極めて高いと推察されている。
――問題は、残されたそれぞれの家族である。
青年Mの家庭環境は、青年が幼い頃から崩壊していたことが明らかとなり、両親の行方も境遇も、殆ど明らかとなっていないことが判明した。
更に令嬢Aの家についてだが、令嬢Aがいなくなってすぐに、何の問題もなかったと言われていた大企業が経営難と化した。そして立て直す間もなく、他の大企業に吸収合併されてしまったのである。
社長を務めていた令嬢Aの父親の再就職は叶わず、文字通り全てを失った。
令嬢Aの家族の行方もまた、現在は明らかとなっていない。
この件に対して、令嬢Aが陥れたという声もあったが、流石にそれは無理があると思われる。たとえ協力者がいたとしても、大企業一つ傾けるのは、相当な力でもない限り不可能だからだ。
それこそ、神の力でも働かない限りは。
しかしながらこれを、不審に思う声も少なくない。二人がいなくなった瞬間にこれらが浮き彫りとなったのは、あまりにもタイミングが良すぎるからである。
青年Mと令嬢A。当の本人たちは無関係でも、その見えない背後までは流石に予測がつかない。
彼らの――否、神隠し事件そのものの背後には巨大組織が潜んでいる。
青年Tも、その組織の陰謀に関わっていた可能性があるのではと、一部では真剣に議論されているとのウワサもある。
いずれにしても、謎の多いこの神隠し事件。
専門家も興味を持つ声が多く、更なる有力な情報が出てくることを、我々は大いに期待している。
――――某週刊誌の特集記事より、それぞれ抜粋。
お読みいただきありがとうございます。
誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。




