第九十二話 事件後の情報整理は工房で
あれから三日――特に大きな騒ぎも起こることなく、フレッド王都はいつもの平和を取り戻しつつあった。
多数の医者による一斉診断が実施され、魅了された女たちも、そして戦いに参加したミナヅキたちも、全員なんともないと診断され、それぞれ元の生活に戻っていくのだった。
「ねぇ、ランディ?」
工房の錬金場で、作業をするランディにベアトリスが尋ねる。
「あの時は、ミナヅキとギルマスが来てくれたから助かったけどさ。もしあのままヴァレリーがアタシたちに魔法を放ってたら、今頃どうなってたと思う?」
「うーん、そうだねぇ」
作業する手を止めながら、ランディはしばし考え、そして笑みを深めた。
「多分、ベアトリスを思いっきり突き飛ばしてたかもしれないね。そうすれば魔法を受けるのは、僕一人だけで済むでしょ?」
「なっ――」
ランディの言葉にベアトリスは衝撃を受け、そして激昂する。
「何バカなこと言ってんの!? アタシを置いて勝手に死ぬつもり? そんなの絶対に許さないから!」
あまりの剣幕に、ランディはきょとんとした。まさかここまで怒るとは思わなかったと、そう言わんばかりに。
「いやいや、別に死ぬとまでは言ってな――」
「果たしてそうかしらね? なよなよしているアンタのことだから、ちょっとの衝撃でもどうなるか、マジで分かったもんじゃないわ!」
ランディの言葉を遮る形で、ベアトリスは暴走気味に捲し立てていく。
そして――
「アタシを置いて勝手に死ぬなんて許さないんだから! アンタは一生、アタシの傍にいてくれなきゃダメなんだからね!?」
「わ、分かった。分かったから……」
「ホント? ウソついても絶対に離れてやらないんだからね!」
「だから分かったって!」
もはや勢いづき過ぎて、告白を通り越してプロポーズ同然の言葉を発しているベアトリス。それにただ戸惑うばかりのランディ。
果たして今のやり取りに対して、二人が気づくのはいつのことか。
そんなことを、少し離れた調合場にて、ミナヅキとアヤメは思っていた。
「青春ってのはいいもんだよなぁ」
「ホント、若くて甘酸っぱくて羨ましい限りよねぇ」
夫婦で並んで座り、ベアトリスとランディのやり取りを眺めながら、微笑ましそうにしている。
そんな彼らに対して――
「……だからなんでお主らはそう、枯れた老夫婦的な発言をするのじゃ?」
フィリーネは心底呆れ果てた様子で、頬杖をついていた。この三日間にあったことを彼らに伝えるべく、工房に赴いていたのだ。
早速話そうとしたその瞬間、錬金場から聞こえてきたやり取りが気になり、そのまま三人でずっと無言のまま耳を澄ませて、今に至る。
「まぁ、お主たちも自覚はないんじゃろうし、あーだこーだは言うまい」
割と長い時間、話を逸らせてしまった形となり、フィリーネもここでようやく、そのことを思い出したのだった。
コホンと咳ばらいをして、改めてミナヅキたちに本題を話す。
「あの後どうなったか、お主らにも話しておこうと思う」
神妙な表情で語り出すフィリーネに、ミナヅキとアヤメは耳を傾ける。
「まずヴァレリーについてじゃが、ギルドから大きな罰が与えられた。デュークのパーティメンバー入りの件も、完全に白紙化されたそうじゃ」
「まぁ、そうだろうな」
それについてはミナヅキも予想はしていた。あれだけのことをやらかして、何事もなかったことにはできないだろうと。
「それで、ヴァレリーはどうなったんだ?」
「この王都にはもうおらん。少なくとも極刑だけは免れたそうじゃがな」
「フィリーネにも、詳しい話はあまり伝わってない感じかしら?」
「うむ。あくまでこれは、ギルドマスターとデュークたちの話として、内密に処理されたとのことじゃ」
「これ以上、問題を大きくしたくない思いがあったから?」
「恐らくそんなところじゃろう」
アヤメの予測にフィリーネは頷く。
「ミナヅキとアヤメにも多少なり知る権利はある――そこで妾が自ら伝達係を買って出たのじゃ。そうすれば妾も多少のことは把握できるからの」
「ちゃっかりしてるなぁ」
「フッ、これぐらいでなければ、端から王女など務まらぬわ」
軽く呆けるミナヅキに、フィリーネは目を閉じながら小さく笑う。なんとも彼女らしい感じだと、アヤメはひっそりと思った。
「でも、なんでヴァレリーは、リトルバーン家の屋敷も巻き込んだのかしら?」
アヤメはそこがずっと引っかかっていた。確かに当主が不在で根城にしやすかったとはいえ、それだけでたまたま選んだような気もしないのだ。
「そこについては、彼女の過去が関わっておったよ」
「やっぱり何かあるのね?」
「うむ」
フィリーネは頷き、そして顔を上げながら言う。
「ヴァレリーの両親が失業して一家離散した――その直接的な原因がなんと、かつてリトルバーン家の息子だった、あのマーカスにあったのじゃ」
「なんだって!?」
まさかの名前の登場に、ミナヅキとアヤメは揃って目を見開いた。フィリーネの真剣な表情が、事実であることを暗に伝えていた。
気持ちは分かると心の中で思いながら、フィリーネは続きを語り出す。
「もはやヴァレリーの運命は、ヤツの家族がリトルバーン家と関わったことから、全てが始まったといっても過言ではないな」
ヴァレリーの父親は、リトルバーン家の当主であるクレメントと、長い時間をかけて親密な取引関係を築き上げていた。彼女の一家が他国へ移り住んだのも、他国との結びつきを強くするためだったとされている。
しかしそこで、どうしようもない悲劇は起こってしまった。
ある日クレメントは、移り住んだヴァレリーの父親の元を訪れた。仕事の商談のためだったが、色々な世界を見せてやりたいという名目で、幼いマーカスも一緒に連れてきたのであった。
クレメントが仕事をしている間は、当然マーカスは一人となる。
ちょうどヴァレリーは移住先の学校に通っており、ヴァレリーの母親もおもてなし用のケーキを作るべくキッチンにいたため、誰もマーカスのことを見ている者がいなかったのだ。
思えばそれがいけなかった。マーカスはヴァレリーの父親の書斎に忍び込み、そして机の引き出しの中にしまっておいた大事な書類を持ち出してしまった。
マーカスからすれば、ただ単に紙飛行機を作りたかっただけだった。
しかし肝心の紙を持っておらず、この家の紙を使えば良いと判断したのだ。
父親の紙は使えないけど、人の家の紙なら使い放題だ。なんといっても自分は貴族なのだから、人の物は自分の物も同然である。
幼いマーカスは、心の底からそう解釈していたのだった。
そして誰にも気づかれることなく外に出て、マーカスは持ち出した書類で紙飛行機を作って、あちこちに飛ばした。
それが運悪く風に乗って遠くまで運ばれていき、それを偶然にも仕事のライバル的存在に拾われてしまい、大事な業務内容が流出する形となった。
「……それ、マジであったことなのか?」
「色々な伝手を辿って、三日三晩かけて念入りに調査をした結果じゃ。まず間違いないと見て良いぞ」
引きつった表情で問いかけるミナヅキに、フィリーネはサラリと答える。
「まぁ、信じられんのも無理はない。妾も初めて聞いたときは、思わず耳を疑ったほどじゃからの」
「でしょうね……」
フィリーネが苦笑すると、アヤメも納得と言わんばかりに頷いた。
「それでヴァレリーの父親は、その責任を取る羽目になったということかしら?」
「そういうことじゃな。クレメントはその時、裏切られたと思ったらしいぞ。息子であるマーカスを疑おうともせずにな」
「……それに関しては、無理もないっちゃあないような気もするけどな」
フィリーネの言葉にミナヅキは悩ましげな反応を示す。
今でこそマーカスの所業は知れ渡っているが、昔は流石にそこまでではなかったと思われる。ましてや幼い子供を、すぐに疑うこともしなかっただろう。
そんなことを考えながら、ミナヅキは納得したように頷く。
「タツノリをリトルバーン家に仕向けたのは、そんな理由があったからなのか」
「うむ。恐らくヴァレリーは、どこかでリトルバーン家とマーカスについて、色々知ったのじゃろうな。そして今回、ちょうどいい復讐にもなると思い、あの家もターゲットにしてしまった」
「なるほどな」
ミナヅキは腕を組みながら考えていた。復讐が良いこととは思わないが、そうしてしまうのも無理はない事情が、彼女の中にはあったのだろうと。
ここでミナヅキは、はたと何かを思う仕草を見せる。
「そういや、そのリトルバーン家のご当主様は? まだ帰ってきてないのか?」
「うむ。それがの……」
フィリーネは歯切れの悪そうな反応を示す。そして意を決した様子で答えた。
「クレメントは今、行方不明となっておる」
「……は?」
突拍子のない展開に、ミナヅキはそう聞き返すしかできなかった。しかしフィリーネの様子から、どうやら事実であることを悟る。
「何があったんだ?」
「そうじゃな。マーカスを甘やかした罰が当たった……とでも言えばいいかの」
クレメントはヴァレリーの両親関連の真実については、未だに全く知らないままである。これについては証拠がないため、仕方がないと言えば仕方がない。
しかしそれ以外にも、マーカスは好き勝手やらかしていたのだ。
リトルバーン家など片手でひねりつぶせるほどの大貴族に対して、大きな迷惑をかけていたことが、今になって明かされたのだった。
クレメントは亡くなった息子に変わり、大きなツケを支払うよう迫られた。
表向きは仕事で留守にしているとされているが、既に彼はもう、この国には戻ってこない可能性が高いという。
「リトルバーン家に関わる全てが、近日中に差し押さえられることが決まった。あの屋敷も例外ではない」
「マジかよ。ちなみにヴァレリーには、このことを?」
ミナヅキが尋ねると、フィリーネは首を左右に振った。
「話そうとは思っておったが、既にヤツはこの国から出ていった後じゃった」
「そうだったのか……あ、そうだ!」
ここでミナヅキは、もう一つ気になっていたことを思い出した。
「姿を消したって言えば、タツノリはどうなった? 見つかったのか?」
「まだじゃ。デュークたちも懸命に探してはおるようじゃがの」
フィリーネがため息交じりに首を左右に振る。
「すぐに目を覚ましたかと思いきやあの男、そそくさと逃げおってからに……」
そう、タツノリは二日前――つまり事件終結の翌日には目を覚ましていた。
特に後遺症もなく、無事であることは喜ばれた。しかし、今回の騒動の中心的人物であることも確かであり、流石にそのまま解放するとまではいかない。
まずは彼から、これまでの事情を改めて聞くことが決まった。これはソウイチがギルドマスターとして決めたことであった。
そしてもう一人、彼の元メンバーであるクレールからも、これまでの彼の様子を話してもらうこととなった。これに関して彼女は協力的であった。むしろ申し訳なさそうに、知っていることはなんでも話しますと頭を下げたほどである。
これであとは、本人たちから事情聴取を行うのみとなった。
しかし彼はいなくなった。
これまでのことを含め、王宮で話を聞かせてもらう――そう告げた数分後に、診療所の二階の窓から飛び降り、そのまま脱走してしまったのだ。
病室の入り口に見張りは付けていた。しかし窓から飛び降りることまでは全く想定していなかった。しかし普通は、病室から飛び降りる者などいないため、そこは流石に致し方ないという言い訳もできるだろう。
「あれだけのことをしでかしておきながら、この始末とはのう」
フィリーネは頬杖をつきながら憤慨する。
「今回は幸いにも死者は出ておらんし、極刑だけは免れるよう妾も口添えをする予定じゃったというのに……どこまで余計なことをするんじゃ、あのバカ男は!」
逃げ出して以来、タツノリの姿を見た者は一人もいなかった。少なくともこの王都にいる気配は感じられない。
ちなみに極刑だけは免れたという言葉だが、あくまでそれだけの話とも言える。
無罪放免はまずあり得ない。受ける罰も相当重くなるのは確定だ。
彼がこれまでギルドで得た成果は、全て返却されることが決まった。フレッド王都での評価を失っただけでなく、冒険者として積み重ねてきた結果全てを消し去ることとなった。
当然このフレッド王国にもいられなくなるばかりか、しばらくは足を踏み入れることも許されない。今後は遠方の大陸での活動を余儀なくされる。
それがタツノリに与えられる、最大限に配慮された罰――の予定だった。
「辛うじて、冒険者のクビは免れたってことか」
「一見軽く聞こえるかもしれないけど、ギルドカードにはちゃんとその罰が記されるんだったわよね?」
「うむ。じゃから出直すとしても、相当苦労することは間違いない。例えクエストを受けられたとしても、報酬の大幅な値引きは当たり前じゃ」
ついでに言えば、各ギルドの裁量次第で、いくらでも対応は変わってくる。前科者にはクエストを受けさせない――そんな考えも珍しくはないのだ。
故に前科の付いた冒険者は、基本的にすぐに辞めてしまう。そしてまともな生活が送れなくなり、再び犯罪に手を染めていき、そこから新たな盗賊や山賊、海賊などが生まれてくるのである。
「何にしても、早いところ見つかってくれれば良いのじゃが……」
フィリーネの呟きにミナヅキとアヤメも頷いた。
「タツノリがどうなろうが別に知ったこっちゃないけど、これ以上面倒なことを起こされたくもないしな」
「そこなのよね。私も同感だわ」
ちなみに同感なのはフィリーネもである。だからミナヅキの言葉に対して、たしなめるような言葉もかけず、ただ苦笑を浮かべるばかりであった。
そこに――
「おぉ、ミナヅキ! ここにいたのか!」
勢いよく工房の扉が開けられ、デュークが慌てて駆け寄ってくる。すると彼らの隣に王女様が座っていることに気づき、慌てて立ち止まった。
「あ! フィリーネ様も、こちらにいらして――」
「構わん構わん。今はプライベートじゃ。妾のことは気にせんでいいぞ」
「は、はぁ」
戸惑いながらも頷くデュークに、ミナヅキは調合の手を止めながら、彼のほうを見上げる。
「それで? 何があったんだ、デューク?」
「あぁ、そうだった」
デュークは我に返りつつ、ミナヅキたちに話す。その情報は、彼らを大いに驚かせる内容であった。
「近くの森の中で……タツノリの遺体が、発見されたんだ」
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