第九十一話 ヴァレリーの秘密
「えっと……すみません、どちら様ですか?」
ランディが恐る恐る尋ねた。彼の中でヴァレリーは、これまでに会ったことがない人物に他ならなかった。
王都の中心街でタツノリがベアトリスに魅了を仕掛けた際、その場に居合わせてこそいたが、ランディはその時に受けたショックが大きすぎたため、タツノリの仲間たちの顔までは殆ど見れていなかった。
故に、ヴァレリーがその場で気づいていたことを、彼は知る由もない。
だからこそ彼の問いかけに対し、ヴァレリーは更に怒りを燃やしてしまう。
「ふぅん、そう。ランディはウチのことなんて覚えてないんだ? それとも覚える価値すらないってことですか、そういうことですかぁ?」
「え、いや、あの、その……」
ヴァレリーの低い声にランディは戸惑う。怒りが魔力として具現化し、まるでメデューサの如く彼女の髪の毛がウネウネとうごめいており、果てしなく不気味で怖くて仕方がない。
「ちょ、ちょっとランディ! なんかあの子すっごい怒ってるよ? アンタ何かしたんじゃないの?」
顔を近づけながら小声でささやきかけてくるベアトリスに、ランディも顔を寄せて小声で返した。
「知らないよ。僕だって初めて会った……ハズだし」
「いや、そこは言い切りなさいよ! 自信なさげにされたら不安じゃない!」
「そんなこと言われても……そーゆーベア姉はどうなのさ?」
「間違いなく知らない子だって言えるわね。そもそもアタシが他人と交流を深めることなんて、基本的にあり得ないにも程があるんだから!」
「……ドヤ顔して言うことじゃないと思うよ?」
「別に良いじゃない。アンタがちゃんとアタシを見てくれればそれで……って、ちょっと待って! 今のナシ! お願いだからナシで!」
「いや、それは無理だよ。もう聞いちゃったし、多分もう忘れられないし」
「忘れてよ。そこはアタシのことを思って、頑張って忘れてってば!」
「そんな無茶な――あっ!」
ベアトリスと長々とやり取りをしてしまったランディは、ヴァレリーのことを完全に放ったらかしてしまっていた。
恐る恐る視線を戻すと、彼女の怒りが更に増幅しているのが見て取れた。
「あ、あのぉ――」
「ウチを差し置いてイチャイチャイチャイチャ……そんなに自分たちがラブラブな姿を見せつけてやりたいって言うの?」
ヴァレリーにそう言われて、自分たちが顔を近づけ合っていたことに、ようやく二人は気づいた。
慌ててパッと離れ、お互いに顔を赤らめつつチラッと見る。そしてまた恥ずかしくなって視線を逸らすという繰り返し。それだけならば若い男女の、実に甘酸っぱい光景そのものと言えただろう。
場の空気を完膚なきまでに度外視していなければ。
「もう分かった。ランディもウチのことなんか思い出せそうにないんだね」
「ちょ、ちょっと待って! せめて名前を言ってくれないかな? そうすれば、きっと思い出せるような気もするというか、あの……」
ランディは必死にヴァレリーに呼びかける。完全に慌てふためいており、殆ど自分でも何を言っているのか分からなくなりかけているが、それでも頼み込んでいるという意志だけはハッキリとしていた。
そのおかげか否か、ヴァレリーは小さなため息とともに名乗る。
「ヴァレリー。それがウチの名前だよ」
「えっと、ヴァレリー……ねぇ」
しかしランディの反応はぎこちない。視線を右往左往させつつ、完全に言葉を詰まらせている。
そんな彼の様子を見て、ヴァレリーは半目で睨みつけた。
「まさかウチの名前を聞いて、思い出せなくて困ってるってことはないよね?」
「……ゴメン」
物凄く言い辛そうにランディは呟いた。その一言に全てが集約されているといっても過言ではない。おかげでベアトリスは完全に硬直しており、ヴァレリーは視線を下に向けて拳をギュッと握り締め、プルプルと大きく震わせていた。
そして――
「もういいよ……消してやる!!」
地の底から這い上がってきたかのような低い声の叫びとともに、ヴァレリーはドス黒い魔力を噴き出させる。
憎悪を込めた視線で睨みつけてきている。これを受けて自分が狙われていないと感じる者が、果たしているだろうか。
激しい怒りに染まった彼女は、もはや我を失っているも同然であった。
そこに――
「ベアトリス、ランディ!!」
ばぁん、と工房の扉が開き、ミナヅキとソウイチが駆けつけてきた。そしてその様子を見た二人は、顔をしかめながら歩き出す。
「く、来るなあぁっ! 来たらこの子たちがどうなるか分かってんのっ!?」
ベタな脅しのセリフを放つヴァレリー。彼女の周りには、黒い魔力が浮かび上がっており、いつでも放てる状態にあるのがよく分かる。
しかしミナヅキもソウイチも、それに恐れをなしてはいない。むしろ最初から想定していたことであり、ここまで的中するとはと驚いているほどであった。
「ヴァレリー君、やはり今回の騒動の黒幕は、キミだったようだね?」
ソウイチが冷静に笑みを浮かべながら呼びかける。
「キミがタツノリ君に魔法を仕掛け、暴走させるよう仕向けたんだろう? キミが夜の闇に紛れ、路地裏に入っていく姿は目撃されている。そこで誰と接触して何をしたのかについても、見当はついているんだよ」
「……何を言い出すかと思えば、たったそれだけのことでウチが疑われるの?」
「ちなみに、キミがその手の魔法を会得したことも既に分かっている。あまりギルドマスターという人物を、甘く見ないでいただきたいモノだね」
自分たちが少し調べればすぐに明らかになる――ソウイチはそう言っているのだということが分かり、ヴァレリーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
そしてソウイチは笑みを浮かべたまま、更に続ける。
「勝手ながら、キミの経歴を少し調べさせてもらったよ。まさかキミもランディ君と同じく、この王都の出身だったとはね」
その言葉にベアトリスとランディは、目を見開きながらヴァレリーを見る。しかしヴァレリーは、ギリッと歯を噛み締めながら呻くように言った。
「それだけじゃない。私も彼の……ランディの幼なじみだったんだから!!」
腹の底から想いを吐き出すヴァレリー。その言葉にベアトリスとランディは、ますます驚きを隠せない様子を見せるのだった。
◇ ◇ ◇
ヴァレリーは、ずっとランディのことが好きだった。しかし彼女がランディと遊ぶ回数は、かなり少ないほうであった。
何故ならベアトリスが、事あるごとにランディを連れ回していたからである。
幼い子供ながら嫉妬していた。年上風吹かせて、無理やり彼の手を引いて歩く彼女の笑顔が、憎たらしくて仕方がなかった。
しかしヴァレリーは、立ち向かっていく勇気がまるでなかった。年上のお姉さんと言うだけで、歯向かうのは危険だという感じがしたのだ。
結局、連れ回されていくランディを、陰から見ることしかできなかった。
それと同時にヴァレリーは、ベアトリスに嫉妬する毎日であった。
「ウチは意地でも、あの女と話したくなかった。仲良くなるなんて、それこそもってのほか。だからずっと鉢合わせないようにしてきたんだよ」
「そ、そんな……アタシは別に気にしな……」
「アンタが良くてもウチが嫌なの! それぐらい察しなさいよ、錬金バカ!!」
ヴァレリーの叫びにベアトリスは気圧される。暴言を吐かれはしたが、それを気にする余裕もなかった。
「いつかはウチが、アンタからランディを取り戻したいと思ってた。でも……その願いはあっという間に打ち砕かれた」
ランディが叔父に引き取られて王都を去るのとほぼ同時に、ヴァレリーも両親の仕事の都合で、別の王国へ引っ越すこととなった。
結局、ずっと見てきただけで、あまり話すこともできずにお別れとなった。
――大人になったらまた会おうね。そうしたら絶対に結婚しようね!
ベアトリスが大泣きしながらランディにそう告げていた。最後の挨拶をしようと彼の元を訪れた際に、見てしまった光景だ。
ランディは呆けながら、うんと首を縦に振っていた。
恐らく意味なんて分かっていなかったのだろう。しかしベアトリスは物凄く嬉しそうに頷き、ヴァレリーは果てしないショックを受けてしまった。
そのまま逃げだすように立ち去り、そのまま両親とともに船に乗り、フレッド王都から出たのだった。
「ウソ……ねぇ、アタシそんなこと言ったっけ?」
「言ったような言わなかったような……」
顔を真っ赤にしながら尋ねるベアトリスに、ランディも同じく動揺しつつ、必死に思い出そうとする。しかし上手く思い出せそうになく、曖昧な返答をすることしかできない。
そんな二人の反応を見たヴァレリーは、軽蔑を込めた眼差しを向けた。
「ふぅん。町中で堂々とプロポーズしたくせに忘れてるんだ? しかも言われたほうも覚えてないっぽいし……なにそれ? マジで信じられないんだけど」
落ち着くどころか更に苛立ちを募らせるヴァレリーに、流石のミナヅキとソウイチも肝を冷やした。
そこにヴァレリーが、何かに気づいたような反応を示す。
「あぁ、そっか。つまり似た者同士だってことをウチに見せつけてるんだ? それはまた随分と変則的な仲良しアピールだね? ふぅん、そーゆーこと?」
完全なる拗ねモードと化しているヴァレリーに、その場にいる四人は更に背筋をゾクッと震わせる。
勝手に嫉妬して勝手に拗ねたと同時に黒い魔力を噴き出す。
もはや自分たちが何かしなくても、勝手に暴走していくのではないか――ミナヅキは割と本気でそう思った。
「まぁ、そこは追々問い詰めていくとして……それからはホント地獄だったよ」
ヴァレリーは両親とともに、新天地での生活を始めた。しかしすぐに、両親が仕事で大失敗してしまい、責任を取らされて一文無しとなってしまう。
その流れで気がついたら一家離散。ヴァレリーは施設に引き取られたが、その生活は非常に貧しく、毎日ひもじい思いをしながら生きてきた。
以後、ヴァレリーは将来、富と名声を得ることを目標に生きていく。
とにかく毎日を生きることに精いっぱいで、ランディのことも自然と記憶の彼方へ置き去りにしてしまっていた。
「そ、そんなことが……」
「――ハッ!」
ショックを受けた様子を見せるベアトリスに対し、ヴァレリーは鼻で笑う。
「そんなに衝撃的だったの? まぁ、そりゃそうでしょうよねぇ? 毎日大好きな錬金ばかりを楽しくしてきたアンタには、ウチの苦しみなんて想像のカケラもつかないんでしょうから!」
ヴァレリーが歪んだ笑みとともに、魔力を更に吹き荒れさせる。もはやベアトリスが何か反応をする度に、状況が悪化しているも同然であった。
「それから私は、施設を出て冒険者になった。そしてタツノリと会ったの!」
最初は魅了にかけられていた。しかし彼女は元々、魔法の耐性が高い素質を持っていたらしく、彼が気づく間もなく早めに魅了が解かれていた。
そしてタツノリの魅了の存在を知り、ずっとかかっているフリをしていた。
彼に寄生していれば、名声も財も簡単に得られるからと。
「あの男を欺くなんてすっごい簡単だったわ。ウチがちょっとその気になって抱き着くだけで、魅了されていると信じ込む。ホント愚かなダメ男よ!」
そう叫ぶヴァレリーの表情は、なんとも言えない醜さを醸し出していた。育ってきた環境が環境とはいえ、どうにも頷けないのも事実であった。
「そしてこの王都に戻って来た時に、ランディと偶然再会したってことか?」
「えぇ、まさにそのとおりよ!」
ミナヅキの問いかけに、ヴァレリーは歪んだ笑顔で頷く。
「流石にずっと忘れたままだったから、思い出すのには時間がかかった。でもベアトリスが魅了されて、それをランディが目撃した。神様がくれたウチにくれたチャンスだと思った!」
ヴァレリーの中に眠る、初恋の炎が再び燃え上がった瞬間だった。今度こそランディの心を掴み、幼い頃からの願いを叶え、本物の幸せを手に入れるのだと。
しかしクエストから帰ってきたら、何故か忌々しい幼なじみの魅了が完全に解かれており、なおかつ二人は心を通わせ合っていた。
――まだ僕たちは恋人同士じゃない。
そんなランディの言葉が、ヴァレリーにはとても信じられなかった。
どう見ても仲睦まじい彼氏彼女の姿ではないか。もはや自分の入る隙なんて、どこにもないとしか思えない。
「タツノリはタツノリで周りからの評判はガタ落ち状態になっちゃうし、もう踏んだり蹴ったりだよ。だからせめてあの女だけは……ウチがどれだけ苦しんできたのかも知らないあのベアトリスだけは、制裁を加えないと気が済まなかった」
自虐的な笑みを浮かべながら語るヴァレリー。それに対してミナヅキは、怪訝そうな表情で問いかけた。
「それでタツノリに魔法を仕掛けて、こんな騒動を起こしたってのか?」
「そうだよ! ウチの期待を裏切ったんだから、これぐらいは当然の報いだよ!」
間髪入れずにヴァレリーは答えた。そして再び憎悪を込めた表情でベアトリスをジロリと睨みつける。
「許せなかった。そこまでお互いに心を通わせることが出来たのなら、堂々と付き合ってくれたほうが何倍も良かった! なのにどーゆーこと? どうして変なところでヘタレるのよ! ウチをどこまで侮辱するつもり!?」
感情的になって叫びまくるヴァレリー。それに合わせて、彼女の周りの魔力も激しく揺れ動く。激しく心を乱していることを表していた。
激しく責められたベアトリスとランディは、彼女にどんな言葉をかければ良いのか分からず、押し黙ってしまう。
そこに――
「そんなに言うんだったら、さっさと奪えばよかったじゃないか」
ミナヅキのハッキリとした声が聞こえてきた。ヴァレリーが振り向くと、彼の呆れ果てたような表情が飛び込んでくる。
「ランディに色々と言ってやった俺が言うのもなんだけど、お前が入り込むチャンスはいくらでもあったと思うぞ? ソイツらのバカップルっぷりはともかく、まだちゃんと付き合ってないのも確かだからな」
確かにミナヅキの言うとおりである。この数日の間に、ヴァレリーがランディを奪ったところで、誰も文句は言えないハズなのだ。
「なのにお前は真正面から挑もうともせず、こんなまどろっこしい八つ当たりしかしないときたもんだ。そんな女にランディが振り向くとは、とても思えないな」
ミナヅキからのサポートがあったとはいえ、最後はちゃんと自分でベアトリスに想いを伝えたことは確かだ。それだけでもミナヅキは、ランディのことを大きく評価していたのだ。
「あくまで俺個人の感想だけど――お前は結局、昔のままなんじゃないか?」
「……なんですって?」
ミナヅキの指摘に対し、ヴァレリーが低い声とともに睨みつける。しかし彼は構うことなく続けた。
「いや、だって実際そうだろ。別にベアトリスから何か言われたワケでもない。お前が勝手に怖がって、自分から引っ込んでただけのことだ」
「うるさい……」
「あーだこーだ言い訳ぶつけてたけど、ただ単に怖くて真正面から挑む勇気もなかったから、こんな大掛かりな騒ぎを巻き起こしたってことだろ?」
「うるさいってのよ……」
「辛かった生い立ち云々だって、結局は可哀想な自分を語ってるだけ。要するにお前はそうやって、悲劇のヒロインを演じていたいだけな――」
「うるさい、うるさい、うるさあぁーーいっ!!」
遂にヴァレリーは耐えきれず、己の叫びでミナヅキの言葉を遮った。
「何も知らないくせして、偉そうにウチに説教なんかしないで!」
ヴァレリーは魔法の矛先をミナヅキに切り替え、周囲に浮かび上がっていたドス黒い魔力を解き放とうとした。
その時――ソウイチが右手を掲げ、パチンッと音を鳴らす。
「なっ!」
魔力が全て途切れた。まるで繋ぎを失ったかのように、塊は粒子と化して、そのまま消えてなくなってしまう。
ソウイチが流れる魔力を遮断したのだ。もっとも全ての魔法相手にコレを行うのは不可能だが、ヴァレリーの魔法であれば無理なく行えるほどであった。
一方、ヴァレリーはどういうことなのか理解できず、ただ狼狽えることしかできないでいた。
そこにソウイチが、一歩前に出ながら告げる。
「これ以上はギルドマスターとして、黙って見過ごすワケにはいかない。何かしたいのならしても良いが、キミの望む結果は絶対に得られんぞ」
「そ、そんな……」
今の現象はソウイチが起こしたことだと悟り、ヴァレリーは崩れ落ちる。もはや成す術がないということに気づいたのだ。
これまでの憎悪は幻だったのかと思いたくなるほど、彼女は憔悴しきっている。もはや立ち上がる気力もなさげで、魔法を放つ様子も全く見られない。
その時――再び工房の扉が、勢いよく開けられた。
「ミナヅキ! やっぱりここだったのね。大丈夫だった!?」
アヤメが姿を見せる。その後ろからデュークと彼のパーティメンバーがぞろぞろと入ってきた。
心配そうな表情で駆けつけてきた妻に対し、ミナヅキは優しい笑顔で答える。
「あぁ。ソウイチさんのおかげで、なんとかなったよ」
かくして今回の戦いは、ようやく終わりを迎えるのだった。
黒幕であるヴァレリーをギルドに連行する役目は、デュークたちが担った。その際に彼らは複雑な表情を浮かべており、終始無言だったと言われている。
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