第九十話 一難去ってまた一難
ミナヅキとソウイチが動き出そうとしていた頃――リトルバーン家の屋敷では、激しい戦闘が巻き起こっていた。
襲い掛かる女たちに、冒険者たちが次々とディスペル玉を投げていく。それが破裂することで、青い煙が辺り一面にうっすらと広がっていった。
その煙を吸い込んだところで害はない。ただし効果は出ている――主に魅了された女性に対して。
「喰らえっ!」
「焦らず投げろよー。最悪地面に叩きつけろ。ぶつける必要はないからなー!」
「まるで雪合戦しているみたいぜ。ひゃっはーっ♪」
「おいおい、調子に乗るなよ」
「へーきへーき。例え魅了されてようが所詮は女――っぶねぇっ!!」
「……だから言ったのに」
そんな男性冒険者たちの声が周囲から聞こえてくる中、アヤメは中庭の中央に立っていた。そしてその目の前には、笑みを浮かべたタツノリが立っていた。
「これで舞台は整った。お前との決着は、俺が直々に付けたいと思っていたよ」
タツノリがスッと長剣を抜いた。それに対してアヤメも短剣を抜き、構えながら問いかける。
「折角のハーレムが崩れてきちゃってるけど、のんびりしていて良いの? 典型的なラノベのダークサイド主人公みたいな感じだったじゃない?」
「別に構わないさ。そんなのはまた集めれば済むこと。その前にお前だ。魅了が効かない女など、邪魔以外の何者でもない。俺がこの手で始末してやる!」
タツノリはしっかりと言葉を放ち、怒りと苛立ちも感じられる。どうやら全く自我を失っているということでもなさそうであった。
それでも、彼が虚ろな目をしていることに、変わりはなかったのだが。
「あら、それはどうかしらね? 黙ってやられるつもりはないわよ」
強気な笑みを浮かべるアヤメに対し、タツノリは黙って長剣を身構える。
そして数秒後――二人は同時に動き出した。
『はあぁっ!!』
キィンッ――長剣と短剣のぶつかり合う音が、冬の空気を突き抜ける。そして再び金物の音を立てながら、二人はそれぞれ後方へ飛び距離を取った。
「ふっ――!」
すかさずアヤメが左手で魔法を放つ。しかしタツノリは、それを涼しげな笑みを浮かべたまま、長剣を軽く振って全て切り落とす。まるでステージ上の演技を披露しているかのようであった。
しかし、その切り落とした魔法が周囲で次々と爆発し、白い煙を生み出す。それに紛れる形でアヤメが動き出した。
(魔法で吹き飛ばすことさえできれば――!!)
そう考えながら、アヤメは両手に魔力を込めようとする。しかしその瞬間、長剣が振るわれて煙が一気に晴れてしまった。
「フン! こんな煙如きに惑わされる俺じゃねぇってなぁ!」
タツノリは自信満々な笑みを浮かべていた。魔法でもなんでもこの剣で切り裂いてやると――まるでそう言っているかのようにアヤメは見えた。
少し甘く見ていた。魅了に頼っているだけかと思いきや、剣においても確かな実力を持っているようであった。
やはり冒険者としての一年先輩は、決して伊達ではなかったということか。
(闇雲に立ち向かったところで、間違いなく追い詰められるだけだわ)
マジックブラストやエーテルブラストを打つことができれば、アヤメにも勝機は十分にある。しかしそれらを打つには時間が必要だ。相手がそんな隙を逃してくれるとは到底思えない。
事実、さっきの白い煙も、すぐさまかき消されてしまった。これではチャンスを作ることすら難しいと言えてしまう。
今のままでは、アヤメの切り札は封じられたも同然の状態となっていた。
(なかなか厳しくなってきたわね。まぁ、でもこの戦いは……)
そんなことを考えていた瞬間――
「時間稼ぎは、あとどれくらいするつもりなんだ?」
「――っ!!」
タツノリが不意にそう尋ねてきて、おもわずアヤメは驚いてしまう。もはや図星と言っているような反応に、彼はフッと笑った。
「俺を見損なうんじゃねぇぞ? テメェが俺の相手をしている間に、他の女どもの正気を戻そうとしていることぐらい、最初からオミトオシだってんだよ!」
つまり最初から、アヤメの魂胆は丸見えだったということだ。涼しい笑顔はその意味も込められていたのだと、アヤメは悟る。
そしてタツノリは、睨みつけてきているアヤメに対し、歪んだ笑みを見せた。
「テメェらが何を企んでいようがムダなことだ。この俺様に狙われて、タダで済むと思うんじゃ――ぐっ!?」
再び剣を構えたその瞬間、タツノリは突然苦しみだした。
「な、何だ、この感じは……?」
構えが解かれ、力を失ったかの如く、長剣をガランと落としてしまう。ここでアヤメは、青い煙が自分たちの周囲にも満ちていることに気づいた。
(そうか! ディスペル玉の効果が、アイツにも効いてきているんだ!!)
アヤメはそう推測する。タツノリはもはや身動きが取れず、何もできないに等しい状態であった。
このチャンスを逃すつもりなど、アヤメにはなかった。
「集約する青き魔力、今ここに解き放つ――」
突き出した手のひらに集められていく魔力は、みるみる凝縮されていき、鮮やかな青い光となって輝き出す。
もう十分だ。あとはこれを、思いっきり解き放てばいい。
「マジック……ブラストおぉーーっ!!」
青い光の魔弾が、一直線となって飛んでいく。それはタツノリの腹に直撃し、中庭を突っ切って茂みの奥の壁に激突させた。
アヤメが追いかけていき、小さな茂みをかき分けて、タツノリを発見する。
しかしそこには、先客が立っていた。
「ユリス、それにイヴリンも――」
アヤメが呼びかけた瞬間、イヴリンが口元に人差し指を当てる。アヤメは咄嗟に口をつぐむと同時に、ユリスがタツノリの顔に手を添えた。
タツノリの体が淡く光り出し、それが添えられたユリスの手を伝っていく。やがて光は収まり、ユリスは何事もなかったかのように立ち上がった。
「魅了の魔法を取り返させてもらったよ。もう被害が広がることはないさ」
「良かったですぅ。イヴリンが間違えて彼に与えたばっかりに……」
「それは言っちゃダメだから!」
「あいたっ!?」
のほほんと話すイヴリンの頭を、ユリスがすかさずチョップする。頭を抑えながら涙目となる彼女だったが、流石にこれは庇いきれないと、アヤメはひっそりとため息をついた。
「大体、イヴリンの見た目は幼女ですよ? こんな子供がおっちょこちょいな部分を見せるのって、可愛げがあっていいと思わないですかぁ?」
イヴリンは目をキラキラと潤ませ、首をコテンと傾げて見上げつつ、作り上げた可愛い声を披露するが――
「それで済ませられる問題を遥かに超えてるっての!」
「いだぁっ!」
余計にユリスの怒りを買うだけとなり、イヴリンは再びチョップの餌食となってしまうのだった。
「それじゃあアヤメ、ボクたちはこれで失礼させてもらうよ。また後日、タツノリの目が覚めたら顔を出すから」
「あ、うん……」
アヤメが呆然としながら頷くと、ユリスはイヴリンを連れてその場から消えた。そしてそれと入れ替わる形で、デュークたちが駆けつけてくる。
「アヤメ、どうやら勝ったみたいだな!」
「え、えぇ、まぁ……」
気絶しているタツノリを見て、デュークたちは喜びの笑顔を浮かべる。中にはアヤメに対して尊敬の声を上げる者もいたが、当の本人は嵐が去ったような気分に見舞われていたため、そんなことは気にも留められなかった。
「女たちのほうも全て正気に戻した。この戦いは、俺たちの勝利だ!」
「それは良かったわ。後のことは頼んでもいいかしら?」
「あぁ、勿論だ。任せてくれ」
デュークがサムズアップしながら了承する。そして後ろに控えている男性冒険者たちに視線を向けた。
「皆、早速頼む!」
『ウッス!』
デュークと男性冒険者たちが動き出す中、アヤメはそそくさとその場から離れ、リトルバーン家の敷地から出た。
中心街のあちこちで男性冒険者たちが走り回っている姿が見られる。そして何人かの女性たちが、正気を取り戻している姿も確認できた。
王都の危機はなんとか消え去った。アヤメは改めてそう思ったのだが――
「何かしら? どうにも嫌な予感がしてならないわ」
終わったハズなのに、まだ終わってないような気がする。それが今のアヤメが抱いている、率直な気持ちであった。
◇ ◇ ◇
その数分ほど前――ベアトリスとランディが、工房で留守番をしていた。
二人が目を覚ました時には他の冒険者たちもいたのだが、どうやら起きるまでの留守番役を務めていただけだったらしく、自分たちもデュークたちの加勢に行くと言って、二人を残して工房を飛び出して行った。
したがって、今現在工房には、ベアトリスとランディしかいないのであった。
「なんだかさっきよりも、気分がスッキリしてきた気がする。きっと皆、上手くやってくれてるのね」
その言葉のとおり、ベアトリスの表情に辛さはなく、落ち着いた笑みを浮かべるようになっていた。
それを見たランディは安心しつつ、ゆっくりと立ち上がる。
「確かこの工房、簡易キッチンがあったよね? なんか食べるモノでも……」
「あ、それならアタシがなんか作るよ」
ベアトリスがそう言い出すと、ランディは訝しげな表情で振り向く。
「……ベア姉、料理得意だっけ?」
「なっ! それどーゆー意味で言ってるのよ?」
「そのまんまだよ。むしろ真逆だったような気がするけど?」
ため息をつきながら言うランディに、ベアトリスはカチンときてしまった。
「しっつれーねぇ! アタシだって料理くらいできるよ――多分」
「多分かい」
しかし結局、自信なさげに言葉を付け足してしまい、ランディにツッコミを喰らう羽目になってしまった。
もっともランディからしてみれば、やっぱりいつものベア姉だということで、安心はしたのだが。
「じゃあ、二人で作ろうか?」
ランディは妥協案を提示したつもりであった。これなら監視もできるし、出来上がりに不安を覚えることも少ないだろうと。
しかし――
「ふえぇっ!?」
ベアトリスが顔を真っ赤にして驚く。それに対して、ランディは素で意味が分からず首を傾げた。
「そんなに驚かなくてもよくない?」
「だ、だだ、だって、ふ、二人で作るって……そ、そんなの……っ!!」
熱くなった頬を両手で抑えながら、ベアトリスはランディから目を背ける。
「一緒にご飯作るって、まるで恋人みたいじゃない!!」
そう叫ぶベアトリスに、ランディは一瞬呆気に取られ、そして苦笑を浮かべた。
「いや、別にそんなの気にしなくても……てゆーか似たようなもんだし」
「違うもん! 確かに気持ちは伝えあったし、アンタの気持ちは嬉しかったけど、アタシはまだ断じて了承なんかしてないんだからね!!」
「……どこまで頑ななのさ」
そういえば小さい頃もこんな感じだったっけ――ランディはまた一つ、懐かしい気持ちに駆られた。
(まぁベア姉とは一緒にいられるんだし、焦らずにのんびりとやればいいか)
ランディはそんな感じで考えの整理を付け、改めて軽食を作る相談の続きをベアトリスと再開しようかと思った。
その時――
「ふぅん、随分と甘酸っぱいことしてるじゃん」
どこからか女性のような声が聞こえてきた。高い声ではあるが、かなり苛立ちを募らせているかの如く低い。
二人は驚きながら周囲を見渡すと、いつの間にかそこに彼女は立っていた。
「仲が良くてなによりだねぇ……ウチのことを差し置いてさぁ!!」
殺気立った表情で叫ぶと同時に、周囲に魔力を宿らせる。
デュークの仮メンバーとして入った魔導師の少女――ヴァレリーが、ベアトリスとランディを仇のような目で睨んできていた。
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