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第八十六話 打ち砕かれた想いの果てに



「そのマジョレーヌってのも、タツノリの仲間の一人なのか?」

「あ、そういえば、ミナヅキには話してなかったっけ」


 ここでようやくアヤメは、マジョレーヌの存在をまだ明かしていなかったことを思い出した。

 昨日もクエストを終了してすぐに、彼女は姿をくらませてしまい、その後も行方知れずのままである。アヤメも誰も話題にしていなかったので、会っていないミナヅキが知らないのは当然であった。


「見た目は私たちよりも年上で、短剣使いだったわ。美人でスタイル抜群で、常にタツノリの隣にいる右腕のような存在、という感じだったかしら」

「ふーん。その姉ちゃんが、実は神様だったってことか」


 相槌を打ちながらミナヅキはタンポポ茶を飲む。そこにユリスが、マジョレーヌに対する説明を挟んできた。


「マジョレーヌは、ずっとこの世界で人間を装って遊んでいたんだよ。高みの見物だけじゃ分からないことも多いから、実際に潜入調査をする――なーんて言い訳を残した上でね」

「ただ本人が遊びたかっただけというのは、一目瞭然だったのですけどね」


 イヴリンの補足に、呆れた表情を浮かべるミナヅキとアヤメ。マジョレーヌのようなタイプは決して珍しくもないため、特に驚きはない。


「恐らくマジョレーヌがタツノリと一緒にいたのも、似たような理由だろうね。異世界召喚されてきた男なら、何かと楽しめそうみたいな感じでさ」

「あり得そうですぅ。興味持った人を引っ掻けるのは得意ですからねぇ」


 しみじみと頷き合うユリスとイヴリンに、ミナヅキは呟くように言う。


「……そのマジョレーヌって女も大概、悪の女だな」

「ハハッ、言い得て妙だね」


 ユリスは明るく笑う。まるでよくぞ言ってくれましたと言わんばかりだと、ミナヅキは感じ取れた。


「おかげでボクたちの上司も、日々頭を抱えてるんだよ」

「あぁ、レイフェル様……とかいう人だったっけ? いや、神様か……」


 ミナヅキは即座に自分の言葉を訂正する。前にユリスから、人間と神は違う存在であることを教えてもらったのだ。詳しい事情は神であるユリスでもあまり分かっていないが、ずっと昔からそういうモノなのだという。

 それを聞いたミナヅキも、特に深くは考えることはなかった。

 昔から友達として過ごしてきたユリスに対して、今更あーだこーだ考えてもと、そう思ったのである。


「ユリスたちの部署のトップで、どでかい組織図の一角に過ぎない、だっけ?」

「うん。そのとおりだよ」

「……ますます神様という存在が、ただの会社員にしか思えなくなるわね」


 ミナヅキとユリスのやり取りを聞いていたアヤメが、タンポポ茶を飲みながら小さなため息をついた。


「ところで、マジョレーヌさんが何かを企んでるってことはないのかしら? あれから全く行方が分かってないままだけど」

「うーん、そこなんだよね。彼女に関しては、色々な意味で予測できないから」


 ユリスは肩をすくめながら言った。


「ただ彼女の場合、大人しく黙って見てるだけじゃ終わらないと思うよ」

「何か仕掛けてくるってことか?」


 ミナヅキの問いかけにユリスはニッと笑う。


「恐らくね。そして今回、そのターゲットに選ばれるとしたら……」

「タツノリか」

「多分」


 神妙な表情でコクリと頷くユリス。決してふざけて言っているんじゃないということがよく分かる。


「今日の時点で、彼の周りからの評価は地に堕ちている。ここに来る前に、ちょっとだけ様子を探ってきたけど、彼は自暴自棄に陥っていたよ」

「狙うなら絶好の機会も良いところだな」


 ミナヅキはなんとなく、窓の外の景色に視線を向けた。さっきまで青く広がっていた空は、いつの間にかどんよりと白く濁っていた。


「こうなってくると、面倒事が起きることを想定したほうが良さそうね」

「……だな」


 新しくタンポポ茶を注ぎながら言うアヤメに、ミナヅキは重々しく頷いた。



 ◇ ◇ ◇



 その夜――王都、路地裏の酒場。そこの一角で、若い男が怒りに任せて、酒を浴びるように飲みまくっていた。


「――ぶはぁ、くそっ! このタツノリ様をバカにするんじゃねぇってんだ!」


 ダンッ、とカウンターテーブルにジョッキを叩きつける音が響き渡る。店には他にも客がおり、皆揃って迷惑だと言わんばかりにタツノリを睨みつけているが、当の本人はそれに気づこうともしていない。


(何で……何でこの俺様が、一気に全てを失わなきゃならねぇんだよ?)


 クレールとヴァレリーは正式にパーティを離脱すると言われた。彼なりに説得を試みたが、関係の修復は不可能――どころか、そもそも偽り同然の関係性でしかなかったこともあり、二人からは終始冷たい視線を向けられた。

 マジョレーヌも完全に姿をくらませてしまった。遊びに出かけているだけと必死に思い利かせてはいたが、やはりどうしても嫌な予感がしてしまう。

 原因は、ギルドマスターから通達されたことにあった。

 これまでフレッド王都で得た評価が、全て白紙化されたのだ。授けられることを検討されていた、勇者の称号についても同様である。

 その話はどこからか一気に町中に広まっていき、タツノリは王都中から後ろ指をさされてしまう状態に。今はこうして路地裏の居酒屋に身を潜めてはいるが、それも気休め程度にしかなっていない。


「おいマスター、酒を追加でよこせ! ビンごとな!」


 タツノリが大声で叫ぶ。しかしマスターは、チラリと視線だけで一瞥し、再びグラスを磨く作業に戻りながら言った。


「悪いけど、アンタに出す酒はもうないよ」

「あん? テメェ何言ってんだ? 客の指示が聞けねぇってのかよ?」


 バン、とカウンターテーブルを叩きながら、タツノリが勢いよく立ち上がる。しかしマスターは動じることなく、磨き終えたグラスを置きながら尋ねた。


「じゃあ聞くけど、これ以上の追加を払える金は、ちゃんと持ってるのかい?」

「ったりめぇだろうがよ。この袋から俺の稼いだ金がジャラジャラと……」


 タツノリは持っていた革袋を開け、その中身をテーブルにぶちまけようとする。偉そうなマスターを黙らせる――そう思いながらニヤリと笑っていた。

 しかし――


「なっ!」


 どれだけ革袋を揺らしても、硬貨どころか埃一つ出てこなかった。笑顔から焦りの表情に切り替え、タツノリは必死に革袋の中身を見る。

 確かに入っていたハズだ。今まではここから、山のような金貨が絶えることなく出てきていた。しかしどうして今、それが全く出てこないのか。

 タツノリは全く理解できず、表情を青ざめさせる。

 そこにグラスを磨く手に視線を落としたまま、マスターが呟くように言った。


「だろうね。さっきの支払いで、アンタは持っていた金を全て出した。つまり今のアンタは一文無しってことになるな」


 タツノリが少し前に追加で酒を頼んだ際、マスターはその場で追加料金を支払わせていた。その際にタツノリが、袋の中身を全て出し尽くしていた場面を、しっかりと目撃していたのである。

 彼にはもう、支払う能力はない――マスターはそう判断していたのだ。


「バ、バカな……こんなバカなことが……」


 しかしタツノリは、今の自分の状況が認められなかった。思わず周囲を見るが、迷惑そうに睨みつけてくる常連客ばかりで、自分の仲間はどこにもいない。


「分かったら、さっさと出ていってくれないか? 営業の邪魔だ」

「なっ! テメェ、そんな言い方――」

「もしこれ以上騒ぎ立てたいというのならば、私にも考えがあるからね」


 そう言いながらマスターは、右手を掲げて指をパチンと鳴らした。すると扉の奥から、鎧と剣を身に付けた二人の男が姿をみせる。


「な、何だコイツらは?」

「用心棒さ。こんな路地裏に店を構えてると、暴れるヤツも少なくないからね。ギルドに掛け合って、特別に派遣してもらってるんだよ」


 狼狽えるタツノリにマスターは冷たい視線で淡々と答える。そして、用心棒たちに視線を向けた。


「というワケで、頼めるかね? あぁ、手荒な真似はしなくていいよ。一応、彼が飲み食いした分の金は、ちゃんと払ってもらってるから」

「了解ッス!」

「さぁ、ボウズ。大人しく店を出ような?」


 マスターの指示を受けた用心棒たちが、後ろからタツノリを羽交い絞めにして、無理やり立ち上がらせる。


「なっ、ちょ、は、放せっ! この俺様を誰だと――」

「いいからさっさと出やがれってんだ!」

「は、放せえぇーーっ!」


 タツノリは悪あがきの如く暴れるが、鍛えられた用心棒たちの前では、赤子も同然であった。

 チリンチリンと鈴の音を鳴らしながら扉が開けられ、タツノリは用心棒たちとともに外へ出ていく。

 遠くで何かを投げ捨てるような音が聞こえ、用心棒たちは店に戻ってきた。


「終わったぜ、マスター」

「なーんかザコ過ぎてつまんなかったぜ」


 そして用心棒たちは、当たり前のようにカウンターに座る。そこにマスターは、小さな笑みを浮かべながら、二人にコーヒーを出した。


「私の奢りだ。これで気分でも直してくれ」

「おっ、流石マスター♪」

「ありがたくいただくっスよ!」


 二人の用心棒は、ニコニコ笑顔でコーヒーにありつく。その姿に他の客も、安心したような笑みを浮かべるのだった。

 この場にいる者全員は、もうタツノリのことなど、全く頭になかった。



 ◇ ◇ ◇



「くそぉ……何で、俺がこんな……」


 店を追い出されたタツノリ。服も顔も泥で汚れているその姿は、まるでこれまでの栄光が全て消えたことを象徴しているかのようであった。

 何かにすがろうにも金はない。そして仲間もいない。もはやタツノリは考えることすら億劫になりつつ、フラフラと路地裏を歩く。

 すると――


「えぇ、ワタシはもう決心いたしましたの」


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。タツノリは顔を上げ、その声が聞こえてきたほうへ急いで向かっている。

 そこに彼女はいた。間違いなくマジョレーヌの姿であった。

 誰かと話しているようだと判断できるが、タツノリからしてみれば、そんなことはどうでも良かった。

 やっと救いの手が見つかった――そう思いながら自然と笑顔を浮かべ、タツノリは彼女に声をかけようとした。

 しかし――


「あのタツノリというお調子者のボウヤとは、縁を切ろうと思いますわ」


 マジョレーヌの言葉が、タツノリの動きをピタッと止める。一瞬、何を言ったのかが理解できず、殆ど何も考えられなくなった。

 そこに追い打ちをかけるかの如く、マジョレーヌは誰かに続けて話す。


「もはやあのボウヤに色目を使う価値なんてありません。ここらへんで切り捨てるのが最善の策でございますわ♪」


 価値がない――そう吐き捨てるようにそう言った。そしてマジョレーヌは、頬を染めながらその誰かにしな垂れかかる。


「そんなことよりも、ねぇ……早くこの冷えた体を温めてくれない? 方法はあなたに任せるわ♪」


 マジョレーヌは誰かに抱き着く姿を、まるで誰かに見せつけるようにして、その場から立ち去った。

 そしてわずかにマジョレーヌは振り向き、ニヤリと笑みを浮かべた――硬直しているタツノリに向かって。


「そ、そんな……」


 タツノリはようやく硬直を解き、慌てて彼女がいた場所へ走り出す。しかしどこを見渡しても、彼女がどこへ向かったのかは分からなかった。


「あ、あ、あぁ……そんな、バカな……」


 ようやくタツノリは理解した。自分は本当に全てを失ったのだと。

 仲間も、金も、名誉も、何もかも全て失い、こうして光とは無縁といっても過言ではない路地裏を、這いつくばるようにして歩いているのだと。

 失ったら取り戻せばいい――そんな考えは浮かばない。

 これまでずっと光り輝く道を歩き続けてきた。そこから一気に、真っ暗な世界に叩き落とされてしまったショックは、とても受け入れがたいモノであった。

 タツノリは口を大きく開け、叫ぼうとする。しかし声は出てこない。

 完全に地の底に叩き落とされてしまった。そのショックは、彼から叫ぶという行為すらも奪ってしまったのだ。

 しばらく彼は、呆然とその場に立ち尽くしていた。そして程なくして、彼はマジョレーヌが去っていった反対方向――路地裏の更なる奥へと、歩き出していく。

 静かだった。風は吹いておらず、自分の足音以外何も聞こえない。

 ふとタツノリは、何故か思い出した。

 まだ学校の制服を身に纏っていた頃にも、こうして地面を見つめたまま、寒くて暗い道を歩いた日があったことを。


「……はは、ダッセェ」


 自然とタツノリの口から笑みが零れ落ちる。

 情けなくて仕方がない。非現実的なことが現実となったことで、自分は変われたと思い込んでいた。しかしそれは、単なる錯覚だったのだ。

 何も変わってなんかいない。自分の周りの世界しか知らない子供のままだ。

 異世界召喚されてラノベ主人公になった――それは楽しい夢だった。現実の自分はこんなにも情けなく、ただ下を向いて歩くだけのロクデナシ。それにタツノリは気づいてしまった。

 故に、涙が止まらなくなる。

 このまま闇に沈み込みたいのに、それが出来そうで出来ない。そしてそれが、余計に彼の目から涙を溢れさせてくるのだ。

 単なる情けない現実逃避でしかないことが、理解できてしまうから。


(俺は……一体これまで、何を……何をしてきたっていうんだ?)


 頭の中に蘇るのは家から飛び出してからの自分。当てもなく走り回り、気がついたら知らない世界に降り立って、新しい人生が始まると思い込み、そこで調子に乗り続けたが故の末路――今の自分に辿り着く。

 真っ暗な地面を見つめ続ける。しかし見つめ続ければ、それが単なる地面の形をしていることに気づく。

 つまり、本当の闇ではない。そしてそれは、いくら探しても見つからない。

 いつの間にか、涙が流れなくなった。

 枯れ果ててしまったのか、それとも無意識に何かを悟ったのか――それはタツノリ自身にも分からない。


(――疲れた)


 もはや顔を上げる気力すら湧いてこない。このまま立ち止まり、どこかへ座り込んで目を閉じれば、自分の人生にピリオドを打つことができるだろうか――そんなことを、割と本気でタツノリは考える。


「ハハッ。それもまた、俺らしいかもしれんなぁ」


 タツノリは自虐的に笑いつつ、手頃な物陰に入り、そのまま腰を下ろす。

 真冬の寒さ故に、その地面はとても冷たい。しかしそんなことは、彼からすればどうでもいいことであった。

 ――コツ――コツ――コツ――コツ。

 ゆっくりとした足音が聞こえる。そしてそれは近づき、やがてタツノリの目の前でピタリと止まった。


(誰だ……?)


 確かにそれはそこにおり、自分を見下ろしてきているのも分かる。しかしそれは何も言ってこない。


(ウゼェな。早くどっか行けよ。ここは俺の場所なんだからよ)


 タツノリの中にわずかながら苛立ちが宿る。同時に無気力が解除され、ずっとしたばかり向いていた顔を、ゆっくりと上げてきていた。

 そして――


「おいテメェ。さっきから何をして――なっ!?」


 タツノリは見上げた瞬間、目を見開いて言葉を失った。


「お前、何でここに? あの野郎のところにいるんじゃなかったのか?」


 慌てた口調でタツノリは尋ねる。しかしそれは、口を閉ざしたまま答えない。タツノリは次第に苛立ちを見せ、遂に立ち上がろうとした。


「シカトしてんじゃねぇ。さっさと俺の質問に答えや……がぁっ!?」


 その瞬間、それはタツノリの顔を掴んだ。まるでアイアンクローの如く、強く掴んで放そうとしない。あまりにも突然過ぎるその行為に、タツノリは混乱せずにはいられなかった。


「な、なにをしやが……る……ぐっ……」


 もはや何も為す術がないまま、タツノリの意識は闇に沈んでいった。




お読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。

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