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第八十五話 説明は石窯ティータイムの中で



 翌日――フレッド王都は、ちょっとした騒ぎとなっていた。

 タツノリの人となりが世に晒されたのだ。その中でも話題となったのは、彼が持つ魅了の魔法である。

 そもそも魅了という魔法の存在自体が疑われた。長年、魔法を研究してきた者たちからしても、そんな魔法は聞いたことがないと断言するほどであった。

 しかしギルドから、詳しい証言と疑問が出ていた。

 タツノリに見つめられた者は、彼に夢中となってしまう。これを魅了と呼ばずしてなんと言えば良いのかと。

 オマケにある筋から国王へ、証拠も添えて情報が提供されたことが、大きな引き金となった。数人で念入りに検討し合った結果、魅了の存在は事実と認めざるを得ないと判断されたのだ。

 その、ある筋からお情報について、詳しく明かされることはなかった。

 しかし人々からすれば、楽しいウワサ話として広めるには、格好のゴシップニュースであることに変わりはなかった。


「ある筋の情報ねぇ……まさか神様であるユリスが、ってことはないわよね?」


 石窯に仕掛けた火の様子を見ながら、アヤメが尋ねる。するとミナヅキが、ボウルに放り込んだ材料を泡だて器で混ぜながら答えた。


「さぁな。実際あったとしても、不思議じゃない気はするけど」


 チャッチャッチャッチャッ――と、リズミカルにかき混ぜているのは、パンケーキの生地であった。

 今日もラステカの自宅で、石窯パンケーキを焼こうとしているのだ。

 前回は思わぬ来訪者――もとい乱入者があったため、今度こそ夫婦二人で、のんびりと楽しいティータイムをしようじゃないかと、そう思っていた。

 ただし状況が状況なため、微妙に嫌な予感もしていた。しかしそれはとりあえず考えないでおこうと、二人で頷き合っていた。


「国王様も、タツノリに対する評価を改めたらしいわね」

「そりゃそうだろう。勇者の称号を与える予定だったらしいけど、それも問答無用で白紙にしちまったんだとさ」

「妥当な判断ね。今までずっと、人を欺いてきたも同然のことしてたんだし」


 アヤメは吐き捨てるように言いつつ、先日のクエストで一緒に行動をした女性メンバーたちのことを思い出す。


「アイツの仲間だったクレールさんやヴァレリーさんも、デュークさんのパーティに入りそうだもんね」

「そういや、仮メンバーでパーティ入りしたとか言ってたっけ?」

「うん」


 昨日、ミナヅキとアヤメがラステカへ帰るべく王都を出る際に、デュークが二人の見送りに来た。

 クレールとヴァレリーについて、アヤメに伝えておこうと思ったのだ。

 ベティがギルドに運んできたタツノリは、程なくして目を覚ました。そこで彼女たちは堂々と打ち明けたのだ。

 二人でデュークのパーティに入るから、もう一緒にはいられないと。

 勿論、タツノリはすぐに理解することはできなかった。悪い冗談はやめるんだと震えながら笑っていた。しかし二人の真剣な表情に、タツノリは彼女たちが本気であることを悟る。

 タツノリは再び彼女たちに魅了を仕掛けようとした。しかしそれは、傍にいたデュークとベティにより阻まれた。

 魅了の存在については半信半疑であったが、タツノリが何かを仕掛けようとしていたことは、疑いようがない事実として認識されたのだった。


「タツノリの評判も、これで完全に地に堕ちたか」

「ま、それは自業自得でしょ」

「だよな。正直アイツを庇う余地なんて、どこにもないし」


 サラリと言い切ったミナヅキに、アヤメは目を丸くしながら振り向く。


「……アンタ、いつになくドライじゃない?」

「そりゃお前のことを口説いてたって聞いちまったらな。いくらなんでも、そんな男に情けをかける気は起きないよ」


 ミナヅキもタツノリを恨んでこそいないが、許すつもりもなかった。いくら大丈夫だったとはいえ、可哀想だという気持ちも湧かなかったのだ。


「ふぅん? 私のこと、気にしてくれてたんだ?」

「いや、するだろ。それとも、しちゃいけないってのか?」

「ぜーんぜん。むしろ嬉しいと思ってるわよ」

「そりゃどーも……っと!」


 その言葉を証明するかの如く、アヤメは満面の笑みを浮かべ、ミナヅキの背中にポスッと抱きついた。

 ミナヅキは軽く驚いたような反応を示すが、それ以上は特に何も言わず、かき混ぜ終わった生地を用意した二つの型に流し込んでいく。


「そう言えば、ミナヅキのこともウワサになってたわよ?」

「んー? どんな?」


 背中に顔を埋めたまま話すアヤメに、ミナヅキも何食わぬ顔で問い返す。


「ベアトリスとランディ君の仲を取り持ったって話よ。工房の先輩らしく、ランディ君に叱咤激励を与えてたってね」

「……あぁ、アレか」


 正直、タツノリの騒ぎで完全に吹き飛んでいた。おかげでミナヅキは、思い出すのに数秒ほど費やしてしまったのだが――


「偉そうに何を言ってるんだって、その時の俺に言ってやりたいよ」

「そんな恥ずかしがることないじゃない。おかげでランディ君は、一歩前に進むことができたんだから」

「そりゃまぁ、そうかもしれんが……」


 それでも顔が熱くなるような気持ちは拭えない。とりあえずそれをなんとか誤魔化しがてら、ミナヅキは生地を流し込んだ二つの型を石窯に運ぶ。

 背中にアヤメをくっ付けた状態で。


「ただ励ますだけじゃなくて、ちゃんと話す場を設ける優しさもあるって、ギルドでも話題になってたわよ? フィリーネ曰く、王宮でもそうだってさ」

「……マジか」


 ミナヅキは表情を引きつらせながら、石窯に型を仕込む。パチパチと音を立てながら燃え上がる石窯の中で、生地がじっくりと焼かれていく姿を覗き見た。


「でも、未だに分からないのよね。私にはその魅了っていうのが、何故か全く効いてなかったみたいなのよ」

「そーいや、そんなことも言ってたっけか」


 タツノリは明らかにアヤメのことを口説いていた。それならば彼が、アヤメに対して魅了を使わないハズがない。

 たまたま効かなかったという予測も、苦しいと思われていた。一度だけならまだしも二度目以降も全く同じように効かなかったのだから、それを全て偶然で片づけてしまうのは、いささかどうなのだろうかと。


「偶然じゃないとしたら、アヤメ自身に特殊な何かがあるとしか言えないが……」

「やっぱそうなってくるわよねぇ」


 ミナヅキの考えはアヤメも持っていた。しかしこれまで自分に対して、特別な何かを感じたことはなかった。

 心当たりが全くない二人は、パンケーキが焼き上がるのを待ちながら悩むしかできなかった。

 そこに――


「その疑問については、ボクたちが答えられるよ」

「あぁ、そりゃ助かるな――へっ?」


 ミナヅキは呆気に取られる。あまりにも自然過ぎて気づくのが遅れた。アヤメも同じくであり、二人揃って声の聞こえたほうを振り向く。

 そこにはつい先日、交互でティータイムに乱入してきた二人であった。


「ユリス! それにそっちは、こないだの……」

「イヴリン……で良かったかしら?」

「はいですぅ。その節は美味しいパンケーキをご馳走さまですぅ」


 戸惑いながら問いかけるアヤメに、イヴリンは丁寧にお辞儀をする。


「ところでミナヅキ。もうパンケーキ焼けたんじゃない?」

「え? あ、ホントだ」


 ユリスに促され、ミナヅキは慌てて石窯から二つのパンケーキを取り出す。こんがりといいきつね色に焼けたそれを見て、ミナヅキは焦げずに済んだことを安心するのだった。


「今回も美味しく焼けたみたいだねぇ」

「美味しそうですぅ」


 二人の神様は、揃ってよだれを垂らしながらパンケーキを見上げる。今の二人が何を求めているのかについては、もはや考えるまでもなかった。

 ミナヅキとアヤメは互いに顔を見合わせ、ため息交じりに頷いた。


「……ちょっと待ってろ。追加で生地を仕込んでやるから」

「私はその間に、温かいお茶を淹れるわ」

『わーい♪』


 笑顔で万歳をする二人の神様。まるで小さな子持ちの親になった気分だと、ミナヅキとアヤメが同時にそんなことを考えたのは、ここだけの話である。



 ◇ ◇ ◇



 追加で焼き上げたパンケーキを並べ、楽しいティータイムが始まった。

 しかしそれもつかの間――ミナヅキたちはユリスとイヴリンから、突然現れた理由を尋ねた。

 すると二人は、タツノリについて説明を始めた。

 どうして急にそんなことを――ミナヅキとアヤメはそんな疑問に駆られたが、話を聞いていくうちに、どうして神様である二人が話に来たのかを理解する。


「なるほど、タツノリは手違いで異世界召喚されてきたのか」

「しかもその原因はイヴリンにあったと」

「はいぃ、面目次第もございませんなのですぅ」


 軽くため息をつくミナヅキとアヤメに、イヴリンは涙目で縮こまる。一瞬、幼女の泣き顔に可哀想な気持ちが芽生えた二人だったが、ユリスと同じ神様で見た目とは違うことを思い出した。

 ユリスが冷たい表情でイヴリンを睨んでいるところからも、やはりそうなのだろうとミナヅキとアヤメは思った。


「けど、その手違いで召喚されたのが、俺の高校時代の先輩だったとはな」

「世間って意外と狭いわね」

「全くだな。あ、そういえば――」


 アヤメの言葉に苦笑しながら頷くミナヅキは、あることを思い出す。


「タツノリが魅了の魔法を持ってるのは、間違いないんだろ? でもどうしてアヤメには効かなかったんだ?」

「あぁ、それ私も気になってたわ。何か知ってたら、教えてくれないかしら?」


 ミナヅキとアヤメの質問に、聞いてくると思っていたよと言わんばかりの笑みをユリスは浮かべる。


「簡単に言えば、アヤメも彼の同郷者だからだよ」

「同郷者……つまり同じ出身ってことよね?」

「うん。この場合は、世界という意味で捉えてほしい」


 ユリスが頷きながら、魅了のシステムについて語り出す。


「彼の持つ魅了は確かに強力だよ。けどデメリットもいくつかあるんだ」


 一つは、異性にしか効果がないということ。言い換えれば、異性であれば魔物だろうが人間だろうが魅了できる。

 ただし両生類、もしくは性別を認識できない存在に対しても不可能である。

 そしてもう一つは――同じ世界の出身者であること。つまりタツノリで言えば、同じ地球で生まれた者がそれに該当するのだ。


「なるほどな。それでアヤメには魅了が効かなかったのか」


 ユリスの説明を聞いたミナヅキは、深く頷いた。するとここで、ユリスは苦々しい表情を浮かべる。


「うん……更に言えば、魅了は神が与えた特殊な魔法なんだ」

「つまりこの世界に存在する魔法とは、明らかに別物の魔法と言えるのですぅ」

「そういうことね。魅了の魔法が知られてない理由が、やっと分かったわ」


 アヤメは頬杖をつきながら納得した。言わば魅了の魔法は、異世界召喚者だけが得られるチート的な存在の一つなのだろうと。


(まるでどこぞのラノベ主人公みたいな展開ね。案外あの男もそう思って、えらく舞い上がったんじゃないかしら?)


 頬杖をつきながらアヤメは予想する。これが見事な正解だとは、流石に知る由もなかったが。

 するとここで、ミナヅキが訝しげな表情で尋ねる。


「ところで、何でそんな魔法を、アイツにあげちまったんだ? もっと影響の出なさそうな能力もあっただろ?」

「それはそのぉ――手違いというヤツでして」


 イヴリンが左右の人差し指をツンツンと突きながら、とても答え辛そうに視線を逸らしながら答える。

 その瞬間、ミナヅキとアヤメの表情が、あからさまに引きつるのだった。


「つまり私たちは、あなたたち神様の失態でエラい目にあったってこと?」

「……そういうことになってしまうね」


 棘を含むアヤメの言葉に、ユリスは申し訳なさそうに頷く。そしてイヴリンも、残りのパンケーキにフォークを突き刺しながら、深く項垂れていた。


「本当にすみませんですぅ……あむっ、これホント美味しいですねぇ。おかわりあったりしませんかぁ?」

「図々しくねだれる立場じゃないで・しょっ!!」

「あだぁっ!?」


 ユリスに笑顔でチョップされ、イヴリンは再び涙目となる。ここでミナヅキは無言で席を立ち、キッチンへと歩き出した。

 そして奥のほうでゴソゴソと何かを取り出し、テーブルに戻ってくる。


「ほれ」


 ユリスとイヴリンの前に置いたのは、カップ入りの手作りプリンであった。ミナヅキが作り置きしておいた残りである。


「食っていいぞ。その代わり、今回の後始末はちゃんとやってくれな」

「わーいっ♪」


 イヴリンはすぐさまスプーンを手に取り、プリンを食べ始める。もはや他の話なんて耳に入りません、と言わんばかりであった。

 それは目の前のミナヅキも察しており、眉をピクッと動かした。


「……ちゃんと分かってんのか?」

「あぁ、ゴメンゴメン。流石に今回はボクたちの落ち度だから、全部キミたち任せにするつもりは全くないよ。こればかりは本当の本当にね」

「なら良いけど……頼むぞ?」

「うん、任せて!」


 そしてユリスもスプーンを手に取り、プリンを食べ始める。その程よい甘さに、思わず笑顔を浮かべるのだった。


「話は変わるけど、ミナヅキってこんなにお菓子作り得意だったっけ?」

「甘いモノは好きだからな。それに色々と調合してきたおかげで、分量を正確に測ることには慣れてる。気がついたら作れるようになってたよ」

「へぇ、凄いもんだねぇ」


 ユリスが素直に称賛する。彼も常にミナヅキの様子を見てきてはいないため、ここに来て初めて知った内容でもあったのだ。

 そんな彼をよそに、ミナヅキは話題の方向性を元に戻そうとする。


「ところで、他に何か知っていることはないか? なんでもいいけど」

「あ、はい! プリンのお礼に教えるですよ」


 イヴリンがビシッと手を挙げる。頬にカラメルソースをくっ付ける姿は、やはり小さな子供にしか見えない。


「タツノリさんと一緒にいた、マジョレーヌさんって女性、いましたよね?」

「えぇ、確かにいたわね」

「マジョレーヌさんも、私たちと同じ神様なのですよ」

「そうなの……え?」


 アヤメが頷いたところで、ピシッと動きが止まる。そして数秒ほど何かを考え、ゆっくりと顔を上げつつイヴリンに尋ねる。


「マジョレーヌさんが神様って……ホントに?」

「えぇ、ホントですよぉ」


 笑顔でプリンを頬張りながら答えるイヴリン。それに対してアヤメは、なんとか頭の中で理解させつつも、しばらく驚きは抜けそうにないのだった。




お読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。

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