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第八十四話 ユリスとイヴリン



 ここは、殆ど何もない真っ暗な場所。その中心部に、地球の現代日本では当たり前のように見かける、折り畳み式の事務用椅子に座る者がいた。

 その者こそ、神様であるユリスであった。彼はその椅子に座り、足を組み、そして腕を組みながら、怒りという名の笑顔を浮かべている。

 目の前に正座をさせている、ユリスと同い年くらいの幼女に対して。


「さてと、これでようやく落ち着いて話ができるねぇ――イヴリン?」


 ユリスからイヴリンと呼ばれた幼女は、ビクッと肩を揺らす。恐る恐る見上げてみると、満面の笑みで見下ろしてきているのが、ハッキリと見えてしまった。

 恐ろしい。逃げ出したい。なんとかしてこの場からトンズラしたい。

 だけどそんなことをすれば、より何倍もの罰となって返ってくることも、彼女は理解していた。素直に怒りを受けたほうが、早く楽になれる――そう心の中で何度も何度も呟きながら、イヴリンはジッと耐えていた。

 とにかく大人しく黙っていれば――そう考えていると。


「あ、黙っていればいつか終わると思ったら、大間違いってモノだからね?」


 サラリと明るい声でユリスが釘をさす。イヴリンは再びビクッと肩を揺らし、もう生きて帰れないかもしれないと思い始めていた。

 そんな彼女に構うことなく、ユリスは笑顔のまま話を切り出した。


「キミはとんでもないミスをした。それは分かっているよね?」

「ハ、ハイ……ちゃんと分かっておりますですぅ」


 イヴリンは涙目で頷いた。傍から見れば怒るのも可哀想に思えてくるような姿ではあるが、ユリスは断じて容赦するつもりはない。


「分かっているのなら、どうしてボクたちから逃げたのかなぁ? ん?」

「そ、それは、そのですねぇ……世界がイヴリンを呼んでいたと言いますか……」


 視線を左右に逸らしつつ、身振り手振りで笑顔とともになんとか言葉を取り繕うとするイヴリンだったが――


「あぁん?」


 そんなユリスの反応に、一瞬で挫けてしまうのだった。


「……怒られるのが怖かったから逃げてたです。だからそんなチンピラみたいな睨みを止めて欲しいです」

「最初からそう言えばいいのに。素直に謝らないからこうなるんだよ」

「あうぅ、ゴメンナサイなのですぅ」

「全くもう――」


 再び涙を浮かべ出すイヴリンに対し、ユリスは深いため息をついた。


(ホントにコイツってば、散々やらかしてくれたモノだよねぇ)


 先にユリスが言ったとおり、イヴリンは大きなミスをした。そして叱られることを恐れて、世界を渡り歩きながら逃げていたのだ。

 神のトップ――すなわち上司に命じられ、ユリスがイヴリンを追っていた。

 ミナヅキが作った石窯パンケーキの甘い匂いに釣られ、立て続けに二人が立ち寄ったのは、まさにその時だったのだ。

 ユリスはあの後、ミナヅキの家から飛び出して数分と経たぬうちに、イブリンを見つけ出してしまった。どうやらイヴリンは、石窯パンケーキの余韻にノックアウトされてしまっていたらしい。

 結果的にユリスは、ミナヅキに助けられてしまったのだった。


(まぁ、ミナヅキにはいつかお礼をするとして――問題はコイツだよ)


 ユリスはそう思いつつ、ゴホンと一つ咳ばらいをした。


「異世界召喚に選ぶ人間は、あらかじめ僕たち神が、念入りに打ち合わせをした上で査定している――それについては、言うまでもなく知っているよね?」

「は、はいぃ、勿論知っているでございますぅ」

「なのに今回は、本来召喚する予定だった子とは全然違う人が、あの世界に飛ばされてしまったことになる。おかげで神界は大騒ぎだったよ」


 ユリスは疲れた表情を見せ、深いため息をついた。


「そしてあの間違って飛ばしてしまった男――タツノリについてだけど、召喚された際に手に入れた能力に気づいて、好き勝手やらかしまくるしさぁ」

「困ったモノですよねぇ」


 正座したまま腕を組み、しみじみと頷くイヴリン。それを見たユリスは――


「だ・れ・の・せいだと思ってるのかなぁ?」

「いひゃい、いひゃい、いひゃいっ!!」


 ユリスは笑顔で、イヴリンのほっぺたを思いっきり引っ張る。イヴリンは涙目で両手をバタバタと上下に振りながら抗議を示すが、ユリスは全くそれに反応するつもりはなかった。

 伸ばしに伸ばしまくったところでユリスは手を離す。イヴリンは頬をさすりながら恨めしい表情で見上げるが、ユリスはそれを気にも留めずに座り直す。


「全くもう……おかげであの子のフォローも大変だったんだからね?」


 不機嫌さ全開で切り出すユリスに、イヴリンは首を傾げる。


「あの子って言うと、本来召喚されるハズだった……」

「そうだよ。あのまま放っておいたら、本当に大変になるところだったんだ」


 そしてユリスは、本来召喚される予定だった人物の姿を思い浮かべる。タツノリのような青年ではなく、本当にまだ幼い男の子の予定だったのだ。

 その男の子は家庭環境――特に両親の人間性が最悪で、何もしていないのに不幸の道のど真ん中を歩かされているのだった。

 それをユリスが見つけ、上司に掛け合った上で、異世界転移させることにした。


「色々と運命めいてるなぁって思ってたよ。ボクはあの子が異世界で、新たな人生を送る姿を楽しみにしてたんだ。しかし最後の最後で、キミはやらかした」


 異世界転移をさせるには、対象の人物の座標を指定する必要がある。ちょうどその座標設定を担当したのがイヴリンだったのだ。

 指定された数字はちゃんと読み取っていたというのに、これぐらい楽勝ですぅと言って、鼻歌を歌いながら指定したら、見事に数値がズレていた。おかげで転移させる予定でもなんでもなかったタツノリが、間違えて異世界に降り立ってしまったというワケである。

 ちなみにこの作業は立派な神としての業務である。つまりこれは不祥事ということになるのだ。失敗して叱られて終わり、というレベルではない。

 ユリスが言ったとおり、神界は大騒ぎとなった。

 世界を管理し、見守っている神が失敗したという事実は、非常に重いのだ。


「キミが逃げ出したことに気づけなかったのも、ボクがあの子のフォローをしていたからだ。今だから言えるけど、本当に危ないところだったんだよ」


 無我夢中でその男の子の運命に干渉した。なんとか最低限の加護を付与することに成功したのだった。

 それ自体はユリスも安心したのだが――


「つまりその方は、なんとか最悪の事態は避けられたということですね。めでたしめでたしですぅ」


 笑顔でうんうんと納得するイヴリンのほっぺたを――


「いひゃい、いひゃい、いひゃいっ!」

「なーに勝手に、良い話でしたみたく言ってるのかなぁ、キミってヤツはさ?」


 ユリスはまたもや笑顔で、力いっぱい左右に引っ張るのだった。


「そもそもボクがやったのは、あくまで問題を先延ばしにしただけ。ちっともめでたしなんかじゃないんだよ」


 引っ張っていた頬をユリスはパッと放す。再び恨めしそうに見上げるイヴリンであったが、ユリスは目を閉じて深いため息をついていた。


「しかも本来とるべき手続きを完全にすっ飛ばして、無理やりあの子に加護を与えちゃったからね。おかげでボクは、それ相応のペナルティを背負う羽目になってしまったのさ」


 もっともユリスの上司も、その男の子の事情は把握しており、致し方ない部分も大きいと判断された。

 それでも無罪放免ということにはならなかったのだが。


「全く自分のミスを棚に上げて私を責めるなんて、神としてどうかしてますよ」


 イヴリンが堂々と言ってのけたその瞬間、ユリスの中で何かが切れた。


「だ・か・らぁ~!」


 そしてユリスは再びイヴリンの頬に手を伸ばし――


「そもそもの原因であるキミが、なーにを言っているのかなっつってんだよ!!」

「いひゃい、いひゃい、ひゃめひえぇーっ!!」


 三度、頬を思いっきり引っ張るのだった。

 全く反省する素振りを見せていないイブリンに対し、もはや口調さえも変化しつつあるユリス。本来ならば彼が噴き出す怒りを察知しても良さそうだが、如何せんイヴリンは頬の痛みにとらわれ、そこまで察する余裕はなかった。

 ユリスの手が離れ、頬がようやく解放される。同時にイヴリンは涙目で、ふてくされた表情とともに抗議を試みる。


「そもそも座標ってすっごい細かいじゃないですかぁ! あんなのを正確にやれっていうほうが、無茶にも程がある問題に思えてならないんですけどぉ!」


 確かにイヴリンの言っていること自体は、もっともと言えばもっともである。

 地球という広い世界の中から、正確に一点のみを定めるとなれば、いきなり完璧にやるのはとても難しい。

 しかし――


「ボクの記憶が正しければ、キミが自分でやるって言い出したんだよね? 座標指定の経験なんてゼロに等しいのにさ?」


 半目で睨みつけるユリスに、イヴリンは慌てだす。


「な! だ、だったら止めてくれてもいいじゃないですかぁ!」

「やるって言い出すと同時に装置を作動させてただろ? あんなの誰も止める隙なんてなかったよ」

「うぅ……ユリスがイジメるぅ。レイフェル様に言いつけてやるですよぉ!」


 ちなみにレイフェルというのは、ユリスやイヴリンの上司の名であり、神の中でもかなり高い地位を持つ。普段は温厚だが、厳しくする場面も多い。

 しかしながら、イヴリンの言っていることは、もはや幼い子供といっても過言ではないくらいであった。

 同じ神としてどうなのかと思いつつ、ユリスはポケットから端末を取り出す。


「――と、イヴリンが言ってるんですけど、レイフェル様のご意見は?」

『開いた口が塞がらんよ』

「だってさ」

「…………ふぇ?」


 何がどうなっているのか分からず、イヴリンはきょとんとする。そしてユリスが突き出してきた端末を見て、徐々に表情を青ざめさせていく。


「ま、まさか……」

『ずっと聞いていたぞ。全く調子の良さは相変わらずだな』


 レイフェルの声がイヴリンを硬直させる。もはや怯える気持ちすら、どこかへ吹き飛んでしまったようだ。


『座標の指定もできないなんて神様失格ですよぉ――とか言ってたのは、果たしてどこの誰だったかな? とにかくお前の気持ちは十分理解した。このまま見逃すつもりは毛頭ないからそのつもりでいたまえ』


 言うだけ言って、レイフェルは通信を切る。そして端末を操作しながら、ユリスは深いため息をついた。


「キミが逃げ出した時も、全く同じような展開だったよね? なんだったら、ボクが話してやろうか?」

「……端末越しに聞こえるレイフェル様が怖くなって、イヴリンはすたこらさっさと逃げたです」

「なんだ、ちゃんと覚えてるんじゃないか」


 項垂れながら呟くように語るイヴリンに、ユリスは笑みを見せる。ようやく観念してくれたかと嬉しく思ったのだ。


「ちなみにボクがレイフェル様から与えられたペナルティは、逃げ出したキミを捕まえて連れ帰ることだったんだ。これでようやく足枷が取れたってことだね♪」


 踊るような口調で話すユリスであったが、イヴリンの反応はない。完全に絶望しきった表情であったが、流石にもう庇う気にはなれなかった。


「まぁ、それはそれとして――早いところ今の問題を片付けないとだよね」


 例の男の子に施した加護は、あくまで応急処置に過ぎない。つまり時間制限があるということだ。

 加護の効き目が切れる前になんとかしなければならない。

 言わばそういうことなのだが――


(問題はマジョレーヌなんだよなぁ……まさかタツノリと一緒にいるだなんて)


 ユリスは端末を開き、撮影した一枚の画像を出す。

 いかにも調子に乗った様子で、クールに決め顔を作っているタツノリの腕に、豊満な胸を押し付けながら抱き着く大人の女性。

 まさにそれは、短剣使いのマジョレーヌ本人であった。


(ボクたちと同じ神様でありながら、気まぐれが過ぎるんだよねぇ。ホント今回も何を考えているのやら……困ったもんだよ)


 ユリスは再びため息をつき、画像を閉じて端末をポケットにしまうのだった。




お読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。

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