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第七十五話 ラノベ主人公に生まれ変わった青年



「到着、っと」


 ランディは船のタラップを降り、懐かしの故郷の地に足を付けた。そして改めて周囲を見渡してみる。


(フレッド王都か……懐かしいなぁ)


 十数年ぶりに足を踏み入れた故郷は、自然と気持ちを高ぶらせてくる。そして脳内に蘇ってくるのは、やはり幼なじみの姉と過ごした日々であった。


(ベア姉……まだ僕のこと、覚えてくれてるのかな?)


 正直ランディは、自信がなかった。もうとっくの昔に忘れられており、再会しても悩ましげに首を傾げられてしまうのではないかと。

 一応、自分なりに腹を括ってきているつもりであった。しかしいざ降り立つと、やはり緊張が増してしまう。


(もう後戻りはできないんだ。とにかく行くしかない!)


 無理やり自分にそう言い聞かせつつ、ランディは歩き出した。そして賑やかな町の中を見て回る。


(まだ、面影が残ってるもんだね。変わっちゃってる部分もかなり多いけど)


 懐かしい気分を味わいながら歩いていく。幼い頃以来だというのに、意外と記憶に残っていることが、少しばかり驚きでもあった。

 同時に少しだけ寂しさもある。自分の知っている場所がありそうでない。やはりあの頃から長い時間が経過してしまった――そう思い知らされる。


(こーゆーのをノスタルジックって言うんだったかな?)


 そんなことを考えながら歩いていた時だった。


「あれ? もしかしてランディじゃない?」


 突然声をかけられた。振り向くとそこには、仕立て屋らしき作業服を着ている女性と一緒にいる幼なじみの姿があった。


「ベ、ベア姉……」


 ランディは驚きながらも、思わず昔の呼び名を発言する。即座に恥ずかしい気持ちがこみ上げてきた。ここに来ていきなりこの呼び方はないだろう、と。

 しかし――


「うわー、その呼び方懐かしいねぇ♪ やっぱりランディだったんだ!」


 ベアトリスは特に気にする素振りも見せず、むしろ嬉しそうにランディの元へ駆けよってきた。

 しかしランディは、まさかの展開に驚き戸惑うばかりであった。


(い、いきなりベア姉と遭遇するなんて! まだ心の準備が……)


 港に降り立った際の決意は一体どこへ行ったのか。ランディは完全に尻込みしてしまい、混乱して慌てふためいてしまう。


「よ、よく分かった、ね?」


 それが今の頭真っ白状態のランディによる、精いっぱいの発言であった。そんな彼の様子を察しているのかいないのか、ベアトリスは更に笑顔の輝きを増しながら近づいてくる。


「だって今のアンタ、小さい頃の面影そのまんまだもん。要は小さい頃の姿をそのまま大きくしたって感じだし」

「……そうなの?」


 恐る恐る問い返すランディに、ベアトリスは笑顔でハッキリと頷く。


「うん。特に顔立ちがね」


 ベアトリスからそうハッキリと言われたランディは苦笑しつつ、内心では軽くショックを受けていた。


(うぅ……確かに童顔だって言われてきたけど、そこまでだったのかなぁ?)


 ついでに言えば、背もそれほど高くない。平均女性レベルの背丈であるベアトリスよりも、若干低いくらいだ。

 年上の女性からすれば可愛いと頭を撫でたくなるほどの逸材ではあったが、彼がそれをされたことは、実のところ殆どなかった。

 引き取られた叔父の家に、叔母以外の女性がいなかったこと。そして錬金術の勉強をしていた際、同年代の女性が皆無な環境であったため、童顔も身長もそこまでネタにされることはなかったのである。

 それこそこうしてベアトリスに言われた時点で、随分と久々に指摘されたもんだなぁと思ったほどだ。


「ねぇねぇ。ランディって確か、ベアトリスの幼なじみ君の?」


 するとそこに、ベアトリスの隣に立っていた作業服の女性が口を挟んでくる。ベアトリスはその問いかけに、とても嬉しそうな笑みを浮かべ、頷いた。


「うん。リゼッタにも紹介するよ。小さい頃にアタシと一緒に過ごしていた、同じ錬金術師のランディだよ」

「どうもー。服飾師のリゼッタって言います!」

「は、初めまして」


 作業服の女性――リゼッタがひらひらと笑顔で手を振ると、ランディは緊張気味に直立不動となりながら、なんとか言葉を返した。

 するとベアトリスは、更に明るい笑顔を見せてくる。


「いやー、すっごい偶然だね。たまたまリゼッタに付き添って買い出しに出たら、いきなりランディと再会できちゃうんだもん」

「そ、そうだね。僕も驚いたよ」


 顔を近づけてきたベアトリスに、ランディは頬を染めながら視線を逸らす。なんでここまでフランクに話しかけられるんだろう――ドキドキとともにそんな疑問が浮かんでいたその時、ランディの隣からスッと人影が出てきた。


「失礼。キミがあの有名な、錬金術師のベアトリスさんでいいかい?」


 爽やかな笑みを浮かべる青年が、いきなり割り込んできた。それもランディをごく自然に押し退ける形で。

 しかしランディも、そしてベアトリスとリゼッタも、急に出てきた彼に対し、全く反応できずに呆けてしまっていた。

 そんな三人の様子を気にも留めることなく、青年は言葉を続ける。


「僕は剣士のタツノリ。パーティのリーダーも務めている。雑誌でキミの記事を読ませてもらった。とても実力のある錬金術師だそうじゃないか」

「え? は、はぁ……それはどうもです」


 タツノリはベアトリスに顔を近づけながら笑顔を向けている。対するベアトリスはというと、そんなタツノリに対し、徐々に顔を遠ざけようとしていた。

 あくまで笑顔を絶やさない男、そして警戒心剥き出しで男を見上げる女。傍から見れば異様な光景である。

 もっともそれを感じている者は、この場にはいなかった。

 後ろには彼の仲間である三人の女性がいたが、いずれもニタニタと面白そうに笑いながら見つめていたり、面白くないと言わんばかりにムスッとした表情を浮かべるばかりで、彼のことを止めようとすらしていない。

 そしてランディは、ハラハラとした表情を浮かべていた。

 タツノリはかなりのイケメンである。そんな彼に声をかけられ、ベアトリスが彼に惹かれてしまうのではないかと。


(ま、まさかね……いくらなんでも、ベア姉がそんな単純なワケが……)


 しかしそんなランディの願いは――


「ベアトリス。俺はキミに会うことができて、本当に嬉しいよ」


 タツノリがしっかりと彼女の目を見つめたことで――


「……はい。私もタツノリさんに会えて、とても光栄に思います」


 儚く散ってしまうのだった。


「よろしければ、俺と握手をしてもらえるかな?」

「はい! 是非ともっ!!」


 差し出したタツノリの右手を、ベアトリスは両手で包み込むように握った。彼女の目はトロンとしており、頬を染めて彼を見上げている。

 二人の顔が徐々に近づいてきた――その時。


「ちょ、ちょっと待ってよ! ベアトリスってば、どうしちゃったの!?」


 呆然と成り行きを見ていたリゼッタが、我に返って叫び出した。そしてベアトリスの肩を揺さぶるが、彼女は依然としてタツノリに釘付け状態のままであった。


「ハハッ。キミも少し落ち着いたらどうかな? ほうら――ね?」


 タツノリはベアトリスの時と同じように、リゼッタの目をしっかりと見つめる。そして数秒が経過すると――


「……はい。タツノリさんの言うとおり落ち着きますぅ♪」


 リゼッタも熱に浮かされるような状態となり、タツノリに釘付けとなった。そんな二人の様子に、ランディは体を小刻みに震わせる。


(そんな……ベア姉が……ウ、ウソだ! そんなバカなっ!)


 絶望に包まれた表情を浮かべるランディ。信じたくない展開に、もはや頭は真っ白になっているも同然であった。

 一方、ランディが震えている様子を、タツノリはチラリと見ていた。


(クックックッ♪ こりゃ面白い展開になってきたもんだぜ。この俺様に与えられた特殊能力――『魅了』にかかれば、全ての女を従えられるってなぁっ!!)


 そう。これこそが、ベアトリスたちの様子が変化した正体である。

 昨年の春、タツノリは異世界召喚された際に、ギルドでも判明されなかった魔法の存在に気づいた。

 それが『魅了』であり、彼の異世界人生のターニングポイントにもなった。

 魅了を使えば相手の気持ちは自分の思うがままとなる。しかしその効果は異性にしか効かない。つまり同姓――タツノリの場合は男を魅了させることは、不可能ということになるのだ。

 もっともタツノリからしてみれば、これは些細な問題でしかなかった。

 男を魅了したところで気持ち悪いだけだからと。

 そんなことよりもタツノリは、異性であれば魅了させられるという点に、興味を抱いた。異性であれば魔物でも人間でも、お構いなしに魅了できる。これを活かさない手はないだろうと。

 とはいえ、流石にいきなり誰でも魅了する、ということはできなかった。

 しかしタツノリは、持ち前のラノベやゲームの知識を駆使し、レベルを上げれば効果が増すのではと考えた。

 その仮説は正しかった。タツノリは色々な人物を魅了させて行くうちに、魅了の経験値が増して、次第に色々な人物を魅了できるようになっていった。


(マジョレーヌも、クレールも、そしてヴァレリーも。みーんな俺様の魅了でメロメロになった女たちだ。そしてここでもまた、魅了という名の網に捕まった子猫ちゃんたちが、熱っぽい視線で俺を見ている。全くモテる男は辛いもんだぜ)


 そもそも魅了されているだけでモテているワケではないのだが、タツノリはそんなことをちっとも考えてはいない。むしろ魅了こそ、自分に秘められた才能だとさえ思うようになっていた。

 もしそうなら、地球にいた時からそうだったのではないか、と言われたとしても何ら不思議ではない。

 しかしタツノリはそれすらも考えていない。

 彼は完全に調子に乗っていた。魅了さえあれば、お気に入りの女の子を片っ端から我が手に収め、ハーレムを築き上げることも決して夢じゃないと。

 そしてその考えの勢いは、現在進行形で増長中であった。


(もはやベアトリスはゲットしたも同然。オマケも手に入ったが、まぁ色々と使い道はあるだろう)


 外見はあくまで爽やかな笑顔――しかしその内面では、下衆という言葉がピッタリなほどの悪い笑みを浮かべているのだった。


(やはりラノベ主人公に生まれ変わった俺の人生はバラ色である――ってな!)


 まさに気分は最高潮。タツノリは心の中で、両手を広げながら思いっきり笑い声をあげるのだった。


(まぁしかし、フィリーネ王女の時は、ギリギリセーフだったな)


 本当はフィリーネにも魅了をかけようとしていた。しかし場所が場所だと、ギリギリのところで踏みとどまったのだ。その際に少しだけ魅了を発動してしまっていたのだが、なんとか抑えてやり過ごしたのである。

 ちなみにこれこそが、王の間でフィリーネが抱いた違和感の正体であった。

 しかしフィリーネ本人は勿論のこと、タツノリ自身もフィリーネに疑惑を持たれていることなど、全くもって知る由もなかった。


(俺も更に魅了をコントロールできるようになったみたいだな。ハハッ、やっぱり凄いんだな、俺ってば♪)


 気分良さげに心の中で笑うタツノリ。しかし表向きは、ずっと黙ったまま笑顔を向けてきているのみであり、流石に魅了をかけられたベアトリスも、疑問を抱いた様子であった。


「タツノリさん? どうかなさいましたか?」

「へ? あぁ、別になんでもないぞ」


 思わずマヌケな声で返答してしまったが、タツノリはなんとか誤魔化した。そして追及される前に、ベアトリスに畳みかけることにする。


「ところでベアトリス。キミを優秀な錬金術師として頼みがある。是非とも俺たちのパーティに入ってはくれないだろうか?」

「え、ア、アタシをですか?」

「そうだ!」


 そしてタツノリは、再度ベアトリスに強く念じながら言う。


「ちょうど錬金術師がいなくて困っていたんだ。戦いの幅を広げるべく、キミの力がどうしても必要なんだよ!」


 彼女の両肩を掴みながら必死に説得するタツノリ。彼の目がまっすぐと突きつけられ続けたベアトリスは、更に目を潤ませ――


「分かりました。急いで準備して来ます」


 笑顔で頷くのだった。それに対してタツノリは、満面の笑みを浮かべる。


「あぁ。いい返事が聞けて、俺も嬉しいよ。それでえっと、キミは……」


 そしてタツノリは、彼女の隣にいるリゼッタに視線を移す。


「はい。服飾師のリゼッタと言いますぅ」


 リゼッタもトロンとした目を向けてきている。それを確認したタツノリは、やはり満足そうな笑みを浮かべ、頷いた。


「そうかそうか。良ければキミも一緒に来てはどうかな? 歓迎するよ」

「是非とも、よろしくお願いします」

「あぁ。一気に賑やかになって、最高の気分だよ」


 リゼッタまでもがタツノリの魅了の虜となってしまった。もっともその事実を知っている張本人は、心の中で黒い笑みをニタニタと浮かべているのだが。


(あ、あぁ……もうダメだ。ベア姉は完全に、あの人の虜にされてしまった)


 ランディは大ショックを受け、言葉を失っていた。

 現実は無常だった。十年以上も想いを寄せてきた幼なじみが、いきなり割り込んできたイケメン青年の虜となってしまった。


(このままだとベア姉は連れていかれてしまう。でも、僕なんかじゃ……)


 ランディは拳をギュッと握り締める。何もできない悔しさだけが募り、とうとう目を思いっきり閉じ、そのまま背を向けてしまった。


(ゴメン! 僕は無力だ! さよなら、ベア姉っ!)


 ランディはそのまま走り出してしまった。殆どの者が彼のことを気にも留めていなかったのだが――


(え? 今の子って……)


 レジェリーがその後ろ姿に、何かを感じ取った。するとその時、クレールが彼女の様子に気づく。


「どうかしたの?」

「……ううん、なんでもない」


 首を左右に振り、レジェリーは再びタツノリのほうに視線を戻す。しかしどうにも気になり、再びこっそりとランディが走り去った方向をチラッと見てみた。

 しかしもう既にその方向には、彼の姿はどこにもなかった。




お読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。

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