第七十二話 石窯パンケーキでティータイムを
ラステカの町の昼下がり。いつものように静かで平和な時が流れていた。
ミナヅキとアヤメの家も例外ではないが、この度彼らの家の中が、ちょっとした変化を遂げたのである。
「アヤメー、石窯のほうはどんな感じだー?」
チャッチャッチャッチャッ――
ボウルに入れた生地を泡だて器でかき混ぜながら、ミナヅキが問いかける。
「余熱はできてるわよ」
「了解。こっちの準備もできたところだ」
ミナヅキはかき混ぜた生地を、用意していた二つの型に丁寧に流し込む。そしてそれを、熱い石窯の中に入れていった。
燃え盛るオレンジ色の炎の中で、生地が焼かれていく。
ちなみに作っているのは厚めのパンケーキ。トッピングとして、甘いシロップとクリームも用意している。更にアヤメが温かいミントティーを準備しており、二人の楽しいティータイムは着々と近づいているのだった。
「あとは、しばらくお待ちくださいってね」
キッチンミトンを取り外し、ミナヅキがボウルなどの洗い物に取り掛かる。そこにお茶の準備を終えたアヤメも歩いてきて、水切り籠に溜まっている乾いた皿を取り出し始めた。
「それにしても、まさかウチに石窯が来るとは思わなかったわ。生産工房の人たちの底力も、少しだけ分かった気がするし」
「ソイツはなによりだ」
アヤメの言葉に苦笑しつつ、ミナヅキは改めてキッチンの脇に新設された、とても大きくて頑丈そうな石窯の姿を見る。
それはつい先日、生産工房から譲り受けた代物であった。
生産職たちによる大規模な共同制作が行われ、その成果がこの石窯であった。
「元々は、王宮やギルドに売り込むためのイベントだったのよね?」
「そんな感じだな。昔はそうでもしないと仕事が取れないほど、周りからの冷遇っぷりが半端なかったらしいから」
「今は別にそうする必要もないんでしょ?」
「まぁ、確かにそうなんだが、昔からの習慣ってのも根強いらしくてな」
「それでお祭り騒ぎみたく、大々的にやるようになったってこと?」
「らしいな。俺も話に聞いただけだから、どこまで本当なのかは知らんけど」
何故ミナヅキがこの石窯を譲り受けたのか――それは、肝心の石窯を設置できる自宅を持つ者が、他に誰もいなかったからである。
正式に言えば、石窯を使った料理をするかどうかという問題もあった。
幸いなことにミナヅキは、石窯のテストがてら、その場でパンケーキやピザ、簡単なパンなどを作って振る舞った。そこでガルトたちが、ミナヅキならこの石窯を使いこなせるだろうと言って、譲り渡したのである。
ただしそれでも、そのまま置くには安全面からしても不十分であり、結果的に新たな石窯スペースを作る羽目になった。
つまりなし崩し的に、キッチンのリフォームが決まったのである。
そこでまた、生産工房が意気揚々と立ち上がった。大工を中心にあれよこれよと皆が動き、あっという間に石窯を含めた調理スペースが完成。もはや小さな喫茶店を想像させるほどに仕上がった。
「これだけのリフォーム、普通なら相当なお金かかるわよね?」
「かかるだろうな。少なくとも一般家庭のレベルは、明らかに超えてるだろ」
「それを全て、工房の人たちが御厚意でやってくれたんだからねぇ。流石に驚かずにはいられなかったわ」
「あぁ。事実上のタダってことだからな」
当時のことを思い出したミナヅキとアヤメは、揃って苦笑を浮かべていた。
「とにかくあの石窯は、予想以上の良い出来栄えになったから、ギルドでも量産をおススメするって言われたらしい」
「だからモニターも兼ねて、タダでもらってきたってこと?」
「そんな感じだ」
設置する際、定期的に石窯を使った感想を聞かせてくれと言われていた。その時は深く受け止めていなかったが、今のミナヅキの言葉で、ようやく意味が理解できたような気がする。
そんなことをアヤメが思っていると、ほんのりと甘い匂いが漂ってきた。
「そろそろ焼き上がったかな?」
洗い物を終えたミナヅキが呟きながら、いそいそと石窯の前に移動する。アヤメも彼に続き、二人でパンケーキの様子を覗き込んだ。
「うん、いい感じだ」
「美味しそうね」
「早く食べてみたいですぅ」
「そう焦らなくても、すぐに食べられ……ん?」
今、明らかに一人多かった。ミナヅキはそう思いながらアヤメを見ると、彼女も同じことを思ったのか、キョトンとしながら視線が合った。
そして二人は、更なる気配を感じ取り、恐る恐る視線を下に落とすと――
「クリームさんとシロップさんを、たっぷりとかけたいですぅ」
幼女がそこにいた。当たり前のようにミナヅキたちの間に入り、石窯の中をじっと見つめており、ミナヅキたちのことなどお構いなしといった感じであった。
ミナヅキはアヤメを手招きで誘い、幼女から距離を取って小声で話す。
「な、なぁ、あの子供、誰?」
「知らないわよ。アンタこそ何か知って……なさそうね」
「あぁ」
戸惑うミナヅキたちに、幼女がくるりと振り返る。
「ねぇねぇ、もうパンケーキ焼けたんじゃないですかぁ? 早く食べようよぉ」
確かにパンケーキはしっかりと焼き上がっている。もたもたしていたら焦げてしまいそうであった。
ミナヅキはとりあえず、石窯からパンケーキを取り出した。
少し焼き過ぎてしまったものの、それほど焦げていないのが幸いであった。
二つのパンケーキをそれぞれ三等分に切り分け、幼女の分も用意する。シロップとクリームをふんだんに盛り付けたそれに、幼女の目はキラキラと輝いていた。
パンケーキとミントティーが並べられたテーブル席に、ミナヅキとアヤメが並んで座り、それと向い合せる形で幼女が席に着いた。
そして三人で一緒に手を合わせる。
『いただきます』
思わぬ形ではあるが、ミナヅキたちのティータイムが始まった。
幼女は美味しそうにパンケーキを頬張り、ゴクリと飲み込んだところで、温かいミントティーを冷ましながら飲む。そして笑顔を輝かせ、再びフォークでパンケーキを突き刺し、それを口に運んではモシャモシャと幸せそうに食べる。
「ねぇ、ミントティー大丈夫だった? なんなら紅茶とか用意するわよ?」
アヤメがそう尋ねるも、幼女は笑顔で首を左右に振った。
「大丈夫ですぅ。このお茶も綺麗な色をしていて美味しいですよ♪」
「そ、そう。なら良かったけど」
割と癖が強いので小さな子供受けし辛いと思っていたのだが、どうやら杞憂だったようだとアヤメは安心する。
しかしそれはそれとして、一番気になることがあった。
ミナヅキとアヤメは、パンケーキにもミントティーにも一切手を付けず、目の前にいる幼女が一体どこの誰なのかを考える。
「この町じゃ見かけない子よね?」
「あぁ。俺個人としては、ユリスに似てる感じもするんだよな。こう、神出鬼没的なところとかさ」
「言われてみれば……」
アヤメはミナヅキの言葉に妙な納得を覚えた。
「もしかして、ユリスと同じ神様とか?」
「あり得るだろうな。神様は他にもいるって、アイツ言ってたから」
そんなミナヅキとアヤメの会話など全く聞いていないのか、幼女は夢中でパンケーキを食べていた。
ちゃんとフォークを使いこなし、こぼすことなくしっかりと口に運ぶ。そしてクリームなどで汚れた口元を、ナプキンで拭き取っていた。
やはりこの幼女は年相応に見えない――それがミナヅキたちの感想であった。
「ごちそーさまでした。とっても美味しかったですぅ♪」
あっという間に平らげた幼女は、眩しい笑顔を向けてきた。
「それは良かった。じゃあ、そろそろキミが何者なのか、話を聞かせ――」
ほんの瞬きするレベルで目を逸らしただけだった。しかし幼女は、そのわずかにも程がある隙をついて、姿を消してしまった。
再び戸惑いの表情でアヤメを見る。彼女もミナヅキと同じく、消えた瞬間を見逃していたようだった。
「……あの子、一体何だったのかしら?」
「さぁな」
ミナヅキは小さなため息をつく。殆ど会話もなく、ただ単にパンケーキを食べていっただけ。それで一体何をどう判断すれば良いというのか。
とりあえず幼女の分の皿を片付けよう――そう思いながらミナヅキが、空の皿に手を伸ばそうとしたその時だった。
「やっほー、お二人さんっ♪」
今度はユリスが、いつの間にか二人の据わるテーブル席の脇にいた。そして彼の視線は、即座にミナヅキたちのパンケーキに向けられる。
「なんか美味しそうな匂いがしてるけど、パンケーキ焼いてたんだねぇ」
チラチラッ――ユリスの期待を込める視線が、ミナヅキに向けられている。それが何を示しているのか、ミナヅキは考えるまでもなく理解できた。
「……これで良ければ食うか?」
ため息交じりに、ミナヅキが自分の皿を差し出すと、ユリスは目を見開いた。
「いいの?」
「あぁ。遠慮するな」
「わーい、やったーっ♪」
両手を上げて喜びながら、ユリスはミナヅキたちの前に座る。ちょうど幼女が座っていた席であった。
「いっただっきまーすっ♪」
パンッと音を立てながら手を合わせ、ユリスはご機嫌よろしく笑顔でパンケーキを頬張る。
おいひぃ~、と蕩けるような口調で幸せそうにしているユリスを見ながら、どのタイミングで彼がここに来た理由を尋ねようかと、ミナヅキは冷めた目つきでボンヤリと考えるのだった。
◇ ◇ ◇
「はぁ……ホント最高のティータイムだねぇ」
ゴクンと喉を鳴らし、ユリスが満足そうに息を吐く。それをミナヅキは、頬杖をつきながら冷めた目つきで見ていた。
「それは良かった。ところで、今日はまたどうしてここに?」
「あ、そうだ忘れてた。ちょっと色々とややこしいことになってたんだった」
あっけらかんと言うユリスに、ミナヅキは眉をピクッと動かした。
「いや、ややこしいことなら忘れちゃマズいだろ」
「まぁまぁ細かいことは置いといて」
置いとくのもどうかとミナヅキは思ったが、話が大幅に逸れる気もしたため、とりあえずここは黙っておくことにした。
「実は、ボクの同僚がポカやらかしちゃってねぇ。それで今、ちょっとその子を追いかけているところなんだよ」
サラリと告白するユリスに対し、ミナヅキは表情を引きつらせる。
「……いや、だったらこんなところでパンケーキ食べてる場合じゃないだろ」
「だいじょーぶ! おやつ休憩は織り込み済みだから!」
「あぁ、そう」
もはやツッコむ気力も失せた――そう言わんばかりに、ミナヅキは投げやりに応えながらため息をついた。
「で? 実際にそれは大丈夫なんだろうな?」
「勿論だよ。ボクにかかれば、同僚なんてすぐに捕まえられるさ。けれど問題は、その先のことなんだ」
ユリスは神妙な表情を見せつつ、最後のパンケーキの一口をパクッと食べた。
「この調子だと、ミナヅキたちも巻き込んじゃうかもしれないから、それを伝えておこうと思ってたんだ」
「……パンケーキ食べながら話すことじゃないよな、それ」
頬杖をつきながらミナヅキが呆れたように言う。すると隣から、アヤメが小さく笑う声が聞こえてきた。
「どっちにしても、また少し騒がしいことになりそうね」
アヤメはパンケーキを一口分フォークで取り分け、それをミナヅキの口元に持っていく。俗に言う『あーん』の形だが、それをミナヅキは――
「そうだな」
特に恥ずかしげもなく、そのパンケーキをあっさりと食べるのだった。そこでミナヅキは、ついでだから話しておくかと思い、今しがたこの場にいた不思議な幼女のことをユリスに包み隠さず打ち明ける。
すると――
「えぇっ! イヴリンもここに来てたのぉっ!?」
ユリスは目を見開きながら叫ぶ。あの幼女はイヴリンという名前なのかと、ミナヅキとアヤメは冷静な表情で思っていた。
「あぁ。お前と同じく、パンケーキの匂いにつられてな」
「なるほどねぇ、一足違いだったってことか……だったらまだ、イヴリンはこの近くにいるってことだよね? パンケーキ食べてる場合じゃないじゃん!」
「だろうな」
「だろうなって、そんな呑気に……あぁもう! こうしちゃいられないっ!!」
ユリスは慌てて残りのミントティーを飲み干し、席を立つ。
「じゃ、ボクはこれで! パンケーキ美味しかったよ!」
そしてユリスは瞬間移動の如く、忽然とその場で姿を消したのだった。嵐が過ぎ去ったような感覚に陥り、ミナヅキとアヤメは呆然とする。
「さっきの子、やっぱりユリスと同じ神様だったみたいね」
「だな」
ミナヅキは頷きつつ立ち上がり、開いた皿とカップを持ってキッチンへ向かう。
「結局アイツらは、ウチにパンケーキを食べに来ただけってことか」
「前々から思ってたけど、来るなら来るって一言くらい連絡して欲しいわよね」
「全くだ」
憤慨しつつも、二人揃ってその口調に、それなりの笑みが込められていた。やんちゃな子供に向けた親みたいな、そんな雰囲気を醸し出しつつ。
「なんかティータイムって感じがしなかったな。気分直しがてら、晩メシも石窯でなんか焼いてみるか」
「あっ、じゃあピザ食べたい!」
ミナヅキの提案に、アヤメが勢いよく立ち上がりながら言う。
「ベーコンと玉ねぎたっぷりでお願いね! あっ、そういえば確か、冷凍していた魚介類もあったような……」
「じゃあベーコンとシーフードで二枚作ってやるよ」
「やった♪ でもそれだと野菜が足りないわね」
「野菜代わりの薬草サラダなんてどうだ?」
「それ良いわね。ついでに薬草スムージーもお願いね。私も手伝うわ」
「へーい」
自然と夕食のメニューも決まり、ミナヅキもアヤメも気分が良くなっていた。
石窯を使うチャンスが増え、工房への報告内容も増やせる――それもミナヅキが嬉しく感じる、一つの理由なのであった。
(そのうちどこぞの王女様も、ウワサを聞きつけて乗り込んできそうだな)
皿とカップを洗い終わり、夕食のピザに乗せる具材を吟味しながら、ミナヅキはほくそ笑むのだった。
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