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駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ  作者: 壬黎ハルキ
第三章 追放令嬢リュドミラ
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第六十三話 闇に堕ちゆく王子様



「くそぉっ!!」


 ガンッ――と、大きな鈍い音が部屋に響き渡る。ロディオンが自室の壁に拳を思いっきり叩きつけたのだ。

 決して小さくない痛みと痺れが広がり、それが余計に苛立ちを募らせる。


「何なんだよ……何でこんなに上手くいかねぇんだよ、くそぉっ!!」


 そしてもう一度、壁に拳を勢いよく叩きつける。その音は当然、廊下にまで聞こえており――


「あの、どうされましたか、ロディオン王子?」


 控えていたメイドにも聞こえていた。心配して扉をノックし、安否確認を兼ねて呼びかけるのは、至って当然の行為と言える。

 しかし今のロディオンには、それすらも邪魔な行為にしか思えなかった。


「何でもない。気にするな」


 あからさまに怒りを込めた口調で言うが、当然メイドはそれで納得しない。


「いや、明らかに何かありましたよね? 気にするなと言うのも――」

「うるせぇっ! 良いから黙って下がってろってんだよ!!」

「――――」


 メイドは何も言わずに、パタパタと足音を立てて、部屋から遠ざかっていく。それと同時に、ロディオンの中でほんの少しだけ、頭が冷やされていった。


「……ちくしょぉ」


 今度は情けない気持ちに駆られた。声を荒げただけでなく、乱暴な言葉で強引に追い返してしまった。

 生まれ変わったと思ったのに。

 どんな状況でも常に堂々と振る舞い、女性には優しい言葉で接する――そんな自分になれたハズだったのに。

 さっきの自分は、明らかに幼い頃の自分そのもの。出来損ないと言われ、飾りの王族と呼ばれていた頃の自分に、戻ってしまったようではないか。


「リュドミラ……俺は……」


 本来の一人称になっていることに、ロディオンは気づかない。それほどまでに、彼は己を失いつつあった。

 光指す明るい道を歩いていたと思っていたら、いつの間にか暗い闇への道。戻ることはおろか、立ち止まるという意志すら出てこない。

 ただ、闇に呑み込まれていく――それが今のロディオンの心であった。


「ちゃんと伝えた……紛れもない本心だったんだ! それなのに……」


 幼い頃から想い続けてきた婚約者。彼女の顔を忘れたことなんてなかった。

 そっけなくしていたのも、彼女に気にかけて欲しかったからだ。

 強さと知識を磨くことに必死となっている、クールで孤高の存在こそが、男として最高の姿だと勝手に思い込んだ上で。

 そして、振り向いてもらいたいがために、彼女の妹を利用した。

 彼女の妹が、姉を陥れようとしていることも知っていた。あえて何も知らずに嵌められたことを装っていたのだ。

 そうすれば彼女は、あらぬ疑いをかけられて容赦なく追い出される。

 しかし、ただ何もしないままでは、確実な成果は得られない。だから自分も芝居として乗っかることにした。

 それが婚約破棄を宣言することであった。

 きっと彼女は追い出された後、途方に暮れて泣き出すに違いない。そこを自分が颯爽と見つけ、優しい言葉とともに手を差し伸べ、救い出す。

 ――全ては芝居だった。キミの妹の悪事を暴くために、仕方なくやったんだ。

 そう呼びかけて彼女を振り向かせる。そして全ての罪を彼女の妹に奉げ、表舞台から消えてもらう。アレクサンドロフ家もただでは済まないが、ロディオンからすれば許容範囲の一部でしかない。

 シナリオはとても順調に進んでいた。

 目論見どおり彼女は追い出され、あと一歩のところまで来たと思っていた。

 しかしそれは、いきなり破綻してしまう。まさか彼女が早々に、船で国を出てしまうとは思わなかった。

 おかげで愛してもいない女を愛するフリを、しばらく続けなくてはいけなくなってしまった。


(この数ヶ月間はとても苦痛だった。何も知らないあの女は、王家の婚約者という立場を利用して、更に好き勝手やり出すようになった。俺が裏でどんな苦労をしていたのかも、全く考えようともせずにな!!)


 更なる苛立ちが募り、ロディオンの表情を大きく歪ませる。

 公式に発表されていない時点で、まだ堂々と振る舞うことは遠慮するべきだ。しかし彼女の妹は、それを全く理解しようとしない。

 ――ロディオン様と結ばれることは決まっているのですから、隠す必要なんてどこにもありませんわ♪

 だからそういう問題ではない――どれだけ言っても聞かなかった。

 神経をすり減らし続け、溜めてきた我慢に限界が訪れようとしてきた、まさにその時であった。

 ――長いこと彼女に仕えていた執事が、今の王家を陥れようとしている。

 そんな情報が舞い込んできた。ロディオンは独自に調査し、その執事のことを徹底的に調べ上げた。

 そしてロディオンは、前の王家に関わる人物が関係していることを知った。

 自分の祖父が、前の王家を追いやったことは知っていたが、まさかそれを復讐しようとする者が現れるとは。

 ――チャンスだ!

 ロディオンはそう思っていた。

 その復讐劇を利用し、こんどこそ彼女を自分のモノにしてやる。

 彼女が再び自分の元に戻ってきたところで、くだらない復讐劇を断ち切らせ、彼女の妹と一緒に、全て闇に葬ってしまえばいいだけの話。

 そう思いながら再び計画を立てていった。

 もうすぐ彼女を手に入れられる。その為ならば、もう少しだけあのバカ女のことも我慢できる。

 ロディオンはほくそ笑みながら再会を楽しみにしていた。

 そして遂に、その時は来た。

 例の執事は何故か姿を消してしまっていた。しかしそれをロディオンは、気にも留めていなかった。

 遂に目的が達成できる――もはや彼の頭の中に、そのことしかなかった。

 しかし――


『あなたがあたしにハッキリと婚約破棄してくれて、本当に感謝しているわ♪』


 彼女から笑顔でそう言われた。最初から好きでもなんでもないと。

 強がりなどではない、本気の言葉であることは、愛する人物だからこそよく分かってしまう。


「あぁ、くそおぉーっ!!」


 ロディオンは椅子を思いっきり蹴り飛ばす。壁に勢いよくぶつかった衝撃で、装飾の一部が取れてしまったが、そんなことを気にする余裕はない。


「これまでの修行は、一体何だったんだ! アイツのために死ぬ思いをして頑張ってきたのだから、報われるのが当然ではないのか!?」


 頑張れば何かが得られる。それがロディオンにとって、当たり前のことだった。それが見事に覆されてしまった瞬間、彼の中の常識にもヒビが入った。

 どうしてここまで目論見が外れに外れてしまうのか。

 全ては彼の独りよがりによる結果なのだが、本人はそれに気づいていない。


「オマケにあのバカ女も追いかけてきやがったし……まぁ、用済みになったヤツを相手にする理由もないがな」


 だからこそ、彼女の妹を手酷く突き飛ばしてやったのだ。

 むしろ最後の引導を、王子であるこの自分が直接渡してやるのだから、感謝してほしいくらいだと思っていた。


「もうあのバカ女のことは忘れてしまおう。そんなことよりも――」


 ロディオンはさっさと、一時的な婚約者のことを、記憶から除外する。そして、未だ想いを寄せる彼女について考え出した。


「リュドミラ……キミはきっと、誑かされているんだな。そうに違いない!」


 完全なる自分勝手な解釈で、ロディオンはそう決めつける。そして彼は、港で彼女と一緒にいた、二人の男女の存在を思い出す。


「恐らくあの二人だな。俺のリュドミラに妄想を吹き込みやがって……これは捌きの鉄槌を下してやる必要があるな。だが――」


 彼女は明らかに、あの二人を慕っている。だからこそ厄介だ。もしそのまま捌きの光を浴びせてしまえば、間違いなく彼女は怒り、自分に対して愛想を尽かせてしまうだろう。

 ここで今までのロディオンならば、それだけは避けたいと思っていたのだが。


「フッ、そうだな……皆まとめて潰してしまうのも、良いかもしれんな」


 もはやロディオンは、怒りと嫉妬と憎しみで我を失っていた。そして彼はそのまま歩き出し、人知れず部屋を出るのだった。



 ◇ ◇ ◇



 王宮の地下へと通じる階段は、普段は厳重に警備されている。しかしその警備を担当しているのは、王宮騎士という人間に過ぎない。

 メドヴィー王国に在籍している騎士たちは、皆揃って魔法のエキスパートだ。

 魔法で攻撃することは勿論のこと、魔法に対する対策も万全であり、魔法で彼らに勝つのは至難の業である。

 しかし――あくまで強い耐性は、相手が魔法に限る話でしかなかった。


「クックックッ、まさかこんな粉一発で、簡単に通れちまうとはな」


 地下へと通じる長い階段をゆっくりと下りながら、ロディオンはポケットから包み紙を取り出す。

 以前、修行の旅で得た特殊な粉で、吸い込めばたちまち眠りにつく代物だった。

 当時は魔法以外の物を使うことをためらい、かといって突っぱねるのも良くないという判断から、もらっておいて使わないという選択をした。そしてロディオンの常備しているポーチの中で、そのまま何年も眠り続けていたのである。

 ――眠り続けていた粉が覚醒したことで、今度は仕掛けた相手が眠りについた。

 そう考えたロディオンは、くだらなさ過ぎて面白いと噴き出していた。


(見張りはぐーすか眠っちまったから、しばらくは起きないだろう。その隙に、例の封印された魔物を探さなければ)


 それこそが、ロディオンの狙いであった。

 祖父が特殊な魔法具を使い、封印したと言われている魔物。それを解除して魔物を地上に飛び出させる。そうすればメドヴィー王都は、あっという間に瓦礫の山と化すだろう。当然、王都にいる者たちに、逃げる余裕など与えない。


「もうすぐだよリュドミラ。俺と一緒にこの王都で散るんだ。そしてあの世で二人仲良く暮らそう。俺たちは永遠に離れることはないぞ!」


 あなたを殺して私も死ぬ――要はそれをやろうとしているのだ。

 もはやロディオンの目に光は宿っていない。正気かどうかを疑う余地もない。ただ突き進むだけである。

 光の届かない、暗闇の底へ。


「ふむ。広い場所に出たな。さしずめ闘技場といったところか」


 狭い道を抜けたロディオンは、広い場所に出た。そしてその中央には、魔法具によって厳重に封印されている魔物がいた。

 封印魔法が淡い光を放っており、その姿の凄まじさをより物語っていた。


「コイツか……またでっかい図体をしているな」


 まるでほしかったオモチャを見つけたかのように、ワクワクしたような笑みを浮かべながら歩き出す。

 魔物を縛り付けている魔法具に手を伸ばそうとしたその時――


「ロディオン王子!」


 後ろから騎士の恰好をした男性が、数名の兵士とともに駆けつけてきた。そしてロディオンの様子を見て、騎士の男性は血相を変える。


「王子! あなたが何しようとしているか、理解しておいでですか!?」

「封印された魔物を解放する。この状況でそれ以外にないだろう」


 何をバカなことを言っているんだ――そう言わんばかりに、ロディオンは騎士の男性に向かって呆れ果てたような視線を送る。

 それを受けた騎士の男性は、一瞬だけ呆けた表情を見せるも、すぐに我に返る。そして再び血相を変え、ロディオンに向かって叫び出した。


「今すぐその魔法具を手放して、こちらに来てください。今ならまだ、一時の迷いということで、特別に見逃すこともできます!」

「その必要はない。何故なら俺は、迷ってなどいないからだ」

「――っ! お願いですから、どうか落ち着いて私の話を聞いてください!」

「だからこうしてちゃんと聞いてるじゃないか。お前のほうこそ、少しは落ち着いたらどうなんだ?」

「私のことなど、どうでもよろしい! 今は王子のことが最優先です!」

「そうか。ならばそこで、俺がやることを見ているがいい」


 どこまでも通じない会話に、騎士の男性は絶句してしまう。そして覚悟を決めたかのように、目を閉じながら言った。


「こうなったら――私自らの手で、王子を止める他はありません」


 騎士の男性は、腰に携える長剣を抜いた。


「メドヴィー王国騎士団長の名にかけて、ロディオン王子をお救いいたします!」


 高らかに叫びながら、騎士の男性――もとい騎士団長は、長剣をロディオンに思いっきり突き出すように向ける。

 同時に控えていた兵士たちも、次々と剣を抜き出した。

 しかしロディオンは全く慌てる様子などなく、むしろ楽しそうに笑っていた。


「随分と威勢がいいことだな……まぁ、もうとっくに終わっているんだが」

「何を――ぐっ!?」


 騎士団長が問いかけようとしたその瞬間、突如意識が揺らいだ。力が抜け、視界が揺れ動きながら倒れていく。


「ホントに効くもんだなぁ、この粉。下手な魔法よりも役に立つぞ」


 そう言いながらロディオンは、手のひらを広げる。そこに忍ばされていた包み紙が披露され、粉がキラキラと光りながら、ふんわりとした風に乗って騎士団長と兵士たちの元に飛んでいく。


「俺だって魔法は使えるし、その対策もちゃんと考えている。バレずに粉を狙った場所に飛ばすなんざ、朝メシ前ってヤツだ」

「ぐ……無念!」


 騎士団長はバタッとその場に倒れ、意識を失う。兵士たちも既に倒れ、立っている者はロディオンだけとなった。


「さーて、これで邪魔はなくなったな」


 粉の包み紙を閉じ、ポーチにしまいながらロディオンは振り向く。そして魔法具に手を伸ばし、それを思いっきり掴んだ。

 ――パアアアァァァーーーッ!

 魔法具から魔力が流れ出し、がんじがらめの封印に次々と行き渡る。封印にヒビが入り、それが全体に広がっていく。

 そして遂に――封印魔法が完全に解かれた。


「ふっふっふっ、大成功ってヤツだな。これで――ぐっ!?」


 不敵な笑みで魔物が動き出す様子を見上げていたその時、胸の奥を何かが握り潰す勢いで掴んだような感触がした。

 痛さはなく、苦しみに等しい不快感がこみ上げる。ロディオンは思わず心臓の部分を押さえてみるが、体自体はなんともない。


「グルルルルォォオオオオ――――」


 地の底から這い上がるような唸り声。同時に魔物が起き上がり、その姿がハッキリと分かるようになった。

 動物がモチーフとなっているようではあるが、どの動物かは判断がつかない。恐らく四足歩行で、鋭く尖った耳と尻尾はとても堅そうであった。

 ロディオンが確認できたのは、それだけであった。

 胸の苦しみに加えて、体から何かが抜き取られるような感覚に陥り、既に立っているのが限界の状態となっていた。


「ぐぅ……がはぁっ!!」


 そして遂に苦しみに耐えきれず、ロディオンはその場に倒れ、意識を失う。更にロディオンから魔物へ、淡い光が流れ込んでいき――


「グルルルル――グオオオオォォォーーーーッ!!」


 魔物が急激に元気を取り戻し、凄まじい咆哮を上げるのだった。




お読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。

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