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駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ  作者: 壬黎ハルキ
第三章 追放令嬢リュドミラ
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第五十七話 新たなる調合薬



「ほう、各地の素材集めと工房の調査を――それはまた感心なことですな」

「いえいえ。単なる気ままな旅ですよ」


 熱い紅茶をご馳走になりながら、ミナヅキはグリゴリーと話をする。

 流石に連れ去られてきたとは言えず、たまたま旅行がてらこのフレッド王国にやってきたと話してみた。しかし憧れの人に会えて興奮していたグリゴリーは、それをいとも簡単に信じてしまった。

 その様子に若干引いたものの、ひとまず助かったと思うミナヅキであった。


「ところでミナヅキさん。もう昼食は済ませられましたかな?」

「あー、そう言えばまだですね」


 言われてようやく、既に昼を越えていたことに気づいた。話が終わったら中心街に戻って何か食べようか――そんなことをボンヤリ考えていると、グリゴリーがガタッと物音を立てながら立ち上がる。


「いけませんぞ! 若いモンが食事を抜くなど!」


 急な大声にミナヅキは驚き、呆然とした表情で見上げる。そんな彼の様子に気づいているのかいないのか、グリゴリーは構うことなく言葉を続けた。


「若いうちにしっかり食べてこその健康ですぞ。待っていてくだされ、今からワシが腕によりをかけ、力の付く食事をご馳走して差し上げますぞ!」

「は、はぁ……どうも」


 ミナヅキが返事をしたときには、既にグリゴリーは動き出していた。

 かまどに鍋とフライパンを並べていき、冷蔵庫や棚、隅に置いてあった大きな木箱などから、食材を取り出していく。

 どうやら薬草をふんだんに使った肉料理を作るようだ。

 薬草を料理に使うこと自体は珍しくない。健康料理の一種として広まっており、ここ近年は健康ブームも相まって、調理師の間で研究が進められている。

 それでもたくさんの種類の薬草を惜しみなく大量に使うというのは、ミナヅキも初めて見るのだった。


(あんなにたくさんの薬草をどうするんだろう? サラダにでもするのか? それともハーブみたく香り付けとか? 色々と考えられるが……)


 アヤメと結婚してから頻度は減っているが、ミナヅキも料理はできる。特に調合師という職業柄、薬草だけはいつも潤沢にストックしている。故にミナヅキが料理を作る場合、野菜代わりに薬草を取り入れることも少なくないのだ。

 恐らくグリゴリーもそうなのだろうと、ミナヅキは思った。

 実のところ薬草の調合技術は、意外と料理にも応用できる。すり潰したり火を使って煮詰めたり、場合によっては煎ったりもするからだ。

 故にミナヅキも料理技術の習得は、それほど苦労はしなかったほうである。余談ではあるが、生産職の人間はその職業の都合上、手先が器用な者が多く、割と料理上手な者が多かったりするのだ。

 だからこそ、グリゴリーに対する料理の腕前も、期待はできるほうだろう。

 現にさっきから、肉を焼く音とともに、スパイシーな香ばしい匂いが部屋中に漂っている。更にぐつぐつと鍋で何かを煮ている音も聞こえている。恐らくスープでも作っているのだろうと、ミナヅキは予測した。

 どうやら思わぬ形で豪勢な昼食にありつけそうだ――そう思いながら、出来上がりを楽しみに待つミナヅキなのだった。

 そして――


「待たせましたな」


 遂にグリゴリー特製の料理が完成し、テーブルに並べられた。

 予想以上の豪華さに、ミナヅキは驚きを隠せない。そこらのレストランよりも遥かに上なのではと思えてくるほどだ。

 芳醇な香りに口の中が涎で溢れそうになり、それをゴクリと飲み込んだ。


「こりゃまた凄いですね――いただきます!」


 両手をパンと合わせ、軽くお辞儀をしてミナヅキはフォークを手に取る。

 まずはこんがりとソテーされた肉だ。厚みのあるそれは、大きめの薬草が丁寧に巻き付けられている。

 それを一口食べてみた瞬間――


「うっま!!」


 驚きとともに、率直な一言がミナヅキの口から放たれた。

 味付けされた肉に巻き付けられた薬草。たったそれだけなのに、こんなにおいしいと感じられるとは。


「この苦み……すり潰した薬草も仕込んでるのか?」

「流石はミナヅキさんですな。かなり好みが分かれる味ではありますが、これがなかなか癖になりましてのう」


 確かにグリゴリーの言うとおり、子供には受けが良くない味ではあるだろう。しかしミナヅキには、二個目三個目とフォークが進んでしまう。そして薬草と野菜のスープもまた、飲むだけで体がより温まるような感じがしていた。

 これも薬草の効果なのか。それとも単なる気分の問題か。どちらにせよ、ミナヅキの心を満足させてくれることは間違いなかった。

 主食である焼き立てのパンも、ほのかな甘みと渋みを感じる。マーマレードでも入ってるのかと思いきや、生地の中に入っているのは緑色の何かであった。

 その何かの正体が薬草であることは、すぐに分かった。オマケに紅茶も薬草を使って淹れてある。まさに薬草尽くしとはこのことか。


(にしても、マジで美味いな。凄いボリュームなのに、どんどん食えちまう)


 むしろ食えば食うほど腹が減るような気さえしていた。まだ十代の若さだからというのもあるのだろうが、それを差し引いてもこの食欲は何なのだと、ミナヅキは自分に対して驚きを隠せないでいる。


「ふっふっふっ、どうやら無限に食べられる気がすると、不思議に思われておられるようですな」


 ミナヅキの考えを見透かすかのように、グリゴリーはニヤリと笑った。


「全てはこのワシが、丹精を込めて育てた薬草の力ですじゃ」

「……やっぱりそうでしたか」


 それとなく予測はしていた。薬草が程よい消化の手助けとなっていることを。それも何種類もの薬草を合わせることで、相乗効果を引き出していることも。

 ミナヅキはずっと、野菜が足りないときに追加する――いわば気休めのサプリメント的な考えしか持っていなかった。しかしそれは大きな間違いだったと、ここに来て気づかされた。

 調合の素材としてありふれた薬草でも、使い方次第では大きく発展させることができる。その一端をしっかり見せつけられたと、感服していた。


(なんだかんだで俺も、薬草を単なる『素材』としてしか見ていなかったのか)


 自分に対しても、改めてそのことに気づかされた気がした。素材そのものを突き詰めて見ていくことを、してきたようでしてきていなかったのかもしれない。

 まさか尊敬してくれている人から、いきなり教わってしまうとは――腹が満たされて満足する中、恥ずかしい気持ちがこみ上げてくる。

 そんなミナヅキの様子を察したのか、グリゴリーはスッと目を閉じる。


「やはり、ワシの見立ては間違っていなかったようですな。自分の至らなさにすぐさま気づかれたようで」

「え、はぁ……まぁ、お恥ずかしながら」


 呆然としながらもなんとか答えるミナヅキに、グリゴリーは目を開け、優しい微笑みを見せる。


「そうやって素直に認められるのも、実力がある証拠ですじゃ。ただ気づかないだけならまだしも、気づいておきながら認めようともしない愚か者が、この世にどれだけ多く存在することか」


 段々とグリゴリーの声が、憤慨のそれに切り替わっていく。どう反応したらいいか分からないため、ミナヅキはとりあえず薬草の紅茶をすすりながら、黙って耳を傾けていた。


「まぁ、この国に限って言えば、それだけでもまだマシなのでしょうがな」

「と、言いますと?」

「魔法至上主義が過ぎるのですじゃ。おかげで大切な薬草ですら、ないがしろにしようとする者が後を絶ちませぬ」

「簡単な傷であれば、魔法ですぐに治せちゃいますからね」

「えぇ。本当に嘆かわしいことですじゃ」


 グリゴリーは重々しい表情で首を左右に振る。これは相当思うところがあるんだろうなと、ミナヅキは感じ取れた。


「ただでさえ、生産職そのものが下に見られる時代は長かった。恐らくもう、一生変わることはないと思っておった――ミナヅキさんが現れるまでは!」


 それを聞いたミナヅキは『俺が?』という意味を込めて、自分で自分を指さす仕草をする。それに対してグリゴリーは、そのとおりですと深く頷いた。


「ワシは年甲斐もなく魅了されてしまいましたぞい。ミナヅキさんのおかげで、少しだけ時代が変わった。そういっても過言ではありませんからな」

「あはは……それほどでもありませんよ」


 苦笑しながら言うミナヅキ。謙遜に聞こえるその言葉は、紛れもない彼の本心そのものでもあった。

 あくまで調合を極めたかった――その一心でずっと活動してきたのだ。時代を変えるなどという考えを抱いたことなど、それこそ一度もない。

 しかし、それをグリゴリーに言っても通じないだろう。

 目の前で思いっきり感激しながら聞いている彼の表情を見て、ミナヅキはなんとなくそう思えてならなかった。


「じゃが……」


 グリゴリーは笑顔から一転、落ち込んだ表情を浮かべてしまう。


「その話もあくまで、調合師であるワシの耳に届いただけに過ぎませぬ。そもそも生産工房すらないこの町で、他国の生産職の活躍がウワサとなって流れてくること自体、奇跡といっても過言ではありませんからな」

「……なんとなく分かる気はします」


 軽く町の様子を見て回って、魔法至上主義の一端を見てはいた。故に今の言葉を聞いても、それほど驚くことはない。


「恐らく実際に会えることもない――そう思っておった矢先に、ミナヅキさんのほうから来てくださった。これはきっと、神の思し召しに違いありませぬぞ!」

「いやいや、そんな……いくらなんでも大げさですよ」


 拳を握り締めながら興奮するグリゴリーに、ミナヅキは両手を軽く掲げながら苦笑する。グリゴリーはハッと我に返った様子を見せ、コホンと咳ばらいをした。


「スミマセンな、取り乱して……しかしこうして会えて本当に良かった。長生きはしてみるモノじゃと、改めて心に深く沁み込んだ気がしますぞい」


 そして穏やかな笑みを浮かべ、再び薬草入りの紅茶をすする。ミナヅキは少し考えていたことを、ここで口に出してみることにした。


「そんなに思うんでしたら、いっそのことこの町を出るという選択肢もあったんじゃないですか? フレッド王国なら実力さえあれば、年齢関係なくギルドでも評価されますし」

「……残念ながら、それはできませぬ」


 最初から決まっていたといわんばかりに、グリゴリーは首を左右に振った。


「ここはワシの生まれ育った故郷なのです。なんだかんだでワシは、この地をずっと愛しており、ここに骨を埋めることを決めております故、ここを離れるという選択肢は、全くもってございませんな」

「そうですか。それなら仕方ありませんね」


 ミナヅキもアッサリと引き下がる。恐らくそうなのだろうとは、薄々思っていたからだ。

 はみ出し者扱いされても、こうして薬草を育てながら細々と暮らしている。余程の気持ちがなければできないことだろう。

 ここでミナヅキは、話を切り替えがてら外に視線を向ける。


「ところで、グリゴリーさんが育てている薬草なんですが、少し見せてもらっても良いですかね? いつか俺も、薬草を育ててみたいって思ってるんですが……」

「えぇ、勿論良いですとも」


 グリゴリーは快く頷き、ミナヅキを自身の畑に案内する。そこに植えられている薬草の一つは、魔力草であった。

 以前、クルーラの町で得た魔力草とは、全くの別物であった。

 同じ魔力草でも、土地によっては質も効果も変わることをミナヅキは知った。そしてそれに興味を持ったミナヅキは、グリゴリーに頼み込んで、試しに調合させてもらうことに。

 この目でミナヅキさんの調合をお目にかかれるとは――グリゴリーは、その申し出に対しても大歓迎であった。


「ミナヅキさん。このレシピを紹介しましょう。是非、調合してみてくだされ」


 グリゴリーは一枚のメモをミナヅキに手渡した。そこに書かれているのは、メドヴィー王国の魔力草を用いた、まだ調合したことのない薬であった。

 ますます興味を抱いたミナヅキは、早速そのメモのとおりに調合を開始する。

 初めての素材に少し手間取りはしたものの、すぐに順応し、流れるような手さばきを披露するのだった。

 そんな彼の様子に、グリゴリーが真剣な表情で見学し、まだまだ学ぶべきモノは多かったと心から感心するかのように呟いていた。

 ――ミナヅキは完全に集中していたため、聞こえていたかどうかは怪しいが。


「よし。できた!」


 無事に新しい調合薬が完成した。ミナヅキはそれを早速鑑定してみるが――


「……何だ、この効果?」


 その鑑定結果に、ミナヅキは思わず怪訝な表情をする。

 回復効果もパワーアップ効果もない代物で、使いどころもかなり限られてしまうことが判明したのだった。


「ホッホッホッ。まぁ、決してありふれた効果とは言えませんな」


 脇からグリゴリーも鑑定したらしく、その笑みは狙いどおりという意味合いが込められているように思えた。


「しかし、きっとどこかで必ず役に立つ。ワシはそう信じておりますぞ」


 確かにグリゴリーの言うとおり、その場面はどこかであるだろう。むしろその限られた場面においては、絶対的な効果を発揮する代物だ。

 いつどこで何が起こるか分からない。それに備えてのお守りとして見れば、調合して損はなかったとも言える――そんなことを考えながら、ミナヅキは出来立てホヤホヤの薬を眺めていた。


(もしこれをアヤメに見せたら、また呆れた顔をしてきそうだな)


 アンタって人は、またなんてモノを作ったのよ――ため息をつきながらそんなふうに言ってくる妻の姿が、ありありと想像できてしまう。

 薬の入った瓶を手で弄びながら、ミナヅキは思わず苦笑してしまった。




お読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。

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