第三十八話 笑いが歪むとき
数日後、クルーラのギルドの執務室にて、ヴィンフリートは憤慨していた。
「ど、どういうことだ、これはっ!?」
その手には、思いっきりグシャッと力強く握り潰された手紙があった。今朝早くギルドに届けられたモノである。
そこにどのような内容が記されていたのか。恐らくロクでもない内容が書かれていたのだろう――呼び出されたゼラは、直立不動で両手を後ろに組みながら、そんなことを思っていた。
「私は……私はこのような返事を求めていたワケではないぞっ!!」
貴殿が送られた苦情についてはそのものは理解した。しかし現在は、王国東にて発生していた異常気象の対策、そしてそれに伴う他国との協力体制を整える土台を製作中で、誠に多忙を極めているところである。
有り体に言って、クルーラの町に対して考えている余裕が全くない。
従って、書状に記されていた冒険者二名の処遇については、そちらの一存で全て決めていただきたい。
たとえ若いといえど、彼らも立派な冒険者。巻き起こる出来事の全てが自己責任であることは、彼らも重々承知していることと見受けられる。
ヴィンフリート殿の素晴らしい腕前が見れることを、心より期待している。
――フレッド王国王女、フィリーネ。
「何が心より期待しているだ!? これではただの丸投げではないか!」
苦情を出してなんとかしてほしいというのに、こっちは忙しいから自分たちでなんとかしろ――要はそういうことだった。
その内容もさることながら、なによりヴィンフリートが気に入らないのは――
「私は国王に対して苦情を出したのだぞ! なのにどうして、年端もいかぬ小娘が返事を書いてくるというのだ! 一体国王は何を考えておられる!?」
確かに公務に携わっているとは聞いていた。父親である国王の仕事を手伝い、着々と成果を残していることも、人伝に耳にしてはいる。
しかしヴィンフリートからすれば、フィリーネのやっていることは子供の真似事レベルとしか思っていない。いくら頑張ってもまだまだ子供。長く生きてきた自分や国王の足元には、到底及ぶハズもないと。
――その矢先にこれだ。
自分が持ち掛けた話の担当となることはまずあり得ないだろうと、心の底から思い込んでいたところにこの始末だ。
それだけならまだしも、そっくりそのまま丸投げしてくるとは何事か。
ヴィンフリートは怒りとともに不安も覚えた。これではクルーラの町どころか、このフレッド王国の未来そのものも危ういのではないかと。
「王女の評判が上がりつつあることは聞いているが、それでも任せていいことと悪いことがあるハズだろう! やはり国王も、所詮は人の親ということか!」
――娘可愛さに国王が見誤ったせいで、このような返事が届く羽目になった。
それがヴィンフリートの中で導かれた結論であった。
そもそも王都側からすれば、クルーラの町は単なるリゾート地でしかなく、王宮とのパイプはそれほど繋がっているワケでもない。
極端な話――ギルドマスターの一人や二人がどうなろうと、リゾート地としての面子が立つならば、痛くもかゆくもない。そういう認識でしかないのである。
しかし残念なことに、ヴィンフリートはそれに気づいていない。
十年前に国王が――正確には先代大臣が勝手に――自分を庇ってくれた。それが大きな功績として根付いているからだ。
それが単なる見ないフリなのか、それとも本気で見えていないのか。
どちらにしても、質の悪いことに変わりはない。
「全く嘆かわしいことだ。いや、そんなことよりも――」
考えが大きく逸れていったことに気づき、ヴィンフリートは顔を左右に振り、無理やり軌道を修正する。
「なんとかしなければならんな……完全に目論見が外れてしまった」
そしてヴィンフリートは、再びフィリーネからの返事の手紙に目を通す。それ自体に意味はない。ただそれでも願わずにはいられなかった。もしかしたら読み違えている可能性もあるのだからと。
しかし所詮は、苦し紛れでしかなかった。
結局、書かれていることは何も変わっていなかった。読み飛ばしも読み違えも何一つなかった。
――グシャッ!!
ヴィンフリートは再び渾身の力を込め、手紙を握り潰す。
その表情は怒りに染まっていた。その中身は、物事が上手くいかなくて癇癪を起こしている子供そのものではあったが。
(くっ――私はフレッド王家に顔が利く人物ではなかったのか? 私が直筆で苦情を突きつければ、それは直ちに国王に受け入れられ、策を施してくれる――それだけの力を持つ人間のハズだろう、この私は!)
なのに、この仕打ちは一体どういうことだ――ヴィンフリートは手紙を握り潰した手をわなわなと震わせる。
ヴィンフリートは知らなかったのだ。彼以上に顔が利く存在がいたことを。
その存在こそが、今回の件の当事者となってしまっていることを。
ここでミナヅキたち二人のことをきちんと調べようとすれば、まだ最悪の事態を回避することはできたかもしれない。
しかし――
(こうなったら致し方あるまい。あの二人が王家にとって、そこまでの価値があるとも到底思えんしな)
ヴィンフリートは勝手に決めつけた。あんな若造の二人ぐらい消えたところで、どうせ誰も気に留めやしないと。
「そうだ!」
ヴィンフリートはあることを思い出し、慌てて机の引き出しを漁り出す。そして書類の束を取り出し、それをすさまじい速度で捲り出した。
(確かいたハズだ! この件にうってつけの……いたっ!)
お目当てのそれを見つけたヴィンフリートは、その一枚を取り出し、ずっと無言で待機していたゼラに突きつける。
「ゼラ、至急この人物に連絡を取れ! 急いでここに来るよう伝えるのだ!」
かなり焦っているのか、その口調はかなり荒々しく、いつもの冷静な物言いはどこかへ吹き飛んでいた。
それでもゼラは表情一つ動かさず、書類を受け取りながら頷いた。
「承知いたしました。相手と連絡が取れ次第、ご報告いたします」
「うむ。急げ」
「はっ!」
そしてゼラは踵を返し、執務室を後にする。
バタンと扉が閉まったその直後、ヴィンフリートは執務席にドサッと座り込み、そして肩を震わせた。
「くっくっくっ――魔物の騒ぎで冒険者が命を落とすことは、よくある話だ」
それからしばらくの間、ヴィンフリートの笑い声は室内に広がり続ける。
その様子が、人知れず傍で見られていることも知らずに――
◇ ◇ ◇
クルーラの町の外れ――モーゼスの家では、今日も煙突から煙が出ていた。
鍛冶屋としては連日のように煙が上がることは当たり前ではあるが、モーゼスの家に限って言えばそうそうないことであり、一体あそこで何が起こっているのだという声が上がるのも、あまり不思議なことではなかった。
もっともそれはごく一部に過ぎず、なおかつ中心街での出来事であるため、町外れにいる当の本人たちには、全く知る由もないことではあった。
なので今日も、作業場の炉に火を灯し、一人の初老の男性が作業を行う。
「――ふっ!」
カン、カン、とハンマーを打ち鳴らす音が響く。額に汗をにじませながらも、その手を休めることはない。
モーゼスの目は、心なしか輝いているようにも見えた。
今、手掛けている作品に対し、全身全霊で挑んでいるのがよく分かる。ここ数日続いている作業も、疲れで手元が狂ったりする様子すらない。
「失礼しまーす」
ドアをゆっくりと開けながら、ミナヅキが入ってきた。その手には青い液体の入ったコップを持っている。
「モーゼスさん、ちょっと休憩にしませんか?」
「ん? あぁ、これはどうも」
モーゼスは振り向きながら、ミナヅキから差し出されたコップを受け取る。液体からは爽やかな柑橘系のような香りが漂っていた。
「これは、飲み物ですかな?」
「回復薬のエーテルを、素早く水分補給できるジュースに仕立てたんですよ。ポーションでも作ってみたんですけど、エーテルのほうが、スッキリ味に仕上がって飲みやすくなったんで」
「なるほど……」
ミナヅキの説明に頷きながら、モーゼスはそれを一口飲む。喉を潤すとともに、清涼感が体中を駆け巡るような気分を味わった。
「ほう……体がスッキリしていきますな。疲れも吹き飛ぶようです」
「それは良かった。言ってくれれば、また作りますんで」
ミナヅキはモーゼスから、飲み終えたコップを受け取る。そして作業台に置かれている作りかけのそれに注目しながら問いかけた。
「ペンダント、今はどんな感じですか?」
「順調に進んでますよ。恐らくこの調子なら、明日か明後日には完成させることができるでしょう」
「ホントですか? 楽しみだなぁ」
ミナヅキは嬉しそうに言う。それに対し、モーゼスは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「できれば、もう少し早く完成させたかったのですが……やはり作業に時間がかかってしまいまして……」
「いや、それは仕方ないでしょう。だってそのペンダント、かなり複雑な形をしてるじゃないですか。完成に数日かかるのも、無理はないってもんですよ」
ミナヅキが笑みとともにフォローの言葉を入れる。
実際、モーゼスの言うとおり、作業のスピードは遅めであった。しかし現段階の完成度を見れば、じっくりと数日かけるだけのことはあると、ミナヅキは素人目ながらに思っていた。
しかし依然として、モーゼスの表情は晴れない。
「御二方を待たせているというのもありますが……やはり一番の懸念は、ミリィお嬢様です。あの方を早く助けてあげたくて、そう考えると……」
それを聞いてしまうと、ミナヅキとしても納得せざるを得ない。執事として彼女の面倒を見てきたひとりでもあったのだから、尚更だろう。
しかしここで気持ちを暗くさせるワケにもいかない――そう思ったミナヅキは、明るい声でモーゼスに語り掛ける。
「あと少しなんですよね? ってことは、ミリィの喜ぶ顔が見れるのも……」
「――えぇ、確かにそうですね」
モーゼスもようやくそれを思い出したらしく、再び目に熱意が宿る。そして再びハンマーを握り締めた。
「それではミナヅキ殿、私は作業に戻りますゆえ」
「はい、よろしくお願いします」
ミナヅキが外に出てドアを閉めると同時に、再びハンマーを打ち鳴らす音が響き始めた。
それを背中で感じ取りながら、ミナヅキは一度、調合場として使わせてもらっているスペースに戻る。そして別の新しいコップにエーテルドリンクを注ぎ、それを持って裏庭のほうに出た。
「えっと、アヤメは……お、いたいた」
ちょうど休憩していたらしく、椅子代わりに大きな石の上に座っている。
長い黒髪を後ろで縛ってポニーテールにしており、服装も白いタンクトップと青い短パンという、動きやすい恰好であった。
アヤメの巨乳かつ引き締まったスタイルがより強調され、火照った体にタオルで汗を拭くその仕草は、通りすがりの男が見れば、色々と凄まじい反応が起こっていたことだろう。
しかしミナヅキは――
(ありゃあ、相当ガッツリ特訓してたな)
アヤメの姿を見た瞬間、驚きこそすれど、その後は苦笑いする程度であった。
何故なら彼女がその状態になるのは、今に始まったことではなく、ラステカの自宅で何回もその姿をお目にかかったことがあるからだ。
早い話が慣れてしまったのである。
あまりにも本人が堂々としすぎているため、最初は気にかけていたミナヅキが全く気にしなくなるのも、そう時間はかからなかった。
「おっす。差し入れ持ってきたぞ」
「あ、どうもー」
アヤメはミナヅキからドリンクを受け取り、疑うことなくそれを一口飲む。次の瞬間、その味わいと効果に驚いた。
「何これ? メッチャ美味しいわよ?」
「手作りのエーテルドリンクだ。スポーツドリンクみたいで飲みやすいだろ」
「あぁ、どーりで……なんか魔力も回復してると思ったわ」
改めてコップの中身を見つめてみる。確かに香りからしても、日本で暮らしていた時に飲んだことがあるスポーツドリンクに色が付いたモノに大差ない。
「よくもまぁ、調合でこんなの作っちゃうわね」
「やっぱり美味しく飲んでナンボだからな。それはそうと、新しい魔法は、どんな調子だ?」
「うん、なんとか形にはなってきているかな? もう少しって感じよ」
「そうか。それはなによりだ」
ニカッと笑うミナヅキを尻目に、アヤメはエーテルドリンクを飲み干す。そして改めてその味を確認し、思わずため息が漏れ出るのだった。
「これホント美味しいわね。普通にお金取れると思うわよ?」
「ソイツは光栄だな。ついでにこんなのも作っちまったんだが……」
ミナヅキはアイテムボックスから、いつものエーテルの瓶を取り出した。
「エーテル……じゃないわね」
アヤメは一瞬呆けたが、すぐさま疑惑の視線でそれを凝視する。
確かに瓶はエーテルのそれに間違いはない。しかし中身の色が違い過ぎる。普通は青色のハズなのに、それは明らかにオレンジ色をしていた。
少なくともアヤメには、その正体が何なのかはさっぱり分からなかった。
「これは特殊効果の付いたエーテルさ。コイツを飲むとな――」
ミナヅキが意気揚々とその中身の説明をする。それを聞き終えたアヤメは、頭を抱えながら深いため息をついた。
「アンタって人は……なーんでまた、そんなモノを作っちゃうのよ?」
そのアヤメの反応は、かつてエリクサージュースを生み出したことが判明した時のデュークと大差ないモノであった。
ついでに言えば、アヤメもミナヅキも、そんなことは知る由もなかった。
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