第三十五話 たった一つの逃げ道
「ご苦労様でした、皆さん。良い働きをしてくれて感謝しております」
ギルドの応接室にて、ゼラは笑顔を浮かべていた。しかし、目の前に座るティーダたちの表情は暗いの一言であった。
「……本当はやりたくなかったし、引き受けたくもなかったがな」
「それでもティーダ殿率いる皆さまは、私の依頼を完遂してくださいました。あなた方は冒険者の鏡です。この件につきましては、ギルドマスターにもしっかりと報告いたしますので」
「フンッ!」
称賛してくるゼラに対し、ティーダは嫌悪感全開でそっぽを向く。そしてハンジも同じ気持ちなのか、忌々しそうな表情でゼラを睨みつけた。
「あなたに言われたとおり、泉へ続く道が落盤するように仕掛けました。ミナヅキさんたちがそこを目指しているという、あなたの読みは正しかった」
「えぇ、だからこそ先手を打つ必要があったのです」
「ギルドマスターの命令、ですよね?」
「残念ながら、そこは私の口からは教えかねます」
アッサリと笑顔で告げるゼラに、どこが残念なんだよと、ティーダは心の中でツッコミを入れる。そしてせめてもの反撃だと思いながら口を開いた。
「もう知っているだろうから言わせてもらうが、俺たちはミナヅキたちが最下層へ行く前に、仕掛けた爆弾を起動した。あの二人とすれ違った時点では、もう落盤しきっていたハズだ」
得意げに話すティーダに、ゼラは笑っていない笑みを向ける。
「……つまりあなたは、ミナヅキさんたちが巻き込まれずに済むよう仕組んだと、そう私に言いたいワケですね?」
「あぁ。そう受け取ってくれて構わないぜ。なぁ、皆?」
ティーダが仲間たちに尋ねると、マヤもハンジも強く頷いた。しかしニコレットだけが笑顔を浮かべず、訝しげな表情を浮かべたままだった。
「一つ、尋ねたいことがあるわ」
「何でしょう?」
ゼラの絶やさない笑みに苛立ちながら、ニコレットは尋ねる。
「あなたに渡された魔法具。あれって本当に、爆発は一回だけなのかしら?」
それを聞いたティーダは、戸惑いの表情を浮かべて振り向いた。
「お、おいおい! 急に何を言い出すんだよ?」
「あなたのことだから、どうせ私たちの行動も読んでいたハズでしょう? だから更なる仕掛けを作っていたとしても、何ら不思議じゃないわ」
ティーダの言葉を無視する形でニコレットは問いかける。それに対してゼラは、実に面白いと言わんばかりの笑い声を零した。
「――フフッ、どうやら皆さんの中では、ニコレット殿が一番深く物事を読まれる方のようですねぇ」
その瞬間、ティーダたちの背筋がゾクッと震えた。表情にも動揺と恐怖のそれが明らかに出ていたが、ゼラは構うことなく淡々と頷きながら話す。
「お察しのとおりです。あの魔法具の爆発は、二度目があるんですよ。かなりのタイムラグは生じてしまいますがね」
「――っ!!」
声にならない驚き。それをティーダたちは全身全霊で表現した。それでもゼラは一切の表情も、そして態度も変えることはなかった。
「では、あなた方への依頼はこれで終了といたします。報酬は受付から忘れずに受け取ってください」
告げるだけ告げてゼラは立ち上がり、そのまま応接室を出ていく。ティーダたちは遂に何も言い返せず、そのまま呆然としてしまうのだった。
するとここで我に返ったマヤが、笑みを取り繕いながら必死に笑いかける。
「だ、大丈夫よ! あの二人なら、そんな窮地を乗り越えるくらい、さ?」
「あぁ、そうだよな、うん……」
狼狽えながらもなんとか頷きを返すティーダ。しかしその様子は、誰が見ても冷静ではなかった。ハンジとニコレットも俯いたまま、動き出そうとする気配すら見せない。
そしてそんなティーダたちの様子を、ゼラは扉の向こうで察していた。
(……まぁ、今日は他に応接室を使う予定はありませんから、好きなだけいてもらっても構わないのですがね)
ゼラはそのまま、ギルドの廊下を歩き出す。
(しかし、ヴィンフリート様はどうされてしまったのか。王都へ苦情の手紙を送りつけたというのに、あそこまでえげつない命令をしてくるとは……)
――念には念を入れての策だ。必ず抜かりないようにするのだぞ。
ヴィンフリートからの言葉がゼラの脳裏に蘇る。
苦情の手紙をしたため始めた時は、それなりに余裕の表情をしていた。
これが国王の目に留まれば、自ずとミナヅキたちには、暗い道しか用意されなくなるだろう。そんなことを呟きながら、ヴィンフリートはミナヅキたちに、つかの間の自由を与えた――ハズだった。
あの二人がどう動こうが、もはや結果は決まったも同然だ。ならば最後くらい、好きに動かしてあげるのもまた一興だろうと。
しかし今朝――正確には夜明け前になって急に、ヴィンフリートは強行策に等しい提案をしてきた。
わざわざミナヅキたちと交流していた冒険者たちを、無理に呼び寄せてまで。
(ヴィンフリート様は、一体何を焦られているのか……いくら命令とはいえ、あの二人には、申し訳ないことをしましたね)
ひっそりとため息をつくゼラ。それでもすぐに表情を戻すあたりは、流石というべきだろうか。
(しかしながら、私も決して、心の底から鬼になったつもりはありません)
ゼラはヴィンフリートの執務室の扉を見つめ、ノックをする。
(あの洞窟の隠された逃げ道に、二人が気づくことさえできれば――)
中から返事の声を聞いたゼラは、ゆっくりと扉を開ける。彼の視界に飛び込んできたヴィンフリートの口元が、ニヤリと吊り上がるのが見えた。
◇ ◇ ◇
――ずどおぉんっ!
魔法による盛大な爆発音が起こる。しかし崩れた岩や土砂は変わらなかった。
「やっぱりダメね。連鎖的に通路全体が崩れてるのかも。流石に私も、通路全ての岩を吹き飛ばせるほどの威力は出せないし……」
「いや、仮に出せたとしても、洞窟全体をぶっ壊しちまうだけだろ」
「そうなのよねぇ」
ミナヅキの指摘にアヤメは深いため息をつく。自分がとんでもない発言をしていることをアヤメは自覚しておらず、ミナヅキもミナヅキで、それどころではないためツッコミはスルーしていた。
「んーまぁ、水は流れてるみたいだし、一応空気穴みたいなのはあるかなぁ?」
アヤメがまず心配していたのは、通路全体が塞がれて、空気が入れ替わらなくなることだ。しかし見たところ、水の流れがせき止められている様子はなく、若干の空洞は確保できている。故に窒息の心配はないと言えばない、が――
「それも時間の問題だろうな。今の衝撃で、その空洞がいつ崩れ落ちるかも分からないし……マジで早くなんとか手立てを考えないと」
「それは分かるけど、誰かが気づいて助けに来てくれるとも思えないわよ?」
「……だよなぁ」
そもそもイルトウヘアの洞窟へ来る冒険者は、普段からそれほど多くはない。したがってこれから訪れる冒険者に、危機を知らせるという選択肢は、ほとんど絶望的とすら言えるのだ。
洞窟を脱出する呪文があれば一発で解決するのだが、残念ながらこの世界には、そんなゲーム的ご都合主義は存在しない。
「万事休すか……ん?」
ミナヅキが途方に暮れた様子で呟いたその時、スライムがポヨポヨと跳ねて移動していることに気づく。
その小さな姿を目で追っていくと、とある壁の前に立ち止まるのが見えた。
「ピィッ、ピィッ!」
その壁をジッと見上げていたかと思いきや、スライムはミナヅキたちのほうへと振り返り、必死に何かを訴えかけるように鳴き声を上げる。
「どうしたのかしら? こっちに来てって言ってるみたいだけど」
「だな。行ってみるか」
アヤメとミナヅキがスライムの元へ向かう。そしてその壁に注目してみた。
「……見たところ、何の変哲もない、ただの岩壁そのものだが」
「うん、私もそう思うわね……」
そう呟きながらアヤメが無意識に壁に触る。
すると――
「ひゃっ!?」
ブゥン、という音とともに、その壁が光り出した。アヤメは思わず声を上げて飛び跳ねてしまい、ミナヅキもスライムも、目を見開いてその様子に驚く。
光はやがて大きな四角い形を作り、ズゥンという重々しい音が響き渡ると同時にスッと消える。そこは見事な空洞と化しており、どうやらその先に続いているようであった。
「ねぇ、これって……隠し通路じゃない?」
「みたいだな」
戸惑うアヤメの問いかけに、ミナヅキも呆然としながら、その空洞に松明を掲げてみる。
確かにずっと奥まで通路が伸びている。しかしその造りはどう見ても、人工的に仕上げられたモノだった。
ミナヅキが指をペロッと舐め、それをかざしてみる。
「微かにだけど、この奥から空気が流れてきてるな」
「じゃあ、この先に進めば出られるの?」
「かもしれない……っと!」
崩れた方角から、再び重々しい音が聞こえてきた。嫌な可能性しか感じられず、振り向くミナヅキたちの表情に焦りが生じる。
「迷っているヒマはないな。今はこの奥へ進むしかなさそうだ」
「そうね。急ぎましょう」
アヤメが同意しつつ先に通路へ入る。そしてミナヅキは、足元のスライムにも声をかけた。
「スライム、お前も一緒に来い。ここにいたら、生き埋めになっちまう!」
「――ピィッ!」
分かった、と言わんばかりに強く鳴き声を上げる。そしてミナヅキとスライムも通路に飛び込んでいった。
松明を掲げ、慎重に周囲を警戒しながら歩く。しかしこれと言って罠らしきモノは見当たらなかった。
「本当にただ通路が続いてるだけっぽいな」
「何も出てこないのが、逆に不気味に思えてくるわね」
「あぁ……」
スライムを抱きかかえながら歩くアヤメの言葉に生返事しつつ、ミナヅキは通路の壁や天井などを見渡す。
(それにしても、この通路……なーんか前にどっかで見た気がするんだよな)
不思議と初めて通った感じがしない。しかしそれがなんなのかは分からず、ミナヅキは余計気になっていた。
(あと、さっきの隠し扉の感じも、なんとなくなぁ……ダメだ、考えても全然浮かんで来やしない)
ミナヅキは首を小さく左右に振る。結局のところ、考えるのは先送りにしようと判断したのだった。
それからもしばらく歩き続けるが、本当に何も出てこない。それどころか一本道が続くばかりであった。
本当にこのまま歩いていけば出られるのだろうか。そんな不安がミナヅキの頭を過ぎったその時、アヤメがミナヅキの肩をツンツンと指で突いてくる。
「ねぇ、もしかしてこの洞窟……無限ループ的な罠とかじゃないわよね?」
「……はぁ?」
不安そうに問いかけるアヤメだったが、ミナヅキは怪訝な表情で振り向く。コイツ何言ってんだ、と言わんばかりに。
「いや、知らんけど……その無限ナントカって何だよ?」
「ゲームのダンジョンであるじゃない。正しい道順を歩かないと、永久に出口に辿り着けないっていうアレよ」
「……そんなのあるのか」
完全に初めて聞いた単語だった。そもそもミナヅキの場合、マンガやアニメは見たことはあるが、ゲームは殆どやったことがない。家庭環境的に、手に入るチャンスがなかったというのが大きな理由である。
とはいえ、一応の知識は持っており、こーゆーのが存在する程度の知識は蓄えている。しかしながら、アヤメが今しがた話したモノは、本当に知らなかった。
同時に改めて思った。彼女はお嬢様ながら、本当にゲームとかも色々とやったことがあるのだな、と。
(こんなタイミングで知るとはな……驚いちまったぜ)
ついでに言えば、一気に緊張が抜け落ちた気分にもなっていた。同時に体がズシリと重くなってきた感じもする。
長時間に渡って緊張を走らせたせいだろうか。
(いかんいかん。まだ脱出できてないんだ。こんなところで気を緩めたら、いざって時に何もできないぞ!)
ミナヅキは軽く首を振りかぶり、気持ちを改める。そしてひっそりかつ強めに息を吐いて、気合いを入れ直したその時だった。
「ピィッ!」
スライムが突如、前方に向けて鳴き声を上げる。
「あ、ねぇ、見てあれ!」
アヤメも前方を指さしながら叫ぶ。ミナヅキも目を凝らしてみると、そこには上へ続く階段があった。
「結構長いわね……どこへ続いてるのかしら?」
「とりあえず上がってみるか」
ゆっくりと周囲を警戒しつつ、ミナヅキたちは階段を上がっていく。
やがて光が差し込んでくると同時に、扉が見えてきた。
「……地上、だといいんだけどな」
訝しげに呟きながら、ミナヅキは扉の前に立つ。ドアノブを回してみるが、カギがかけられているのかビクともしない。
ちなみにそのまま、押しても引いても変わらなかった。
「ちょっと変わって!」
アヤメがミナヅキを押し退けるように前に出て、扉に魔力を注いでみる。洞窟の時と同じ原理かと思ったのだ。
しかし扉は反応しない。どうやら魔力で開ける仕組みでもなさそうであった。
「バウッ、バウッ!」
すると扉の奥から、なにやら獣が吠えるような声が聞こえてくる。どうやらこの先にいるようだ。鳴き声からして、犬か狼だろうか。
「おぉ、どうしたのかね?」
やんわりとした男性の声も聞こえてくる。その声は、ミナヅキとアヤメにとっても聞き覚えのある声だった。
「この声って……」
「まさか?」
とある予感に、アヤメとミナヅキが呆然とする中、ガチャリと音が鳴り、扉がゆっくりと開けられる。
そこには――
「おぉ、なんとミナヅキ殿とアヤメ殿でしたか! まさかこちらから来られるとは思いませんでしたぞ!」
驚いた表情のモーゼスがいた。そしてその傍らには、ファイアーウルフが唸り声をあげながら構えている。
まさかの展開に、ミナヅキとアヤメは言葉が出なかった。アヤメに抱きかかえられているスライムも同じくである。
ここでモーゼスが、そのスライムの存在に気づいた。
「おぉ、これはまた変わった客を連れてこられたようですな。随分と人に慣れているスライムのようで……あぁ、これは失敬。立ち話もなんですから、とりあえずこちらに出てくだされ」
モーゼスに促されてミナヅキたちは扉から出る。そこはなんと、モーゼスの作業小屋であった。
位置からすると、最初にファイアーウルフが引っ込んでいった場所に、ミナヅキたちが出てきた扉があったのだ。
更に――
「ワウッ!」
ファイアーウルフである。その鳴き声からして元気そのものだ。体調不良はどこへ行ってしまったというのだろうか。
そんな無言の疑問を、ミナヅキとアヤメが浮かべていることに気づき、モーゼスは小さく息を吐いた。
「ミナヅキ殿、アヤメ殿……まずは御二方に、謝らせていただきます」
そしてモーゼスは、姿勢を正して深く頭を下げた。
「申し訳ない。全ては御二方を試すため、ファイアーウルフは病気ということにさせてもらっておりました」
モーゼスの告白を聞いたミナヅキとアヤメは、再び驚きで言葉を失ってしまうのだった。
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