第三十四話 最下層の泉へ
長いトンネルのような段差を降りた先に、その空間は広がっていた。
水の流れる音が常時聞こえ、魔力の粒子が空気中に漂い、それが独特な光を発している。ボンヤリと明るいその場所では、無理なく層の全体が見渡せていた。
「ここが最下層の泉か」
「神秘的な場所って感じね。こーゆーの好きだわ♪」
感嘆の吐息を洩らすミナヅキの隣で、アヤメが感激の声を出す。魔物が飛び出してこないかどうか警戒しつつ、泉の傍に寄ってみる。
「確かに水は綺麗だが……肝心の魔力草は殆どなさそうだな」
その周囲を見渡しながらミナヅキはため息交じりに呟いた。
一応、全く生えてないこともない。しかしどれも生えたばかりの短さで、採取してもまともな調合素材になるとは思えなかった。泉の水は枯れておらず、今でもしっかりと湧き続けているのが、せめてもの救いと言えるだろうか。
「まさか、ティーダたちが取りつくしたってことはないわよね?」
「可能性はなくもないだろうが……それにしては、採取した跡がないな」
ミナヅキは泉の周辺の土に注目していた。何かを引っこ抜いたり掘り返したりした形跡が見当たらないのだ。
たとえ採取した証拠を隠滅しようとしても、必ず何かしらの跡は残る。冒険者が採取をする場合、それを見極めるのも重要な能力の一つだ。当然ミナヅキも、それはしっかりと身に着けている。
だからこそミナヅキは読み取った。この場はもう、長いこと採取されている様子がないと。
少なくとも、ティーダたちが先回りして邪魔した可能性は、限りなく低いと。
「まぁ、ないもんは仕方ないな。とりあえず休憩がてら、メシにしよう」
「そうね。お腹空いたわ」
ミナヅキとアヤメは手頃な場所を探し、最下層の隅っこに移動する。アイテムボックスからシートを取り出して広げ、数種類の果物とアヤメが作ったサンドイッチを広げていく。
汲み上げた泉の水を沸かして熱いお茶を淹れ、二人はようやく一息つく。
アイテムボックスに入れていたおかげで、サンドイッチも作りたての状態を保たれている。薬草などの素材以外は入れる量に制限があるものの、二人分の食事くらいなら十分に入れられたのだった。
ダンジョンでも普通に美味しい食事ができる――これがとても幸運なことであると何度実感したことか。
フカフカのパンと瑞々しい野菜の味を堪能しながら、アヤメはそう思った。
「――ん?」
ふとミナヅキが、とある方向を見ながら首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや、何かそこで動いたような……」
とある岩陰を指さしながらミナヅキが言う。注目してみると、確かにプルプルと震えている何かが見えた。
ミナヅキが立ち上がり、恐る恐る近づいてみると、ケガをしたスライムが岩陰に隠れていた。
松明でその姿を照らしてみると、どうやら気絶しているようである。冒険者にでもやられたのか、それとも何らかの事故で転んだのか――どちらにせよ、放っておくことはできなかった。
「よし、ちょっと待ってろ!」
ミナヅキはすぐさまアイテムボックスから、自身の簡易調合セットを取り出す。そして手持ちの薬草と、泉の水を使って調合を始めるのだった。
あっという間に出来上がったポーションを器に注ぎ、それを気絶しているスライムに飲ませた。
すると――
「……ピィッ!?」
突然、液体が流し込まれてビックリしたのか、スライムは飛び跳ねながら意識を取り戻した。
「お、良かった。目は覚めたみたいだな」
ミナヅキが笑いかけると、スライムは慌てて岩陰に隠れてしまう。
(まぁ、何事もなさそうでなによりだ)
そう結論付けたミナヅキは、戻って食事の続きをすることにした。
再びサンドイッチを一口かじったところで、さっきのスライムがジーッと岩陰から覗き見ていることに気づいた。
咀嚼しながらミナヅキもスライムを見る。そしてサンドイッチを千切り、それをナプキンを敷いた上に乗せ、そっと差し出してみた。
匂いにつられたのか、スライムはポヨポヨと弾みながら近づいてくる。明らかにまだ警戒している様子ではあったが、ミナヅキもアヤメも、できる限り気にしない素振りを続けていた。
やがてスライムはサンドイッチの匂いを嗅ぎ、それを口に含む。
「――ピィ!」
どうやら美味しかったらしく、スライムはサンドイッチの切れ端をモシャモシャと食べ始めるのだった。
「あの子、凄い食べっぷりね」
「あぁ」
目線だけ向けながら、アヤメとミナヅキが小声で会話する。そしてアヤメが、サンドイッチをもう一個取り出し、スライムの前に置いた。
「ほら、もう一個お食べ」
「ピィーッ!」
スライムは嬉しそうな鳴き声を上げながら、サンドイッチにかぶりつく。モシャモシャと動かす口が、あっという間にサンドイッチを飲み込んでいった。
続けて少し冷ましたお茶も器に注いで出してみる。スライムは飛びついて勢いよく飲み始めたが、その苦みに驚いたらしく、軽く飛び跳ねた。
しかしそれも最初の一口だけで、あとはゆっくりと嫌がらずに飲んでいく。お茶も平らげたスライムは、満足そうなため息をついた。
「どう? お腹いっぱいになった?」
「ピィッ♪」
アヤメの問いかけにスライムはご機嫌よろしく鳴き声を上げる。そして何かを思い出したような反応を見せ、スライムはポヨポヨと跳ねながら動き出した。
自分の住処にでも帰るのかとミナヅキは思ったが、何故か時折止まっては、ミナヅキたちのほうに振り替える。
まるで、付いて来てと言っているかのように。
「ピィーッ、ピィーッ!」
スライムは飛び跳ねながらミナヅキたちに向かって鳴き声で呼びかける。やはり自分たちを呼んでいるのだと二人は判断した。
「……どうする?」
「んー、まぁ折角だし、行ってみるか?」
「そうねぇ……」
あまり気は進まなかったが、なんとなく無下にするのも心苦しい。そんな気持ちが一致した二人は、手早く食事の後片付けを済ませ、スライムの元へ向かう。
「ピィ!」
こっちだよ――そう言わんばかりに鳴き声を上げつつ、スライムは動き出す。
泉に沿って進んでいき、やがて泉の脇にある壁に差し掛かる。
「ピィピィ」
「ここに、何かあるのか?」
スライムに促されるまま、ミナヅキは壁に触れている。するとその瞬間、周囲の壁から土の屑がパラッと落ちた。
「……?」
疑問に思いながら、ミナヅキはおもむろに下を見る。するとそこは他の場所に比べて、明らかに小さな岩や土砂が散らばっていた。
更に少しずつ手を移動させながらその壁に触れていくと、ほんのわずかに奥から空気のような感触を感じた。
「まさか……」
ミナヅキはある予感を抱き、アヤメのほうへと振り向く。
「アヤメ、ちょっとこの壁に向かって、魔法を打ち込んでみてくれ!」
「え? 何でまた……」
「もしかしたらこの奥に、何かあるかもしれん。とにかく頼む」
「う、うん……」
強く促され、アヤメは戸惑いながらもミナヅキが指定した壁に狙いを定め、勢いよく魔法を解き放った。
魔弾が壁にぶつかり、凄まじい音を巻き起こす。そして次の瞬間、ガラガラと音を立ててその岩が崩れ落ちていった。
数秒後――壊れた壁の向こう側に、更なる道が現れる。
「……凄い。本当に通路が出てきちゃった」
「ははっ、お前が俺たちに教えたかったのは、これだったのか?」
「ピィッ♪」
思わず笑みを零すミナヅキに、スライムも嬉しそうに弾みながら答える。
そしてスライムは、率先してその奥へ続く通路に進んだ。今度は振り返ろうともせずに、真っすぐ奥へと飛び跳ねて進んでいく。
「俺たちも行こう」
「えぇ!」
ミナヅキとアヤメは松明を手に、スライムの後を追う。狭いトンネルのような通路を通ること数分――やがてミナヅキたちは、広い場所に出た。
「ピィ、ピィーッ♪」
スライムが飛び跳ねながら、ミナヅキたちのほうを見る。どう、凄いでしょと言わんばかりに。
そしてその目論見は、見事達成されたと言えるだろう。
ミナヅキとアヤメは口をポカンと開け、その光景に目を見開くのだった。
「これって、魔力の泉……よね?」
「あぁ、間違いない。こりゃ凄いもんだなぁ」
そこも確かに、魔力が満ち溢れる泉だった。しかもそこには、さっきは殆ど見られなかった魔力草が存在していた。
人の手で植えられたとかではなく、最初からそこに自生していた様子で。
「もしかして……ここが本当の、最下層の泉なんじゃないのか?」
ミナヅキの頭に、一つの仮説が浮かんだ。
「さっきまで俺たちがいた場所は、あくまでゴールの一歩手前だった。この泉へ通じる道が、崩れ落ちるか何かしてフタをされたとしたら?」
「……あり得ないとは、言い切れないわよね」
今の仮説に対して、アヤメも否定する要素は見当たらなかった。しかしここで、彼女の中に更なる疑問が浮かぶ。
「ねぇ、本当にあそこだけ、ピンポイントで崩れ落ちるモノなのかしら?」
「さぁな。そこらへんは人為的って可能性もあるだろうさ」
人為的――それを聞いたアヤメは、更なる可能性を思い浮かべた。具体的に言えば下層へ来る途中、思わぬ再会を遂げた冒険者たちの姿を。
それを口に出そうとした瞬間、ミナヅキは不思議そうな表情を浮かべて見上げてきているスライムを見下ろしていた。
「もしかして、お前もそれに巻き込まれたのか?」
「ピィ!」
「……当たりっぽいわね」
飛び跳ねながら答えるスライムに、アヤメは脱力感を覚える。微妙に話を逸らされた気はしたが、ミナヅキは全く持って気にしていない様子であった。
「まぁ、とにかくだ。魔力草も見つかったし、採れるだけ採っちまおう」
既に採取モードに突入しているらしいミナヅキは、アイテムボックスから数本のボトルを取り出し、アヤメに差し出す。
「アヤメは泉の水を頼む。汲めるだけ汲んどいてくれ」
「あ、うん……」
ボトルを渡した――というより押し付けた――ミナヅキは、意気揚々とそこら中に生えている魔力草の採取を始める。その表情はとても生き生きとしており、集めていく度にワクワクしている様子であった。
恐らく調合するのが楽しみで仕方ないのだろう――アヤメはそう思い、小さな笑みを浮かべる。
(さてと、私もさっさと水を汲んじゃいましょうかね)
数本のボトルを持って、アヤメは泉のほうへと歩き出す。ひとまずやるべきことをやってしまおうと、気持ちを切り替えるのだった。
魔力草と泉の水の採取は滞りなく進み、やがてそれぞれ十分な量を確保する。
「よし、魔力草はこんなもんかな。アヤメー、水のほうはどうだー?」
ミナヅキがアヤメの元へ向かうと、既に水がしっかり詰まったボトルが数本、綺麗に並べられていた。
「こんな感じで良いかしら?」
「おう、上等上等♪ ありがとさん」
ご機嫌よろしくミナヅキはボトルをアイテムボックスにしまい込む。
そして――
「さーて、じゃあ早速、調合してみるか♪」
意気揚々と、再びアイテムボックスから簡易調合セットを取り出し、魔力草と泉の水で調合を始めるのだった。
そんなミナヅキの様子に、アヤメは呆れた視線を送る。
「アンタ、ホントにブレないわね」
「それほどでも」
「いや、褒めてないから」
そんな軽いやり取りをしている傍で、スライムが興味深そうにミナヅキの調合をジーッと見ている。
やがてミナヅキは、薬を一品完成させ、それを鑑定する。
「よし、エーテルができたぞ。アヤメ、ちょっと飲んでみてくれ」
完成させた薬の入った器を差し出しながら、平然と言いのけるミナヅキに、アヤメは顔をしかめる。
「いやいや、なんで私なのよ? アンタが味見すればいいでしょうに」
「だって魔力のない俺が飲んでも効果なんか出ないし」
「それはそうだろうけど……まぁ、いいわ」
渋々ミナヅキから器を受け取り、アヤメは意を決してそれを口に含む。
「――ウッ!」
お世辞にも美味しいとは言えない味だった。苦いとも渋いとも違う、なんとも言えない味が口中に広がってくる。
それでもなんとか一口、喉に流し込む。すると、体の奥底に眠る何かが、ほんのわずかに湧き上がってくるような感じがした。
アヤメはエーテルを一瞥し、今度はそれを一気に飲み込む。
やはり美味しくない。しかし摂取すればするほど、体の中で満たされていく。
――魔力だ。洞窟探索で消耗した魔力が蘇っているんだ。
アヤメは頭の中で無意識にそう思った。
やがて全てのみ終えたアヤメは、空となった器をミナヅキに返す。試しに軽く魔法を発動させてみると、格段に発動するのが楽になっていた。
魔力が回復した証拠である。
それが分かったミナヅキも、満足そうに頷いていた。
「うん、とりあえず効果は確かなようだ」
「全然美味しくなかったけどね」
「スマンな」
アヤメの苦言に軽く返しつつ、ミナヅキは器を置く。スライムが怖いもの見たさで残っていた液体をペロッと舐めてみると、その味に驚いて飛び退いた。
「ピィ~……」
恨めしい目で睨んでくるスライムに、ミナヅキは苦笑する。
「こりゃ味の改良も必要だな。まぁ初めてのエーテルにしては上出来だろう」
自己評価するミナヅキの言葉に、アヤメは目を丸くする。
「……ミナヅキ。今のセリフどういうこと?」
「ん? 言葉のとおりだよ」
平然と答えるミナヅキに、アヤメは表情を引きつらせながら言う。
「アンタ、私を人体実験に使ったわね?」
「否定はしない」
ミナヅキはサラッと事実を認める。それに対してアヤメは、更なる戸惑いを覚えるのだった。
「いやいや、せめて少しは言い訳ぐらいしなさいよ」
「事実はちゃんと認めるべきだろう」
「それはそうだけどさぁ……」
遂に言葉が見つからなくなるアヤメ。その傍らでミナヅキは、簡易調合セットの後片付けを終えていた。
「さーて、魔力草と泉の水は採取できたし、ペンダントの材料も集めたし、これで目的は達成だな」
「……はぁ、そうね。早くモーゼスさんのところへ戻りましょう」
追及する気も失せたアヤメは、ミナヅキの言葉に頷く。そしてミナヅキは、スライムに向けて優しく語り掛けた。
「お前ともお別れだな。元気で暮らせよ」
「ピィッ♪」
ポヨっと弾みながら明るい鳴き声を出す。まるでありがとうと言っているようにミナヅキたちには聞こえた。
そしていざ、地上へ戻るべく泉を後にしようとした、その時――
――ずどおおぉぉぉーーーーんっ!!
凄まじい爆発が起こり、その爆風でミナヅキたちは軽く吹き飛ばされる。
地響きとともにガラガラという音が鳴り響く。ミナヅキたちが起き上がると、元来た道は完全に塞がれてしまっていた。
「マジかよ……最後の最後で……」
途方に暮れるミナヅキの隣で、アヤメは塞がれた道を神妙な表情で見つめる。
(あの爆発、明らかに普通じゃなかったわね。まさか……)
誰かが故意に行った――そしてそれを起こしそうな人物たちの姿が、彼女の中に浮かび上がっていた。
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