第二十四話 これが二人のスローライフ
今回のお話で、第一章のラストとなります。
ゴリゴリゴリゴリ――――
小さな鉢の中で、薬草のすり潰される音が室内に響き渡る。
ここは、ラステカの町にあるミナヅキの家。そこに備え付けてある調合場だ。
王都の工房に比べれば決して広くはない部屋。各種素材と調合器具、調合レシピや素材について書かれている資料。それらが更に部屋を狭くさせているが、部屋の主は工房以上に居心地が良さそうであった。
「フンフンフ~ン♪」
無意識に鼻歌を歌いながら、リズミカルにゴリゴリとすり鉢を動かす。そして中身がペースト状になったところで、用意していた水と混ぜ合わせ、数種類の粉やら液体やらを更に入れる。
いつものポーションの調合であった。
工房に比べて他の人の目がない分、のびのびと気ままに作業ができる。ミナヅキはまさに、最高の時間を味わっていたのだった。
――コンコン。
そこに部屋をノックする音が聞こえる。
「失礼、今いいかしら? お茶を持ってきたんだけど、休憩にしない?」
アヤメがドアを開けて入ってきた。ミナヅキが振り向きながら返事をする。
「お、さんきゅ。待ってろ。ちょっと片付ける」
ミナヅキが立ち上がり、テーブルの上に乱雑していた資料などを手早く片付けていく。そんな彼の様子に苦笑しながら、アヤメはテーブルにそれを置いた。
「……あ、それ」
「えへへー、気づいた?」
ミナヅキの軽く驚いた反応に、してやったりと言わんばかりに笑いながら、アヤメがテーブルに置いた一式を見下ろす。
「日本茶セット。ソウイチさんからもらったのよ」
「そうだったのか」
ミナヅキは軽く呆然としながら、お盆に揃えられているモノを見る。
二つの湯呑みに急須、そしてほうじ茶と記載された茶筒。たったそれだけで、異世界の調合場が一気に日本らしくなった気がした。
「あれ……ってことは、ソウイチさんの正体も?」
「聞いたわよ。ご本人からしっかりとね」
急須で熱いほうじ茶を湯呑みに注ぎながら、アヤメは言った。
「まさか王都のギルドマスターが、私たちと同じ日本人だったとはね。聞かされたときは驚いたわよ。アンタからも教えてくれなかったし」
そのややトゲのある口調に、ミナヅキはようやく、アヤメに話していなかったことを思い出す。
「あー、その、ゴメン。すっかり忘れてた」
「別に良いけどね。アンタの言ったことも分かった気がしたわ。私たち以外にも、地球から来た人がいるってことがね」
いつもの口調に戻しつつ、アヤメはミナヅキに茶が入った湯呑みを渡す。そして改めて、大分散らかっている調合場を見渡してみた。
「それはそうと、アンタってヒマさえあればここにいるわよね?」
「まぁ、そのためにこの部屋作ったんだしな。そのうち改装とかしてみたいし」
どこかワクワクした様子で現在の調合室を見渡すミナヅキに、アヤメはやや引きつった表情を浮かべる。
「……今のままでも十分じゃないの?」
「もっとでっかい調合器具とか置いてみたいんだ」
「あぁ、そう」
もう好きにして、と言わんばかりにアヤメは投げやりな態度を取る。それに気づくことなく、ミナヅキは悩ましげな表情で語る。
「考えてみたら王都の工房も、調合場だけかなり地味だからな。ベアトリスの錬金場所でさえ、あんなでっかい錬金釜置いてるってのに……」
熱いほうじ茶を一口すすりながら聞いていたアヤメが、出てきた知り合いの名前に反応する。
「ベアトリスさんで思い出したけど、緊急クエストが終わって以来、一気に錬金の依頼が増えたらしいわよ」
「あぁ、俺もそれ聞いたわ。イメチェンの効果って凄いよな」
「本人曰く、お風呂に入って着替えただけらしいけどね」
実際ベアトリスは、確かにそう言っていた。しかしアヤメは、やはり同じ女性として、どうにも信じられないでいた。
そう思っている女性冒険者を集めて、ベアトリスとともに大浴場へ皆で入り、実際にどんなモノかを確かめたことがあった。結果はまさにベアトリスが言ったとおりであり、余計に納得がいかないと騒ぎ出したのは、ここだけの話である。
「リゼッタとアヤメで、ベアトリスに似合う髪形を新しく作ったんだっけか?」
「うん。最初は髪の毛整えたりするのをメンドくさがってたけど、仕事が増えてからは保つようにしてるらしいわよ」
「そうなのか。そりゃまた随分と大きな変化だな」
「あくまで渋々ながらっぽいけどね。やっぱり落ち着かないって嘆いてたし」
「ハハッ、アイツらしいな」
――もしかしたらここ数日で、一番急激に変わった人物かもしれない。
ミナヅキは冗談抜きで、そう思っていた。
実はスタイル抜群の美人だということが明らかになって以来、ベアトリスは男性から壮絶な人気を獲得していた。しかもその急上昇は、留まることを知らない勢いであった。
ベアトリス本人は、嬉しがるどころか恥ずかしがっていた。しかも落ち着かないという理由で、着飾った姿でモジモジする。
それが余計に男性陣をメロメロにしてしまっていた。
「こないだ王都へ行った時も、冒険者の男性から口説かれてるのを見たわ。それで助けようとしたんだけど……」
「けど?」
「その前に彼女が爆弾を使ったのよ。それで相手は怖くなって逃げちゃったわ」
それだけ聞くと過激ではあるが、ミナヅキが疑問に思ったのは、彼女が爆弾を使った部分ではなかった。
「……ベアトリスのキャラ、あくまで変わったのは外見だけであって、別に中身は全くと言って良いほど変わってないハズだよな?」
「えぇ、全く変わってないわね」
「もしかしてソイツは、ベアトリスの存在そのものを知らなかったのか?」
「ううん。イメチェンと同時に、性格も変わったと思ってたみたい」
「何だよそれ……」
そう簡単に性格が変わってたまるかと、ミナヅキは思わず苦笑してしまう。
「けどまぁ、工房の連中も似たようなもんかなぁ……ちょっと前までは見向きもしてなかったくせに、あれから狙おうとしてるヤツらが増えたのなんのって」
「ホント、男って単純だと思うわ。デュークさんは流石に懲りてるっぽいけど」
「そういやガチで拒絶されたんだっけか」
あれからデュークは、時間を見つけて正式にベアトリスに謝罪をした。しかし前々から苦手意識があったらしく、関係を築き上げるのは難しいと、本人も潔く判断していた。
その代わり、彼はよく工房に出入りしていることもあって、ベアトリスと話すための立会人の役割を担うことが増えた。
ちなみにそれは、あくまで仕事の一環としてやっているとのこと。
しっかり立会料をもらっており、他のパーティから情報を聞き出せることも多くなったそうで、なかなか良い感じだと本人は嬉しそうであった。
「てゆーか、モテモテなのはアヤメもだろ? 今や完全に、ギルドで期待の新人と呼ばれてるじゃないか」
ミナヅキがからかい気味に言うと、アヤメが小さなため息をついた。
「まぁ、確かにギルドで声をかけられることは増えたかもねぇ……」
そうなったキッカケもまた、先日の緊急クエストであった。
アヤメの華麗な活躍が、冒険者ネットワークで一気に広がっていき、彼女を直接指名するクエストもたくさん出てきたのだ。
クエストを受ける際の状況によっては、冒険者が臨時の即席パーティを組んで挑むことも多い。その場合にアヤメが真っ先に候補としてあげられるのは、もはや当たり前と化していた。
冷静に状況を分析しつつ、魔法による遠距離射撃と、短剣や魔法剣による接近戦を使い分けられる。コミュニケーション能力も高いほうで、依頼主との会話も困ることがない。
更になんと言っても、彼女は美人でスタイルが良い。
おしとやかなお嬢様に見えて、実はかなりの行動派で強気な表情が目立つ。それが余計に男女問わず、人を惹きつける。
ほんの一部で悲しむ声があるとすれば、彼女が既婚者という点だろうか。
それでも構わず狙おうとする男性冒険者の姿もあるのだが、その度にアヤメは軽やかに断りの言葉を入れてきた。中には無理やり迫ろうとする者もいたが、その度に力と魔法を駆使して、容赦なく叩きのめしている。
そこでまた、強さと凛々しさが強調されることとなり、ますます彼女に対する人気が上昇することとなるのだった。
もっともアヤメからすれば、全く気にも留めていない事実でもあるのだが。
「まぁ、でもおかげで、ラトヴィッジやジョセフのことは、もう完全に吹き飛んじまった感じだよ。そういう意味では良かったかもな」
少しだけ声のトーンを落としながら、ミナヅキが湯呑みを差し出す。アヤメがそれを受け取り、ほうじ茶のお代わりを淹れながら問いかける。
「彼らの真相は伏せてあるのよね?」
「あぁ。表向き、不慮の事故で命を落とした、ってことになってる」
ラトヴィッジの裏には、大きな何かが潜んでいる。流石にそれを公にするワケにはいかなかった。
故に今回の真相を知る者は、ごく限られた者のみとなっている。
少なくともソウイチとフィリーネ、ミナヅキとアヤメの四人は該当者だ。
最初はアヤメにも伏せておくことも考えたが、状況を考えると、話しておいたほうが得策だと判断された。いつかどこかで彼と再会した時のことを考えれば、真相を知っていたほうが後々面倒にならずに済む。
そう結論付けられ、ミナヅキの口から全てを明かしたのだった。
「念のため言っておくけど……」
「ちゃんと周りには伏せておくわよ。それぐらいわきまえてるから安心なさい」
「なら良かった」
ミナヅキが小さく笑いながら、新しく淹れられたほうじ茶を受け取る。ここでアヤメが、何かを思い出したような反応を示した。
「そういえば、アンタがデュークさんにあげたエリクサーもどきだけど……」
「んー? あぁ、俺が間違えて渡したアレか」
「もし、同じのをもう一度作れって言われたら作れるのかしら?」
「無理だろうな」
ほうじ茶を一口飲みながら、ミナヅキは実にアッサリと即答した。
「あのエリクサーもどきは、本当にたまたまできただけだよ。前に上質ポーションと万能薬を混ぜたら、一本だけ作れたんだ。それ以降、同じやり方でいくらやってもできなかった」
「まさに奇跡だったってことね」
「そーゆーことになるかな」
ミナヅキは残っていたほうじ茶を飲み干した。
「あれの効果も、エリクサーの劣化版そのものだからな。傷や体の異常――それこそ呪いも治すことはできるが、即効性がまるでない。気力や体力が化け物レベルなデュークだったからこそ、なんとか助かったようなもんさ」
その話を聞いたアヤメは目を丸くする。
「……そんなにあの人、普通じゃないの?」
「むしろ普通じゃないからこそ、高ランクになれたらしいよ」
サラッと返すミナヅキの物言いに、アヤメは妙な説得力を感じた。
よくよく考えてみれば、世の中で凄いと言われている人は、大抵普通じゃないような気がする。
そう思ったアヤメは、ふと自分たちに対して少し考えてみた。
「普通じゃないと言えば、私たちも大概そうよね」
「そうか?」
「そうよ。普通は異世界と地球を隠れて行き来しないし、駆け落ちして異世界に逃げてくることもないんだから」
「……言われてみりゃ、そうだな」
今度はミナヅキが、アヤメの言葉に妙な説得力を感じる番であった。
同時に改めて駆け落ちして来たことを思い出す。あまりにもアヤメがこの世界に馴染んでいるから、今の今まですっかり忘れていたのだった。
(こっちに来たばかりの頃は、清々してる感じだったけど……)
果たして今の気持ちはどうなのだろうか。ふと気になったミナヅキは、神妙な表情でアヤメに尋ねる。
「駆け落ちしたこと、後悔してるか?」
「ううん、してないわ」
アヤメは迷いなくそう答えた。
「確かに思うところもあったけど、ずっと好きだった人と一緒にいられてるから、後悔なんてしてないわよ」
ニコッと笑うアヤメに対し、まるで初めて事実を知ったかのように、ミナヅキは表情をポカンとさせる。
「……ずっと好きだったのか?」
「そーよ。まぁ私も、それに気づいたのはこっちに来てからだけどね」
アヤメの反応もアッサリしたモノだった。ミナヅキならこんな感じだろうと、粗方予想していたためである。
「こないだの緊急クエストは、ホント寂しかったわ。アンタには私が戦ってる姿を見ていてほしかった。これからもずっとね」
湯呑みを置き、アヤメはミナヅキに甘えるようにしなだれかかる。そんな彼女にミナヅキは、少々戸惑いつつ思ったことを言う。
「お前、俺のこと好き過ぎだろ」
「好き過ぎじゃなかったら、そもそも私の全部をあげてなんかいないわよ」
「……そりゃそーね」
何も言い返せず、そのままミナヅキも口を閉じる。
どことなく甘い空気が流れ、それが妙に心地いいと感じていたその時――
「いやぁ、ラブラブで良いことだねぇ~♪」
『うわあぁっ!?』
突然現れた第三者に、ミナヅキとアヤメは驚いて飛び退く。そこにはこの世界の神様である、見た目は小学生ぐらいの男の子が呑気そうに笑っていた。
「ユ、ユリス……お前いつからそこに?」
「駆け落ちしたこと、後悔してるか――ってあたりからだよ」
「結構ガッツリ聞いてたわね……」
ケロッとした様子で答えるユリスに、アヤメは引きつった表情を浮かべる。驚きが勝ってしまい、恥じらいの気持ちは吹き飛んでいた。
「それで? なんか俺たちに用事があって現れたのか?」
ため息交じりにミナヅキが尋ねると、ユリスが首を左右に振る。
「いや、世界回りがてら近くまで来たから、ちょっと立ち寄ってみただけだよ」
「……まるで会社の外回りみたいな言い方ね」
「似たようなモノさ。僕たち神様も、ただ見ているだけじゃないからね」
ユリスの言葉にアヤメが首を傾げる。
「神様ってユリス一人だけじゃないの?」
「うん。結構いっぱいいるよ。持ち回り交代でキミたちを見守っているのさ」
「今度は警備員みたいな言い方だな」
「ハハッ、あながち的外れとも言い切れないかな」
ユリスは明るく言いながら、調合場の出口に向かって歩き出す。
「まぁでも、二人がこの世界を楽しんでいるようで、なによりだよ。また近いうちに遊びに来るから、よろしくねー♪」
告げるだけ告げて、ユリスは調合場を後にする。
「お、おいユリス、ちょっと待てって!」
ミナヅキが慌てて後を追うように扉を開けるが、もう既にユリスは姿を消してしまっていた。
呆然としながら廊下を見渡していると――
「おーい、ミナヅキーっ! ミナヅキとアヤメはおるかーっ!?」
どこぞのよく知るお姫様の声が聞こえてきた。二人は顔を見合わせ、思わず笑みを浮かべてしまう。
「またアイツはアポもなしに……」
「フィリーネらしいと言えばらしいんじゃないかしら?」
「だな。とりあえず騒ぎ出す前に出るか」
「そうね」
アヤメが飲み終わった湯呑みを乗せたお盆を持ち、ミナヅキが開けたドアを支えて彼女を先に通す。二人はそのまま、調合場を後にするのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回で第一章が終了し、次回からは第二章を開始します。
都合により、一週間ほど更新をお休みします。
次回の更新日は、2月8日(金)の19:00を予定しています。
また、話のストックの都合上、次回からは隔日更新とさせていただきます。
だいたい週三回ぐらいでの更新にしたいと思っています。
これからもよろしくお願いします。
また、誤字脱字の報告もありがとうございます。
誤字・脱字につきましては、ページ一番下にある『誤字報告』にお願いします。




