第百二十七話 クルーラリゾート(後編)
翌日、ミナヅキ一家は四人で町の探索をすることにした。
中心街から離れると、のどかな田園風景なのは相変わらず。あまりの景色の違いに子供たちは驚きを隠せないでいた。
しかしながら、前と比べて変化している点もあった。
「人がいっぱい歩いてるな」
「前は誰もいなかったくらいだもんね」
ミナヅキとアヤメが前に来た時は、ビーチと中心街以外に外部からの観光客はいないに等しかった。
ところが今ではその真逆。静けさが幻のように思えてくるほどだった。
「おー♪」
――ガラガラガラガラ!
中心街から一台の馬車が追い越していく。シオンがそれに気づいて、その迫力ある疾走姿に、目をキラキラと輝かせながら凝視していた。
既に何台か繰り返された光景でもあった。
歩く観光客も、そして馬車に乗って移動する観光客も絶える様子がない。
それだけミナヅキとアヤメもよく知っている行き先に、皆揃って向かおうとしているのだった。
「これから行く場所って、前は幽霊屋敷だったんだって?」
ヤヨイが尋ねると、アヤメが笑顔で頷く。
「うん。そこには幽霊の可愛い女の子もいたのよ。お父さんとお母さんも、その子と仲良くなれたんだから」
「……マジ?」
ヤヨイは目を見開きながらアヤメを見上げた。
「よく憑りつかれなかったね。それともママが魔法で成仏させたとか?」
「いくらなんでも、そんなことできないわよ」
アヤメは苦笑しつつその時のことを軽く話す。
ミリィという名の幽霊少女と知り合い、彼女の気持ちを晴らすべく、ミナヅキと二人で動いたこと。そこでちょっとした騒ぎが起こり、それを乗り越えて無事にミリィを喜ばせることができ、彼女は無事に天に昇って行ったと。
それを聞いたヤヨイは、ほえーと口を軽く開け、驚いている様子であった。
「あたしの生まれる前にそんなことがあったんだ」
「そーいや、話したことなかったっけか」
ミナヅキは笑いながら、中心街で買ったガイドブックを開く。
「ミリィの屋敷があった場所は、今じゃ綺麗な自然公園になってる。大きなアスレチックもあって、子供から大人まで幅広く楽しめるってよ」
「あ、それあたしも学校で聞いたことある。結構凄かったって言ってた」
――おれ、あそこのアスレチック、全部クリアしたんだぜ!
そんな自慢をするクラスの男子がいたのを思い出す。当時はそこまで興味がなかったため、そーゆーのがあるんだという程度にしか聞いていなかった。
折角旅行がてら来たのだから挑戦してみたい――ヤヨイの中に、そんな気持ちが湧き出てくる。
「パパ、そのアスレチック行ってみようよ!」
「勿論そのつもりさ。でもその前に、ちょっと行きたいところがあるんだ」
ミナヅキは自然公園とは別の方角に視線を向ける。ちょうど少し先に見えている分かれ道で、反対方向に進む形だ。
その先に見えるとすれば、小さな一軒家ぐらいしかなかった。
ヤヨイとシオンは、不思議そうな表情を浮かべながら両親の後をついていく。その一軒家に近づくにつれて、なにやら金属を叩くような音が聞こえてきた。
普通の住居に隣接されている形で、頑丈そうな建物が存在している。
それを見たヤヨイは、何故か思い出す光景があった。
「なんか、パパの調合場みたいな感じがする」
「言い得て妙だな。あれは鍛冶場だよ。にしても景気の良い音が聞こえるなぁ」
その場所は、かつて来た時と全く変わっておらず、ミナヅキは思わず懐かしい気持ちに駆られる。
するとその時、住居のほうの扉がゆっくりと開かれた。
「お客さんですかな? おや……あなた方は!」
中から出てきた老人が、ミナヅキとアヤメを見るなり目を見開く。それに対してミナヅキも、笑みを浮かべながら会釈する。
「モーゼスさん、お久しぶりです」
「これはこれはミナヅキ殿、そしてアヤメ殿も」
モーゼスと呼ばれた老人は、嬉しそうに微笑みながら、深々と頭を下げる。
「皆さまも変わらずお元気なようでなによりです。そちらは……」
「ウチの子供たちですよ。娘のヤヨイと息子のシオンです。ほら、挨拶」
『こんにちは』
ミナヅキに促され、ヤヨイとシオンは声を揃えながらペコリとお辞儀をする。あまりにもシンクロしたその動きに、モーゼスは微笑ましく思った。
「はい、こんにちは。すみませんな、何のおもてなしも用意しておりませんで」
「いえいえ。少し顔を出そうと思っただけですから」
ミナヅキは手を左右に振りつつ答える。そして鍛冶場のほうに視線を向けた。
「それにしても、随分と賑やかですね」
「えぇ。最近は町に売り出されているペンダントの制作を任されておりまして、弟子入りも兼ねたアシスタントも、何人か増えたのですよ」
「なるほど」
耳を澄ませてみると、鍛冶場から何人かの掛け声が聞こえてくる。かなり気合いを入れて作業をしていることが見て取れた。
ミナヅキがそう思っているところに、モーゼスが遠い目をしながら言う。
「不思議なモノですなぁ。数年前に一人ぼっちになったかと思いきや、今ではそれまでよりも賑やかで退屈しない日々が続いております」
「え? それって――」
ミナヅキが問いかけようとすると、モーゼスが裏庭に向かって歩き出した。
「折角ですので、あの子にも顔を出してあげてくだされ」
背を向けたままモーゼスはそう言った。ミナヅキたちは四人で彼の後を追う。
辿り着いたそこには、手作りの墓が一つあった。
「……ファイアーウルフ、ですか?」
「えぇ。数年前に、天寿を全うしてくれました」
モーゼスはしんみりとした笑みを浮かべながら見下ろす。
「あの事件以来は本当に何事もなく、この子ものんびりと余生を過ごせました。良い人生を送れたと、私は信じております」
モーゼスはゆっくりと、力強く噛み締めるように言った。それでいて、悲しみを引きずっている様子も全くない。彼もまたここで余生を暮らしつつ、家族を大切に想っているのだ。
「――手を合わせてもいいですか?」
「はい。是非とも。きっと喜んでくれますよ」
ミナヅキの申し出に、モーゼスはとても嬉しそうな表情で頷いた。そして四人で墓の前に立ち、スッと手を合わせる。
ヤヨイとシオンも一緒に同じ行動をしてはいたが、正直なところ話に全くついてこれていなかった。それでも両親の真剣な様子に何かを察し、今はとりあえず黙って合わせておこうと思った。
そしてミナヅキとアヤメが合掌を終え、それに続いて子供たちも顔を上げる。
どこかスッキリした笑顔を浮かべている両親を見て、ヤヨイは少しだけ安心した気持ちとなっていた。
「それじゃあ、モーゼスさん。俺たちはそろそろ――」
「えぇ、またいつでも遊びに来てください」
笑顔で握手を交わすミナヅキとモーゼス。そして一家四人は、モーゼスの家を後にするのだった。
子供たち二人は、笑顔ではしゃぎながら歩いていた。既に意識は自然公園とアスレチックに向いているのだろう。
そんな楽しそうな四人の後ろ姿を、モーゼスは微笑みながら見送っていた。
◇ ◇ ◇
分かれ道から丘を登り、ミナヅキたち四人は自然公園に到着した。
そこはもう、幽霊屋敷の影も形もなくなっていた。荒れ果てていた土地は綺麗に整備され、綺麗な噴水やベンチ、数々の植木が整っている。最初から幽霊屋敷なんてなかったんじゃないかと思えてくるほどだった。
「ヤヨイ、ちゃんとシオンと一緒にいるんだぞ?」
「分かってるよ」
「行ってきまーす♪」
ミナヅキとアヤメに見送られ、ヤヨイとシオンはアスレチックに向かった。
長い丸太の平均台、木で上下左右に入り組まれた迷路、小さな子供でも遊べるターザンロープ、ロープを伝って登る斜面版。その他たくさんの遊具を、姉弟は難なくクリアしながら進んでいく。
普段から外で体を動かし、自然と鍛えている姉弟にとって、アスレチックは楽しい公園そのもの。笑顔が絶えることはなかった。
「シオン、疲れてない?」
「うん、へーき」
右手を思いっきり突き上げながら、シオンがニパッと笑う。どうやら無理している様子はなさそうであった。
どこまでも元気な弟だなぁと思いつつ、先へ進もうとしたその時――
「ねーちゃん、あれ」
「ん?」
シオンがヤヨイのシャツをクイクイと引っ張り出した。弟の指差した方向を見てみると、シオンと同じ年くらいの女の子が、道の片隅に座っている。
左側の膝が泥で汚れており、血が滲み出ている。多分転んだんだろうな――ヤヨイはそう思いながら、少女に向かって優しい声で話しかける。
「どうしたの? 転んじゃったの?」
ヤヨイの呼びかけに、少女は栗色のポニーテールを揺らしながら驚く。そして目を逸らしながら小さく頷いた。
「うん……」
「そっか。立てる?」
フルフルと少女は首を左右に振る。どうやら痛いらしい。
「あ、そうだ!」
ここでヤヨイは思い出し、持参してきたポーチの中を調べる。念の為に、自宅から持ってきていた薬草を取り出した。
それを近くに落ちていた比較的綺麗な石ですり潰し、荒々しいペーストみたいな状態となったそれを手ですくう。
「ゴメンね。ちょっと沁みるよー?」
「っ!」
膝を押さえつつ、ヤヨイはすり潰した薬草を傷口に塗った。そして大きめのハンカチで患部をしっかりと縛り付ける。
少女は苦悶の表情を浮かべていたが、やがて少しずつ和らいでいく。
「どう? 少しは痛くなくなったでしょ?」
「――うん」
実際、少しは平気になったのだろう。少女はヤヨイに手を引かれ、立ち上がることができた。
「じゃあ、おねーちゃんたちと一緒にゴールまで行こっか」
「最後までがんばろー♪」
「うんっ!」
ヤヨイとシオンに元気づけられ、少女はようやく笑顔を見せた。
ここはアスレチックの終盤に位置しているため、このままゴールへ行ったほうが早く戻れると判断したのだ。
幸い、膝に負担がかからない遊具ばかりで、少女も問題なく進んでいく。
やがて三人は、無事にアスレチックをゴールしたのだった。
「――パパ、ママッ!!」
少女が両親の姿を見つけ、笑顔を浮かべ駆けよっていく。もうケガの痛みなど、すっかり忘れてしまったかのようであった。
「よぉ、二人とも戻って来たな」
「お帰りなさい」
そしてミナヅキとアヤメもやってくる。シオンが一目散にアヤメに向かって走って行った。
「おかーさんっ!」
「ふふっ、ちゃんとゴールしたのね。二人ともよく頑張ったわ」
シオンの小さい体をポフッと受け止めながら、アヤメが姉弟二人を褒め称える。なんだか照れくさくなり、ヤヨイは頬を掻きながら視線を逸らすと、さっきの少女が視線を向けてきているのが見えた。
そして、少女の両親が慌てて走ってきた。
「あのっ――ウチの娘が、そちらのお子さんのお世話になったそうで」
「え?」
どういうことだ、とミナヅキがきょとんとした表情でヤヨイたちを見る。
ヤヨイは途中で少女と出会ったことを話した。その際、膝に巻き付けたハンカチがなによりの証拠となった。
「そうだったのか。娘を手当てしてくれて、本当にありがとう」
「いえ、かなり雑なことしかできませんしたけど」
「とんでもない。大事なハンカチまで使わせてしまって……」
「別に大したことないですから」
実際、お気に入りのハンカチではあったが、不思議と後悔はなかった。やれることを全力でやった――その心地良さを、ヤヨイは初めて味わっていた。
するとその時、ヤヨイの頭にポフッと大きな手が乗せられる。
「よく自分から助けに行ったな。偉いぞ」
父親の優しい声と笑みが、途轍もなく嬉しかった。ヤヨイは頬を軽く染めつつ、ニカッと笑う。
「――へへっ♪」
「シオンも頑張ったな。よくやったよ」
「えへんっ!」
シオンもミナヅキに頭を撫でられ、照れ笑いしながら胸を張る。
ちなみにその時、アヤメは――
「…………」
相手の少女を見て、何か思うところがあるような表情を浮かべていた。
そんな妻の様子に気づいているのかいないのか、ミナヅキは気にも留めずに、少女の父親に申し出る。
「ハンカチのことは気にしないでください。それよりも娘さんに、早くちゃんとした手当てをしたほうが良いですよ」
「あっ、そ、そうですね! すみません。ちゃんとしたお礼もできなくて」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですから」
そして少女は家族とともに、中心街へ戻るべく自然公園を後にする。去り際に少女が振り返り、笑顔で手を振ってきた。
「ありがとー、バイバーイッ♪」
『バーイバーイッ!』
それに対して子供たちも笑顔で手を大きく振る。ここでアヤメが、前を向いたまま小さな声でミナヅキに問いかけようとした。
「ねぇ、さっきの女の子だけど……」
「あぁ」
分かってるよと言わんばかりに、ミナヅキはフッと笑う。
「なんかそっくりだったよな。どこぞの幽霊少女によ」
「――うん」
真っ赤な夕日に照らされながら、笑みを浮かべ合うミナヅキとアヤメ。そして少女を見送り終わった子供たちに声をかける。
「さぁ、あと少し遊んだら町に戻るぞ。明日はラステカに帰るからな」
『はーいっ♪』
ヤヨイとシオンは元気よく返事をしつつ走り出す。その後ろ姿に対し、ミナヅキとアヤメはニッコリと微笑むのだった。
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